2026年9月30日水曜日

中日vs太陽 14回戦

9月5日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 中日 49勝32敗1分 0.605 服部受弘 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 太陽 37勝46敗4分 0.446 スタルヒン

勝利投手 服部受弘   14勝5敗 
敗戦投手 スタルヒン 4勝7敗

二塁打 (中)古川

勝利打点 なし


服部受弘、気合の完封

 後楽園の第2試合は服部受弘とスタルヒンの先発で午後2時49分、池田球審の右手が上がりプレイボール。

 スタルヒンは6月9日以来の先発で6月12日以来の登板。

 中日は3回表、一死後服部が左前打で出塁、二死後服部が二盗を決めるが、古川清蔵は三振に倒れて無得点。

 中日は5回、6回と2安打を放つが無得点。

 中日は8回表、先頭の古川が三塁線を破る二塁打、金山次郎が三塁線に送りバント、スタルヒンが白球を拾うが一塁に悪送球、古川は三塁を回ってホームに還り1点を先制する。

 服部受弘は4安打2四球2三振で今季3度目の完封、14勝目をマークする。2安打と盗塁も記録した。相手が憧れのスタルヒンということで気合が入ったようだ。

 スタルヒンは終戦間際に軽井沢に幽閉され、戦後は進駐軍の仕事で食うに困らず、藤本定義監督に出会った頃はかなり太っていたという。昨年終盤にプロ野球に復帰し、今季も前半戦は調子が上がらなかった。3か月休んでトレーニングを積み、3カ月ぶりの登板となった本日は好投したがスタミナ切れだった。

 注目に値するのは守備面で、1失策はあったものの、5回の一ゴロでは一塁ベースカバーに走って「3-1A」で刺殺を記録、8回には「1-4-3」の併殺も記録した。この動きであれば今後に期待できる。

2026年9月27日日曜日

22年 大阪vs金星 12回戦

9月5日 (金) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 1 0 2 大阪 55勝29敗3分 0.655 武智修
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 金星 31勝51敗2分 0.378 江田孝 三富恒雄

勝利投手 武智修 5勝4敗 
敗戦投手 江田孝 7勝19敗

二塁打 (大)藤村2

勝利打点(大)土井垣武 7 


武智修、2安打完封

 第21節2日目、西宮の第1試合は武智修と江田孝の先発で午後1時30分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 前半は両軍無得点の投手戦となった。

 大阪は6回表、先頭の塚本博睦がセンター左にヒット、一死後藤村富美男が三塁線を破る二塁打を放って一死二三塁、土井垣武の中犠飛で1点を先制する。

 大阪は8回表、先頭の呉昌征が一二塁間にヒット、塚本の右飛で呉は帰れず「9-3」と送球されてダブルプレー、ここはエンドランだったか。金田正泰が三遊間に内野安打、藤村がレフト線にタイムリー二塁打を放ち2-0とする。

 武智修は会心のピッチングを見せて、2安打2四球1三振でプロ入り初完封、今季5勝目をマークする。

 当ブログでは藤村の長打が増えてきていることに注目している。この日も2本の二塁打で勝利に貢献した。8月以降、藤村は31本のヒットを放っているが、二塁打10本、三塁打3本、本塁打1本である。7月以前は65安打で二塁打16本、三塁打2本、本塁打1本であった。藤村が長距離打者に変身するのはラビットボール採用後のことになるが、打撃スタイルは昭和22年夏を境に変わってきているのは明らかである。

 名内野手として知られる武智修は、投手としても通算18勝を記録している。完封勝利は今季の二度だけであるが、本日の2安打完封はキャリア最高のピッチングとなった。

2026年9月26日土曜日

訂正のお知らせ

 9月1日と9月4日の金星の敗戦数が間違っていました。

 9月1日 (誤)30勝49敗2分→(正)30勝50敗2分

 9月4日 (誤)31勝49敗2分→(正)31勝50敗2分

 勝率はエクセルシートで管理しているので間違いありません。勝敗数は手作業で転記しているので人為的ミスでした。

 以上のとおり訂正させていただきます。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願い申し上げます。


2026年9月25日金曜日

22年 東急vs阪急 11回戦

9月5日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 1 0 0 3 1 0 0 5 東急 33勝47敗2分 0.413 黒尾重明
0 0 0 0 0 1 1 0 0 2 阪急 41勝44敗3分 0.482 今西錬太郎 溝部武夫

勝利投手 黒尾重明     12勝12敗 
敗戦投手 今西錬太郎 16勝12敗

二塁打 (東)鈴木清一 (急)今西、上田、田中、坂元
三塁打 (東)長持
本塁打 (東)苅田久徳 3号、大下弘 10号

勝利打点(東)苅田久徳 3

猛打賞 (東)長持栄吉 5


苅田が先制本塁打、大下が代打スリーラン

 第21節2日目、後楽園の第1試合は黒尾重明と今西錬太郎の先発で午後零時57分、国友球審の右手が上がりプレイボール。

 東急は本日も死球の影響で大下弘がスタメンを外れた。

 東急は初回、二死後長持栄吉が中前打で出塁、四番に入った飯島滋弥が左前打、ライトに入った白木義一郎はピッチャー強襲ヒットで二死満塁、しかし熊耳武彦は左飛に倒れて無得点。

 東急は3回表、一死後苅田久徳監督がレフトスタンドに先制ホームラン、1-0とする。

 東急は6回表、一死後長持が左中間に三塁打、飯島の遊ゴロで三走長持がホームを狙うが、ショート田中幸男からの本塁送球にタッチアウト、白木は四球を選んで二死一二塁、ここで熊耳に代わって大下が代打で登場、大下はライトスタンドにスリーランを叩き込んで4-0とする。

 東急は熊耳に代打を送ったので6回の守備から鈴木圭一郎がマスクを被る。

 阪急は6回裏、一死後上田藤夫が左中間に二塁打、二死後野口明の左前打で一三塁、田中がライトにタイムリー二塁打を放ち1-4と反撃。

 東急は7回表、鈴木清一が二遊間にヒット、二死後鈴木が二盗に成功、苅田がレフト線にタイムリーを放ち5-1と突き放す。

 阪急は7回裏、今西が右前打で出塁、トップに返り山田伝の二ゴロの間に今西は二進、上田が中前にタイムリーを放ち2-5とするが反撃もここまで。

 黒尾重明は8安打3四球2三振の完投で12勝目をマークする。

 東急はこれで3連勝。飯島滋弥が戦列に復帰し、死球の影響で欠場していた大下弘も戻ってきて代打スリーランを放った。

 3連勝で活躍が目立つのは黒尾重明で、9月1日の太陽戦は完封、昨日の中日戦はライトに入って決勝ホームラン、この日は安定してピッチングで完投勝利を飾った。

 苅田久徳監督も1日は決勝打、この日は先制ホームランに勝負を決める追撃タイムリーを放つ活躍を見せた。

 大下はプロ入り通算30本目が初の代打本塁打であった。

2026年9月23日水曜日

訂正のお知らせ

 2026年9月20日付け「東急vs中日 10回戦」において、白木義一郎の勝利数を15勝目とお伝えしていましたが、「16勝目」の間違いでしたので訂正させていただきます。

白木義一郎 (誤)15勝19敗→(正)16勝19敗

 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。


南海vs大阪 12回戦

9月4日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 2 3 0 0 5 南海 44勝38敗4分 0.537 別所昭
0 0 0 0 0 0 3 0 0 3 大阪 54勝29敗3分 0.651 若林忠志 梶岡忠義

勝利投手 別所昭     23勝13敗 
敗戦投手 若林忠志 17勝10敗

二塁打 (南)別所 (大)土井垣
三塁打 (大)塚本

勝利打点(大)山本一人 6

猛打賞 (大)塚本博睦 4


別所、ハーラー断トツトップの23勝目

 西宮の第2試合は別所昭と若林忠志の先発で午後3時17分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 前半は大阪が5安打、南海が2安打と大阪が押していたが両軍無得点。

 南海は6回表、先頭の安井亀和の当りは二ゴロ、これをセカンド本堂保次がエラー、河西俊雄の二ゴロでランナーが入れ替わり、河西が二盗に成功、田川豊は四球を選んで一死一二塁、山本一人監督のレフト線タイムリーで1点を先制、一死一三塁から堀井数男の三ゴロ併殺崩れの間に三走河西が還って2-0とリードする。

 南海は7回表、先頭の別所が中前打で出塁、坂田清春は四球を選び、小林悟楼の三塁内野安打で無死満塁、トップに返り安井が押出し四球を選んで3-0、河西の三ゴロの間に三走別所が還って4-0、一死二三塁から田川の三塁内野安打で走者は動けず一死満塁、大阪ベンチはここで若林に代えて梶岡忠義をリリーフのマウンドに送り、山本の中犠飛で5-0とリードを広げる。

 大阪は7回裏、先頭の梶岡が右前打で出塁、一死後トップに返り呉昌征は一塁に内野安打、塚本博睦が右越えに2点タイムリー二塁打を放ち2-5、金田正泰の一ゴロの間に三走塚本が還って3-5と追い上げる。

 勢い付く大阪は8回裏、先頭の土井垣武が右越えに二塁打、しかし続く本堂の右への痛烈な当りはセカンドライナーとなって二走土井垣は戻れずダブルプレー。

 大阪は最終回、二死後呉昌征が遊失で出塁、塚本の右前打で二死一二塁と最後まで粘りを見せるが、金田は投ゴロに倒れてゲームセット。

 大阪は5点のビハインドから逆転かという勢いを見せたが、本堂のセカンドライナーゲッツーで流れをつかみ切れなかった。

 別所昭は12安打を打たれながら1四球3三振の完投で23勝目をマークする。粘りのピッチングであったがツキにも恵まれた。

 ハーラートップの別所は二位グループ17勝の5人(若林、川崎、真田、藤本、野口二郎)に6勝差とした。

2026年9月20日日曜日

22年 東急vs中日 10回戦

9月4日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 東急 32勝47敗2分 0.397 白木義一郎 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 中日 48勝32敗1分 0.600 清水秀雄

