2026年5月19日火曜日
22年 巨人vs東急 10回戦
2026年5月17日日曜日
22年 中日vs太陽 12回戦
2026年5月15日金曜日
22年 大阪vs東急 13回戦
2026年5月12日火曜日
訂正のお知らせ
読者の方からの質問により、2016年1月24日付け「17年 阪神vs巨人 15回戦」における3回裏巨人の攻撃での得点シーンを修正しました。
私の解読ミスによるものでした。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願い申し上げます。
3回裏二死三塁からの得点シーン
(誤)楠安夫のタイムリー→(正)玉置玉一のワイルドピッチにより三走須田博が生還
2026年5月9日土曜日
22年 阪急vs金星 13回戦
2026年5月7日木曜日
歴史的発見
平山菊二が「塀際の魔術師」と呼ばれていたことは多くの野球ファンが知っている。
昭和23年の東西対抗で、飯田徳治のレフトへの大飛球を塀によじ登ってキャッチし、大和球士が「塀際の魔術師」と名付けた逸話は有名である。
その1年前、昭和22年8月21日に後楽園球場で行われた巨人対南海7回戦、2回裏に山本一人がレフトファウルゾーンに放った飛球を平山菊二がキャッチした。記録は「FF7」、左邪飛、レフトファウルフライであった。この試合の公式記録員山内以九士は、スコアカードの「雑記」欄に「スタンドへ手を延して好捕す」と記したのである。
これが記録に残る最初の「塀際の魔術師」であった。
平山は戦前から外野守備を得意としていた。昭和16年4月20日、甲子園球場で行われた阪神対巨人1回戦、8回裏に森国五郎が放ったレフトファウルゾーンへの飛球を平山がキャッチしたが、このプレーについて翌日の読売新聞は、三宅正夫の署名入り記事で「守っても8回森の難邪飛球を好捕した平山の働きは激賞してよい。」と伝えている。
平山が昭和23年の東西対抗で突然魔術を身に付けたのではないことを歴史が証明している。真実は当ブログにある。
2026年5月6日水曜日
22年 巨人vs南海 7回戦
2026年5月2日土曜日
22年 第16節~18節 合算週間MVP
2026年5月1日金曜日
22年 金星vs南海 10回戦
2026年4月29日水曜日
22年 太陽vs中日 11回戦
2026年4月27日月曜日
2026年4月26日日曜日
22年 中日vs南海 13回戦
2026年4月24日金曜日
22年 巨人vs大阪 13回戦
2026年4月23日木曜日
22年 金星vs太陽 12回戦
2026年4月21日火曜日
22年 阪急vs東急 10回戦
2026年4月18日土曜日
1日で13本の三塁打
昭和22年8月16日に松本県営球場で行われた第1試合の巨人対阪急戦では巨人が1イニング三塁打4本の新記録。
第2試合の大阪対東急戦では大阪が4本、東急が5本の三塁打を記録。
当時の長野県営松本野球場(現・セキスイハイム松本スタジアム)は外野スタンドが無く、外野の奥はロープを張ってそこを抜けた場合は「三塁打」という「グラウンドルール」であった。
したがって、外野を抜けた打球の多くがロープを超えて三塁打となったのが要因であった。
第2試合では大阪と東急が4人ずつ猛打賞を記録。
これは外野にロープを張っていたことと直接は関係ない。
恐らく、グラウンド状態も良くなくイレギュラーバウンドが多かったのではないか。東急の左翼手大下弘は、三遊間を抜けたゴロを3回後逸して3失策を記録した。外野へのゴロでも明確にイレギュラーバウンドと分かれば失策は記録されないが、微妙なバウンドの変化程度では失策が記録される可能性が高い。
藤村富美男が打った2本の三遊間ヒットはレフト大下が後逸して何れも打者走者の藤村は三塁に達したが、これがイレギュラーバウンドと判断されていれば大下に失策が付かず三塁打が記録されるので、1日で15本の三塁打が記録されるところであった。
2026年4月17日金曜日
22年 大阪vs東急 12回戦
2026年4月14日火曜日
22年 中日vs金星 8回戦
2026年4月10日金曜日
22年 巨人vs阪急 13回戦
2026年4月9日木曜日
22年 太陽vs南海 14回戦
2026年4月8日水曜日
22年 中日vs太陽 10回戦
2026年4月7日火曜日
22年 南海vs金星 9回戦
2026年4月3日金曜日
22年 南海vs太陽 13回戦
2026年3月31日火曜日
22年 金星vs中日 7回戦
2026年3月22日日曜日
第17節終了
第16節~18節は地方遠征が行われている変則開催のため、週間MVPの表彰は3節合算になる。
第17節の活躍選手は、5試合組では下社邦男が16打数8安打、塚本博睦が19打数7安打、小松原博喜が19打数7安打、上田藤夫が20打数7安打の活躍だった。
2試合組では坪内道則の7打数5安打が目立った。