2026年8月21日金曜日

「NPB式スコアの付け方」教室(上級編)

 昨日は東京ドームで行われた「NPB式スコアの付け方」教室(上級編)に参加してきました。

 ハヤテvs巨人戦を観戦しながら慶應式スコアを付けるというイベントです。NPB記録部長も参加されてご指導いただける貴重な機会でした。観客数は23,397人。

 ややこしいプレーがなかったので順調に進みましたが、盗塁の際にストライクボールのコールを見逃しました。これは実戦でもよくあります。記録部長からもここは要注意と指摘されました。

 参加は10人でしたが、約10年ぶりに旧友とばったり会いました。筆者は維持会員宛の通知メールでこのイベント開催を知りましたが、その旧友はどこで見つけたのか参加してきました。イベント終了後、新橋で飲みましたが、それまで一緒に会ったことの無かった筆者の野球仲間二人とも知り合いになったと聞いて二度びっくり。長くやっていると、こういうサプライズもあります。

 巨人の158キロ右腕田村はそろそろ上に上がりませんかね。

 

2026年8月16日日曜日

東京裁判

 昨日8月15日、伊勢佐木町のシネマリンにおいて「東京裁判」が1日限定で上映されましたので鑑賞してきました。

 現在ではAmazonプライムの会員であればネット上で無料で視聴することができますが、この映画は劇場で鑑賞するべきです。スポンサーが付くとは思えませんので、テレビ放映は期待できないでしょう。

 シネマリンで「満席」は初めての経験です。12日に前売り券を買っておいたので観ることができましたが、当日は入場券売切れでした。高齢者が多かったのは当然ですが、若い方も結構来ていましたね。

 A級戦犯の一人で「終身禁固刑」の判決が下された当時の内大臣・木戸幸一は木戸孝正の長男です。木戸孝正は、木戸家の養子になる前、来原彦太郎の時代に岩倉使節団の一員として津田梅子や牧野伸顕らと共にアメリカ留学し、明治7年に帰国後東京開成学校に編入入学し、牧野伸顕と共にアメリカで覚えてきた野球を広めたことで知られています。

 「東京裁判」は戦争犯罪を裁いたものでしたが、裁定を降した判事の中で唯一国際法に精通していたインドのパル判事は「全員無罪」を主張しました。戦勝国が敗戦国を裁くのですから有罪となることは前提でしたが、パル判事は国際法に反するとの信念を曲げませんでした。1966年の来日時に、日本政府は勲一等瑞宝章を授与して感謝の意を表しています。

 

2026年8月11日火曜日

31年ぶり

 長く甲子園から遠ざかっていた享栄高等学校が帰ってきた。

 2009年にライバル校の中京大中京を全国制覇に導いた名将大藤監督を招聘し、31年ぶりに甲子園に戻ってきたのである。

 NHKの中継ではOBの金田正一を「かねだしょういち」と呼んでしまい、「かねだまさいち」さんでしたと訂正した。試合中には「卒業生」とアナウンスしていたが、こちらも試合後に「在籍していたことがある」と訂正した。

 金田正一は1950年の愛知県予選に登板し、同年秋には国鉄スワローズでも登板しているので「卒業生」ではない。但し、後年になって「卒業生」として認定するケースはよく見られるので、特に問題視する必要は無いだろう。金田正一自身も、自らの原点が享栄商業時代の「走り込み」にあったことを認めている。「巨人の星」でも金田正一の「走り込み」が描かれていた。ロッテ監督就任時の初キャンプで徹底的に「走り込み」を命じて翌年の日本シリーズ制覇に導いた。金田監督の最大の功績は、全く無名だった三井雅晴をクローザーに抜擢したことであった。

 Wikipediaの「享栄高等学校」には、当ブログからの引用も書かれている。当ブログの記事や写真は無断掲載が数多く認められる。ひどいものでは「ヤフオク」の出品画面に当ブログの記事を無断で掲載しているケースなども存在する。その点、Wikipediaの「享栄高等学校」編集者は、当ブログからの出典であることを明示して掲載している。敬意を表したい。

*当ブログでは、「野球人」と認定した場合は現役・OBの区別なく全て「敬称略」とさせていただいている。ご了承願いたい。 


57年ぶり

 横手高校は57年振りの甲子園出場。アルプスの応援席には57年前に選手として出場した古老のOBも駆け付けてNHKのアルプスリポートに登場されました。

 57年前の昭和44年第51回大会決勝は、甲子園史に残る激戦として知られています。北奥羽代表三沢高校と北四国代表松山商業との決勝は延長18回引分け再試合となり、松山商業が剛腕太田を崩して優勝しました。この試合は親戚の家で全27イニングを見ていたのではっきりと覚えています。西奥羽代表横手高校の出場もおぼろげながらに覚えているような気がしますね。

