2015年11月29日日曜日

17年 名古屋vs大和 14回戦


10月21日 (水) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 名古屋 35勝53敗4分 0.398 森井茂 石丸進一
3 0 2 1 0 0 0 0 X 6 大和    23勝58敗10分 0.284 石原繁三

勝利投手 石原繁三 16勝23敗
敗戦投手 森井茂       4勝9敗

二塁打 (和)小松原、金子2

勝利打点 小松原博喜 3

猛打賞 (和)小松原博喜 1


苅田久徳、3つの併殺

 大和は初回、先頭の渡辺絢吾の当りは遊ゴロ、これをショート小鶴誠がエラー、木村孝平の中前打で無死一二塁、木下政文はストレートの四球で無死満塁、小松原博喜がレフト線に2点タイムリーを放って2-0、キャッチャー古川清蔵からの牽制に二走木下はタッチアウト、苅田久徳の三ゴロをサード芳賀直一がエラーして一死一二塁、鈴木秀雄は三振に倒れて二死一二塁、ここでダブルスチールを敢行、キャッチャー古川の三塁送球が悪送球となる間に小松原が還って3-0とする。

 大和は3回、一死後小松原が右中間に二塁打、苅田は左飛に倒れるが、鈴木が右前打から二盗を決めて二死二三塁、金子裕が右中間に二塁打を放って2点を追加、5-0とする。

 大和は4回、先頭の山田潔が四球を選んで出塁、トップに返り渡辺の遊ゴロでランナーが入れ替わり、木村が左前打、木下も左前打で続いて一死満塁、小松原の右前タイムリーで6-0と突き放す。

 大和先発の石原繁三は4安打4四球を許したが5回は「1-4-3」、6回は「6-4-3」、9回も「1-4-3」と3つの併殺で切り抜け今季4度目の完封、16勝目をあげる。3つの併殺にはセカンド苅田久徳が絡んでいる。大和は少し変わりそうだ。


 小松原博喜が4打数3安打3打点、勝利打点と猛打賞を記録した。


 

17年 阪神vs阪急 13回戦


10月20日 (火) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 阪神 44勝43敗5分 0.506 若林忠志
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 阪急 46勝42敗5分 0.523 小田野柏 森弘太郎

勝利投手 若林忠志 20勝13敗
敗戦投手 小田野柏   1勝2敗

二塁打 (神)平林

勝利打点 藤井勇 2

猛打賞 (神)平林栄治 1


若林忠志、6安打完封の巧投

 阪神は3回、一死後乾国雄が四球を選んで出塁、トップに返り塚本博睦の一塁内野安打で一死一二塁、松尾五郎は右飛に倒れるが、藤井勇の二遊間内野安打で二走乾が還り1点を先制する。これがこの試合両チーム唯一の得点であった。

 阪神先発の若林忠志はランナーを出しながらも粘り強いピッチング。三者凡退に抑えたの8回だけで、6安打4四球5三振、阪急の9残塁に助けられて今季3度目の完封、20勝目をあげる。


 今季の20勝投手はここまで野口二郎33勝、林安夫25勝、神田武夫24勝、広瀬習一21勝、須田博21勝で若林は6人目となるが、完封数は野口二郎16回、林安夫11回、神田武夫6回、広瀬習一10回、須田博6回に対して若林は僅かに3回目。神田は体調の問題で完投能力がなくなってきており、須田は病み上がりで完封が少ないという事情がある。若林の場合は打たせて取るピッチングスタイルに起因するものでしょう。


 平林栄治が4打数3安打二塁打1本でプロ入り初の猛打賞を記録した。平林は松本商業時代、戦後南海や中日で活躍して引退後は野球解説者やアマチュア野球記者となる土屋亨と共に昭和15年のセンバツと夏の甲子園に出場し、主力打者として夏の甲子園ではベスト4に進出する原動力となった。プロでは強打を発揮できなかったが、この試合では猛打賞の活躍であった。昭和18年を最後に兵役に就き、戦死することとなる。



*昭和15年センバツ出場時の松本商業のメンバー。「土屋亨」は「堀内」姓で出場している。(選抜高等学校野球大会50年史より)





*昭和15年夏の大会準決勝。平林栄治は3打数1安打3打点の活躍。センバツではセカンドだった土屋亨(堀内)は夏はサードに回った。海草中学は前年サードの真田がエースとなって二連覇を達成した。(全国高等学校野球選手権大会50年史より)



 

2015年11月28日土曜日

17年 南海vs朝日 13回戦


10月20日 (火) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8  9  計
0 0 0 2 0 0 0 0  0  2 南海 45勝47敗 0.489 川崎徳次 神田武夫
0 1 0 0 1 0 0 0 1X 3 朝日 40勝46敗6分 0.465 林安夫

勝利投手 林安夫     25勝21敗
敗戦投手 神田武夫 24勝18敗

二塁打 (朝)広田、林2

勝利打点 内藤幸三 4

猛打賞 (朝)酒沢政夫 2


林安夫25勝、ハーラー単独2位に浮上


 朝日は初回、先頭の坪内道則がストレートの四球、原秀雄の二ゴロの間に坪内は二進、岩田次男が四球を選んで一死一二塁、浅原直人の左前打で一死満塁、しかし林安夫は浅い左飛、早川平一は三ゴロに倒れて無得点。

 朝日は2回、先頭の広田修三がレフト線に二塁打、南海ベンチはここで不調の川崎徳次に代えて神田武夫をマウンドに送る。斉藤忠二は三振、酒沢政夫の三塁内野安打で一死一三塁、トップに返り坪内の左犠飛で1点を先制する。

 南海は4回、一死後岩本義行が四球を選んで出塁、国久松一の一塁内野安打で岩本は三塁に進み一死一三塁、国久が二盗を決めて一死二三塁、中野正雄の二ゴロをセカンド原がエラー、三走岩本に続いて二走国久もホームに還り2-1と逆転する。中野には1打点が記録された。

 朝日は5回、一死後浅原が三塁に内野安打、林がレフト線に二塁打、三塁に進んだ一走浅原が返球の隙を突いてホームに還り2-2の同点。林には打点は記録されていない。

 朝日は9回裏、先頭の酒沢が三塁線にセーフティバントを決めて出塁、トップに返り坪内がこの日3つ目の四球を選んで無死一二塁、ここで原に変わる代打内藤幸三が右前にサヨナラ打を放って朝日が接戦を制す。