勝利投手 白木義一郎 16勝19敗 
敗戦投手 清水秀雄     14勝8敗

本塁打 (東)黒尾重明 1号

勝利打点(東)黒尾重明 1


白木が完封、黒尾が決勝本塁打

 後楽園の第2試合は白木義一郎と清水秀雄の先発で午後2時42分、西垣球審の右手が上がりプレイボール。

 大下弘は死球の影響でこの試合も欠場。

 中日は初回、一死後金山次郎の当りは遊ゴロ、ショート鈴木清一からの送球を久々復帰のファースト飯島滋弥が逸らして一死一塁、大沢清の遊ゴロをショート鈴木清一がベースを踏んで一塁送球、「6B-3」のゲッツー。

 中日は2回裏、先頭の小鶴誠が四球を選んで出塁、しかし杉浦清監督の二ゴロをセカンド苅田久徳監督が華麗に捌き「4-6-3」と渡ってここもゲッツー。

 中日は4回裏、一死後小鶴がピッチャー強襲ヒット、二死後加藤正二はストレートの四球で二死一二塁、清水のセンターに抜けるかという二遊間へのゴロをセカンド苅田が逆シングルで好捕して一塁アウトのファインプレー。

 東急先発の白木は序盤は走者を出したが味方の好守に助けられ、5回から7回は三者凡退と立ち直り無失点を続ける。

 中日先発の清水は7回まで東急打線を苅田の三塁内野安打1本に抑える好投。

 東急は8回表、この日ライトに起用された黒尾重明がレフトスタンドにプロ入り初ホームラン、1点を先制する。

 中日は最終回、一死後小鶴の当りは三ゴロ、これをサード大沢喜好が一塁に悪送球して打者走者の小鶴は二塁に進み、代走に「スペシャリスト」山本尚敏を起用、山本が三盗を決めて一死三塁、この時キャッチャー鈴木圭一郎からの三塁送球が逸れたが山本は自重、杉浦の遊ゴロは当りが良すぎて山本は三塁ストップ、最後は白木が加藤を右飛に打ち取り東急が接戦を制す。

 白木義一郎は3安打2四球1死球1三振で今季5度目の完封、16勝目をマークする。

 黒尾重明のプロ入り初ホームランで1対0の勝利となったが、これは近年話題になっている。

 2026年7月5日、巨人の笹原がプロ5年目で初ホームランを放ち1対0で巨人が中日を破った。翌日の日刊スポーツは、外国人を除く「プロ初ホームラン1対0の勝利」となったのは2025年6月29日の巨人の中山以来のことでプロ野球史上13人目と報じ、過去のこの記録のリストを紙面に掲載したのである。

 その記事によると、プロ野球史上初の「プロ初ホームラン1対0の勝利」は昭和16年10月12日の土井垣武とのことで、筆者もスコアカードで確認した。昭和17年7月2日の岩本章が2本目で、この日の黒尾重明はプロ野球史上3本目の「プロ初ホームラン1対0の勝利」となった。

 この件は黒尾重明の「Wikipedia」にも掲載されているが、「投手としては初」と書かれている。黒尾重明が「投手」であることは間違いないが、この試合では大下弘が死球の影響で欠場したため黒尾重明は七番ライトで出場しており、白木が完封したので黒尾は登板していない。

 したがって、実質的な「投手としては初」の「プロ初ホームラン1対0の勝利」は昭和32年9月1日の「堀内庄」ということになる。

*この件については、横浜市中央図書館で閲覧した2026年7月6日付け「日刊スポーツ」の記事を参照した。また、昭和32年9月1日に堀内庄が投手として先発したことは「スタメンアーカイブ」で確認した。

2026年9月18日金曜日

22年 巨人vs金星 13回戦

9月4日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 1 0 2 巨人 40勝43敗1分 0.482 川崎徳次 
0 0 0 0 0 4 0 0 X 4 金星 31勝50敗2分 0.383 三富恒雄

勝利投手 三富恒雄   5勝9敗 
敗戦投手 川崎徳次 17勝10敗

二塁打 (金)清原
三塁打 (巨)平山 (金)西沢

勝利打点(金)西沢道夫 4


金星、集中打で快勝

 第21節初日、西宮の第1試合は川崎徳次と三富恒雄の先発で午後1時30分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 前半戦は両軍無得点。

 巨人は6回表、先頭の山川喜作が左前打で出塁、田中資昭が三前に送りバントを決めて一死二塁、千葉茂の中前タイムリーで1点を先制する。

 金星は6回裏、先頭の大友一明に代わる代打中村信一が右前打で出塁、坪内道則監督の左前打で無死一二塁、西沢道夫が右中間に逆転の2点タイムリー三塁打を放ち2-1、清原初男の右前タイムリーで3-1、玉腰忠義が送りバントを決めて一死二塁、小前博文の左前打で一死一三塁、三富の遊ゴロで三走清原がホームに突っ込み、ショート田中が本塁に送球するがセーフ、野選が記録されて4-1とする。 

 巨人は8回表、二死後川上哲治が中前打で出塁、平山菊二が中越えにタイムリー三塁打を放ち2-4とするが反撃もここまで。

 三富恒雄は8安打1四球2三振の完投で5勝目をマークする。

 このところ活躍が目立つ西沢道夫が決勝の逆転三塁打を放った。続く清原初男の追撃タイムリーが試合を決めた。

 両軍8安打ずつであったが、金星は6回に5安打を集める集中攻撃で快勝した。

 阪急とゲーム差なしでAクラスを争う巨人としては、エース川崎徳次で手痛い敗戦となった。

2026年9月17日木曜日

つるとんたん

 サンマルクHDが「つるとんたん」を128億円で買収したと報じられています。

 以前勤めていた会社で、1990年に心斎橋支店に転勤しました。残業に備えて、心斎橋筋を南に歩いて(←欧陽菲菲か!)、左折して宗右衛門町筋を抜けて日本一交差点方面に歩いた角の「つるとんたん」できつねうどんを注文するのが常でした。まだ普通の町のうどん屋で、メニューも今と違ってオーソドックスでしたね。

 まさかあの「つるとんたん」が東京に進出するとはびっくり仰天。六本木店にも行きましたが、当時を知る身としては「ちょっとねぇ~~」という感じ。

 128億円の価値になる前に出資していたら大儲けだったのに、残念でしたね(笑)。

 当時、心斎橋筋を歩く女性の腕には必ずリチャードのショッパーがぶら下がっていました。今では大阪の街も様変わりしたようです。


2026年9月10日木曜日

「貧打の家庭」の落とし子

 宣言通り横浜市中央図書館で確認してきました。

 昭和48年8月30日に江夏が延長11回無安打無得点、自らのサヨナラホームランで決着を付けた試合について、翌日の読売新聞は名物コラム「SBO」(現在であれば「BSO」)で次のように報じた。

「捕手の辻が左の手のひらを見せた。真っ赤に腫れて痛々しい。・・・結果は江夏のワンマンショー。この日出場した二十四選手で『背番号28』以外はヒーローを守り立てるわき役に過ぎなかった。しかし、球史に残るヒーローも『貧打の家庭』の落とし子とは皮肉であった。」

 筆者は「貧打の申し子」と記憶していたが、実際は「『貧打の家庭』の落とし子」だったことが判明した。53年前の記憶など当てになりませんね(笑)。

 読売新聞は「野球は一人でも勝てる」とは書いていませんが、「この日出場した二十四選手で『背番号28』以外はヒーローを守り立てるわき役に過ぎなかった」というのは「野球は一人でも勝てる」と同義語と言える。

 筆者は「野球が一人でも勝てる」とは考えていないが、世間では大谷の出現によって「野球は一人でも勝てる」と誤解するようになった。それでも当ブログは、山本尚敏や松井信勝のような球史で知られていない脇役の活躍を伝えていく。

 

22年 阪急vs太陽 13回戦

9月4日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 阪急 41勝43敗3分 0.488 野口二郎 
0 1 0 0 0 0 0 0 X 1 太陽 37勝45敗4分 0.451 真田重蔵

勝利投手 真田重蔵 17勝14敗 
敗戦投手 野口二郎 17勝13敗

本塁打 (太)真田重蔵 1

勝利打点(太)真田重蔵 1


野球は一人でも勝てる

 第21節初日、後楽園の第1試合は野口二郎と真田重蔵の先発で午後零時59分、島球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は初回、一死後上田藤夫が三塁に内野安打、二死後野口明は四球を選んで一二塁とするが、田中幸男は二ゴロに倒れて無得点。

 太陽は1回裏、一死後藤井勇が右前打で出塁、森下重好の三ゴロをサード安井鍵太郎がエラー、中谷信夫は遊飛に倒れるが、伊勢川真澄が左前打を放って二死満塁、しかし荒川昇治は三振に倒れて無得点。

 太陽は2回裏、先頭の佐竹一雄が左前打で出塁、打撃好調の松井信勝の当りは痛烈なサードライナー、佐竹が戻れずダブルプレー、二死無走者となったが、真田がレフトスタンドに第1号ホームラン、1点を先制する。

 真田重蔵は5安打2四球2三振で今季4度目の完封、17勝目をマークする。

 8月の月間MVPに輝いた真田重蔵と、投球内容では真田を上回っていた野口二郎の対決は期待通りの投手戦となった。

 真田の本塁打は昭和21年9月8日に後楽園球場で石田光彦から放ったプロ入り第1号以来、通算2本目である。この試合の模様は、2021年8月11日付けブログ「石田光彦最後の投球」をご参照ください。

