2022年1月17日月曜日

野球狂の詩

 水島新司氏の訃報が伝わっています。

 水原勇気登場以前の「野球狂の詩」はマガジンで不定期連載でした。一話完結でその主人公が「東京メッツ」のメンバーとなっていきます。

 当ブログは一話完結時代から読んでいました。当ブログが高校時代、連載となってスカウトの尻間専太郎が全国を周遊して逸材を探していたところ、地元国分寺で無名の天才投手を発掘しました。

 水原勇気が登場したころ、当ブログはマガジンを買ったことがありません。クラスの誰かが買ってきて回し読みされるのですが、必ず当ブログの机の上にマガジンが置かれていました。

 高校時代から当ブログの「野球狂」は知れ渡っていたのです。

 「野球狂」水島新司さんのご冥福をお祈りいたします。 

*これでコンプリート。


2022年1月15日土曜日

21年 パシフィックvs中部日本 10回戦

9月26日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 2 0 0 3 4 0 3 0 12 パ軍 34勝46敗3分 0.425 井筒研一 真田重蔵
1 0 0 1 0 0 0 0 0  2  中部 31勝49敗2分 0.388 久野勝美 星田次郎 井上嘉弘

真田重蔵 20勝16敗 
久野勝美   1勝2敗

二塁打 (パ)伊勢川、辻井、小島
三塁打 (パ)森下、藤井

勝利打点(パ)森下重好 6

猛打賞 (パ)小島利男 2、辻井弘 1、伊勢川真澄(4安打)5


真田が好リリーフで20勝

 9月の最終節となる第23節、後楽園の第1試合は井筒研一と久野勝美の先発で午後1時4分、桝球審の右手が上がりプレイボール。

 中部は初回、先頭の岩本の当りは遊飛、これをショート白石が落球、金山が送って一死三塁、古川の遊ゴロの間に岩本は三進、小鶴は四球を選んで二死一三塁、ここで井筒が一塁に山なりの牽制、これを見て三走岩本がスタートを切りファースト辻井が本塁に送球するがセーフ、岩本にホームスチールが記録されて1点を先制する。技能賞は確定でしょう。

 パ軍は2回表、先頭の森下が四球で出塁、辻井の中前打で無死一二塁、伊勢川が右中間に同点タイムリー二塁打を放ち1-1、平野徳松の右前タイムリーで2-1と逆転する。

 中部は4回裏、先頭の古川が二遊間にヒット、小鶴の中前打で無死一二塁、杉浦清監督の遊ゴロをショート白石が三塁に送球するがサード平野が落球して無死満塁、藤原鉄之助の右犠飛で2-2の同点、パ軍藤本定義監督はここで井筒から真田重蔵にスイッチ、真田は笠石徳五郎を四球で歩かせて一死満塁とするが、久野を三振、三村を二飛に打ち取り中部は同点止まり。

 パ軍は5回表、先頭の小暮が8球粘って四球で出塁、小島利男の三塁線ヒットで無死一二塁、藤井は中飛に倒れるが、森下が右中間に2点タイムリー三塁打、辻井も中前にタイムリーを放ち5-2とリードする。

 中部は6回から久野に代わって星田次郎がマウンドに上がる。

 パ軍は6回表、一死後白石がストレートの四球で出塁、二死後小島が左前にヒット、今度は藤井が右中間に2点タイムリー三塁打を放ち7-2、森下の左前タイムリーで8-2、森下が二盗に成功、キャチャー藤原の悪送球があって森下は三進、辻井が四球から二盗を決めて二死二三塁、伊勢川の左前タイムリーで9-2と大量リードする。

 パ軍は8回表、一死後藤井が死球を受けて出塁すると代走に平桝俊之を起用、森下は右飛に倒れるが、辻井の右中間二塁打で二死二三塁、ここで4打数4安打の伊勢川に代えて代打に富松信彦を起用、富松はストレートの四球、その4球目にキャッチャー藤原が三塁牽制、これが悪送球となって三走平桝が生還、二走辻井も三塁ベースを蹴ってホームに還り11-2、続く喜瀬正顕もストレートの四球、真田の遊ゴロをショート杉浦清監督がエラーして二死満塁、トップに返り白石が押し出し四球を選んで12-2とする。

