2026年9月5日土曜日

22年 阪急vs大阪 14回戦

9月1日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 阪急 41勝42敗3分 0.494 天保義夫 野口二郎 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 大阪 54勝28敗3分 0.659 渡辺誠太郎 武智修

勝利投手 天保義夫    6勝12敗 
敗戦投手 渡辺誠太郎 4勝4敗 
セーブ     野口二郎  2

二塁打 (急)青田

勝利打点(急)青田昇 8

猛打賞 (大)玉置玉一 1


青田の決勝打で阪急快勝

 第20節最終戦、甲子園の第2試合は天保義夫と渡辺誠太郎の先発で午後3時29分、西垣球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は初回、一死後上田藤夫が左前打で出塁、二死後渡辺からの一塁牽制をファースト玉置玉一が逸らす間に上田は二進、野口明の右前打で上田は三塁ベースを蹴ってホームを狙うが、ライト塚本博睦からの好返球にタッチアウト。

 阪急は3回表、一死後天保が四球を選んで出塁、二死後上田が二遊間に内野安打、青田昇は四球で二死満塁、しかし野口明は投ゴロに倒れて無得点。

 大阪は4回裏、二死後土井垣武が右前打で出塁、本堂保次は三塁に内野安打、玉置の右前打で二死満塁、しかし渡辺は遊ゴロに倒れて無得点。

 阪急は6回表、先頭の上田が四球を選んで出塁、青田が右越えにタイムリー二塁打を放ち1点を先制する。

 大阪は7回裏、先頭の玉置が中前打で出塁、しかし渡辺に代わる代打武智修の当りはサードライナー、一走玉置は戻れずダブルプレー。

 大阪は8回裏、先頭の呉昌征がストレートの四球で出塁、塚本の投ゴロの間に呉は二進、金田正泰の遊ゴロの間に呉は三進、藤村富美男は四球から二盗を決めて二死二三塁、土井垣も四球で二死満塁、阪急ベンチはここで先発の天保から野口二郎にスイッチ、野口が本堂保次を中飛に抑えて大阪は同点のチャンスを逃す。

 大阪は最終回、先頭の玉置がこの日3本目のヒットをレフト戦に放ち二塁を狙ったが、レフト下社邦男からの二塁送球にタッチアウト、二死後長谷川善三の打席で若林忠志監督は「代打オレ」を宣告するが、サードライナーに倒れて万事休す。

 第20節最終日の東西の試合は、後楽園の第1試合は10対9で第2試合は1対0、甲子園の第1試合は1対0で第2試合は10対3。東西とも勝利チームの得点は「1点と10点」であった。

2026年9月3日木曜日

22年 巨人vs南海 11回戦

9月1日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9  計
2 0 0 1 3 2 0 0 2  10 巨人 40勝42敗1分 0.488 小松原博喜 川崎徳次
2 0 0 0 0 0 0 1 0   3  南海 43勝38敗4分 0.531 中谷信夫 松川博爾 別所昭 飯田徳治

勝利投手 川崎徳次 17勝9敗 
敗戦投手 中谷信夫 11勝12敗

二塁打 (巨)平山2、中島、小松原 (南)田川
三塁打 (巨)平山、山川、川上、中島

勝利打点(巨)山川喜作 4

猛打賞 (巨)山川喜作 6、川上哲治 6、平山菊二 4 (南)田川豊 4


平山菊二が二塁打2本、三塁打1本の活躍

 甲子園の第2試合は小松原博喜と中谷信夫の先発で午後3時13分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 この日の後楽園の第1試合は午後1時3分開始、10対9で中日が金星に打ち勝つ大乱戦になって試合時間は2時間で試合終了は午後3時3分だった。甲子園の第1試合はいつも通り30分遅れで午後1時30分開始、こちらは1対0で太陽が東急を破る投手戦となって試合時間は1時間16分で試合終了は後楽園より早い午後2時46分だった。

 このため、第2試合の実況中継は異例であるが甲子園が先に始まり、後楽園は3時半頃の試合開始予定である。

 巨人は初回、先頭の山川喜作が右中間にヒット、田中資昭の三ゴロでランナーが入れ替わり、千葉茂の右前打で一死一三塁、ダブルスチールを敢行するが二走田中はキャッチャー筒井敬三からの送球にタッチアウト、千葉は二塁に進むが重盗片割れアウトで盗塁は記録されず、川上は四球で二死一二塁、ここで平山菊二がセンター左奥に2点タイムリー三塁打を放ち2-0とリードする。

