2012年1月30日月曜日

14年 セネタースvs金鯱 8回戦


8月25日 (金) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 セネタース 32勝26敗4分 0.552 野口二郎
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 金鯱      23勝38敗2分 0.377 大宮清


勝利投手 野口二郎 21勝13敗
敗戦投手 大宮清       1勝7敗

野口二郎、今季5度目の完封


 セネタースはエース野口二郎が一昨日の阪急戦の延長11回完投に続いて連投、金鯱は中山正嘉が連投しているので大宮清が先発。

 野口は金鯱打線を5回まで無安打無失点に抑える。一方、大宮もセネタース打線を5回まで3安打無失点に抑えて序盤戦は互角のピッチング。

 野口は6回二死後、佐々木常助に中前に初ヒットを許すが五味芳夫を投ゴロに打ち取る。大宮は6回、7回を無安打に抑える。

 セネタースは8回、先頭の苅田久徳がピッチャー強襲ヒット、横沢七郎が投前に送りバントを決めて一死二塁、尾茂田叶が左前にタイムリーを放って均衡が破れる。

 野口は8回を三者凡退に切り抜け、9回二死後濃人渉に左前打を許すが最後は野村高義を三振に打ち取る。

野口二郎は2安打1四球5三振、今季5度目の完封を飾る。一方、大宮清は6安打3四球1死球3三振1失点。


 野口二郎は通算237勝139敗の記録を残して野球殿堂入りする。一方、大宮清は通算2勝9敗の記録を残して2年間でプロ生活を断念することとなる。通算成績の数字だけを見れば野口二郎が圧勝しますが、昭和14年8月25日のこの一戦にフォーカスすると大宮清も野口二郎に対して遜色のないピッチングを見せてくれた訳です。




          *野口二郎は2安打完封勝利を飾る。








          *尾茂田叶が8回に決勝タイムリーを放った場面。



2012年1月29日日曜日

14年 イーグルスvsタイガース 8回戦


8月25日 (金) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 イーグルス 17勝44敗1分 0.279 亀田忠 望月潤一
0 0 4 0 0 0 0 3 X 7 タイガース  42勝19敗2分 0.689 木下勇


勝利投手 木下勇 1勝0敗
敗戦投手 亀田忠 8勝17敗


二塁打 (タ)伊賀上
本塁打 (タ)景浦 6号


景浦将、三試合連続ホームラン


 タイガース先発は下手投げの軟投派・木下勇、イーグルス先発は四番ピッチャー亀田忠。

 イーグルスは3回、一死後太田健一が三遊間へ内野安打、続く寺内一隆のセンター右へのシングルヒットで太田は一気にホームに還り1点を先制する。当然エンドランだったのでしょう。翌日の読売新聞にも「太田を寺内が中堅右へ安打したヒット・エンド・ランの成功に1点を挙げた。」という記述が見られます。

 タイガースは4回裏、一死後景浦将が左前打で出塁、門前真佐人四球、亀田の一塁牽制悪送球を挟んで富松信彦四球で一死満塁、岡田宗芳が死球を受けて押出しで1-1の同点、木下が押し四球を選んで2-1と逆転、伊賀上良平が右前にタイムリーを放って3-1、トップに返り松木謙治郎が押出し四球を選んで4-1、イーグルスベンチはここでようやく重い腰を上げ亀田忠をあきらめて望月潤一をリリーフに送る。本堂保次は中飛、ジミー堀尾文人は三振に倒れてスリーアウトチェンジ。

 望月潤一は4回以降7回までタイガース打線を2安打無失点に抑えていたがタイガースは8回、一死後本堂、堀尾が連続中前打を放って一死一二塁、ここで景浦がレフトスタンドに三試合連続、ホームランダービー単独トップに躍り出る第6号スリーランを叩き込んで3点を追加、7-1とする。

 木下勇は4回に木下政文に四球を与えただけで5回以降はパーフェクトピッチング、結局3安打2四球3三振の完投プロ入り初勝利を飾る。戦後まで投げ続けて通算70勝をあげることとなる最初の勝利であった。


 米子中学出身の木下はプロ引退後は鳥取、島根の高校監督を歴任し、山陰高校球界を岡本利之と共に引っ張ることとなる。堺高校監督時代には阪急で通算350勝を記録することとなる米田哲也を指導している。






