2026年9月25日金曜日

22年 東急vs阪急 11回戦

9月5日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 1 0 0 3 1 0 0 5 東急 33勝47敗2分 0.413 黒尾重明
0 0 0 0 0 1 1 0 0 2 阪急 41勝44敗3分 0.482 今西錬太郎 溝部武夫

勝利投手 黒尾重明     12勝12敗 
敗戦投手 今西錬太郎 16勝12敗

二塁打 (東)鈴木清一 (急)今西、上田、田中、坂元
三塁打 (東)長持
本塁打 (東)苅田久徳 3号、大下弘 10号

勝利打点(東)苅田久徳 3

猛打賞 (東)長持栄吉 5


苅田が先制本塁打、大下が代打スリーラン

 第21節2日目、後楽園の第1試合は午後零時57分、国友球審の右手が上がりプレイボール。

 東急は本日も死球の影響で大下弘がスタメンを外れた。

 東急は初回、二死後長持栄吉が中前打で出塁、四番に入った飯島滋弥が左前打、ライトに入った白木義一郎はピッチャー強襲ヒットで二死満塁、しかし熊耳武彦は左飛に倒れて無得点。

 東急は3回表、一死後苅田久徳監督がレフトスタンドに先制ホームラン、1-0とする。

 東急は6回表、一死後長持が左中間に三塁打、飯島の遊ゴロで三走長持がホームを狙うが、ショート田中幸男からの本塁送球にタッチアウト、白木は四球を選んで二死一二塁、ここで熊耳に代わって大下が代打で登場、大下はライトスタンドにスリーランを叩き込んで4-0とする。

 東急は熊耳に代打を送ったので6回の守備から鈴木圭一郎がマスクを被る。

 阪急は6回裏、一死後上田藤夫が左中間に二塁打、二死後野口明の左前打で一三塁、田中がライトにタイムリー二塁打を放ち1-4と反撃。

 東急は7回表、鈴木清一が二遊間にヒット、二死後鈴木が二盗に成功、苅田がレフト線にタイムリーを放ち5-1と突き放す。

 阪急は7回裏、今西が右前打で出塁、トップに返り山田伝の二ゴロの間に今西は二進、上田が中前にタイムリーを放ち2-5とするが反撃もここまで。

 黒尾重明は8安打3四球2三振の完投で12勝目をマークする。

 東急はこれで3連勝。飯島滋弥が戦列に復帰し、死球の影響で欠場していた大下弘も戻ってきて代打スリーランを放った。

 3連勝で活躍が目立つのは黒尾重明で、9月1日の太陽戦は完封、昨日の中日戦はライトに入って決勝ホームラン、この日は安定してピッチングで完投勝利を飾った。

 苅田久徳監督も1日は決勝打、この日は先制ホームランに勝負を決める追撃タイムリーを放つ活躍を見せた。

 大下はプロ入り通算30本目が初の代打本塁打であった。

2026年9月23日水曜日

訂正のお知らせ

 2026年9月20日付け「東急vs中日 10回戦」において、白木義一郎の勝利数を15勝目とお伝えしていましたが、「16勝目」の間違いでしたので訂正させていただきます。

白木義一郎 (誤)15勝19敗→(正)16勝19敗

 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。


南海vs大阪 12回戦

9月4日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 2 3 0 0 5 南海 44勝38敗4分 0.537 別所昭
0 0 0 0 0 0 3 0 0 3 大阪 54勝29敗3分 0.651 若林忠志 梶岡忠義

勝利投手 別所昭     23勝13敗 
敗戦投手 若林忠志 17勝10敗

二塁打 (南)別所 (大)土井垣
三塁打 (大)塚本

勝利打点(大)山本一人 6

猛打賞 (大)塚本博睦 4


別所、ハーラー断トツトップの23勝目

 西宮の第2試合は別所昭と若林忠志の先発で午後3時17分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 前半は大阪が5安打、南海が2安打と大阪が押していたが両軍無得点。

 南海は6回表、先頭の安井亀和の当りは二ゴロ、これをセカンド本堂保次がエラー、河西俊雄の二ゴロでランナーが入れ替わり、河西が二盗に成功、田川豊は四球を選んで一死一二塁、山本一人監督のレフト線タイムリーで1点を先制、一死一三塁から堀井数男の三ゴロ併殺崩れの間に三走河西が還って2-0とリードする。

 南海は7回表、先頭の別所が中前打で出塁、坂田清春は四球を選び、小林悟楼の三塁内野安打で無死満塁、トップに返り安井が押出し四球を選んで3-0、河西の三ゴロの間に三走別所が還って4-0、一死二三塁から田川の三塁内野安打で走者は動けず一死満塁、大阪ベンチはここで若林に代えて梶岡忠義をリリーフのマウンドに送り、山本の中犠飛で5-0とリードを広げる。