 林安夫は3安打5四球1三振の完投で25勝目をあげる。林と24勝で並んでいた神田武夫は敗戦投手となってハーラー3位に転落する。



 

2015年11月24日火曜日

17年 南海vs阪急 14回戦


10月19日 (月) 西宮  
 
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 南海 45勝46敗 0.495 神田武夫
0 0 1 0 0 0 0 0 X 1 阪急 46勝41敗5分 0.529 天保義夫

敗戦投手 天保義夫   8勝4敗
敗戦投手 神田武夫 24勝17敗
セーブ  森弘太郎   9 

勝利打点 なし


神田-天保の戦い

 阪急は3回、二死後天保義夫が三塁に内野安打、トップに返りフランク山田伝の一打は一二塁間をゴロで抜け、これをライト岡村俊昭が後逸する間に一走天保がホームに還り1点を先制する。これが決勝点となった。

 阪急先発の天保は快調なピッチングで、3回は長谷川善三、5回は八木進にヒットを許したのみで南海打線を零封する。

 南海は6回、二死後岩本義行と国久松一が連続四球で出塁するが、続く中野正雄の当りは遊ゴロとなってスリーアウトチェンジ。

 南海は7回、先頭の神田が四球を選んで出塁、八木の投前送りバントはピッチャー天保が二塁に送球してフォースアウト、トップに返り柳鶴震の遊ゴロが「6-4-3」と渡ってダブルプレー。
 神田武夫がヒットを打たれたのは3回の2本だけ。2安打1四球無三振1失点の完投であったが17敗目を喫す。



 一方、阪急先発の天保義夫は6回3分の1を投げて3安打5四球で無失点。リリーフの森弘太郎は2回3分の2をパーフェクトピッチング、9セーブ目をマークする。


 南海は3安打で無得点、阪急は2安打で1得点であった。

 

2015年11月21日土曜日

17年 阪神vs朝日 14回戦


10月19日 (月) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 阪神 43勝43敗5分 0.500 御園生崇男
0 0 0 0 0 1 1 0 X 2 朝日 39勝46敗6分 0.459 内藤幸三

勝利投手 内藤幸三       3勝7敗
敗戦投手 御園生崇男 11勝14敗

二塁打 (朝)内藤

勝利打点 大島渡 1


内藤幸三、1安打ピッチング

 阪神は5回まで朝日先発の内藤幸三に無安打に抑え込まれる。

 初回、先頭の塚本博睦は三振、松尾五郎は捕邪飛、藤井勇の二ゴロをセカンド原秀雄がエラー、門前真佐人は四球を選ぶが、御園生崇男は投ゴロに倒れる。2回はカイザー田中義雄が一塁にバントヒットを試みるも失敗、野口昇は右飛、平林栄治は二ゴロに倒れる。

 3回、乾国雄は右飛、塚本、松尾は連続三振。4回、先頭の藤井が四球で歩くが、門前の三ゴロは「5-4-3」と渡ってゲッツー、御園生は三邪飛に倒れる。5回は、田中が左飛、野口は遊ゴロ、平林は二飛であった。

 阪神は6回、先頭の乾は捕邪飛、トップに返り塚本は右飛、松尾が四球を選んで二盗を決めて二死二塁、藤井のショートへの内野安打で松尾が一気にホームに還り1点を先制する。

 朝日打線も初回の原の左前打以降、阪神先発の御園生崇男に無安打に抑えられた。

 朝日は6回裏、先頭の斉藤忠二の三ゴロをサード乾がエラー、酒沢政夫が送って一死二塁、トップに返り坪内道則の二ゴロで二走斉藤は三進、原のピッチャー強襲ヒットで斉藤が還り1-1の同点とする。

 朝日は7回、一死後内藤幸三が右中間に二塁打、岩田次男の二ゴロで内藤は三進、大島渡が中前に決勝タイムリーを放って2-1とする。

 内藤幸三は阪神打線を1安打に抑え、4四球3三振1失点で完投、3勝目をあげる。7回には二塁打を放ち決勝のホームも踏んだ。

 一方、御園生崇男も無四球ピッチングであった。

 阪神は16個のフライアウトを記録したが、それ程内藤幸三のストレートは伸びていたのである。



 

2015年11月20日金曜日

出世頭



 祖父江東一郎が「猛打賞&勝利打点」を記録した昭和17年10月19日の「大洋vs名古屋 14回戦」をお伝えしたところです。


 2015年7月7日に、元電通常務であった祖父江東一郎氏(92歳)の訃報が伝えられています。この「祖父江東一郎氏」とは、昭和17(1942)年に大洋に入団して翌18年に西鉄に在籍し、昭和25年と26年に毎日オリオンズに在籍した「祖父江東一郎」と同一人物なのでしょうか。


  愛知県出身で、年齢も合致しています。


 電通で社長を務めて最高顧問から名誉相談役にまで昇りつめた成田豊氏は東大野球部出身なので、電通に野球部があったとしても不思議ではありません。


 アメリカ野球学会東京支部のメンバーにも協力してもらい、「祖父江東一郎氏」と「祖父江東一郎」は同一人物である可能性が高いことが分かりました。


 であれば、野球界OBでは祖父江が出世頭でしょう。


*当ブログでは「野球人」と認定した場合、原則として「呼び捨て」とさせていただいております。したがって、電通常務の祖父江東一郎氏は敬称付き、野球人祖父江東一郎は呼び捨てとさせていただきますのでご了承ください。


 

17年 大洋vs名古屋 14回戦


10月19日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 2 0 0 0 0 0 0 0 2 大洋     51勝33敗6分 0.607 野口二郎
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 名古屋 35勝52敗4分 0.402 西沢道夫 森井茂