 試合後のインタビューで真田が「野球は一人でも勝てる」と語ったかは定かではない。この名言は、昭和48年8月30日に江夏が延長11回無安打無得点、自らのサヨナラホームランで決着を付けた直後のインタビューで語ったと伝わるが、実際は江夏の口から出た言葉ではなかったとも言われている。

 「野球は一人でも勝てるか?」の問いに対しては、当ブログは無理でしょうと答える。この試合では、5回にセカンド荒川昇治が一二塁間の難しい当たりを好捕、6回にもショート松井信勝が難しい飛球を好捕するファインプレーに助けられた。江夏の延長11回無安打無得点の試合でも、ショートの藤田平が三遊間を抜けるかという当りを逆シングルで好捕して間一髪アウトにしたプレーを覚えている。阪神対中日戦なので試合中継を見ていたはずはないが、「スポーツニュース」で見たものだと思う。翌日の読売新聞には「貧打の申し子」というようなタイトルで囲み記事が書かれていたと記憶している。当時の記憶なので要確認。今度、横浜市中央図書館で確認してきます。

2026年9月7日月曜日

松井信勝、突然の打撃開眼

 昭和22年第20節、前節まで196打数36安打で打率1割8分4厘だった松井信勝が15打数7安打を記録して敢闘賞を獲得。前節まで2本だった二塁打を3本放つ活躍を見せた。

 この兆候は前節にあった。8月21日の中日戦と25日の金星戦で勝利打点を記録して殊勲賞に輝いていたのである。

 松井は台湾の出身で嘉義中学時代は1937年と1939年の夏の甲子園に出場。

 1937年の嘉義中学は台湾大会決勝で台北商業を7対6の激戦の末破って甲子園出場。松井はまだレギュラーではなく、代打で1打数0安打であった。 

 1939年の嘉義中学は台湾大会決勝で嘉義農林を4対0で破って甲子園出場。松井は二番ショートで活躍する。甲子園大会初戦は剛腕嶋清一を擁する海草中学と対戦、嶋に2安打完封で敗れた。松井は4打数無安打で、甲子園でヒットを放つことはできなかった。

 早稲田大学を経て1946年にパシフィックに入団、272打数65安打で打率2割3分9厘の好成績であったが、打撃面での活躍はほとんど報じられることはなかった。

 松井信勝は今季終盤に歴史に残る大記録を樹立することになる。前節と今節の活躍が直接結びつく記録ではないが、球史では無名の松井信勝の活躍にも注目していただきたい。

 

2026年9月6日日曜日

22年 第20節 週間MVP

週間MVP

投手部門
 阪急 野口二郎 1 2勝0敗1セーブ。今節4連勝阪急で投の主役。

打撃部門
 巨人 平山菊二 2 18打数8安打3得点8打点、勝利打点2個。昭和22年の巨人の主砲は川上ではなく平山だった。

殊勲賞
 南海 丸山二三雄 1 28日の巨人戦で代打同点スリーラン。
 阪急 田中幸男  2 29日の大阪戦で決勝満塁走者一掃二塁打。
 阪急 青田昇   3 17打数4安打3得点3打点、勝利打点2個。
 大阪 本堂保次  1 16打数7安打2得点4打点、勝利打点1個。

敢闘賞
 南海 田川豊  2 20打数10安打2得点1打点。
 金星 西沢道夫 3 17打数9安打1得点4打点。
 東急 大下弘  3 12打数7安打4得点2打点。死球を受けて9月1日は欠場。
 太陽 中谷順次 1 19打数8安打2得点2打点。
 巨人 山川喜作 2 21打数8安打3得点1打点。
 太陽 松井信勝 1 15打数7安打4得点、二塁打3本。

技能賞
 金星 玉腰忠義 1 5年ぶり復帰で9打数5安打。
 金星 清原初男 1 30日の大阪戦、先発して6回まで投げ、7回からはショート、9回にはマスクを被る。
 中日 山本尚敏 1  9月1日の金星戦で代走から二盗とサヨナラ本盗を決め、「走り屋」の本領発揮。

2026年9月5日土曜日

22年 阪急vs大阪 14回戦

9月1日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 阪急 41勝42敗3分 0.494 天保義夫 野口二郎 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 大阪 54勝28敗3分 0.659 渡辺誠太郎 武智修

勝利投手 天保義夫    6勝12敗 
敗戦投手 渡辺誠太郎 4勝4敗 
セーブ     野口二郎  2

二塁打 (急)青田

勝利打点(急)青田昇 8

猛打賞 (大)玉置玉一 1


青田の決勝打で阪急快勝

 第20節最終戦、甲子園の第2試合は天保義夫と渡辺誠太郎の先発で午後3時29分、西垣球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は初回、一死後上田藤夫が左前打で出塁、二死後渡辺からの一塁牽制をファースト玉置玉一が逸らす間に上田は二進、野口明の右前打で上田は三塁ベースを蹴ってホームを狙うが、ライト塚本博睦からの好返球にタッチアウト。

 阪急は3回表、一死後天保が四球を選んで出塁、二死後上田が二遊間に内野安打、青田昇は四球で二死満塁、しかし野口明は投ゴロに倒れて無得点。

 大阪は4回裏、二死後土井垣武が右前打で出塁、本堂保次は三塁に内野安打、玉置の右前打で二死満塁、しかし渡辺は遊ゴロに倒れて無得点。

 阪急は6回表、先頭の上田が四球を選んで出塁、青田が右越えにタイムリー二塁打を放ち1点を先制する。

 大阪は7回裏、先頭の玉置が中前打で出塁、しかし渡辺に代わる代打武智修の当りはサードライナー、一走玉置は戻れずダブルプレー。

 大阪は8回裏、先頭の呉昌征がストレートの四球で出塁、塚本の投ゴロの間に呉は二進、金田正泰の遊ゴロの間に呉は三進、藤村富美男は四球から二盗を決めて二死二三塁、土井垣も四球で二死満塁、阪急ベンチはここで先発の天保から野口二郎にスイッチ、野口が本堂保次を中飛に抑えて大阪は同点のチャンスを逃す。

 大阪は最終回、先頭の玉置がこの日3本目のヒットをレフト戦に放ち二塁を狙ったが、レフト下社邦男からの二塁送球にタッチアウト、二死後長谷川善三の打席で若林忠志監督は「代打オレ」を宣告するが、サードライナーに倒れて万事休す。

 第20節最終日の東西の試合は、後楽園の第1試合は10対9で第2試合は1対0、甲子園の第1試合は1対0で第2試合は10対3。東西とも勝利チームの得点は「1点と10点」であった。

2026年9月3日木曜日

22年 巨人vs南海 11回戦

9月1日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9  計
2 0 0 1 3 2 0 0 2  10 巨人 40勝42敗1分 0.488 小松原博喜 川崎徳次
2 0 0 0 0 0 0 1 0   3  南海 43勝38敗4分 0.531 中谷信夫 松川博爾 別所昭 飯田徳治

勝利投手 川崎徳次 17勝9敗 
敗戦投手 中谷信夫 11勝12敗

二塁打 (巨)平山2、中島、小松原 (南)田川
三塁打 (巨)平山、山川、川上、中島

勝利打点(巨)山川喜作 4

猛打賞 (巨)山川喜作 6、川上哲治 6、平山菊二 4 (南)田川豊 4


平山菊二が二塁打2本、三塁打1本の活躍

 甲子園の第2試合は小松原博喜と中谷信夫の先発で午後3時13分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 この日の後楽園の第1試合は午後1時3分開始、10対9で中日が金星に打ち勝つ大乱戦になって試合時間は2時間で試合終了は午後3時3分だった。甲子園の第1試合はいつも通り30分遅れで午後1時30分開始、こちらは1対0で太陽が東急を破る投手戦となって試合時間は1時間16分で試合終了は後楽園より早い午後2時46分だった。

 このため、第2試合の実況中継は異例であるが甲子園が先に始まり、後楽園は3時半頃の試合開始予定である。

 巨人は初回、先頭の山川喜作が右中間にヒット、田中資昭の三ゴロでランナーが入れ替わり、千葉茂の右前打で一死一三塁、ダブルスチールを敢行するが二走田中はキャッチャー筒井敬三からの送球にタッチアウト、千葉は二塁に進むが重盗片割れアウトで盗塁は記録されず、川上は四球で二死一二塁、ここで平山菊二がセンター左奥に2点タイムリー三塁打を放ち2-0とリードする。

 南海は1回裏、先頭の安井亀和がストレートの四球で出塁すると二盗に成功、河西俊雄の遊ゴロの間に安井は三進、田川豊がライト線にタイムリー二塁打を放ち1-2、二死後8月の月間MVPに輝いた堀井数男が左前に同点タイムリーを放ち2-2と追い付く。

 巨人は4回表、先頭の武宮敏明の当りは三ゴロ、これを名手山本一人監督がエラー、一死後トップに返り山川喜作右中間にタイムリー三塁打を放ち3-2と勝ち越す。

 1点リードした巨人は先発の小松原をセンターに回して、二番手として川崎徳次をマウンドに送る。

 南海は4回裏の攻撃で中谷に代打を出したので、5回から松川博爾が二番手のマウンドに上がる。

 巨人は5回表、先頭の川上が中越えに三塁打、平山が右中間にタイムリー二塁打を放ち4-2、松川がボークを犯して平山は三進、小松原の中前タイムリーで5-2、中島治康が三塁線を破る二塁打を放って無死二三塁、武宮の遊ゴロで三走小松原がホームに突っ込み、ショート小林悟楼からの送球にタイミングはアウトであったがキャッチャー筒井が落球して小松原はホームイン、6-2とリードを広げる。