            *木下勇が3安打完投でプロ入り初勝利を飾る。




2012年1月28日土曜日

14年 名古屋vsライオン 8回戦


8月25日 (金) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 3 0 0 3 名古屋   23勝37敗3分 0.383 松尾幸造
1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 ライオン 21勝36敗5分 0.368 菊矢吉男


勝利投手 松尾幸造    5勝9敗
敗戦投手 菊矢吉男 12勝14敗


二塁打 (名)三浦 (ラ)西端
本塁打 (名)中村 2号


松尾幸造、中村三郎の檄に応える


 名古屋の先発は18日の阪急戦で初回に4四球を出して1回6失点で降板した松尾幸造。

 ライオンは初回、先頭の坪内道則が四球を選んで出塁、松尾は又もストライクが入らないのか。西端利郎が一塁線に送りバントを決めて一死二塁、水谷則一の左前打で一死一三塁、鬼頭数雄の右犠飛で1点を先制する。

 松尾は3回も先頭の松岡甲二を四球で歩かせるが後続を断つ。5回も先頭の玉腰年男を四球で出すがキャッチャー三浦敏一の一塁牽制で玉腰はタッチアウト。しかし井筒研一に代わる代打山本尚敏にも四球、松岡の一塁内野安打で一死一二塁とされるが菊矢吉男を遊ゴロ併殺に打ち取り何とか切り抜ける。

 名古屋は7回、先頭の加藤正二が四球を選んで出塁、三浦が左翼線に二塁打を放って無死二三塁、ここで中村三郎がレフトスタンドに決勝の逆転スリーランホーマーを叩き込んで3-1とする。

 松尾幸造は7安打6四球4三振の完投で5勝目をあげる。菊矢吉男は松尾に優るピッチングで9回を完投して6安打3四球6三振であったが中村三郎の一発に泣いた。


 18日の阪急戦では中村三郎が松尾幸造に対して「ストライクの出ないような投手は駄目だ、毎日同じような事をやってるなら練習なんか止めてしまえ。」と檄を飛ばし、鈴木惣太郎は「松尾は憤然としてベンチの後方に黙していた。こうした悲憤憤慨は決して人を憎む悪意を持つものではないし語気こそ粗暴であるがかくの如きこそ真実僚友を思いチームを思い、而して野球を思うあまりの発露であり松尾もこれによって大いに発奮すべきであるし名古屋全軍も心機を一転して将来懸命の努力をつくさねばならない。」と論評した。

 本日の松尾のピッチングは中村三郎の檄に応えたものと言える。そしてその松尾の必死のピッチングに中村三郎が逆転スリーランで応えたものである。

 翌日の読売新聞に掲載された鈴木惣太郎の論評は「中村は前日にも本塁打しているが彼は技量以上にものありとは思われない。併し彼には気概において著しく優れたものがあり、これが大事に際してかくの如き殊勲を樹てる動機となっている点は大いに敬服すべきものである。」というものであった。




     *松尾幸造は6四球を出したものの懸命の投球で5勝目をあげる。








            *中村三郎が7回に逆転スリーランを打った場面。


2012年1月27日金曜日

14年 金鯱vsジャイアンツ 8回戦


8月24日 (木) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 金鯱       23勝37敗2分 0.383 中山正嘉
0 0 0 0 0 4 0 0 X 4 ジャイアンツ 45勝16敗1分 0.738 スタルヒン


勝利投手 スタルヒン 29勝8敗
敗戦投手 中山正嘉  17勝12敗


二塁打 (金)濃人
本塁打 (ジ)リベラ 2号

リベラ、愛妻に捧げる満塁弾(巨人軍史上初の満塁ホームラン)


 金鯱・中山正嘉、ジャイアンツ・スタルヒン、両エースによる対決となった。

 金鯱は初回、2四球1失策で一死満塁のチャンスをつかむが小林茂太の三ゴロが「5-4-3」と渡ってダブルプレー。3回は一死後濃人渉が右翼線に二塁打を放つが野村高義、小林利蔵が連続二ゴロに倒れる。4回も先頭の小林茂太が死球に生きるが中山が送りバントを失敗して無得点に終わる。

 一方、ジャイアンツは5回まで無安打無得点。ここまでは中山の投球がスタルヒンを上回っていた。

 ジャイアンツは6回、一死後水原茂が中前打で出塁、千葉茂が右前打で続いて一死一二塁、中島治康の投ゴロを中山が捌いて三塁に送球、水原が三封されて二死一二塁、川上哲治が四球を選んで二死満塁、ここで登場したアチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ)が左翼スタンドにグランドスラムを叩き込んで4-0とする。