 南海は1回裏、先頭の安井亀和がストレートの四球で出塁すると二盗に成功、河西俊雄の遊ゴロの間に安井は三進、田川豊がライト線にタイムリー二塁打を放ち1-2、二死後8月の月間MVPに輝いた堀井数男が左前に同点タイムリーを放ち2-2と追い付く。

 巨人は4回表、先頭の武宮敏明の当りは三ゴロ、これを名手山本一人監督がエラー、一死後トップに返り山川喜作右中間にタイムリー三塁打を放ち3-2と勝ち越す。

 1点リードした巨人は先発の小松原をセンターに回して、二番手として川崎徳次をマウンドに送る。

 南海は4回裏の攻撃で中谷に代打を出したので、5回から松川博爾が二番手のマウンドに上がる。

 巨人は5回表、先頭の川上が中越えに三塁打、平山が右中間にタイムリー二塁打を放ち4-2、松川がボークを犯して平山は三進、小松原の中前タイムリーで5-2、中島治康が三塁線を破る二塁打を放って無死二三塁、武宮の遊ゴロで三走小松原がホームに突っ込み、ショート小林悟楼からの送球にタイミングはアウトであったがキャッチャー筒井が落球して小松原はホームイン、6-2とリードを広げる。

 巨人は6回表、先頭の千葉が四球を選んで出塁、一死後平山のレフト線タイムリー二塁打で7-2、更に小松原もライト線にタイムリー二塁打で続いて8-2とダメ押す。 

 南海は8回裏、先頭の河西がストレートの四球で出塁、田川が右前打、山本も右前打で続いて無死満塁、堀井の三ゴロ併殺の間に三走河西が還って1点を返す。

 南海は8回の攻撃で松川に別所昭を代打で起用、9回から別所が三番手のマウンドに上がる。

 巨人は9回表、先頭の小松原が四球で出塁、南海ベンチは一人だけで別所を下げて、ファーストの飯田徳治をマウンドに送り、飯田のワイルドピッチで小松原は二進、中島が中越えにタイムリー三塁打を放ち9-3、武宮は四球を選んで無死一三塁、武宮が二盗、キャッチャー筒井の送球が悪送球となる間に三走中島が還って10-3とする。

 川崎徳次は6イニングを5安打4四球1死球1三振1失点に抑えて17勝目をマーク、若林忠志、藤本英雄、野口二郎と並んでハーラー二位タイ。

 巨人は二塁打4本、三塁打4本の16安打で快勝。山川喜作は6打数4安打、平山菊二は二塁打2本、三塁打1本の活躍を見せた。

 飯田徳治が5月30日の金星戦以来となるマウンドに上がった。プロでの飯田の投手成績は、この年の2試合だけである。

2026年9月2日水曜日

22年 太陽vs東急 11回戦

9月1日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 太陽 36勝45敗4分 0.444 井筒研一 
0 0 0 0 1 0 0 0 X 1 東急 31勝47敗2分 0.397 黒尾重明

勝利投手 黒尾重明 11勝12敗 
敗戦投手 井筒研一   8勝9敗

二塁打 (太)中谷

勝利打点(東)苅田久徳 2

猛打賞 (太)森下重好 5


黒尾が好投、苅田が決勝打

 第20節最終日、甲子園の第1試合は井筒研一と黒尾重明の先発で午後1時30分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 東急は昨日死球を受けた大下弘が欠場。

 太陽は初回、先頭の辻井弘が右前打で出塁するが、黒尾の牽制球にタッチアウト、二死後森下重好が右前打で出塁するが中谷信夫は遊ゴロに倒れて無得点。

 太陽は4回表、先頭の藤井勇が四球で出塁するが、森下の二ゴロが「4-6-3」と渡ってダブルプレー。

 東急は4回裏、先頭の苅田久徳監督が四球を選んで出塁、長持栄吉の右前打で無死一三塁、しかし大下に代わって四番に入った熊耳武彦は浅い左邪飛に倒れ、白木義一郎の左飛も当りが浅く無得点。

 東急は5回裏、先頭の黒尾が四球を選んで出塁、一死後黒尾が二盗を決め、二死後トップに返り一言多十の遊ゴロをショート松井信勝がエラーして二死一三塁、苅田久徳監督がレフト線にタイムリーを放ち1点を先制する。これが決勝打となった。