 巨人は6回表、先頭の千葉が四球を選んで出塁、一死後平山のレフト線タイムリー二塁打で7-2、更に小松原もライト線にタイムリー二塁打で続いて8-2とダメ押す。 

 南海は8回裏、先頭の河西がストレートの四球で出塁、田川が右前打、山本も右前打で続いて無死満塁、堀井の三ゴロ併殺の間に三走河西が還って1点を返す。

 南海は8回の攻撃で松川に別所昭を代打で起用、9回から別所が三番手のマウンドに上がる。

 巨人は9回表、先頭の小松原が四球で出塁、南海ベンチは一人だけで別所を下げて、ファーストの飯田徳治をマウンドに送り、飯田のワイルドピッチで小松原は二進、中島が中越えにタイムリー三塁打を放ち9-3、武宮は四球を選んで無死一三塁、武宮が二盗、キャッチャー筒井の送球が悪送球となる間に三走中島が還って10-3とする。

 川崎徳次は6イニングを5安打4四球1死球1三振1失点に抑えて17勝目をマーク、若林忠志、藤本英雄、野口二郎と並んでハーラー二位タイ。

 巨人は二塁打4本、三塁打4本の16安打で快勝。山川喜作は6打数4安打、平山菊二は二塁打2本、三塁打1本の活躍を見せた。

 飯田徳治が5月30日の金星戦以来となるマウンドに上がった。プロでの飯田の投手成績は、この年の2試合だけである。

2026年9月2日水曜日

22年 太陽vs東急 11回戦

9月1日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 太陽 36勝45敗4分 0.444 井筒研一 
0 0 0 0 1 0 0 0 X 1 東急 31勝47敗2分 0.397 黒尾重明

勝利投手 黒尾重明 11勝12敗 
敗戦投手 井筒研一   8勝9敗

二塁打 (太)中谷

勝利打点(東)苅田久徳 2

猛打賞 (太)森下重好 5


黒尾が好投、苅田が決勝打

 第20節最終日、甲子園の第1試合は井筒研一と黒尾重明の先発で午後1時30分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 東急は昨日死球を受けた大下弘が欠場。

 太陽は初回、先頭の辻井弘が右前打で出塁するが、黒尾の牽制球にタッチアウト、二死後森下重好が右前打で出塁するが中谷信夫は遊ゴロに倒れて無得点。

 太陽は4回表、先頭の藤井勇が四球で出塁するが、森下の二ゴロが「4-6-3」と渡ってダブルプレー。

 東急は4回裏、先頭の苅田久徳監督が四球を選んで出塁、長持栄吉の右前打で無死一三塁、しかし大下に代わって四番に入った熊耳武彦は浅い左邪飛に倒れ、白木義一郎の左飛も当りが浅く無得点。

 東急は5回裏、先頭の黒尾が四球を選んで出塁、一死後黒尾が二盗を決め、二死後トップに返り一言多十の遊ゴロをショート松井信勝がエラーして二死一三塁、苅田久徳監督がレフト線にタイムリーを放ち1点を先制する。これが決勝打となった。

 黒尾重明は5安打4四球3三振で今季3度目の完封、11勝目をマークする。

 東急は大下と飯島を怪我で欠いたが、黒尾の好投と苅田の決勝打で辛勝。

 この試合は1時間16分で終了。27分前に始まった後楽園の第1試合は乱戦となってまだ試合が続いている。東西の第2試合は、後楽園より甲子園が先に行われる見込み。

2026年8月26日水曜日

22年 金星vs中日 11回戦

9月1日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8  9   計
1 2 0 2 0 0 0 0  4   9  金星 30勝50敗2分 0.375 内藤幸三 重松通雄
0 0 0 0 0 2 5 0 3X 10 中日 48勝31敗1分 0.608 星田次郎 服部受弘 久野勝美

勝利投手 久野勝美   2勝2敗 
敗戦投手 重松通雄 10勝11敗

二塁打 (金)西沢、玉腰 (中)杉浦2、大沢

勝利打点 なし

猛打賞 (金)坪内(5安打)10、玉腰忠義(4安打)1


山本尚敏、サヨナラ本盗

 第20節最終日、後楽園の第1試合は内藤幸三と星田次郎の先発で午後1時3分、国友球審の右手が上がりプレイボール。

 金星は初回、先頭の中村信一が四球を選んで出塁、一死後坪内道則監督の右前打で一二塁、西沢道夫がレフト線にタイムリー二塁打を放ち1点を先制、清原初男は四球を選んで一死満塁、中日ベンチは早くも先発の星田から服部受弘にスイッチ、服部が後続を抑える。

 金星は2回表、先頭の内藤が四球で出塁、一死後トップに返り中村がセカンド強襲ヒット、打球はセンターに抜け、一走内藤が三塁に向かうがセンター古川清蔵からの好返球にタッチアウト、大友一明は四球、坪内も四球を選んで二死満塁、西沢が左前に2点タイムリーを放ち3-0とする。

 金星は4回表、先頭の中村が中前打で出塁、大友の右前打で無死一三塁、坪内の左前タイムリーで4-0として無死一三塁、西沢の三ゴロをサード三村勲が二塁に送球するがセーフ、三走大友は動かず、野選が記録されて無死満塁、清原の三ゴロ併殺の間に三走大友が還って5-0とリードを広げる。

 中日は6回裏、先頭の古川が左前打を放って反撃開始、金山次郎は四球、大沢も四球で無死満塁、二死後加藤正二が押出し四球を選んで1-5、藤原鉄之助に代わる代打藤本英雄も押出し四球を選んで2-5とする。金星ベンチはここで先発の内藤から重松通雄にスイッチ、服部に代わる代打清水秀雄は一ゴロに倒れる。

 中日は7回から三番手として久野勝美がマウンドに上がる。

 中日は7回裏、一死後古川が左前打で出塁、金山の三ゴロをサード中村がエラー、大沢が左中間に2点タイムリー二塁打を放ち4-5と1点差、小鶴誠の三ゴロで二走大沢は二三塁間に挟まれるがセカンド大友の送球ミスで三塁に進んで一死一三塁、杉浦清監督の三ゴロで三走大沢がホームに突っ込み、タイミングはアウトであったがサード中村の悪送球で生還して5-5の同点、小鶴は三本間に挟まれて挟殺プレーとなるがキャッチャー清原の落球で生還して6-5と逆転、杉浦は三塁に進んで一死三塁、加藤の左犠飛で7-5と2点リードする。

 金星は9回表、一死後小前博文に代わる代打門馬祐が中前打で出塁、玉腰忠義がライト線にタイムリー二塁打を放ち6-7と1点差に迫り、重松の左前打で一死一三塁、酒沢政夫の中前タイムリーで7-7の同点に追い付き、二死後大友はストレートの四球で二死満塁、坪内が中前に2点タイムリーを放ち9-7と逆転に成功する。

 中日は9回裏、先頭の小鶴が四球を選んで出塁、杉浦の左中間二塁打で無死二三塁、加藤の遊撃内野安打で8-9と1点差に迫って無死一三塁、加藤に代えて代走に山本尚敏を起用、続く上林繁次郎の初球に山本が二盗に成功、更にキャッチャー清原の悪送球を見て三走杉浦が還って9-9の同点、山本も三塁に進んで無死三塁、上林は遊飛に倒れて一死三塁、久野の一ゴロで三走山本は自重して二死三塁、続く三村勲は初球を空振り、2球目をファウルでノーボールツーストライク、三村への3球目に三走山本尚敏がスタート、投球はボールで山本の足が一瞬早くホームベースに到達してサヨナラホームスチールが成功する。

 金星は坪内道則が5打数5安打3打点、西沢道夫が6打数2安打3打点、玉腰忠義が5打数4安打1打点の活躍を見せたが逆転サヨナラ負け。

 山本尚敏は代走専門の「走り屋」。球史ではほぼ無名であるが、「盗塁」に関しては様々な記録を残している。

 この試合の終了時刻は午後3時3分。9回終了中断なしの試合で当時としては珍しく2時間かかった。

2026年8月21日金曜日

「NPB式スコアの付け方」教室(上級編)

 昨日は東京ドームで行われた「NPB式スコアの付け方」教室(上級編)に参加してきました。

 ハヤテvs巨人戦を観戦しながら慶應式スコアを付けるというイベントです。NPB記録部長も参加されてご指導いただける貴重な機会でした。観客数は23,397人。

 ややこしいプレーがなかったので順調に進みましたが、盗塁の際にストライクボールのコールを見逃しました。これは実戦でもよくあります。記録部長からもここは要注意と指摘されました。

 参加は10人でしたが、約10年ぶりに旧友とばったり会いました。筆者は維持会員宛の通知メールでこのイベント開催を知りましたが、その旧友はどこで見つけたのか参加してきました。イベント終了後、新橋で飲みましたが、それまで一緒に会ったことの無かった筆者の野球仲間二人とも知り合いになったと聞いて二度びっくり。長くやっていると、こういうサプライズもあります。

 巨人の158キロ右腕田村はそろそろ上に上がりませんかね。

 

2026年8月16日日曜日

東京裁判

 昨日8月15日、伊勢佐木町のシネマリンにおいて「東京裁判」が1日限定で上映されましたので鑑賞してきました。

 現在ではAmazonプライムの会員であればネット上で無料で視聴することができますが、この映画は劇場で鑑賞するべきです。スポンサーが付くとは思えませんので、テレビ放映は期待できないでしょう。

 シネマリンで「満席」は初めての経験です。12日に前売り券を買っておいたので観ることができましたが、当日は入場券売切れでした。高齢者が多かったのは当然ですが、若い方も結構来ていましたね。

 A級戦犯の一人で「終身禁固刑」の判決が下された当時の内大臣・木戸幸一は木戸孝正の長男です。木戸孝正は、木戸家の養子になる前、来原彦太郎の時代に岩倉使節団の一員として津田梅子や牧野伸顕らと共にアメリカ留学し、明治7年に帰国後東京開成学校に編入入学し、牧野伸顕と共にアメリカで覚えてきた野球を広めたことで知られています。

