2013年8月5日月曜日

15年 黒鷲vs南海 13回戦


12月1日 (日) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9  
0 0 0 0 0 0 0 0 0  0 黒鷲 46勝51敗4分 0.474 亀田忠
2 0 0 0 0 0 0 0 X  2 南海 27勝68敗6分 0.284 政野岩夫

勝利投手 政野岩夫 12勝23敗
敗戦投手 亀田忠     26勝22敗

勝利打点 岡村俊昭 3


政野岩夫、今季3度目の完封

 南海は初回、先頭の国久松一が四球で出塁、木村勉が送って一死二塁、岡村俊昭が中前に先制タイムリーを放って1-0、岩本義行が死球を受けて一死一三塁、伊藤経盛が四球を選んで一死満塁、上田良夫は三振に倒れるが、前田貞行が押出し四球を選んで2-0とする。

 黒鷲先発の亀田忠は1回こそ3四球を出したが、2回以降8回まで無四球ピッチング、許したヒットも2回の木村の左翼線ヒット、6回の前田の右前打のみであった。9回一死後岩本に四球を与えるが、キャッチャー清家忠太郎が二盗を刺す。


 南海先発の政野岩夫は4安打5四球2三振で今季3度目の完封、12勝目をあげる。本日のピッチングンについて、翌日の読売新聞は「政野の好投」と伝えているだけなので内容は分かりません。この頃になると紙数制限のためか、試合経過は数行で終わりというケースも増えてきており、この試合の経過も4行で終わっています。過去の新聞記事から政野のピッチングをまとめてみますと、下手からのストレートには球速があり、戦前の下手投げ投手では阪急の重松通雄と並んで速球派っであったと考えられます。シンカーも持っているので浮かび上がるストレートと落ちるシンカーにより上下の揺さぶりが効く投球であったと推測できます。12勝23敗の数字はチーム力によるもので、勝数と負数が逆になっても不思議ではない力を持っていたと言えるでしょう。


 昭和16年2月2日付け読売新聞には「南海から12名が入営、退社」という記事が見られます。清水秀雄、政野岩夫、天川清三郎、戸田与三郎、吉川義次、佐野誠三、岩出清の7名が入営し、劉瀬章、伊藤経盛、藤戸逸郎、末崎隆行、山尾年加寿が退社することとなります。政野岩夫は一旦帰還して昭和18年、19年(19年の登録名は中本政夫)に南海に戻りますが、再応召して戦死することとなります。









          *政野岩夫は黒鷲打線を4安打に抑えて今季3度目の完封、12勝目をあげる。












     *政野岩夫に4安打に抑えられた黒鷲打線。
















 

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