 黒尾重明は5安打4四球3三振で今季3度目の完封、11勝目をマークする。

 東急は大下と飯島を怪我で欠いたが、黒尾の好投と苅田の決勝打で辛勝。

 この試合は1時間16分で終了。27分前に始まった後楽園の第1試合は乱戦となってまだ試合が続いている。東西の第2試合は、後楽園より甲子園が先に行われる見込み。

2026年8月26日水曜日

22年 金星vs中日 11回戦

9月1日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8  9   計
1 2 0 2 0 0 0 0  4   9  金星 30勝49敗2分 0.375 内藤幸三 重松通雄
0 0 0 0 0 2 5 0 3X 10 中日 48勝31敗1分 0.608 星田次郎 服部受弘 久野勝美

勝利投手 久野勝美   2勝2敗 
敗戦投手 重松通雄 10勝11敗

二塁打 (金)西沢、玉腰 (中)杉浦2、大沢

勝利打点 なし

猛打賞 (金)坪内(5安打)10、玉腰忠義(4安打)1


山本尚敏、サヨナラ本盗

 第20節最終日、後楽園の第1試合は内藤幸三と星田次郎の先発で午後1時3分、国友球審の右手が上がりプレイボール。

 金星は初回、先頭の中村信一が四球を選んで出塁、一死後坪内道則監督の右前打で一二塁、西沢道夫がレフト線にタイムリー二塁打を放ち1点を先制、清原初男は四球を選んで一死満塁、中日ベンチは早くも先発の星田から服部受弘にスイッチ、服部が後続を抑える。

 金星は2回表、先頭の内藤が四球で出塁、一死後トップに返り中村がセカンド強襲ヒット、打球はセンターに抜け、一走内藤が三塁に向かうがセンター古川清蔵からの好返球にタッチアウト、大友一明は四球、坪内も四球を選んで二死満塁、西沢が左前に2点タイムリーを放ち3-0とする。

 金星は4回表、先頭の中村が中前打で出塁、大友の右前打で無死一三塁、坪内の左前タイムリーで4-0として無死一三塁、西沢の三ゴロをサード三村勲が二塁に送球するがセーフ、三走大友は動かず、野選が記録されて無死満塁、清原の三ゴロ併殺の間に三走大友が還って5-0とリードを広げる。

 中日は6回裏、先頭の古川が左前打を放って反撃開始、金山次郎は四球、大沢も四球で無死満塁、二死後加藤正二が押出し四球を選んで1-5、藤原鉄之助に代わる代打藤本英雄も押出し四球を選んで2-5とする。金星ベンチはここで先発の内藤から重松通雄にスイッチ、服部に代わる代打清水秀雄は一ゴロに倒れる。

 中日は7回から三番手として久野勝美がマウンドに上がる。

 中日は7回裏、一死後古川が左前打で出塁、金山の三ゴロをサード中村がエラー、大沢が左中間に2点タイムリー二塁打を放ち4-5と1点差、小鶴誠の三ゴロで二走大沢は二三塁間に挟まれるがセカンド大友の送球ミスで三塁に進んで一死一三塁、杉浦清監督の三ゴロで三走大沢がホームに突っ込み、タイミングはアウトであったがサード中村の悪送球で生還して5-5の同点、小鶴は三本間に挟まれて挟殺プレーとなるがキャッチャー清原の落球で生還して6-5と逆転、杉浦は三塁に進んで一死三塁、加藤の左犠飛で7-5と2点リードする。

 金星は9回表、一死後小前博文に代わる代打門馬祐が中前打で出塁、玉腰忠義がライト線にタイムリー二塁打を放ち6-7と1点差に迫り、重松の左前打で一死一三塁、酒沢政夫の中前タイムリーで7-7の同点に追い付き、二死後大友はストレートの四球で二死満塁、坪内が中前に2点タイムリーを放ち9-7と逆転に成功する。

 中日は9回裏、先頭の小鶴が四球を選んで出塁、杉浦の左中間二塁打で無死二三塁、加藤の遊撃内野安打で8-9と1点差に迫って無死一三塁、加藤に代えて代走に山本尚敏を起用、続く上林繁次郎の初球に山本が二盗に成功、更にキャッチャー清原の悪送球を見て三走杉浦が還って9-9-の同点、山本も三塁に進んで無死三塁、上林は遊飛に倒れて一死三塁、久野の一ゴロで三走山本は自重して二死三塁、続く三村勲は初球を空振り、2球目をファウルでノーボールツーストライク、三村への3球目に三走山本尚敏がスタート、投球はボールで山本の足が一瞬早くホームベースに到達してサヨナラホームスチールが成功する。