 金鯱は8回、先頭の五味芳夫がセンター左にヒット、濃人の遊ゴロでランナーが入れ替わり、野村の一ゴロで濃人は二進、小林利蔵の中前タイムリーで1-4とするがここまで。

 スタルヒンは6安打5四球1死球6三振の完投で29勝目をあげる。中山正嘉は8回を完投して3安打5四球2三振、リベラの一発に撃沈された。6回以外は全て無安打に抑えている。


 翌日の読売新聞・鈴木惣太郎の論評は「前日故国マニラから愛妻の到着を迎えたリベラはこの日果然6回二死満塁に立ってメリー・フランクウェル(満塁本塁打)の快挙に4点を叩き出して巨人軍に快勝を齎し(もたらし=筆者注)観戦中の細君歓迎の賜物とした。」と伝えている。カウントツーワンからのスローカーブの曲がりハナを捕えた一撃であった。これが巨人軍史上初の満塁ホームランであることはよく知られている事実である。

 2011年8月24日付けsuponiti annexには「後楽園球場での金鯱8回戦、巨人の5番アチラノ・リベラ中堅手は8回、1死満塁で中山正喜投手から左中間スタンドに飛び込む一発を放った。」と記載されていますが「5番」は間違いでこの日は「6番」に入っています。「8回」は間違いで「6回」です。「中山正喜投手」も間違いで「中山正嘉投手」が正解です。

 1967年に開催されたユニバーシアード東京大会にリベラの二人の娘がフィリピン代表のバレーボール選手として来日した。リベラは日本と関わっていたので銃殺されたと伝わっていたが、この時川上哲治がリベラの娘から「父は税関吏として働いた後フィリピン独立義勇軍に身を投じ、日本軍と戦い戦死した(Wikipediaより転載)。」と聞いて真相が判明した。





*アチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ)が巨人軍史上初の満塁ホームランを放った場面。




2012年1月26日木曜日

14年 タイガースvs名古屋 8回戦


8月24日 (木) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11  計
0 0 4 0 0 0 1 0 0  0   1   6 タイガース 41勝19敗2分 0.683 青木正一 木下勇 若林忠志
0 1 1 3 0 0 0 0 0  0   0   5 名古屋      22勝37敗3分 0.373 西沢道夫 大沢清


勝利投手 若林忠志 12勝3敗
敗戦投手 大沢清       2勝4敗


二塁打 (タ)本堂、伊賀上 (名)加藤、服部、鈴木
本塁打 (タ)景浦 5号 (名)中村 1号、加藤 3号

延長11回、景浦将が決勝本塁打


 御園生崇男の応召、西村幸生の不調とダブルパンチに見舞われたタイガースは期待の右椀・青木正一が先発。

 名古屋は2回、先頭の中村三郎が左翼スタンドにホームランを叩き込んで1点を先制、一死後西沢道夫が左翼線にヒットを放つとタイガースベンチは青木を下げて木下勇をマウンドに送る。鈴木秀雄は三振、トップに返り桝嘉一が右前打を放つが村瀬一三は二飛に倒れてスリーアウトチェンジ。

 タイガースは3回、先頭のジミー堀尾文人が死球を受けて出塁、景浦将は左飛に倒れるが堀尾が二盗に成功して門前真佐人は四球、岡田宗芳のピッチャー強襲ヒットで一死満塁、ワイルドピッチで堀尾が生還して1-1の同点、富松信彦四球で再度一死満塁、木下の三ゴロの間に三走門前が還って2-1としてなお二死二三塁、伊賀上良平が中前に2点タイムリーを放って4-1とする。翌日の読売新聞によると木下の三ゴロはゲッツーがとれた当りのようでサード芳賀直一の判断ミスが痛かった。

 名古屋は3回、一死後加藤正二が右翼スタンドに第3号ホームランを叩き込んで2-4と追い上げる。

 名古屋は4回から西沢を下げてファーストの大沢清をマウンドに送り、キャッチャー三浦敏一がファーストに回り服部受弘がマスクを被る。

 名古屋は4回裏、先頭の服部が左翼線に二塁打、鈴木が左越えにタイムリー二塁打を放って3-4、トップに返り桝嘉一が四球を選んで無死一二塁とすると、タイガースベンチは木下をあきらめて若林忠志を三番手としてマウンドに送る。しかし村瀬一三が右翼線にタイムリーを放って4-4の同点としてなお無死一三塁、大沢の二ゴロの間に三走桝が還って5-4と逆転する。