 リリーフの真田重蔵は5回3分の2を投げて2安打3四球5三振無失点の好投、20勝目をマークする。

 8回に代走に出てホームを踏んだ平桝俊之は、広陵-慶大-タイガースで活躍した平桝敏男の16歳離れた弟。プロでの出場はこの試合だけで、通算成績は0打数0安打1得点である。


*藤井の代走に出た平桝俊之はこれがプロでの唯一の出場。


2022年1月10日月曜日

野球週報2022 ①

1月1日(土) 休養日

1月2日(日) 休養日

1月3日(月) 秋葉原のバッティングセンターで110㌔、110㌔、カーブ、110㌔の初打ち。久しぶりのバッティングでしたが右中間、センター、左中間にライナー連発のいい感じでした。

1月4日(火) ジムで体幹、ViPR、筋トレ、有酸素。

1月5日(水) 休養日

1月6日(木) 出勤日

1月7日(金) テレワーク


21年 第21節・22節 週間MVP

 第21節は7チームによる10試合だけという変則開催であったため、第22節の18試合と合算して表彰対象とする。

週間MVP

投手部門
 パシフィック 真田重蔵 1
 2勝1引分け。別所と投げ合った延長12回引分けの死闘が光る。

打撃部門
 中部日本 小鶴誠 1
 32打数11安打6得点11打点、本塁打4本。21節・22節合算で、現在最下位の中部は5勝2敗と全球団トップ。小鶴のバットが中部好調の要因。

殊勲賞
 中部 杉浦清 1
 32打数10安打8得点10打点。好調中部を牽引。

 中部 岩本章 2
 9月12日のタ軍戦で二塁打1本、三塁打2本、本塁打1本。

 ゴ軍 中村信一 1
 21日のグ軍戦で2本の2点タイムリーを放ち4打点。

 阪急 鳥居兵治 1
 15日のセ軍戦でプロ入り初本塁打、21日のパ軍戦でプロ入り初勝利。鳥居のプロ野球通算成績は1勝、1本塁打である。

 阪急 今西錬太郎 1
 21日のゴ軍戦でプロ入り初完封。

敢闘賞
 セ軍 飯島滋弥 1 
 30打数12安打5得点9打点、本塁打4本。小鶴と比較しても遜色のない成績。

 タ軍 藤村冨美男 1
 33打数14安打9得点9打点、二塁打8本。二塁打だけではMVPを獲れないと悟った藤村は、バットを物干し竿に持ち替えてホームランを量産することとなる。

 セ軍 鈴木清一 2
 30打数9安打3得点9打点、二塁打2本、三塁打2本、本塁打1本。無名ではあるが長打力は特筆もの。戦後最初の三塁打王となる。

 パ軍 白石敏男 1
 21打数11安打4得点、二塁打2本。打率ではトップ。

 ゴ軍 西沢道夫 1
 27打数11安打3得点5打点、二塁打2本、三塁打1本。いよいよ本領発揮。

技能賞
 中部 藤原鉄之助 1
 9月12日のタ軍戦第2試合で野選を誘う好走塁。

 阪急 日比野武 1
 9月21日のパ軍戦で4補殺。打っても25打数9安打、二塁打4本。

2022年1月8日土曜日

21年 阪急vsグレートリング 14回戦

9月23日 (月) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 阪急 45勝44敗 0.506 森弘太郎 野口二郎 
0 1 0 0 0 0 0 0 X 1 グ軍 52勝31敗2分 0.627 丸山二三雄

勝利投手 丸山二三雄 20勝12敗 
敗戦投手 森弘太朗      2勝3敗

勝利打点 (グ)筒井敬三 4

猛打賞 (急)野口明 5


丸山二三雄20勝

 激戦が続く第22節最終戦は森弘太朗と丸山二三雄の先発で午後2時45分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は2回表、先頭の野口二郎が左前打で出塁、野口明も中前打で続いて無死一二塁、しかし日比野は右飛、坂井は左飛、森はサードライナーに倒れて無得点。