勝利投手 野口二郎 33勝14敗
敗戦投手 西沢道夫   6勝9敗

二塁打 (大)(浅岡、野口二郎 (名)古川

勝利打点 祖父江東一郎 1

猛打賞 (大)祖父江東一郎 1


祖父江東一郎、猛打賞&勝利打点

 大洋は2回、先頭の浅岡三郎がレフト線に二塁打、富松信彦が右前打で続いて無死一三塁、祖父江東一郎が中前に先制タイムリーを放って1-0、名古屋ベンチはここで早くも先発の西沢道夫をあきらめて森井茂をマウンドに送る。宇野錦次の投前送りバントを森井が三塁に送球して二走冨松は三封、トップに返り中村信一の三ゴロで宇野が二封されて二死一三塁、中村が二盗を決めて濃人渉が四球を選び二死満塁、野口二郎の遊ゴロをショート小鶴誠が二塁に送球するがセーフ、この間に三走祖父江が生還して2-0、このプレーには野選が記録された。


 野口二郎は快調なピッチングを続けた。初回、二死後古川清蔵に右中間二塁打を許すが、以降は名古屋打線を抑え込んで無安打ピッチング。結局、1安打2四球2三振で今季16度目の完封、33勝目をマークする。野口二郎の1安打完封は今季4度目となる。


 祖父江東一郎が4打数3安打1得点1打点で猛打賞と勝利打点を記録した。祖父江に関しては、別項で特集します。


 

憎まれ役



 あまりの強さに「憎まれ役」に徹した相撲人生でした。


 昼のニュースでは病院に搬送されたとだけ伝わりましたが、帰ってくると訃報に変わっていました。「輪湖時代」と言われましたが、6歳年上の輪島は既にベテランの域に達しており、輪島の左下投げを凌ぎながら水入りの持久戦に持込む作戦で勝ち続けました。当時は赤鬼のような形相の輪島を応援していましたが、「ちょっと勝てないな」と思っていたのも事実です。


 筆者の知る限り、史上最強の横綱でしたね。

 

2015年11月19日木曜日

櫻井様からのご質問に対するご回答



 「17年 南海vs阪急 13回戦」に寄せられた櫻井様からのご質問に回答させていただきます。

質問内容

「宇佐美徹也氏の『プロ野球記録大鑑』のコラム内に、『2死で三塁に山下好一がいて、打者が外野に安打、ところが、山下好一はホームインしなかった』事が書かれてます。一応、宇佐美徹也氏がホームインしなかった理由を推測してますが、私には納得できる理由ではないです。その事について、『本当に山下好一は、2死から安打が出て生還しなかったのか?』『何かスコアカードに詳細が書かれてないか』」 


 問題のシーンは7回裏阪急の攻撃、二死後、山下好一の第4打席で、三塁内野安打で出塁して二死一塁、続く黒田健吾がレフト線に二塁打を放った場面のようです。第1打席から第3打席では後続の打者はヒットを打っていません。スコアカードの記述に従うと、二死で山下好一は三塁にはおらず一塁にいて、次打者黒田の二塁打で三塁に達しています。

 ここで重要なのは、山下好一の三進が「f」によるもの、すなわち「六番森田定雄の一打により三塁に進んだ」と誤って記載されていることです。当時のスコアカードでは、「誰による進塁か」は「アルファベット」で示されています。一番から順に「abc・・・」で示されており、五番は「e」、六番は「f」となります。

 四番山下好一が三塁内野安打で一塁に出塁し、五番「e」黒田健吾の二塁打で三塁に進んでいますので、本来であれば山下好一の三進は「e」によると書かれなければならないところ、「f」すなわち六番森田定雄の一打により三進したと誤って記載されています。

 したがって、宇佐美徹也氏は、「山下好一は既に三塁に進塁しているのに黒田の二塁打で生還しなかった」と誤認したのではないでしょうか。

 スコアカードの記載によると、「二死後四番山下好一が三塁内野安打で一塁に出塁し、五番黒田健吾の二塁打で山下好一が三進して二死二三塁となり、六番森田定雄が三ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ」となっています。

 「雑記」欄等には何も書かれていませんので、単なるスコアカードの誤記載が宇佐美徹也氏に誤解を生ぜしめたのではないでしょうか。



*「17年 南海vs阪急 13回戦」では、山下好一に続く打者がヒットを放ったのは7回の第4打席だけです。山下好一の三進が「f」によるもの、すなわち六番森田定雄によるものと誤って記載されています。正しくは、山下好一の三塁進塁は五番黒田健吾の二塁打によるもので、「e」によるものが正解です。

 宇佐美徹也氏の誤認も単純なミスのようですね。





 

2015年11月17日火曜日

17年 大和vs巨人 13回戦


10月19日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 大和 22勝58敗10分 0.275 広島清美
0 0 0 2 0 0 0 0 X 2 巨人 63勝25敗4分 0.716 藤本英雄

勝利投手 藤本英雄 5勝0敗
敗戦投手 広島清美 0勝2敗

本塁打 (巨)中島 7号

勝利打点 中島治康 17


広島清美1四球ピッチング

 大和は3回、先頭の山田潔がストレートの四球で出塁、トップに返り渡辺絢吾の投前バントをピッチャー藤本英雄が二塁に悪送球、一走山田は三塁に進んで無死一三塁、ここでダブルスチールを決めて1点を先制する。「雑記」欄には「二塁をカバーするものなく重盗を成功せしめた。」と書かれている。二遊間のミスであった可能性が高い。

 巨人は4回、先頭の白石敏男が四球を選んで出塁、楠安夫は遊飛に倒れるが、中島治康がレフトスタンドに逆転ツーランを叩き込んで2-1とする。これが決勝打となった。


 藤本英雄は小松原博喜に許した2安打のみに抑えて1失点、自責点ゼロの完投で入団以来5連勝を飾る。但し、投球内容は芳しくなかったようで、翌日の読売新聞によると「藤本には初陣当時の球速がない。あるいは相手を軽く見て調子を落としているのかもしれぬ。」とのこと。


 一方、大和戦発の広島清美は中島に一発を浴びたものの8回を完投して4安打1四球3三振の好投を見せた。この試合は59分で終了したが、この要因は四球乱発の藤本英雄ではなく、1四球に抑えた広島清美の快投にあった。巨人を完封していた可能性もあり、返す返すも中島に浴びた一発が痛かった。


 

2015年11月15日日曜日

17年 南海vs阪神 13回戦


10月18日 (日) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 0 1 2 南海 45勝45敗 0.500 川崎徳次 神田武夫
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 阪神 43勝42敗5分 0.506 玉置玉一 若林忠志