 4回から登板した大沢清と肩が温まってきた若林忠志の投げ合いで中盤戦は両軍無得点。

 タイガースは7回、先頭の門前の遊ゴロをショート村瀬がエラー、門前が二盗を決めて岡田が四球を選び無死一二塁、キャッチャー服部からの牽制に門前は二塁に戻ったがこれが悪送球となってセンターに抜けたため門前は三塁に走るがセンター桝のバックアップが早く門前は三本間に挟まれる。白球(7回になれば一試合6球の球数制限があるので薄汚れていたと考えられますが)は「2-6-8-(6)-1」と転送されて門前はタッチアウト、この間に岡田は二塁に進む。富松の二ゴロの間に岡田は三進、若林が中前にタイムリーを放って5-5の同点に追い付く。

 延長に入りタイガースは10回、先頭の若林がピッチャー強襲ヒットで出塁するが二盗に失敗、直後に伊賀上が左翼線に二塁打を放ち松木四球で一死一二塁とするが後続無く無得点。

 名古屋は9回、10回と三者凡退に終わる。

 タイガースは11回、先頭の景浦がレフトスタンドに決勝の第5号ホームランを放ちタイガースが延長戦を制す。

 若林忠志は8回を投げて3安打2四球6三振無失点で12勝目をあげる。

 岡田宗芳は六番に入って5打数3安打2得点の活躍を見せた。タイガースの全盛期には岡田宗芳は不動の九番で一番松木謙治郎へのつなぎ役として活躍した。岡田の六番起用はタイガースの弱体化を物語っている。

2012年1月24日火曜日

14年 南海vs阪急 8回戦


8月24日 (木) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 1 0 0 0 0 1 南海 25勝35敗3分 0.417 宮口美吉 天川清三郎
0 0 2 0 0 0 0 0 X 2 阪急 43勝20敗1分 0.683 石田光彦


勝利投手 石田光彦 8勝5敗
敗戦投手 宮口美吉 6勝10敗


二塁打 (南)天川 (阪)上田


本塁打 (阪)山下好 1号


山下好一、決勝ツーラン  


 南海は初回、平井猪三郎遊ゴロ、小林悟楼四球、鶴岡一人の三ゴロの間に小林は二進して二死二塁、岡村俊昭のゴロは右に飛びセカンド・フランク山田伝が軽快に捌いて一塁アウト。セカンドに入って3試合目となる山田に初めてゴロが飛んだ瞬間である。21日の金鯱戦は小林利蔵の二飛で刺殺1が記録されただけで補殺はゼロ。23日のセネタース戦も野口二郎の二直と二飛、苅田久徳の二飛と横沢七郎の二飛で刺殺4が記録されただけで補殺はゼロ。ゴロもヘソ捕りしたかどうかは残念ながら不明。3回の宮口美吉の二ゴロも無難に捌いて本日は2補殺1刺殺を記録した。次の試合から本職のセンターに戻るので内野手としては現在のところ守備率10割である。
 
 阪急は3回、先頭の浅野勝三郎が中前打で出塁、山田は遊飛に倒れるが、山下好一が右翼スタンドにツーランホームランを叩き込みこれが決勝点となった。翌日の読売新聞には「逆風を物ともせず左翼席に飛び込んで」と書かれていますがスコアブックの記載は「ライトへのホームラン」になっています。
 
 南海は5回、先頭の国久松一が四球を選んで出塁、中田道信の遊ゴロの間に国久は二進、天川清三郎が左中間に二塁打を放って1-2とする。
 
 6回以降、南海は8人の走者を出すが無得点に終わった。翌日の読売新聞によると「三度に亙る重大失走」があったとのこと。6回一死後鶴岡が四球で歩き二盗に成功、岡村も四球を選び一死一二塁、ここで鶴岡が三盗に失敗した。岡村は走っておらず鶴岡の単独スチールだったようで、鈴木惣太郎は「この盗塁が重盗であれば2対1と迫った時の攻法として首肯し得るが岡村は一塁にその儘留まり重盗とは受取れなかった」と論じている。7回は先頭の国久が左前打、中田が送って一死二塁から天川が左前にヒットを放つ。レフト山下好一のジャッグルを見て三塁コーチャーズボックスの鶴岡が本塁突入を指示したが山下好一からの送球を中継したピッチャー石田光彦からのバックホームにタッチアウト。鶴岡の談話は「悪いことをした、ファンブルを眺めたので急に気を変えて走らせたのが失敗だ」。8回は先頭の小林悟楼が四球で出塁するが二盗に失敗。鈴木惣太郎は「この盗塁は野球常識から判じても無法」と断じている。一塁コーチャーズボックスの高須一雄監督の談話は「擬似サインを盗塁サインと見違えたのだ」。
 