 「東京裁判」は戦争犯罪を裁いたものでしたが、裁定を降した判事の中で唯一国際法に精通していたインドのパル判事は「全員無罪」を主張しました。戦勝国が敗戦国を裁くのですから有罪となることは前提でしたが、パル判事は国際法に反するとの信念を曲げませんでした。1966年の来日時に、日本政府は勲一等瑞宝章を授与して感謝の意を表しています。

 

2026年8月11日火曜日

31年ぶり

 長く甲子園から遠ざかっていた享栄高等学校が帰ってきた。

 2009年にライバル校の中京大中京を全国制覇に導いた名将大藤監督を招聘し、31年ぶりに甲子園に戻ってきたのである。

 NHKの中継ではOBの金田正一を「かねだしょういち」と呼んでしまい、「かねだまさいち」さんでしたと訂正した。試合中には「卒業生」とアナウンスしていたが、こちらも試合後に「在籍していたことがある」と訂正した。

 金田正一は1950年の愛知県予選に登板し、同年秋には国鉄スワローズでも登板しているので「卒業生」ではない。但し、後年になって「卒業生」として認定するケースはよく見られるので、特に問題視する必要は無いだろう。金田正一自身も、自らの原点が享栄商業時代の「走り込み」にあったことを認めている。「巨人の星」でも金田正一の「走り込み」が描かれていた。ロッテ監督就任時の初キャンプで徹底的に「走り込み」を命じて翌年の日本シリーズ制覇に導いた。金田監督の最大の功績は、全く無名だった三井雅晴をクローザーに抜擢したことであった。

 Wikipediaの「享栄高等学校」には、当ブログからの引用も書かれている。当ブログの記事や写真は無断掲載が数多く認められる。ひどいものでは「ヤフオク」の出品画面に当ブログの記事を無断で掲載しているケースなども存在する。その点、Wikipediaの「享栄高等学校」編集者は、当ブログからの出典であることを明示して掲載している。敬意を表したい。

*当ブログでは、「野球人」と認定した場合は現役・OBの区別なく全て「敬称略」とさせていただいている。ご了承願いたい。 


57年ぶり

 横手高校は57年振りの甲子園出場。アルプスの応援席には57年前に選手として出場した古老のOBも駆け付けてNHKのアルプスリポートに登場されました。

 57年前の昭和44年第51回大会決勝は、甲子園史に残る激戦として知られています。北奥羽代表三沢高校と北四国代表松山商業との決勝は延長18回引分け再試合となり、松山商業が剛腕太田を崩して優勝しました。この試合は親戚の家で全27イニングを見ていたのではっきりと覚えています。西奥羽代表横手高校の出場もおぼろげながらに覚えているような気がしますね。

 公立高校と野球強豪校との差は、体格を見れば一目瞭然です。かつて全国を制した銚子商業は、現在でも千葉では上位に出てきて関東大会に駒を進めることもありますが、浦和学院との試合前の整列で体格を比べてみると、横幅は半分くらいしかない。この日の試合でも、敦賀気比の一塁手と横手高校の一塁ランナーを比べてみればその差が際立っていることに多くの方が気付いたのではないでしょうか。

 結果は10対0。こんな試合は意味がないと考えるか、だからこそ意味があると感じるかは見る側の人間性の問題でしょう。

 

2026年8月10日月曜日

事実上の決勝戦

 チケットは完売。1回戦ながら「事実上の決勝戦」とも言われた横浜vs沖縄尚学戦は7対2で横浜が完勝。

 織田は力が抜けて頭が動かない軸回転のフォームに乱れはなかった。縦スラのキレは大阪桐蔭時代の藤浪以来の完成度です。打たれるとムキになって球が高めに浮く癖がありましたが、本日は常にリードを奪う展開で沖縄尚学に付け入るスキを与えなかった。

 「慶應式スコア」の練習も順調に進んでいます。スリーバント失敗で刺殺がキャッチャーに記録される記入方法など、細かな点の再チェックが必要ですね。 



2026年8月9日日曜日

22年 8月 月間MVP

月間MVP 
投手部門  
 太陽 真田重蔵 通算2回目 

 投手部門は史上空前の争いとなった。 
 
 清水秀雄は6勝2敗4完封。72回3分の2を投げて防御率0.99、WHIP0.94。  
 野口二郎は7勝1敗1完封。74回を投げて防御率1.34、WHIP0.78。  
 川崎徳次は6勝1敗3完封。56回を投げて防御率0.32、WHIP0.70。  
 真田重蔵は7勝2敗2完封。100回を投げて防御率1.08、WHIP0.98。 
 
 数字だけを見ると川崎徳次が有利に見えるが、真田重蔵の100イニング登板での成績は高く評価できる。延長12回自責点ゼロで引分け完投も2試合あった。 
 
 また、中谷信夫も5勝2敗1完封、56回3分の2を投げて防御率1.43、WHIP0.94と健闘した。

打撃部門
 南海 堀井数男 初受賞

 堀井数男は81打数32安打9得点9打点、打率3割9分5厘。
 堀井は8月25日までは65打数30安打。最後の4試合で少し打率を落としたが、圧倒的な成績を残した。月間四球数は2個だけと、積極的に打っていった結果であった。

 西沢道夫も64打数25安打8得点11打点、打率3割9分1厘と健闘した。西沢が戦後を代表する好打者に変貌を遂げるターニングポイントとなった月間成績であった。

2026年8月7日金曜日

野球の学校2026 公式記録員が教える「NPB式スコアの付け方」教室(上級編)

 8月20日に東京ドームで「野球の学校2026 公式記録員が教える『NPB式スコアの付け方』教室(上級編)」が行われるので行ってきます。

 「NPB式スコア」とは「慶應式スコア」のことで、現在ではほぼ全員が「早稲田式スコア」を付けていますが、プロ野球公式スコアだけは「慶應式スコア」で付けられており、当ブログがアップしているのも「慶應式スコア」を解読しているものです。

 本来であれば「初級編」と「中級編」に参加していなければ「上級編」には参加できませんが、筆者が約4千試合の一リーグ時代の「慶應式スコア」を解読していることはよく知られているので、特別に参加が許されたのかもしれません。

 「慶應式スコア」を解読することにかけては、NPB公式記録員を除けば日本で最も詳しいと思っていますが、実際の試合を見ながら「慶應式スコア」を付けるのは結構大変です。最も苦労するのは、1球毎に老眼鏡を外したり付けたりしながらスコアを付けることです。18イニング両手をフル稼働させなければなりません。

 取り敢えず、本日の甲子園第4試合のスコアを「慶應式」で付けてみました。8月20日までもう少し時間がありますので、予習をしておきます。当日は実際の試合を観ながら「慶應式スコア」を付けるというイベントです。東京ドームの公式記録員がスコアを付ける記録室も見学できるというのが最大の魅力です。



2026年8月6日木曜日

22年 南海vs太陽 15回戦

8月31日 (日) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 計
0 0 0 0 0 1 0 0 0  0   0   0  1 南海 43勝37敗4分 0.538 別所昭 
1 0 0 0 0 0 0 0 0  0   0   0  1 太陽 36勝44敗4分 0.450 真田重蔵

二塁打 (南)河西 (太)中谷、松井

勝利打点 なし

猛打賞 (太)中谷順次 4


真田重蔵、1カ月で3度目の延長12回引分け

 甲子園の第2試合は別所昭と真田重蔵両エースの先発で午後3時14分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 太陽は初回、一死後藤井勇が四球を選んで出塁、二死後中谷順次がレフト線にタイムリー二塁打を放ち1点を先制する。

 南海は3回表、先頭の別所の当りは遊ゴロ、これをショート松井信勝が一塁に悪送球、筒井敬三の三ゴロでランナーが入れ替わり、小林悟楼の左前打で一死一二塁、しかし小林はキャッチャー伊勢川真澄からの牽制球に刺され、安井亀和が四球を選んで二死一二塁とするが後続なし。

 南海は5回表、先頭の別所が左前打で出塁、しかし一死後小林のファーストライナーに別所が飛び出してダブルプレー。

 南海は6回表、一死後河西俊雄がライト線に二塁打、ここで河西が三盗、キャッチャー伊勢川の三塁送球が悪送球となって河西が生還、1-1の同点に追い付く。

 太陽は8回、9回と二走者を出すが無得点、試合は延長戦に突入。

 南海は10回表、先頭の別所が三塁線にヒット、筒井の投ゴロでランナーが入れ替わり、筒井は二盗に成功、小林は四球で一死一二塁、トップに返り安井の遊ゴロが「6-4-3」と渡ってダブルプレー。

 南海は12回表、先頭の堀井数男が中前打で出塁するが、飯田徳治の投ゴロ併殺打でチャンスを潰す。

 太陽は12回裏、先頭の佐竹一雄が左前打で出塁、代走に蔵本光夫を起用、松井が送って一死二塁と最後のチャンス、しかし別所が粘って後続を抑え、延長12回引き分く。

 月間MVP候補の真田重蔵は延長12回を6安打4四球8三振、1失点自責点ゼロで完投。真田は7月31日の大阪戦、8月2日の大阪戦に続いて1カ月で3回目の延長12回引分け完投となった。

2026年8月2日日曜日

訂正のお知らせ

 7月22日付けブログ「巨人vs東急 12回戦」において、白木義一郎の勝敗数を「15勝9敗」とお伝えしていていましたが、「15勝19敗」の間違いでしたので、お詫びして訂正いたします。

 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。


2026年7月31日金曜日

22年 中日vs大阪 13回戦

8月31日 (日) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 中日 47勝31敗1分 0.603 清水秀雄 
0 0 0 0 0 2 0 0 X 2 大阪 54勝27敗3分 0.667 若林忠志