勝利投手 川崎徳次 14勝14敗
敗戦投手 玉置玉一   1勝1敗
セーブ     神田武夫   6

二塁打 (南)岡村 (神)門前

勝利打点 岩本義行 7

猛打賞 (神)塚本博睦 4


川崎-神田が完封リレー

 南海は5回まで1安打無得点。阪神も5回まで2安打無得点であった。

 南海は6回、一死後猪子利男がセンター右にヒット、岡村俊昭がレフト線に二塁打を放って一死二三塁、阪神ベンチはここで先発の玉置玉一を下げて若林忠志監督が自らマウンドに上がるが、岩本義行が中前にタイムリーを放って1点を先制する。

 阪神は7回、一死後門前真佐人が右中間に二塁打を放つと代走に上田正を起用、若林の右前打で一死一三塁、南海はここで先発の川崎徳次から神田武夫にスイッチ、野口は三直に倒れて二死一三塁、ここで一走若林がディレードスチールを試みるが「1-4-3」と渡ってタッチアウト、若林には盗塁失敗が記録された。

 南海は9回、一死後国久松一の当りは遊ゴロ、これをショート野口昇がエラーして一死一塁、中野正雄の右前打で一死一二塁、神田が投前に送りバントを決めて二死二三塁、ここで三走国久がホームスチールを決めて2-0とする。二走中野にも三盗が記録されているのでサインによるものだったようだ。


 南海戦発の川崎徳次は6回3分の1を投げて4安打2四球1三振無失点、14勝目をあげる。リリーフの神田武夫は2回3分の2を2安打無四球無三振無失点に抑えて6個目のセーブを記録した。


 阪神のトップバッター塚本博睦が4打席3打数3安打1四球で2盗塁を記録したが、阪神は二番から四番までが無安打でリードオフマンの活躍を活かせなかった。


 

2015年11月14日土曜日

17年 朝日vs阪急 15回戦


10月18日 (日) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 計
0 0 0 0 0 0 2 0 0  0   0  2 朝日 38勝46敗6分 0.452 林安夫
0 0 0 0 0 2 0 0 0  0 1X  3 阪急 45勝41敗5分 0.523 笠松実 森弘太郎

勝利投手 森弘太郎 19勝16敗
敗戦投手 林安夫     24勝21敗

勝利打点 小田野柏 1


小田野柏、サヨナラ打

 5回まで両軍無得点。阪急は二塁も踏めなかったが、朝日は2回、3回とスコアリングポジションに走者を送りながら得点できなかった。

 阪急は6回、二死後上田藤夫が四球を選んで出塁、黒田健吾のレフト線ヒットで上田は三塁に進み、黒田も二盗を決めて二死二三塁、ここで山下好一が中前に2点タイムリーを放ち2-0とする。

 朝日は7回、先頭の浅原直人が左前打で出塁、阪急ベンチはここで先発の笠松実から森弘太郎にスイッチ、続く岩田次男の打席で浅原が二盗に成功、岩田のカウントがツースリーとなったところで阪急はレフト山下好一とライト小田野柏を入れ替えた。岩田が四球を選んで無死一二塁、林安夫の遊ゴロで岩田は二封、林が二盗を決めて一死二三塁、早川平一に代わる代打内藤幸三の二ゴロで三走浅原がホームに突っ込みセカンド上田がバックホーム、タイミングはアウトであったがキャッチャー日比野武が後逸して浅原はホームイン、更に二走林もホームに還って2-2の同点に追い付く。阪急はキャッチャーを日比野から池田久之に交代。

 この後リリーフの森は10回まで朝日打線を無安打に抑える。朝日先発の林も7回から10回まで阪急打線を無安打に抑えて試合は膠着状態に陥った。

 朝日は11回表、一死後広田修三が左前打、浅原も左前打で続いて一死一二塁、続く岩田次男の打球はショートライナー、二走広田は一発を狙ってスタートを切ったが「6-4」と送られてダブルプレー。ボールの飛ばない当時は外野の守備位置が浅く、ワンヒットで得点が難しかったので広田の走塁は一概には責められない。とは言え、この一打が明暗を分けた。

 阪急は11回裏、二死後黒田が中前打で出塁、山下好一が右前打で続いて二死一二塁、ここで小田野柏が中前にサヨナラ打を放ち試合を決めた。


 森弘太郎は5イニングを2安打1四球2三振1失点に抑えて19勝目をあげる。

 林安夫は10回3分の2を完投して7安打1四球3三振であった。


 10月15日に戦場から帰還後初勝利をあげた小田野柏が、この日は外野に入ってサヨナラ打を放つ活躍を見せた。帰還兵の活躍はよく見られるが、小田野も例外ではなかった。


 

2015年11月13日金曜日

17年 巨人vs名古屋 14回戦


10月18日 (日) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 2 0 1 0 0 3 巨人     62勝25敗4分 0.713 須田博
0 0 0 0 0 2 0 0 0 2 名古屋 35勝51敗4分 0.407 石丸進一

勝利投手 須田博     21勝6敗
敗戦投手 石丸進一 14勝17敗

三塁打 (名)岩本

勝利打点 楠安夫 4


小鶴誠3失策

 巨人は初回、二死後楠安夫が中前打、一気に二塁を狙うが「8-6-4」と送球されてタッチアウト。

 巨人は3回、先頭の小池繁雄の遊ゴロをショート小鶴誠が一塁に悪送球する間に打者走者の小池が二塁に進むが、須田博は三ゴロ、トップに返り呉波の二ゴロの間に小池は三進するが、白石敏男は二ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。

 巨人は5回、二死後呉がバントヒット、白石の右前打をライト岩本章が逸らす間に一走呉が快足を飛ばしてホームに還り1点を先制、打者走者の白石は二塁に進み、楠安夫の遊ゴロをショート小鶴がエラーする間に二走白石も還って2-0とリードする。

 名古屋は6回、先頭の石丸藤吉が中前打で出塁、岩本が左中間に三塁打を放って1-2、古川清蔵は四球を選んで一死一三塁、吉田猪佐喜の二ゴロの間に三走岩本が還って2-2の同点に追い付く。

 巨人は7回、先頭の呉の当りは遊ゴロ、しかしショート小鶴が又もや一塁に悪送球、白石の右前打で無死一二塁、楠の一二塁間内野安打で二走呉が再び快足を飛ばしてホームに還り3-2と勝ち越す。