 大阪は7回裏、先頭の梶岡が右前打で出塁、一死後トップに返り呉昌征は一塁に内野安打、塚本博睦が右越えに2点タイムリー二塁打を放ち2-5、金田正泰の一ゴロの間に三走塚本が還って3-5と追い上げる。

 勢い付く大阪は8回裏、先頭の土井垣武が右越えに二塁打、しかし続く本堂の右への痛烈な当りはセカンドライナーとなって二走土井垣は戻れずダブルプレー。

 大阪は最終回、二死後呉昌征が遊失で出塁、塚本の右前打で二死一二塁と最後まで粘りを見せるが、金田は投ゴロに倒れてゲームセット。

 大阪は5点のビハインドから逆転かという勢いを見せたが、本堂のセカンドライナーゲッツーで流れをつかみ切れなかった。

 別所昭は12安打を打たれながら1四球3三振の完投で23勝目をマークする。粘りのピッチングであったがツキにも恵まれた。

 ハーラートップの別所は二位グループ17勝の5人(若林、川崎、真田、藤本、野口二郎)に6勝差とした。

2026年9月20日日曜日

22年 東急vs中日 10回戦

9月4日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 東急 32勝47敗2分 0.397 白木義一郎 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 中日 48勝32敗1分 0.600 清水秀雄

勝利投手 白木義一郎 16勝19敗 
敗戦投手 清水秀雄     14勝8敗

本塁打 (東)黒尾重明 1号

勝利打点(東)黒尾重明 1


白木が完封、黒尾が決勝本塁打

 後楽園の第2試合は白木義一郎と清水秀雄の先発で午後2時42分、西垣球審の右手が上がりプレイボール。

 大下弘は死球の影響でこの試合も欠場。

 中日は初回、一死後金山次郎の当りは遊ゴロ、ショート鈴木清一からの送球を久々復帰のファースト飯島滋弥が逸らして一死一塁、大沢清の遊ゴロをショート鈴木清一がベースを踏んで一塁送球、「6B-3」のゲッツー。

 中日は2回裏、先頭の小鶴誠が四球を選んで出塁、しかし杉浦清監督の二ゴロをセカンド苅田久徳監督が華麗に捌き「4-6-3」と渡ってここもゲッツー。

 中日は4回裏、一死後小鶴がピッチャー強襲ヒット、二死後加藤正二はストレートの四球で二死一二塁、清水のセンターに抜けるかという二遊間へのゴロをセカンド苅田が逆シングルで好捕して一塁アウトのファインプレー。

 東急先発の白木は序盤は走者を出したが味方の好守に助けられ、5回から7回は三者凡退と立ち直り無失点を続ける。

 中日先発の清水は7回まで東急打線を苅田の三塁内野安打1本に抑える好投。

 東急は8回表、この日ライトに起用された黒尾重明がレフトスタンドにプロ入り初ホームラン、1点を先制する。

 中日は最終回、一死後小鶴の当りは三ゴロ、これをサード大沢喜好が一塁に悪送球して打者走者の小鶴は二塁に進み、代走に「スペシャリスト」山本尚敏を起用、山本が三盗を決めて一死三塁、この時キャッチャー鈴木圭一郎からの三塁送球が逸れたが山本は自重、杉浦の遊ゴロは当りが良すぎて山本は三塁ストップ、最後は白木が加藤を右飛に打ち取り東急が接戦を制す。

 白木義一郎は3安打2四球1死球1三振で今季5度目の完封、16勝目をマークする。

 黒尾重明のプロ入り初ホームランで1対0の勝利となったが、これは近年話題になっている。

 2026年7月5日、巨人の笹原がプロ5年目で初ホームランを放ち1対0で巨人が中日を破った。翌日の日刊スポーツは、外国人を除く「プロ初ホームラン1対0の勝利」となったのは2025年6月29日の巨人の中山以来のことでプロ野球史上13人目と報じ、過去のこの記録のリストを紙面に掲載したのである。

 その記事によると、プロ野球史上初の「プロ初ホームラン1対0の勝利」は昭和16年10月12日の土井垣武とのことで、筆者もスコアカードで確認した。昭和17年7月2日の岩本章が2本目で、この日の黒尾重明はプロ野球史上3本目の「プロ初ホームラン1対0の勝利」となった。

 この件は黒尾重明の「Wikipedia」にも掲載されているが、「投手としては初」と書かれている。黒尾重明が「投手」であることは間違いないが、この試合では大下弘が死球の影響で欠場したため黒尾重明は七番ライトで出場しており、白木が完封したので黒尾は登板していない。