 グ軍は2回裏、先頭の山本一人監督が三塁にヒット、堀井は左飛に倒れるが、岡村が三遊間を破ると山本は三塁に進む。ここはエンドランか。一死一三塁から筒井が中前に先制タイムリーを放ち1-0とする。

 この2回の攻防で決着がついた。丸山は9回まで阪急打線を無得点に抑え、阪急も3回途中からリリーフの野口二郎がグ軍打線を無得点に抑えた。

 阪急は今西錬太郎を代打に起用、更に天保義夫と西村正夫監督も代走に起用する総力戦。
 阪急は9回表、一死後野口明が中前打で出塁すると代走に天保を起用、坂田清春が左前打で続き一死一二塁、坂井は三振に倒れて二死一二塁、大平茂の当りは三遊間へのゴロとなったが代走の天保に当たってインターフェアでゲームセット。

 丸山二三雄は9安打2四球2三振で今季4度目の完封、20勝に乗せてハーラートップの白木義一郎に1勝差と迫った。

 第1打席でヒットを放った野口二郎はこれで16試合連続ヒットとなった。3試合連続1安打で記録を続けている。

 阪急はこれが14度目の完封負け。最下位の中部は3回のみ、ブービーのゴ軍でも12回。シーズン当初は優勝候補と言われていた阪急は淡白な攻撃が目に付く。

2022年1月6日木曜日

アスタリスク(*)

 実況のとおり昭和21年ゴ軍vsパ軍11回戦はパ軍が勝利して藤井勇が勝利打点を記録したが、藤井の今季4度目の勝利打点は「4*」という表記になっている。

 アスタリスク(*)が付くということは何らかの理由があることを意味する。藤井は昭和21年5月26日のグ軍vsパ軍3回戦で勝利打点を記録したが、この試合は後に没収試合となりグ軍の勝利に変更される。個人記録はそのまま残ることとなったが、勝利投手の真田重蔵の勝利は取り消さた。当時は「勝利打点」は公式記録ではないが、当ブログが認定する藤井の勝利打点も当然取り消すこととなる。正式に5月26日の試合が没収試合と決まった時点で真田の勝利数を「1」減じると共に、藤井の勝利打点も「1」減じることとなるため現時点においてはアスタリスク(*)付きとしている。

 野球史におけるアスタリスク(*)としては1961年に61本の本塁打記録を達成したロジャー・マリスの事例が有名である。

 ベーブ・ルースの記録「60本」を抜くとはけしからんというのが当時の一般的なアメリカ人の考えであった。マリスの本塁打数がルースの記録に迫るにつれ、ヤンキースタジアムのファンはマリスがホームランを打つたびにブーイングの嵐を浴びせたのである。

 154試合制であったベーブ・ルースの60本は162試合制のマリスの61本よりも価値が高いと認定されたため、30年間に亘ってルースの60本が正式記録とされてマリスの61本にはアスタリスク(*)が付されて参考記録扱いであった。マリスの記録が正式に認められたのは30年後の1991年のことである。

 映画「61*」は日本ではあまり有名ではないが、ロジャー・マリスが61本の本塁打記録を樹立する過程を克明に描いている傑作である。是非一度ご覧になってみてください。

 「61*」は劇場公開された映画ではないが、DVD化はされているので入手は容易である。


2022年1月5日水曜日

21年 ゴールドスターvsパシフィック 11回戦

9月23日 (月) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 2 0 2 ゴ軍 31勝48敗1分 0.392 江田孝 
1 0 0 0 0 3 0 0 X 4 パ軍 33勝46敗3分 0.418 湯浅芳彰

勝利投手 湯浅芳彰 3勝11敗 
敗戦投手 江田孝    3勝11敗

二塁打 (ゴ)坪内

勝利打点(パ)藤井勇 4*

猛打賞 (パ)白石敏男 3


湯浅芳彰、7安打2失点の好投

 激戦が続く第22節最終日は西宮の2試合のみ。第1試合は江田孝と湯浅芳彰の先発で午後1時5分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 パ軍は初回、先頭の白石が中前打で出塁、一死後辻井の右前打で白石は三塁に進んで一死一三塁、藤井の中犠飛で1点を先制する。