 須田博は4安打5四球4三振の完投で21勝目をあげる。

 名古屋戦発の石丸進一は9回を完投して8安打3四球2三振3失点であったが自責点はゼロだった。

 その要因は名古屋の4失策にある。5回の2失点はライト岩本章もとのエラーとショート小鶴のエラー、7回の決勝点もショート小鶴のエラーに端を発した。小鶴は3回にも悪送球しており3失策を記録した。

 一方、巨人の勝因は呉波の快足にあった。呉は5回、ライト岩本のエラーで一塁から一気に生還、7回には楠の内野安打で二塁から生還して決勝のホームを踏んだ。


 

2015年11月9日月曜日

30年ぶり 最終回



 締めはリッチ・ゲイルです。


 1980年ワールドシリーズでは最終の第6戦に登板して「‟被”胴上げ投手」となりましたが、阪神移籍後1985年の日本シリーズでは「胴上げ投手」となりました。






 

30年ぶり ⑦



 ロイヤルズのスピード野球の象徴だったウィリー・ウィルソン。


 通算2,207安打、668盗塁の記録からは殿堂候補ですが、現役中にコカイン保持で逮捕されていますので有りえません。盗塁王が1回というのも不思議ですが、当時のア・リーグにはリッキー・ヘンダーソンがいたので致し方のないところです。





 

17年 大洋vs大和 12回戦


10月18日 (日) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 計
0 1 0 0 0 0 0 0 0  0   0   0  1 大洋 50勝33敗6分 0.602 重松通雄 古谷倉之助
1 0 0 0 0 0 0 0 0  0   0   0  1 大和 22勝57敗10分 0.278 石原繁三

二塁打 (大)野口明、濃人 (和)渡辺、苅田
本塁打 (大)祖父江 2号

勝利打点 なし


祖父江東一郎、攻守に活躍

 大和は初回、先頭の渡辺絢吾が右中間に二塁打、木村孝平の左前打で無死一三塁、金子裕の遊ゴロが「6-4-3」と渡る間に三走渡辺が還って1点を先制する。この場合、金子には打点は記録されない。

 大洋は2回、先頭の野口明が左中間に二塁打、富松信彦の一ゴロをファースト金子が逸らして打球は外野に抜け、二走野口明は三塁ベースを蹴ってホームに向かうが、ライト渡辺からの送球にタッチアウト、打者走者の富松も一塁ベースを蹴って二塁に向かうがキャッチャー木下政文から二塁ベースカバーの山田潔に転送されてタッチアウト、「9-2-6」のダブルプレーが記録された。

 大和は2回裏、先頭の苅田久徳がレフト線に二塁打、山田の右前打で二走苅田がホームを突くが、ライト祖父江からのバックホームにタッチアウト。

 大洋は3回から先発の重松通雄に代えて古谷倉之助をマウンドに送り、古谷は10回を投げて3安打2四球3三振で無失点。

 大和戦発の石原繁三は12回を完投して6安打3四球無三振で1失点。結局、延長12回引き分けた。


 大洋の祖父江東一郎は同点ホームランとライトからの好返球を見せて好守に活躍した。


 大洋11回の攻撃で、一死後野口明が左前打を放ち、富松の二fゴロはセカンド苅田が一塁に送球し、ファースト鈴木秀雄からセカンド苅田に転送されて一走野口明はタッチアウト、「4-3-4」のダブルプレーが記録された。富松の二ゴロを捕球したセカンド苅田が一走野口明が走らなかったのを見て先にファーストに送球してファースト鈴木秀雄からの転送を受けて野口明にタッチしたもので、苅田は二塁ベースカバーのショート山田に送球して「6-4-3」のゲッツーにしてもよかったが、ショーマンシップに溢れる苅田は先に一塁に送球しても野口明をタッチアウトにできると判断して一塁に送球したようだ。


 翌日の読売新聞に掲載された鈴木惣太郎の試合評は、紙面の大半を割いて「11回一死後野口兄が左翼安打に出て延長戦を決すべき大洋唯一の好機であった。すると次の富松が二ゴロして野口は二塁に突進したがこの時早く苅田は前進してこのゴロを拾い上げ野口の前進路に立ちふさがって球をつける姿勢を示すと、野口は逆行するとみせて立ちどまったが苅田はこの手に乗らず直ぐ一塁に投げて富松を刺し、野口が二塁へ走らんとする出鼻を捕えて一塁からの返球で併殺を完成。稀にみる美技に感嘆の声暫くは鳴りやまなかった。」と書いている。このプレーの真相は分からないが、鈴木惣太郎が苅田の復帰を喜んでいたことは文面から察せられる。


 

2015年11月8日日曜日

30年ぶり ⑥



 この大会の目玉はジョージ・ブレットでした。


 ブレットは1976年、1980年、1990年と3つのディケードで首位打者となった史上唯一の選手です。惜しかったのは1900年代と1910年代で12回首位打者となったタイ・カッブで、1921年は3割8分9厘をマークしながら弟子のハリー・ハイルマンが3割9分4厘、1922年は4割1厘をマークしながらジョージ・シスラーが4割2分、1925年も3割7分8厘をマークしながら又もハリー・ハイルマンの3割9分3厘にやられました。


 1980年代のプレイヤー・オブ・ザ・ディケードはマイク・シュミットでしたが、オジー・スミスでも、ジョージ・ブレットでもおかしくはなかった。





 

17年 第20節 週間MVP



 今節は名古屋が4勝0敗、巨人が4勝1敗、阪急が2勝2敗1分、大洋が2勝2敗、阪神が2勝2敗、南海が2勝3敗、朝日が1勝3敗1分、大和が0勝4敗であった。


週間MVP

投手部門

 名古屋 石丸進一 2

 今節2勝0敗。15日の大洋戦は野口二郎に投げ勝った。

 巨人 藤本英雄 1

 今節2勝0敗1完封。

 巨人 須田博 4

 今節2勝0敗1完封。


打撃部門

 名古屋 小鶴誠 2

 今節12打数4安打4得点4打点。

 巨人 青田昇 2

 今節15打数7安打1得点4打点

 名古屋 本田親喜 1

 今節13打数4安打ながら3得点4打点。10月11日の大和戦では一試合2本塁打を放った。

 阪神 御園生崇男 2

 今節7打数4安打ながら3得点4打点。勝利打点2個と2盗塁も記録した。


殊勲賞

 大洋 古谷倉之助 2

 12日の名古屋戦で強打の名古屋打線を1安打に抑えながら敗戦投手。

 朝日 内藤幸三 1

 13日の阪急戦で9回代打決勝打。

 
敢闘賞

 南海 神田武夫 2 

 11日の朝日戦で生涯最後の勝利を完封で飾る。

 南海 岡村俊昭 2

 今節17打数7安打の活躍。

 大洋 浅岡三郎 1

 今節14打数5安打の活躍。


技能賞

 阪神 門前真佐人 1

 15日の大和戦で隠し玉を決める。

 南海 八木進 3

 15日の朝日戦で清水秀雄を助ける補殺を2個決める。


 