 したがって、実質的な「投手としては初」の「プロ初ホームラン1対0の勝利」は昭和32年9月1日の「堀内庄」ということになる。

*この件については、横浜市中央図書館で閲覧した2026年7月6日付け「日刊スポーツ」の記事を参照した。また、昭和32年9月1日に堀内庄が投手として先発したことは「スタメンアーカイブ」で確認した。

2026年9月18日金曜日

22年 巨人vs金星 13回戦

9月4日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 1 0 2 巨人 40勝43敗1分 0.482 川崎徳次 
0 0 0 0 0 4 0 0 X 4 金星 31勝49敗2分 0.383 三富恒雄

勝利投手 三富恒雄   5勝9敗 
敗戦投手 川崎徳次 17勝10敗

二塁打 (金)清原
三塁打 (巨)平山 (金)西沢

勝利打点(金)西沢道夫 4


金星、集中打で快勝

 第21節初日、西宮の第1試合は川崎徳次と三富恒雄の先発で午後1時30分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 前半戦は両軍無得点。

 巨人は6回表、先頭の山川喜作が左前打で出塁、田中資昭が三前に送りバントを決めて一死二塁、千葉茂の中前タイムリーで1点を先制する。

 金星は6回裏、先頭の大友一明に代わる代打中村信一が右前打で出塁、坪内道則監督の左前打で無死一二塁、西沢道夫が右中間に逆転の2点タイムリー三塁打を放ち2-1、清原初男の右前タイムリーで3-1、玉腰忠義が送りバントを決めて一死二塁、小前博文の左前打で一死一三塁、三富の遊ゴロで三走清原がホームに突っ込み、ショート田中が本塁に送球するがセーフ、野選が記録されて4-1とする。 

 巨人は8回表、二死後川上哲治が中前打で出塁、平山菊二が中越えにタイムリー三塁打を放ち2-4とするが反撃もここまで。

 三富恒雄は8安打1四球2三振の完投で5勝目をマークする。

 このところ活躍が目立つ西沢道夫が決勝の逆転三塁打を放った。続く清原初男の追撃タイムリーが試合を決めた。

 両軍8安打ずつであったが、金星は6回に5安打を集める集中攻撃で快勝した。

 阪急とゲーム差なしでAクラスを争う巨人としては、エース川崎徳次で手痛い敗戦となった。

2026年9月17日木曜日

つるとんたん

 サンマルクHDが「つるとんたん」を128億円で買収したと報じられています。

 以前勤めていた会社で、1990年に心斎橋支店に転勤しました。残業に備えて、心斎橋筋を南に歩いて(←欧陽菲菲か!)、左折して宗右衛門町筋を抜けて日本一交差点方面に歩いた角の「つるとんたん」できつねうどんを注文するのが常でした。まだ普通の町のうどん屋で、メニューも今と違ってオーソドックスでしたね。

 まさかあの「つるとんたん」が東京に進出するとはびっくり仰天。六本木店にも行きましたが、当時を知る身としては「ちょっとねぇ~~」という感じ。

 128億円の価値になる前に出資していたら大儲けだったのに、残念でしたね(笑)。

 当時、心斎橋筋を歩く女性の腕には必ずリチャードのショッパーがぶら下がっていました。今では大阪の街も様変わりしたようです。


2026年9月10日木曜日

「貧打の家庭」の落とし子

 宣言通り横浜市中央図書館で確認してきました。

 昭和48年8月30日に江夏が延長11回無安打無得点、自らのサヨナラホームランで決着を付けた試合について、翌日の読売新聞は名物コラム「SBO」(現在であれば「BSO」)で次のように報じた。

「捕手の辻が左の手のひらを見せた。真っ赤に腫れて痛々しい。・・・結果は江夏のワンマンショー。この日出場した二十四選手で『背番号28』以外はヒーローを守り立てるわき役に過ぎなかった。しかし、球史に残るヒーローも『貧打の家庭』の落とし子とは皮肉であった。」

 筆者は「貧打の申し子」と記憶していたが、実際は「『貧打の家庭』の落とし子」だったことが判明した。53年前の記憶など当てになりませんね(笑)。

 読売新聞は「野球は一人でも勝てる」とは書いていませんが、「この日出場した二十四選手で『背番号28』以外はヒーローを守り立てるわき役に過ぎなかった」というのは「野球は一人でも勝てる」と同義語と言える。

 筆者は「野球が一人でも勝てる」とは考えていないが、世間では大谷の出現によって「野球は一人でも勝てる」と誤解するようになった。それでも当ブログは、山本尚敏や松井信勝のような球史で知られていない脇役の活躍を伝えていく。