 南海の拙走に助けられて石田光彦は10四球を出しながら3安打2三振1失点の完投で8勝目をマークする。
  

 決勝ツーランの山下好一はプロではこれが昭和11年も含めると通算7本目の本塁打であり、プロでは最後のホームランとなる。和歌山中学-慶應義塾大学という超エリートコースを歩んだ割りには同じ慶應義塾大学の山下実、宮武三郎よりも知名度では劣ります。因みに慶應義塾大学時代は通算44本のヒットを放っていますが本塁打はゼロです。典型的な中距離ヒッターであったと考えられます。ここが長距離ヒッターであった山下実と宮武三郎との知名度の差となった要因でしょう。
 
 和歌山中学は現・和歌山県立桐蔭高等学校で和歌山県随一の名門校です。校訓は「文武両道、改革と伝統」。和歌山中学の野球部は大正時代から昭和初期にかけては圧倒的な存在感を誇り、夏の甲子園には第1回大会から14年連続出場しています。一軍がアメリカ遠征中は二軍で和歌山県予選を勝ち進み一軍がアメリカから戻ってきて甲子園で優勝していました。井口新次郎、小川正太郎と著名選手は早稲田大学に進みますが山下好一は何故か慶應義塾大学に進んでいます。


 和歌山中学出身者で最大の著名人と言えば南方熊楠となります。在野の天才として名高く、昭和天皇の師匠でもあります。一応、博物学者、生物学者、民俗学者と言われていますがあらゆる分野で才能を発揮しています。球界では前述の井口新次郎、小川正太郎と山下好一以外では当ブログにも登場した島本義文、「おとおぼけのウーやん」こと宇野光雄、一般的に圧倒的に有名どころで西本幸雄となります。近年では津本陽、竹中平蔵のような文化人、経済学者しか出ておらず、校訓である「文武両道」はどこに行ってしまったのでしょうか。

 おとおぼけのウーやんは山下好一と同様に慶應義塾大学に進み東京六大学では飯島滋弥等と「百万ドル内野」を形成し、プロでは監督まで務めています。飯島滋弥も千葉県随一の名門・千葉中学(現・千葉県立千葉高等学校)の出身となります。飯島滋弥はプロでは一試合11打点を記録し、東映のコーチ時代に大杉勝男に「大杉君、あの月を目がけて打ちなさい」とアドバイスして大杉がホームランバッターとして開眼したことで有名です。「月に向かって打て」でググってみてください。大杉は47歳で早逝しています。大杉の死去を伝えたプロ野球ニュースでは中井美穂(古田夫人)が泣いていました。





     *山下好一が第二打席で決勝のツーランホームランを放った場面。




2012年1月23日月曜日

14年 セネタースvs阪急 8回戦


8月23日 (水) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11  計
0 2 0 0 0 1 0 0 1  0   0   4 セネタース 31勝26敗4分 0.544 野口二郎
0 0 0 2 1 0 0 1 0  0   0   4 阪急          42勝20敗1分 0.677 荒木政公 高橋敏


二塁打 (セ)浅岡、村松 (阪)上田


球史に残る好ゲーム


 阪急は21日の金鯱戦から西村正夫が復帰してセンターに入りフランク山田伝を三番セカンドで起用している。21日はこれまでセカンドに起用されていた林信一郎がサードに入ったが本日は黒田健吾がサードに入る。山田は左投げ右打ちですが、プロ野球史上で左投げの二塁手は鬼頭数雄、フランク山田伝、西本幸雄の3人と言われています。鬼頭が左投げの二塁手としてダブルプレーも完成させたことは以前お伝えしていると思います。 

 初回を三者凡退で終えたセネタースは2回、先頭の野口二郎が左翼線にヒット、佐藤武夫が右前打で続き小島二男が送って一死二三塁、柳鶴震の右犠飛で1点を先制、家村相太郎の右前タイムリーで2-0とする。