2015年11月7日土曜日

30年ぶり ⑤



 ホワイトと二遊間を組んだワシントン。


 守備だけならタイガースのトラメル-ウィテカーに匹敵するキーストーンコンビでした。






 

17年 阪急vs巨人 12回戦


10月15日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 2 0 0 0 0 0 0 2 阪急 44勝41敗5分 0.518 小田野柏 森弘太郎
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 巨人 61勝25敗4分 0.709 川畑博 藤本英雄

勝利投手 小田野柏 1勝1敗
敗戦投手 川畑博     0勝5敗
セーブ      森弘太郎 8

二塁打 (急)上田、中村

勝利打点 上田藤夫 1


小田野柏、4年ぶりの勝利

 阪急は初回、先頭の西村正夫が四球で出塁するが二盗に失敗、フランク山田伝が四球を選び、上田藤夫の三ゴロでランナーが入れ替わって二死一塁、 山下好一の二ゴロをセカンド坂本茂がエラー、黒田健吾が四球を選んで二死満塁、しかし小田野柏は二ゴロに倒れて無得点。2回も一死後森田定雄が四球を選ぶが無得点。

 阪急は3回、先頭の山田は遊ゴロ、この打球をショート白石敏男がエラーして無死一塁、上田の左中間二塁打で山田が快足を飛ばしてホームに還り1点を先制、山下好一は遊ゴロに倒れ、黒田の左飛で二走上田がタッチアップから三塁に進んで二死三塁、小田野が中前にタイムリーを放って2-0とする。

 阪急は4回、森田、中村栄が連続四球、巨人戦発の川畑博はここまで6四球を乱発して降板、藤本英雄が二番手のマウンドに上がる。トップに返り西村の投前バントを藤本は三塁に送球、タイミングはアウトであったがサード小池繁雄が落球して無死満塁、しかし山田は浅い中飛、上田の二ゴロは「4-6-3」と渡って追加点はならず。

 巨人打線は阪急戦発の小田野が打てず6回まで無得点。7回、先頭の伊藤健太郎が四球を選ぶと代走に林清一を起用、阪急ベンチはここで好投の小田野から森弘太郎にスイッチ、小暮力三は左飛、坂本の二ゴロで林は二封、小池も三直に倒れてこの回も無得点。


 森弘太郎は8回、9回とヒットを許しながら無失点で切り抜け、今季8個目のセーブを記録する。


 小田野柏は6回3分の0を投げて3安打4四球無三振無失点、昭和13年8月29日以来4年ぶりの勝利をあげる。本日の西宮は第一試合が清水秀雄、第二試合が小田野柏と、懐かしい顔ぶれによる勝利投手となった。






*小田野-森の完封リレー。相変わらず「小野田柏」と間違ったスタンプが押されている。





 

30年ぶり ④





 守備で魅せたフランク・ホワイト。





 

17年 朝日vs南海 12回戦


10月15日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 朝日 38勝45敗6分 0.458 林安夫
1 0 0 0 1 0 0 0 X 2 南海 44勝45敗 0.494 清水秀雄 神田武夫

勝利投手 清水秀雄 1勝0敗
敗戦投手 林安夫   24勝20敗
セーブ 神田武夫 5

二塁打 (朝)斉藤 (南)清水、岡村

勝利打点 別所昭 1

猛打賞 (南)岡村俊昭 4


清水秀雄、帰還後初勝利

 南海は清水秀雄が先発。戦場から帰還して代打で2度出場していましたが、マウンドに上がるのは初めてです。

 注目の立ち上がりは、先頭の坪内道則に三塁内野安打を許すがキャッチャー八木進が牽制で刺してくれた。これが大きかった。続く原秀雄も四球で歩かせるが、岩田次男は三振、浅原直人を捕邪飛に打ち取り無失点で切り抜ける。

 南海は初回、先頭の柳鶴震が右前打で出塁、国久松一が送って一死二塁、岡村俊昭が中前打、岩本義行は四球を選んで一死満塁、別所昭の中犠飛で清水に1点をプレゼントする。

 南海は5回、二死後国久が三塁内野安打かrふぁ二盗に成功、岡村の左中間二塁打で2-0として清水を援護する。

 清水は2回~4回を無安打に抑えて調子を上げてきた。5回、一死後林安夫に左前打を許すが早川平一を三ゴロ併殺に打ち取る。6回はショート長谷川善三とファースト中野正雄のエラーで一死二三塁のピンチを迎えるが、原の投ゴロで飛び出していた三走長谷川を刺し、岩田も三ゴロに打ち取り無失点。7回は先頭の浅原を四球で歩かせるが、ここも八木が二盗を刺す。更に広田修三、林と連続三振。

 朝日は8回、一死後斉藤忠二がレフト線に二塁打、酒沢政夫は四球を選んで一死一二塁、南海ベンチはここで好投を続けてきた清水から神田武夫にスイッチ、トップに返り坪内の三ゴロで酒沢が二封されて二死一三塁、ここでダブルスチールを敢行するが「2-6-2」と転送されて三走斉藤はタッチアウト。


 神田武夫は9回を三者凡退に抑えて今季5個目のセーブをあげる。


 清水秀雄は7回3分の1を投げて3安打4四球6三振の力投で無失点に抑え、復帰後初勝利を飾った。



*南海は清水-神田で完封リレー。






 