勝利投手 若林忠志 17勝9敗 
敗戦投手 清水秀雄 14勝7敗

勝利打点(大)藤村富美男 9


大阪が首位独走を決定付ける勝利

 後楽園の第2試合は清水秀雄と若林忠志の先発で午後2時53分、池田球審の右手が上がりプレイボール。

 二位中日と首位大阪の差は4.5ゲーム差。中日はこの試合に勝てばまだチャンスは残る。月間MVPを狙う清水も負けられない一戦。

 前半戦は両投手の好投で5回まで両軍無得点。

 大阪は6回裏、先頭の呉昌征が四球を選ぶと、続く塚本博睦の初球に二盗に成功、塚本の当りは三ゴロ、これをサード三村勲がエラー、無死一三塁から金田正泰の投ゴロで三走呉は動かず塚本は二進して一死二三塁、このチャンスに藤村富美男が中前にタイムリーを放ち二者を迎え入れて2-0とリードする。

 若林忠志は4安打無四球1三振で今季5度目の完封、17勝目をマークする。 

 大阪は二位中日に5.5ゲーム差を付けた。この試合から首位独走態勢を固めたと言える貴重な1勝であった。

 清水秀雄は8イニングを6安打1四球5三振2失点、自責点1であった。史上稀に見る激しい月間MVP争いを続ける清水としては、1敗以上に大きい敗戦となった。

 中日としては名手三村勲の失策が痛かった。

 三村勲は飯塚商業で2年先輩の小鶴誠の後輩となる。昭和21年に中日入りするきっかけは先輩小鶴の存在が大きかった。赤嶺旋風など、この後は小鶴誠と行動を共にすることになり、昭和25年の松竹水爆打線では二番打者として貴重な活躍を見せてセ・リーグ初優勝に貢献する。二番ながら16本塁打で犠打はゼロであった。現在では二番に強打者を配置するのは常識になっている。日本では西鉄の豊田泰光が「強打の二番打者の元祖」と言われることが多いが、史実としては「強打の二番打者の元祖」は三村勲であったと言えるのではないか。この点については、もう少し事実関係を精査してから発表する予定である。

 昭和21年から23年の3年間で2本塁打だった三村が、昭和24年と25年に二桁本塁打を記録したのはラビットボールの影響であったが、この2年間で三村は打法転換に成功し、昭和25年から27年の3年間はリーグ最多三振と振り切る打撃に転換し、ラビットボール廃止後にも2度二桁本塁打を記録することになる。

2026年7月24日金曜日

「2-4-3IP」

 昭和22年8月31日、後楽園の第1試合巨人vs東急戦、1回表巨人の攻撃。二死満塁の場面で「2-4-3IP」により三走田中資昭にスリーアウト目が記録された。

 スコアカードの記載を解説すると、キャッチャー鈴木圭一郎が二塁に送球して三走田中資昭がファースト熊耳武彦の守備を妨害して「イリーガルプレー」が記録されたことになる。

 この試合の熊耳の刺殺数を確認しても、このプレー以外の刺殺は6個で、この試合の熊耳の刺殺数は7個なので、このプレーで熊耳に刺殺が記録されたことは間違いない。

 公認野球規則によると、

「走者が野手を妨害してアウトが宣告された場合ーーー妨害された野手に刺殺を与える。」

とされている。

 筆者が見ている公認野球規則は「9.09(C)(6)」であるが、公認野球規則は毎年更新されるので最新版では「条ずれ」が生じているはずである。

 「2-4-3IP」は田中資昭のスリーアウト目に記録されているので、三走田中の守備妨害によりファースト熊耳に刺殺が記録されたことは間違いない。

 二走川上が離塁したのは、ディレードスチールを仕掛けたのかと考えられるが、川上の離塁を見てキャッチャー鈴木圭一郎は二塁ベースカバーに入ったセカンド苅田久徳に送球した。その後に三走田中がホームに走り、ファースト熊耳の守備を妨害して田中にインターフェアが宣告されてスコアカードには「イリーガル(I.P.)」が記載された。

 キャッチャー鈴木圭一郎が二走川上の離塁を見て二塁に送球し、川上が二三塁間に挟まれた際、ファースト熊耳は、二死満塁の場面なので、一塁走者は無視してホームベースカバーに走った。三走田中は二三塁間挟殺プレーの隙を見てホームに突っ込んだが、ファースト熊耳が三本間に陣取っており、セカンド苅田から熊耳に送球されて、田中が熊耳に体当たりして守備妨害を取られたということか。この際、キャッチャー鈴木圭一郎はホームベースをカバーしており、ファースト熊耳は三走田中の動きを警戒し、一塁の守備位置から走って来て三本間の挟殺プレーに備えて三塁ベース寄りにポジションを取っていたと考えられる。

 三走田中は二走川上の動きを見ながらスタートを切り、セカンド苅田は二走川上を追いながら横目で三走田中を警戒していたので、田中がスタートを切ると三本間のカバーに入っていたファースト熊耳に送球し、熊耳がセカンド苅田からの送球を受けた際に三走田中がぶつかってきて落球したが、守備妨害を宣告されて、スコアカードにはイリーガルプレー(I.P.)と記載されたと考えられる。

 ファースト熊耳はキャッチャー鈴木圭一郎の後ろに入って挟殺プレーが続くケースに備える手もあったが、熊耳は鈴木とキャッチャーを交互にやっているので本塁守備には慣れており、自分が先に三本間の挟殺プレーに備えて鈴木の前に陣取ったと考えられる。

 この試合が後楽園であれば公式記録員山内以九士が状況を「雑記」欄に記載しているはずだが、甲子園の試合ではほとんど「雑記」欄に記載されることはないので、「2-4-3IP」でファースト熊耳に刺殺が記録されて三走田中がアウトになったケースとしては上記のプレーが考えられるのである。

*スコアカードには田中資昭のスリーアウト目が「2-4-3IP」と記載されている。画像では見ずらいと思うが、拡大鏡で確認しているので間違いない。



2026年7月22日水曜日

22年 巨人vs東急 12回戦

8月31日 (日) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 0 1 0 3 0 5 巨人 39勝42敗1分 0.481 多田文久三 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 東急 30勝47敗2分 0.390 白木義一郎

勝利投手 多田文久三   9勝8敗 
敗戦投手 白木義一郎 15勝19敗

二塁打 (巨)千葉 (東)大沢
三塁打 (巨)千葉、小松原 (東)大下

勝利打点(巨)平山菊二 8 

猛打賞 (巨)千葉茂  10、川上哲治 5


千葉と川上が猛打賞

 第20節4日目、甲子園の第1試合は多田文久三と白木義一郎の先発で午後1時32分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 巨人は初回、先頭の山川喜作が右前打で出塁、田中資昭も二遊間ヒットで続いて無死一二塁、千葉茂はセオリーどおり三前に送りバントを決めて一死二三塁、川上哲治は四球で一死満塁、平山菊二が左前タイムリーを放ち1点を先制、小松原博喜は三邪飛に倒れて二死満塁、続く林清光の打席で三走田中が「2-4-3IP」でアウトとなってチェンジとなる。

 「2-4-3IP」については特集記事で詳述するので先を急ごう。

 巨人は2回と5回は併殺でチャンスを潰し、3回は2安打でチャンスを作るが無得点。

 巨人は6回表、先頭の千葉が中越えに三塁打、川上の右前タイムリーで1点追加して2-0とする。

 巨人は8回表、先頭の千葉は捕邪飛、これをキャッチャー鈴木圭一郎が落球、鈴木には失策が記録されて、命拾いした千葉は次の球を右越えに二塁打、川上は今度は左前に流して二走千葉を迎え入れるタイムリーを放ち3-0、一死後小松原が右中間にタイムリー三塁打を放ち4-0、中島治康が左前にタイムリーを放ち5-0として試合を決める。

 多田文久三は5安打無四球1死球5三振で今季2度目の完封、9勝目をマークする。

 巨人は平山菊二、小松原博喜を中心に下位打線の活躍が目立っていたが、この日は主軸の千葉と川上が共に猛打賞の活躍を見せた。ベテラン中島もタイムリーを放ち、久々に二盗も決めた。

2026年7月20日月曜日

専松vs商大付属

 本日の千葉県予選5回戦は専修大学松戸高校(以下「専松」)と千葉商科大学付属高校(以下「商大付属」)が対決。

 Cシードの商大付属がAシードの専松に挑んだ試合は2対1で専松が地力の差を見せましたが、商大付属の健闘に拍手。

 筆者の実家は市川市の北側、千葉県市川市国分4丁目(当時は国分町1965)で、商大付属までは歩いて10分もかからない。専松はその北方で、筆者から見れば地元対決になります。

 現在では千葉では木更津総合と並んで甲子園常連校となった専松ですが、甲子園出場は商大付属の方が早かったことはあまり知られていないと思うので説明しよう。

 1982年センバツ、剛腕平沼を擁して甲子園初出場を果たしました。筆者の実家の前の道で「チャカチャカ」と音がしてくると、「商大付属の野球部の連中だな」と分かりました。アスファルトの道をスパイクでランニングしていたようです。当時は商大付属も専松も甲子園に行けるとは思ってもみなかった時代でしたが、平沼定晴が出てきた時は地元でも「行けるか」の声が高まっていました。社会人2年目で仕事も忙しくなってきた時期だったので球場に行くことはなかったですが、思ってもみなかった甲子園初出場を誇らしく思ったのはいい思い出です。

 平沼の名前が全国区になったのは中日からロッテ移籍後のこと。清原の内角に投げたツーシームが清原の肘に当たり、激高した清原が平沼にバットを投げつけて向かってきます。平沼はひるむことなく清原に向かって突進、清原も負けじと平沼にフライングニ―ドロップ、と思った瞬間清原も「まずい」と思ったか体を反転させてヒップドロップとなって平沼がひっくり返りました。