 公立高校と野球強豪校との差は、体格を見れば一目瞭然です。かつて全国を制した銚子商業は、現在でも千葉では上位に出てきて関東大会に駒を進めることもありますが、浦和学院との試合前の整列で体格を比べてみると、横幅は半分くらいしかない。この日の試合でも、敦賀気比の一塁手と横手高校の一塁ランナーを比べてみればその差が際立っていることに多くの方が気付いたのではないでしょうか。

 結果は10対0。こんな試合は意味がないと考えるか、だからこそ意味があると感じるかは見る側の人間性の問題でしょう。

 

2026年8月10日月曜日

事実上の決勝戦

 チケットは完売。1回戦ながら「事実上の決勝戦」とも言われた横浜vs沖縄尚学戦は7対2で横浜が完勝。

 織田は力が抜けて頭が動かない軸回転のフォームに乱れはなかった。縦スラのキレは大阪桐蔭時代の藤浪以来の完成度です。打たれるとムキになって球が高めに浮く癖がありましたが、本日は常にリードを奪う展開で沖縄尚学に付け入るスキを与えなかった。

 「慶應式スコア」の練習も順調に進んでいます。スリーバント失敗で刺殺がキャッチャーに記録される記入方法など、細かな点の再チェックが必要ですね。 



2026年8月9日日曜日

22年 8月 月間MVP

月間MVP 
投手部門  
 太陽 真田重蔵 通算2回目 

 投手部門は史上空前の争いとなった。 
 
 清水秀雄は6勝2敗4完封。72回3分の2を投げて防御率0.99、WHIP0.94。  
 野口二郎は7勝1敗1完封。74回を投げて防御率1.34、WHIP0.78。  
 川崎徳次は6勝1敗3完封。56回を投げて防御率0.32、WHIP0.70。  
 真田重蔵は7勝2敗2完封。100回を投げて防御率1.08、WHIP0.98。 
 
 数字だけを見ると川崎徳次が有利に見えるが、真田重蔵の100イニング登板での成績は高く評価できる。延長12回自責点ゼロで引分け完投も2試合あった。 
 
 また、中谷信夫も5勝2敗1完封、56回3分の2を投げて防御率1.43、WHIP0.94と健闘した。

打撃部門
 南海 堀井数男 初受賞

 堀井数男は81打数32安打9得点9打点、打率3割9分5厘。
 堀井は8月25日までは65打数30安打。最後の4試合で少し打率を落としたが、圧倒的な成績を残した。月間四球数は2個だけと、積極的に打っていった結果であった。

 西沢道夫も64打数25安打8得点11打点、打率3割9分1厘と健闘した。西沢が戦後を代表する好打者に変貌を遂げるターニングポイントとなった月間成績であった。

2026年8月7日金曜日

野球の学校2026 公式記録員が教える「NPB式スコアの付け方」教室(上級編)

 8月20日に東京ドームで「野球の学校2026 公式記録員が教える『NPB式スコアの付け方』教室(上級編)」が行われるので行ってきます。

 「NPB式スコア」とは「慶應式スコア」のことで、現在ではほぼ全員が「早稲田式スコア」を付けていますが、プロ野球公式スコアだけは「慶應式スコア」で付けられており、当ブログがアップしているのも「慶應式スコア」を解読しているものです。

 本来であれば「初級編」と「中級編」に参加していなければ「上級編」には参加できませんが、筆者が約4千試合の一リーグ時代の「慶應式スコア」を解読していることはよく知られているので、特別に参加が許されたのかもしれません。

 「慶應式スコア」を解読することにかけては、NPB公式記録員を除けば日本で最も詳しいと思っていますが、実際の試合を見ながら「慶應式スコア」を付けるのは結構大変です。最も苦労するのは、1球毎に老眼鏡を外したり付けたりしながらスコアを付けることです。18イニング両手をフル稼働させなければなりません。

 取り敢えず、本日の甲子園第4試合のスコアを「慶應式」で付けてみました。8月20日までもう少し時間がありますので、予習をしておきます。当日は実際の試合を観ながら「慶應式スコア」を付けるというイベントです。東京ドームの公式記録員がスコアを付ける記録室も見学できるというのが最大の魅力です。