2015年11月5日木曜日

30年ぶり ③



 ぎこちない下手投げが印象的だったダン・クイゼンベリー。


 「紹介欄」には「日本の下手投げ投手を参考にしたいという研究熱心なマジメ人間。さすが選手会長だ。」と書かれています。 

 
 クイゼンベリーは来日前年の1980年に下手投げに転向したばかりで、流れるようなアンダーハンドが多い日本人投手を勉強しようとしていたようです。この大会には松沼博(兄やん)、大町定夫、小林繁、柳田豊が出場しています。最も参考になったのはオーソドックスな下手投げだった大町ではないでしょうか。



 1968年に日米野球で来日したセントルイス・カージナルス時代のスティーブ・カールトンが成田のスライダーを習得して大投手に成長していったことを知っていたのでしょう。


 小林や柳田の変則投法は参考にしない方がいい。兄やんは力投型の下手投げで「流れるような」とは言いがたい。「史上最高の下手投げフォーム」山田久志に最も似ていた大町を参考にするべきでは。




*初めてテレビで見た時は「何じゃい、このフォームは!」と思ったものです(正直な気持ち、失礼!(笑))。




 

17年 名古屋vs大洋 13回戦


10月15日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 2 0 0 0 0 0 2 名古屋 35勝50敗4分 0.412 石丸進一
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 大洋     50勝33敗5分 0.602 野口二郎

勝利投手 石丸進一 14勝16敗
敗戦投手 野口二郎 32勝14敗

三塁打 (名)小鶴 (大)野口明

勝利打点 小鶴誠 4


石丸進一、2安打完投

 名古屋は3回、一死後芳賀直一が中前打、トップに返り石丸藤吉は右前打、しかし岩本章は遊飛、古川清蔵は遊ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。

 名古屋は4回、先頭の吉田猪佐喜が中前打、小鶴誠が右中間に三塁打を放って1点を先制、本田親喜は遊ゴロに倒れて一死三塁、桝嘉一の左前タイムリーで2-0とする。

 大洋は4回裏、一死後野口明が右中間に三塁打、しかし富松信彦は一ゴロ、浅岡三郎は遊飛に倒れて無得点。

 大洋は8回、一死後佐藤武夫が四球を選んで出塁、佐々木光雄に代わる代打中村民雄が左前打、レフト吉田がこの打球を弾いて一死二三塁、トップに返り中村信一はストレートの四球で一死満塁、濃人渉の遊ゴロ併殺崩れの間に三走佐藤が還って1-2、濃人が二盗を決めて二死二三塁、しかし野口二郎は一ゴロに倒れて反撃もここまで。

 4回両軍の攻撃、名古屋は小鶴誠の三塁打で2点を取り、大洋は野口明の三塁打を生かせなかった。


 石丸進一は2安打5四球1三振1失点、自責点ゼロの完投で野口二郎に投げ勝ち、14勝目をあげる。




*石丸進一は野口二郎に投げ勝った。






 

2015年11月3日火曜日

30年ぶり ②



 それまで来日した大リーグチームは「パワー」が売り物でしたが、1981年のカンザスシティ・ロイヤルズは「スピード」を売り物にしていました。したがって、一般的には盛り上がりに欠け、興行的には成功とは言えなかったかもしれません。


 「週間ベースボール増刊 カンザスシティ・ロイヤルズの全て 必携観戦ガイド」では、八木一郎と福島良一による対談が掲載されており、「ロイヤルズは本物の‟走る野球”を見せてくれる」のタイトルが躍っています。


 ロイヤルズの‟走る野球”の下地は79年まで監督を務めたホワイティ・ハーゾクによって作り上げられたものです。ハーゾクの「ホワイティ・ボール」は80年から監督を務めたカージナルスで花開き、80年代の大リーグを席捲することとなります。




*八木一郎と福島良一による対談。




 

17年 阪神vs大和 14回戦


10月15日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 阪神 43勝41敗5分 0.512 玉置玉一 若林忠志
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 大和 22勝57敗9分 0.278 石原繁三

勝利投手 玉置玉一   1勝0敗
敗戦投手 石原繁三 15勝23敗
セーブ     若林忠志   3

勝利打点 御園生崇男 6


玉置玉一、生涯唯一の勝利投手

 大和は大洋から移籍してきた苅田久徳が監督兼選手となって、この試合からセカンドでグラウンドに復帰した。

 阪神先発の玉置玉一は前半から慎重なピッチングで大和打線を抑える。初回は三者凡退、2回は一死後小松原博喜、杉江文二に連続四球を与えるが二走小松原を牽制で刺してピンチを切り抜ける。3回は先頭の苅田を二ゴロに打ち取るがセカンド平林栄治がエラー、しかし山田潔を二ゴロに打ち取り今度は「4-6-3」と渡ってダブルプレー。4回は先頭の金子裕に初ヒットとなる一塁内野安打を許し、木下政文に送られて一死二塁とするが、小松原を捕邪飛、杉江を一ゴロに打ち取る。5回、先頭の石原繁三に右前打を許すが外野から戻ってきた白球をファースト門前真佐人が隠し持っており、石原が離塁するとタッチ、「隠し玉」が成立してピンチが消滅した。

 「隠し玉」は武士道精神に反するということで昭和18年に禁止されることとなるので、これが戦前最後の「隠し玉」となる可能性があります。

 阪神打線も大和先発の石原を打てず、7回まで無安打。エラーや四球や死球で走者は出すが、1回、2回、4回と併殺でチャンスの芽を摘んだ。

 阪神は8回、先頭の玉置が初ヒットとなる三塁内野安打で出塁、野口昇が送って一死二塁、平林に代わる代打御園生崇男がレフト線にタイムリーを放って1点を先制する。

 大和は8回裏、先頭の苅田がストレートの四球で出塁、阪神若林忠志監督はここまで好投を続けてきた玉置を下げて自らマウンドに上がる。山田が送って一死二塁、ここでファーストの門前を下げてライトの藤井勇をファーストに回し、ライトに上田正を入れる。トップに返り渡辺絢吾は遊ゴロ、木村孝平は投ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。


 若林は9回も大和の反撃を三者凡退に抑えて今季3個目のセーブを記録、玉置玉一がプロ入り初勝利を飾る。


 阪神は3安打、大和は2安打。阪神は3併殺を記録してチームの打数は「27」、大和は牽制死と隠し玉と2つの犠打があってチームの打数は「25」、両チーム合計「52打数」であった。プロ野球記録は「51打数」で、2008年5月2日の阪神vsヤクルト戦など複数回記録されているようです。