 清原が体を反転させずに「ひざ蹴り」が平沼に直撃していたらとんでもないことになっていたでしょう。平沼が重症だったら清原は引退を迫られたかもしれません。清原の「防衛本能」とたぐい稀な「運動神経」が大惨事を免れた要因でした。

 翌日、清原が謝罪に来ましたがロッテのベテラン陣に怒鳴り付けられて直接の謝罪はできなかったようです。後年、テレビ番組で清原が謝罪して、今では仲の良いコンビになっていますね。

 名将持丸監督を招聘して今では甲子園常連校となった専松、共学校に変わって水泳では何人もオリンピック選手を輩出している商大付属、時代が変わって今では筆者も横浜に住んでいますがチバテレは見ることができます。高校野球は千葉ですね。

 ということで、本日までは商大付属を応援していましたが、明日からはベスト8に進んだ専松の応援に専念できることになりました(笑)。


2026年7月18日土曜日

訂正のお知らせ

 2025年11月16日付けブログ「22年 7月 月間MVP」において、打撃部門受賞の森下重好について「初受賞」とお伝えしていましたが、森下重好は21年 5月にも受賞していますので、「通算2度目」に訂正させていただきます。

 読者の方からのご指摘で訂正することが多いですが、これは自分で気が付きました。

 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。 


2026年7月17日金曜日

22年 阪急vs金星 15回戦

8月31日 (日) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 3 1 0 0 4 阪急 40勝42敗3分 0.488 野口二郎
0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 金星 30勝49敗2分 0.380 重松通雄 江田孝

勝利投手 野口二郎 17勝12敗 
敗戦投手 重松通雄 10勝10敗

二塁打 (金)西沢
三塁打 (急)青田 (金)大友
本塁打 (急)青田昇 10号


青田昇が10号ホームランでトップに立つ

 第20節4日目、後楽園の第1試合は野口二郎と重松通雄の先発で午後1時丁度、西垣球審の右手が上がりプレイボール。

 重松は3回まで毎回四球を出すが無失点。4回、5回は三者凡退に抑える。

 野口二郎は4回までパーフェクトピッチング。5回、打撃好調の西沢道夫に右中間二塁打を許すが無失点で切り抜ける。

 阪急は6回表、一死後青田昇がレフトスタンドに第10号ソロを叩き込んで1点を先制、野口明は四球、昨日4安打の田中幸男は左前打、野口二郎はストレートの四球で一死満塁、二死後日比野武の左前タイムリーで2-0、金星ベンチはここで重松から江田孝にスイッチ、安井鍵太郎が押出し四球を選んで3-0とする。

 阪急は7回表、一死後青田が右中間に三塁打、野口明の中犠飛で4-0と突き放す。

 金星は7回裏、先頭の大友一明が右中間に三塁打、一死後西沢が三遊間にタイムリーを放ち1-4とするが反撃もここまで。

 野口二郎は4安打無四球1三振の完投で17勝目をマークして藤本英雄とハーラー二位タイに並ぶ。野口二郎は7月28日の段階では10勝11敗であったが、それ以降は7勝1敗。8月の月間MVP投手部門は真田重蔵、清水秀雄、川崎徳次の争いに見えたが、野口二郎もダークホースに浮上してきた。

 青田昇が2試合連続の第10号本塁打を放ってトップに立った。二位タイは森下重好、大下弘、山本一人が9本で並んでいる。本塁打王争いも激しくなってきた。

2026年7月12日日曜日

22年 東急vs太陽 10回戦

8月30日 (土) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 4 0 1 3 8 東急 30勝46敗2分 0.395 黒尾重明 
0 1 0 0 0 0 0 2 0 3 太陽 36勝44敗3分 0.450 湯浅芳彰

勝利投手 黒尾重明 10勝12敗 
敗戦投手 湯浅芳彰   1勝3敗

二塁打 (東)大下、白木、清水 (太)森下2

勝利打点(東)鈴木圭一郎 1

猛打賞 (東)白木義一郎 1


鈴木圭一郎が4打点の活躍

 甲子園の第2試合は黒尾重明と湯浅芳彰の先発で午後3時14分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 太陽は2回裏、先頭の中谷順次が左前打で出塁、伊勢川真澄の三ゴロの間に中谷は二進、荒川昇治の右前タイムリーで1点を先制する。

 太陽先発の湯浅芳彰は5回まで1安打無失点の好投を見せる。

 東急は6回表、先頭の苅田久徳監督の当りは三ゴロ、これをサード中谷が一塁に悪送球する間に打者走者の苅田は二塁に進み、長持栄吉の遊ゴロで苅田がスタートを切ってショート松井信勝が三塁に送球するがセーフ、野選が記録されて無死一三塁、大下弘は四球で無死満塁、五番ファースト白木義一郎が中前にタイムリーを放ち1-1の同点、鈴木圭一郎が中前に2点タイムリーを放ち3-1と勝越し、センター森下重好からの三塁送球が悪送球となる間に一走の白木まで生還して4-1とリードする。打者走者の鈴木は三塁に進んで無死三塁、ここで太陽はサードを中谷から平野徳松に交代、記録はセンター森下の悪送球であったが藤本定義監督の目にはサード中谷が捕れたと映ったか、大沢喜好の三ゴロで平野が三走鈴木を本封したのでこの交代は正解であった。

 東急は8回表、先頭の大下が一塁線を破る二塁打、白木も三塁線を抜くタイムリー二塁打を放ち5-1と突き放す。

 太陽は8回裏、一死後森下が左中間に二塁打、二死後伊勢川が二遊間をゴロで抜く中前タイムリー、これをセンター一言多十が後逸する間に伊勢川は二塁、三塁を回って一気にホームイン、記録はシングルヒットで打点は1だったが3-5と追い上げる。

 東急は9回表、先頭の清水喜一郎が三塁線を破る二塁打、トップに返り一言はストレートの四球、苅田もストレートの四球で無死満塁、長持の二ゴロで三走清水は本封、一死満塁から大下が押出し四球を選んで6-3、二死後鈴木圭一郎が中前に2点タイムリーを放ち8-3として試合を決める。

 黒尾重明は10安打2四球3三振の完投で10勝目をマークする。

 鈴木圭一郎は2本の2点タイムリーを放って4打点の活躍であった。

 鈴木圭一郎は、現在は熊耳武彦と併用されているが、1952年と53年は捕手として全試合全イニング出場を記録することになる。娘は有名ピアニストである。

2026年7月11日土曜日

22年 阪急vs中日 12回戦

8月30日 (土) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 3 3 0 0 0 0 1 2 9 阪急 39勝42敗3分 0.481 今西錬太郎
0 0 0 0 2 0 2 0 0 4 中日 47勝30敗1分 0.610 服部受弘 久野勝美

勝利投手 今西錬太郎 16勝11敗 
敗戦投手 服部受弘     13勝5敗

二塁打 (急)田中 (中)古川
本塁打 (急)青田昇 9号 (中)加藤正二 3号

勝利打点 なし

猛打賞 (急)田中幸男(4安打)4


田中幸男が今季3度目の4安打

 後楽園の第2試合は今西錬太郎と服部受弘の先発で午後3時丁度、島球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は2回表、先頭の野口明が右前打で出塁、田中幸男の右前打で無死一二塁、下社邦男の三前バントが内野安打となって無死満塁、日比野武の遊ゴロをショート杉浦清監督が本塁に悪送球して三走野口明が還り1点を先制、更に二走田中も三塁を回ってホームに還って2-0、日比野には打点無し、無死一三塁から安井鍵太郎が右前にタイムリーを放ち3-0とリードする。

 阪急は3回表、一死後第1打席は併殺打に終わった青田昇がレフトスタンドに第9号を叩き込んで4-0として服部をKO、二番手に久野勝美がマウンドに上がり、野口明は三塁内野安打、田中の右前打で一死一三塁、下社の二ゴロの間に三走野口明が還って5-0、二死二塁となって日比野武が右前にタイムリーを放ち6-0と突き放す。

 中日は5回裏、一死後杉浦が左前打で出塁、加藤正二がレフトスタンドに第3号ツーランを叩き込んで2-6と追い上げる。

 リリーフ久野は4回から7回まで阪急打線を無得点に抑えて味方の反撃を待つ。

 中日は7回裏、先頭の小鶴誠が左前打で出塁、杉浦の三ゴロをサード安井が失して無死一二塁、続く加藤の三ゴロは「5-4-3」と転送されるがセカンド上田藤夫からの一塁送球が悪送球となる間に二走小鶴が還って3-6、打者走者の加藤は二塁に進み、三村勲に代打清水秀雄を起用、加藤が三盗に成功、清水は四球を選んで一死一三塁、藤原鉄之助に代わる代打藤本英雄の二ゴロの間に三走加藤が還って4-6と迫る。

 阪急は8回表、一死後田中が右中間に二塁打、坂元義一の遊ゴロの間に田中は三進、日比野が左前に貴重なタイムリーを放ち7-4とする。

 阪急は9回表、先頭の今西がストレートの四球で出塁、トップに返り山田伝の三前バントが内野安打となって無死一二塁、パスボールで無死二三塁、上田の二ゴロの間に三走今西が還って8-4、一死三塁から青田の三ゴロで三走山田が出かかるが、サード山本尚敏のタッチをかいくぐってサードに戻り青田は一塁セーフ、野選が記録されて一死一三塁、野口明の右犠飛で9-4と突き放して試合を決める。

 今西錬太郎は5安打2四球4三振の完投で16勝目をマークする。

 2点差に追い付かれた8回に日比野武が放ったタイムリーが効果的であった。

 前日試合を決める満塁走者一掃二塁打を放った田中幸男が、この日は4安打を記録して4回目の猛打賞。田中は4回の猛打賞の内3回は4安打である。打ち出すと止まらない。

 阪急は巨人を抜いて4位に浮上した。

2026年7月10日金曜日

22年 南海vs巨人 10回戦

8月30日 (土) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 南海 43勝37敗3分 0.538 中谷信夫 松川博爾 
2 0 0 2 0 0 0 0 X 4 巨人 38勝42敗1分 0.475 川崎徳次