 金星は坪内道則が5打数5安打3打点、西沢道夫が6打数2安打3打点、玉腰忠義が5打数4安打1打点の活躍を見せたが逆転サヨナラ負け。

 山本尚敏は代走専門の「走り屋」。球史ではほぼ無名であるが、「盗塁」に関しては様々な記録を残している。

 この試合の終了時刻は午後3時3分。9回終了中断なしの試合で当時としては珍しく2時間かかった。

2026年8月21日金曜日

「NPB式スコアの付け方」教室(上級編)

 昨日は東京ドームで行われた「NPB式スコアの付け方」教室(上級編)に参加してきました。

 ハヤテvs巨人戦を観戦しながら慶應式スコアを付けるというイベントです。NPB記録部長も参加されてご指導いただける貴重な機会でした。観客数は23,397人。

 ややこしいプレーがなかったので順調に進みましたが、盗塁の際にストライクボールのコールを見逃しました。これは実戦でもよくあります。記録部長からもここは要注意と指摘されました。

 参加は10人でしたが、約10年ぶりに旧友とばったり会いました。筆者は維持会員宛の通知メールでこのイベント開催を知りましたが、その旧友はどこで見つけたのか参加してきました。イベント終了後、新橋で飲みましたが、それまで一緒に会ったことの無かった筆者の野球仲間二人とも知り合いになったと聞いて二度びっくり。長くやっていると、こういうサプライズもあります。

 巨人の158キロ右腕田村はそろそろ上に上がりませんかね。

 

2026年8月16日日曜日

東京裁判

 昨日8月15日、伊勢佐木町のシネマリンにおいて「東京裁判」が1日限定で上映されましたので鑑賞してきました。

 現在ではAmazonプライムの会員であればネット上で無料で視聴することができますが、この映画は劇場で鑑賞するべきです。スポンサーが付くとは思えませんので、テレビ放映は期待できないでしょう。

 シネマリンで「満席」は初めての経験です。12日に前売り券を買っておいたので観ることができましたが、当日は入場券売切れでした。高齢者が多かったのは当然ですが、若い方も結構来ていましたね。

 A級戦犯の一人で「終身禁固刑」の判決が下された当時の内大臣・木戸幸一は木戸孝正の長男です。木戸孝正は、木戸家の養子になる前、来原彦太郎の時代に岩倉使節団の一員として津田梅子や牧野伸顕らと共にアメリカ留学し、明治7年に帰国後東京開成学校に編入入学し、牧野伸顕と共にアメリカで覚えてきた野球を広めたことで知られています。

 「東京裁判」は戦争犯罪を裁いたものでしたが、裁定を降した判事の中で唯一国際法に精通していたインドのパル判事は「全員無罪」を主張しました。戦勝国が敗戦国を裁くのですから有罪となることは前提でしたが、パル判事は国際法に反するとの信念を曲げませんでした。1966年の来日時に、日本政府は勲一等瑞宝章を授与して感謝の意を表しています。

 

2026年8月11日火曜日

31年ぶり

 長く甲子園から遠ざかっていた享栄高等学校が帰ってきた。

 2009年にライバル校の中京大中京を全国制覇に導いた名将大藤監督を招聘し、31年ぶりに甲子園に戻ってきたのである。

 NHKの中継ではOBの金田正一を「かねだしょういち」と呼んでしまい、「かねだまさいち」さんでしたと訂正した。試合中には「卒業生」とアナウンスしていたが、こちらも試合後に「在籍していたことがある」と訂正した。

 金田正一は1950年の愛知県予選に登板し、同年秋には国鉄スワローズでも登板しているので「卒業生」ではない。但し、後年になって「卒業生」として認定するケースはよく見られるので、特に問題視する必要は無いだろう。金田正一自身も、自らの原点が享栄商業時代の「走り込み」にあったことを認めている。「巨人の星」でも金田正一の「走り込み」が描かれていた。ロッテ監督就任時の初キャンプで徹底的に「走り込み」を命じて翌年の日本シリーズ制覇に導いた。金田監督の最大の功績は、全く無名だった三井雅晴をクローザーに抜擢したことであった。

 Wikipediaの「享栄高等学校」には、当ブログからの引用も書かれている。当ブログの記事や写真は無断掲載が数多く認められる。ひどいものでは「ヤフオク」の出品画面に当ブログの記事を無断で掲載しているケースなども存在する。その点、Wikipediaの「享栄高等学校」編集者は、当ブログからの出典であることを明示して掲載している。敬意を表したい。

*当ブログでは、「野球人」と認定した場合は現役・OBの区別なく全て「敬称略」とさせていただいている。ご了承願いたい。