 東邦商業時代は昭和16年のセンバツ優勝投手であった玉置は戦後も長く打者として活躍し、昭和24年から登録名が安居玉一となって昭和33年に引退するが、プロでマウンドに立ったは昭和17年だけであり、この日の勝利が唯一の勝利投手となる。



*苅田久徳が八番セカンドで大和のスターティングラインナップに名を連ねた。











*1941年センバツ決勝。東邦商業の四番ピッチャーは玉置玉一、一宮中学の四番ピッチャーは林安夫(林兄)でした。写真は「選抜高等学校野球大会50年史」より。








 

30年ぶり ①




 カンザスシティ・ロイヤルズが1985年以来30年ぶりにワールドシリーズを制しました。


 ロイヤルズは1981年に単独チームとして日米野球で来日していますので日本にもファンが多い。ということで、1981年11月7日発行の「週間ベースボール増刊 カンザスシティ・ロイヤルズの全て 必携観戦ガイド」から、当時のロイヤルズをシリーズでお届けしていきます。



*表紙は当然ジョージ・ブレットでした。



 

2015年11月2日月曜日

17年 南海vs巨人 13回戦


10月13日 (火) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 南海 43勝45敗 0.489 須田博
2 0 0 0 1 1 0 0 X 4 巨人 61勝24敗4分 0.718 石田光彦 川崎徳次

勝利投手 須田博   20勝6敗
敗戦投手 石田光彦 6勝12敗

勝利打点 坂本茂 2


須田博20勝!

 南海は初回、先頭の柳鶴震がストレートの四球で出塁、猪子利男の投ゴロでランナーが入れ替わり、岡村俊昭の右前打で一死一二塁、岩本義行が四球を選んで一死満塁、国久松一は浅い左飛に倒れて二死満塁、中野正雄の左前タイムリーで1点を先制、二走岡村も三塁ベースを蹴ってホームを狙うが、レフト青田昇の強肩の前にタッチアウト。

 巨人は1回裏、先頭の呉波が左前に流し打って出塁、白石敏男はストレートの四球で無死一二塁、楠安夫が送りバントを決めて一死二三塁、中島治康はストレートの四球で一死満塁、青田は三振に倒れるが、小暮力三がツースリーから押出し四球を選んで1-1の同点、坂本茂はストレートの押出し四球で2-1と逆転する。南海ベンチは4四球を乱発した先発の石田光彦を下げて川崎徳次を投入、小池繁雄は一飛に倒れてスリーアウトチェンジ。

 初回に2安打を許した巨人戦発の須田博は2回以降、5回まで無安打ピッチング。

 巨人は5回、先頭の呉が中前打で出塁、白石の二ゴロの間に呉は二進、楠は四球を選んで一死一二塁、中島が左前にタイムリーを放って3-1とする。

 巨人は6回、一死後坂本が四球を選んで出塁、小池は二飛に倒れて二死一塁、坂本が二盗を決めて二死二塁、須田が右前にタイムリーを放って4-1と突き放す。


 須田博は6安打4四球3三振の完投で20勝目をあげる。須田は初回に崩れかけたが、レフト青田昇のバックホームに救われた。青田はこの試合3打数無安打であったが隠れた殊勲者であった。


 勝利打点は決勝の押出し四球を選んだ坂本茂に記録された。坂本は4打席1打数1安打3四球で出塁率10割、6回は二盗を決めた直後に須田のタイムリーで貴重な4点目のホームを踏む活躍を見せた。


 

2015年11月1日日曜日

17年 朝日vs阪急 14回戦


10月13日 (火) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 2 3 朝日 38勝44敗6分 0.463 林安夫
0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 阪急 43勝41敗5分 0.512 森弘太郎

勝利投手 林安夫     24勝19敗
敗戦投手 森弘太郎 18勝16敗

勝利打点 内藤幸三 3


内藤幸三、代打決勝タイムリー

 朝日は4回、先頭の岩田次男が三塁に内野安打、浅原が中前打で岩田は三塁に進み、浅原が二盗に成功して無死二三塁、広田修三が四球を選んで無死満塁と絶好の先制チャンス、ところが林安夫は三振、大島渡も三振、斉藤忠二は三ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。朝日は5回から7回は三者凡退に抑えられた。

 阪急は4回裏、二死後山下好一がピッチャー強襲ヒット、黒田健吾の右前打をライト浅原直人が後逸する間に一走山下好一が長駆ホームに還り1点を先制する。

 朝日は8回、先頭の酒沢政夫が中前打で出塁、トップに返り坪内道則の投前送りバントはピッチャー森が素早く処理して酒沢は二封、原秀雄の二ゴロの間に坪内が二進して二死二塁、岩田が左前に同点タイムリーを放って1-1と追い付く。

 阪急は8回裏、一死後西村正夫が四球で出塁すると二盗に成功、フランク山田伝も四球を選んで一死一二塁、上田藤夫の一ゴロの間に二者進塁して二死二三塁、しかし山下好一は中飛に倒れて勝ち越すチャンスを逸す。

 朝日は9回、一死後広田が三塁に内野安打、林の三ゴロをサード黒田がエラーして一死一二塁、阪急ベンチはここでレフトを山下好一から小田野柏に交代、大島に代わる代打内藤幸三が右中間にタイムリーを放ち二走広田が生還して2-1と勝越し、一走林も三塁に進み、センター山田からの返球が高く逸れて白球がバックネットまで転々とする間に三塁に進んでいた林もホームに還り3-1とする。当時はまだピッチャーがバックアップに入る習慣が確立されていなかったようだ。

 阪急は9回裏、先頭の黒田がレフト線にヒットを放つが二塁を欲張り、この回からレフトに入っていた内藤からの二塁送球にタッチアウト、この時点で万事休した。

 林安夫は5安打3四球1三振、自責点ゼロの完投で24勝目をあげる。


 阪急守備陣は8回までノーエラーであったが、9回に黒田健吾、フランク山田伝と二人の名手が犯したエラーで自滅した。


 9回に代打に出て決勝打を放った内藤幸三は、その裏レフトに入って黒田を二塁に刺す活躍を見せた。本職の投手としては秋季リーグ戦に入って快投を続けて9月・10月の月間MVPを受賞、打と守でも好調朝日を引っ張っている。