 湯浅は初回から好投を続け、6回まで2安打無失点。5回にエラー、ヒット、四球で一死満塁のピンチを迎えたが、酒沢を遊ゴロ併殺に打ち取った。

 パ軍は6回裏、先頭の白石が右前打で出塁、小暮の遊ゴロが野選を誘って無死一二塁、辻井の三塁線ヒットで無死満塁、藤井は三邪飛に倒れて一死満塁、森下が中前にタイムリーを放ち2-0、続く伊勢川の二塁への飛球はインフィールドフライが宣告されたがセカンド中村信一は落球、この場合はボールデッドではないので三走小暮はホームイン、二走辻井も三塁ベースを蹴ってホームに突っ込み、落とした白球を拾った中村がバックホーム、タイミングはアウトであったが悪送球となり辻井もホームインしてこの回3点、4-1とする。

 ゴ軍は8回表、先頭の中村が汚名挽回の中前打で出塁、酒沢の二ゴロでランナーが入れ替わり、坪内の右中間二塁打で一死二三塁、西沢が左前に2点タイムリーを放ち2-4、しかしこの試合がプロ入り初出場となった清原初男の投ゴロが「1-6-3」と渡ってダブルプレー。

 湯浅は終盤バテてきたが、最終回、先頭の早川平一を三振に打ち取り、辻功に代わる代打大友一明に中前打を許し、江田に代わり今節プロデビューの小前博文が代打に起用されるが三振、坂本勲に四球を与えて二死一二塁とするが、最後の力をふり絞って中村を三飛に打ち取りゲームセット。

 湯浅芳彰は7安打2四球3三振の完投で3勝目をマークする。ピンチを2度の併殺で切り抜けたのが大きかった。

 パ軍6回裏の得点は実況のとおり「3点」であるが、スコアカードの得点欄には誤って「2点」と記載されており、「日本プロ野球記録大全集」は機械的にスコアカードの数字を転記しているだけなので誤ったままの「2点」となっていて、パ軍の総得点も「3点」と誤って記載している。

 なお、6回のインフィールドフライについて、「雑記」欄には「インフィールドフライを二塁手落したが、安打性の球だったので生還可能と認め得点打を與う」と書かれている。

 ここで言う「得点打」とは今で言う「打点」のことである。「與う」(⇒「あたう」)は現代語表記では「与う」であり、「与える」(あたえる)の文語形となる。したがって、この二塁への飛球で伊勢川には「セカンドフライ」で「凡打」が記録されているが、三走小暮が生還したことにより「打点」も「1」記録されている。

 インフィールドフライが宣告されても野手が落球して走者が進塁した場合はその野手に「失策」が記録されるが、上記のような経緯によりセカンド中村信一には「失策」は記録されず「刺殺」が記録されている。二走辻井の生還は中村の本塁送球が悪送球になったためであり、この悪送球に対しては「失策」が記録されている。上記のような経緯でなければ、中村は「落球」と「悪送球」のダブルエラーで「失策」が2個記録されるところであるが、公式記録では中村の失策は1個となっている。

 結局のところ伊勢川の「二飛」は一死満塁からの内野ゴロによる三塁走者生還と同様の取扱いとなり、伊勢川は「凡打」により打率を落としたが打点を記録されることとなった。

 公式記録員が「安打性の打球」と認めているということは、「インフィールドフライ」の宣告が微妙なものであって、中村信一の落球はむしろ「よく安打性の打球に追い付いたがグラブを弾いた」ものと見ることもできる。伊勢川真澄と藤本定義監督が抗議すれば「インフィールドフライ」の宣告が取り消されて「安打」に変更されていたかもしれないが、伊勢川は「冷静沈着」で知られており、藤本監督はそんなけち臭い男ではないので抗議はしなかったようだ。現代であれば翌日にインフィールドフライが取り消されて「安打」に記録が訂正されているかもしれない。