勝利投手 川崎徳次 16勝9敗 
敗戦投手 中谷信夫 11勝11敗

二塁打 (巨)中島
三塁打 (南)山本

勝利打点(巨)平山菊二 7 


川崎徳次、2安打に抑えて今季8度目の完封

 第20節3日目、甲子園の第1試合は中谷信夫と川崎徳次の先発で午後1時32分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 巨人は初回、先頭の山川喜作が三遊間にヒット、田中資昭も左前打を放って無死一二塁、千葉茂が送りバントを決めて一死二三塁、川上哲治は敬遠気味に歩かされて一死満塁、平山菊二が右前に2点タイムリーを放ち2-0とリードする。

 巨人は4回裏、二死後小松原博喜が右前打で出塁、中島治康が左中間に二塁打を放って二死二三塁、武宮敏明が左前に2点タイムリーを放ち4-0とする。

 川崎徳次はナックルボールが冴えて5回まで無安打ピッチング。

 南海は6回表、二死後田川豊が中越えにチーム初安打となる三塁打を放ったが、山本一人監督は遊飛に倒れて無得点。

 南海は最終回、先頭の田川が左前打で出塁するが、後続なく今季13度目の完封負け。

 南海二番手の松川博爾は4イニングを無安打ピッチング。

 巨人は平山と武宮の2点タイムリー2本で快勝した。

 川崎徳次は2安打5四球3三振の完封で16勝目をマークする。川崎は7月7日の段階では7勝7敗であったが、それ以降は9勝2敗。

 ハーラーダービーは別所が22勝で断トツトップ、二位は17勝の藤本英雄、三位タイの16勝には若林忠志、野口二郎、川崎徳次、真田重蔵の4人が並んでいる。

 完封数は川崎徳次が8回で単独トップ、二位タイは別所昭と清水秀雄の6回である。

2026年7月8日水曜日

22年 大阪vs金星 11回戦

8月30日 (土) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 2 0 1 1 0 2 6 大阪 53勝27敗3分 0.663 武智修 梶岡忠義 
0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 金星 30勝48敗2分 0.385 清原初男 三富恒雄

勝利投手 梶岡忠義 12勝6敗 
敗戦投手 清原初男   0勝1敗

二塁打 (大)金田、本堂、藤村2 
三塁打 (大)本堂 (金)玉腰

勝利打点(大)本堂保次 4

猛打賞 (大)藤村富美男 10、本堂保次 6


本堂が3打点の活躍

 第20節3日目、後楽園の第1試合は武智修と清原初男の先発で午後1時10分、国友球審の右手が上がりプレイボール。

 清原初男は昨年2勝をマークしており、今季3度目の登板で初先発。

 大阪は4回表、先頭の金田正泰がセンターに二塁打、藤村富美男のレフト線ヒットで金田は三塁に進み、送球の間に打者走者の藤村も二塁を陥れて無死二三塁、一死後本堂保次が右越えに2点タイムリー二塁打を放ち2-0とリードする。

 金星は4回裏、一死後大友一明が四球を選んで出塁、坪内道則監督のセンターへの当りは呉昌征が好捕、西沢道夫の左前打で二死一二塁、清原の左前タイムリーで1点を返して1-2とする。

 大阪は5回から先発の武智を下げて梶岡忠義をマウンドに送る。

 大阪は6回表、先頭の金田正泰の当りは一ゴロ、これをファースト西沢がエラー、藤村のライト線二塁打で無死二三塁、一死後本堂は四球で一死満塁、玉置玉一の左前タイムリーで3-1とする。

 金星は7回から清原をショートに回し、ショート中村信一に代わって三富恒雄が入って二番手のマウンドに上がる。清原は9回にはキャッチャーに回ってマスクを被る。

 大阪は7回表、先頭の呉昌征がピッチャー強襲ヒットから二盗に成功、一死後呉が三盗に成功、金田は四球を選んで一死一三塁、藤村の遊ゴロの間に三走呉が還って4-1と突き放す。

 大阪は9回表、一死後藤村がセンターに二塁打、二死後本堂が左中間にタイムリー三塁打を放ち5-0、玉置の中前タイムリーで6-1とダメ押す。

 梶岡忠義は5イニングを無失点に抑え、12勝目をマークする。

 金星8回裏の攻撃、先頭の門馬祐に代わって代打玉腰忠義が打席に立ち、右中間に三塁打を放った。玉腰は1942年以来5年ぶりの復帰である。

 玉腰忠義は、戦後は今季から4年連続打率2割7分以上をマークし、1950年に78打数25安打、打率3割2分1厘の成績を残して引退する好打者であった。

2026年7月7日火曜日

22年 東急vs南海 15回戦

8月29日 (金) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
4 0 1 0 0 0 0 0 0 5 東急 29勝46敗2分 0.387 白木義一郎
0 2 0 0 0 0 0 0 0 2 南海 43勝36敗3分 0.544 丸山二三雄 松川博爾

勝利投手 白木義一郎 15勝18敗 
敗戦投手 丸山二三雄   9勝11敗

二塁打 (東)大沢喜好
三塁打 (東)大下

勝利打点(東)白木義一郎 5

猛打賞 (南)山本一人 6


白木が無四球ピッチングで15勝目

 甲子園の第2試合は白木義一郎と丸山二三雄の先発で午後3時24分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 東急は初回、一死後苅田久徳監督が四球を選んで出塁、長持栄吉の二ゴロをセカンド安井亀和がエラー、大下弘は四球で一死満塁、このチャンスに白木が左前にタイムリーを放ち1点を先制、レフト堀井数男の三塁送球が悪送球となる間に二走長持に続いて一走大下まで長駆ホームインして3-0、打者走者の白木は三塁に進み、鈴木圭一郎の中前タイムリーで一挙4点を先制する。

 南海は2回裏、先頭の山本一人監督が中前打で出塁、堀井の二ゴロで山本は二進、飯田徳治の中前タイムリーで1-4、バックホームの間に打者走者の飯田は二塁に進んで一死二塁、丸山の中飛で飯田はタッチアップから三進、筒井敬三の三遊間タイムリーで2-4と2点差に詰め寄る。

 東急は3回表、一死後大下が右越えに三塁打、白木が2打席連続タイムリーを中前に放ち5-2と突き放す。

 東急は6回表、先頭の大下が中前打で出塁するが、続く白木の初球に二盗に失敗。

 東急は8回表、先頭の長持が四球で出塁、南海ベンチはここで先発の丸山から松川博爾にスイッチ、松川は長持を牽制球で刺してピンチの芽を摘む。

 南海は最終回、一死後田川豊が右前打で出塁すると代走に坂田清春を起用、山本の左前打で一死一二塁と最後の反撃を試みるが後続が倒れて試合終了。

 白木義一郎は9安打無四球1三振の完投で15勝目をマークする。打っても決勝打と2打点の活躍であった。

 南海は最終回の攻撃で俊足の田川豊に代走を送ったので、何かアクシデントがあった可能性がある。田川は翌日以降の試合にも出場するので、大したことはなかったようだ。

2026年7月5日日曜日

22年 中日vs金星 10回戦

8月29日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
4 0 0 0 0 1 2 0 0 7 中日 47勝29敗1分 0.618 清水秀雄
1 0 0 0 0 1 0 2 X 4 金星 30勝47敗2分 0.390 江田孝 内藤幸三

勝利投手 清水秀雄 14勝6敗 
敗戦投手 江田孝      7勝18敗

二塁打 (中)杉浦 (金)西沢、清原、小前
三塁打 (中)金山、小鶴、三村

勝利打点(中)金山次郎 5

猛打賞 (金)西沢道夫(4安打)6


西沢道夫が4安打

 後楽園の第2試合は清水秀雄と江田孝の先発で午後2時42分、西垣球審の右手が上がりプレイボール。

 中日は初回、先頭の古川清蔵が四球で出塁、金山次郎が右中間に先制のタイムリー三塁打を放ち1-0、大沢清の右飛をライト門馬祐が落球する間に三走金山が還って2-0、小鶴誠も右越えにタイムリー三塁打を放ち3-0、杉浦清監督はストレートの四球で無死一三塁、金星ベンチは早くも先発の江田から内藤幸三にスイッチ、加藤正二も四球を選んで無死満塁、清水の中犠飛でこの回一挙に4点を先制する。

 金星は1回裏、先頭の酒沢政夫が右前打で出塁、二死後西沢道夫の中前打で酒沢は三塁に進んで二死一三塁、清原初男の左前タイムリーで1点を返す。

 中日は6回表、先頭の三村勲が中越えに三塁打、トップに返り古川の中犠飛で5-1とする。

 金星は6回裏、先頭の西沢が左中間に二塁打、清原のレフト線タイムリー二塁打で2-5とする。

 中日は7回表、先頭の小鶴がストレートの四球で出塁、杉浦の左中間タイムリー二塁打で6-2、二死後藤原鉄之助の中前タイムリーで7-2と突き放す。

 金星は8回裏、一死後西沢がこの日4安打目となる左前打で出塁、清原の三ゴロでランナーが入れ替わり、小前博文の左中間タイムリー二塁打で3-7、門馬の二ゴロをセカンド金山が一塁に悪送球する間に小前が還って4-7と迫るが反撃もここまで。

 中日は3本の三塁打で快勝。

 清水秀雄は13安打を許したが1四球6三振の完投で14勝目をマークする。清水は7月17日の段階では6勝4敗であったが、それ以降は8勝2敗。

 金星は敗れたが、西沢道夫が4安打を記録。西沢は前節も20打数7安打で敢闘賞を獲得。西沢が戦後有数の強打者に変貌を遂げるターニングポイントとなった。