 野口二郎の前に3回まで三者凡退を繰り返してきた阪急は4回、二死後三番セカンド・フランク山田伝が四球を選んで出塁、山下好一のレフトにゴロで抜けるヒットで山田は三塁に達して二死一三塁、翌日の読売新聞によるとヒットエンドランが掛かっていたとのことです。山下好一が二盗を決めて二死二三塁、上田藤夫が左中間に二塁打を放って2-2の同点に追い付く。

 阪急は5回、二死後西村正夫が四球を選んで出塁、西村が二盗を決めて二死二塁、浅野勝三郎が右前にタイムリーを放って3-2と逆転に成功、山田も右前打で続くが山下好一は遊ゴロに倒れる。

 セネタースは6回、一死後横沢七郎が四球で出塁、尾茂田叶の右前打で横沢は三塁に達す。翌日の読売新聞によると「尾茂田は理想的に二塁右を抜くヒット・エンド・ランで横沢を三進せしめた。」とのこと。尾茂田は二塁を欲張り二死三塁、野口が左翼線にタイムリーを放って3-3の同点に追い付く。

 阪急は8回、先頭の上田のライトフライを家村が落球して無死二塁、苅田久徳監督はライトを村松長太郎に交代させる。このたなぼたのチャンスに黒田健吾主将が左前にテキサス・リーガーズ・ヒット、4-3と再度リードを奪う。

 セネタースは9回、6回から途中出場の浅岡三郎が左越えに二塁打、阪急は先発の荒木政公に代えて高橋敏を二番手に注ぎ込む。柳の投ゴロで浅岡は三進、柳のアウトは「1-6-3」と記録されているので、二走浅岡が飛び出したところ高橋はショート上田に送球したが浅岡はそのまま三塁に走り上田は間に合わないと判断して一塁に転送したか、高橋が弾いた打球を上田がバックアップして打者走者をアウトにしたのであろう。ここで8回の守備からライトに入っている村松が左中間に同点タイムリー二塁打を放って4-4に追い付く。家村の落球を見て即座に村松と交代させた苅田監督の決断がここで生きた。

 セネタースの10回表は三者凡退、阪急の10回裏も三者凡退、セネタースの11回表も三者凡退。

 阪急は11回裏、先頭の高橋敏が右前にヒット、代走に石田光彦を起用、トップに返り西村が流し打ったライナーはサード横沢のグラブに収まり一死一塁、「L5」とスコアブックに記載されている記録だけでは分からないが送りバント失敗の可能性もある。バントの名手西村正夫も復帰二戦目とあって勘が戻っていなかったのであろうか。浅野勝三郎の右翼線ヒットで石田が三塁に達して一死一三塁、山田は一邪飛に倒れて二死一三塁、続く山下好一を敬遠して二死満塁、上田は右飛に倒れてゲームセットを告げるサイレンが高々と鳴り響き延長11回引き分く。4時5分に二出川延明主審がプレイボールをコールして開始された試合は5時50分に終了した。球史に残る好ゲームと言ってよいでしょう。

 野口二郎は11回を完投して10安打4四球3三振であった。


 9回に同点二塁打を放った村松長太郎はこれがプロ入り初の殊勲打となった。村松は浪華商業(後の浪商、現・大体大浪商)のエースとして昭和12年春のセンバツで中京商業(後の中京高校、現・中京大中京)の野口二郎と決勝で投げ合い2対0で完封して優勝投手となった。野口二郎は甲子園に3回出場して昭和12年夏、昭和13年春は優勝しており甲子園通算12勝1敗の記録を残している。すなわち、村松長太郎は野口二郎に唯一の黒星をつけた訳である。プロでは昭和15年に11試合だけ登板するが打者に転向し、昭和17年まで甲子園のライバル野口二郎とチームメイトとなったが戦死することとなる。





            *延長11回引分けを伝えるスコアブック







*9回に代打で登場した村松長太郎がプロ入り初の殊勲打となる同点タイムリーを放った場面。


14年 名古屋vs南海 8回戦


8月23日 (水) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 0 0 5 0 0 6 名古屋 22勝36敗3分 0.379 繁里栄
0 0 0 0 0 0 0 1 1 2 南海     25勝34敗3分 0.424 政野岩夫 平野正太郎


勝利投手 繁里栄       8勝13敗
敗戦投手 政野岩夫 11勝11敗


二塁打 (南)吉川、政野

名古屋打線、右打ちで快勝


 名古屋は初回、一死後村瀬一三が右前打で出塁すると二盗に成功、大沢清の右前打で村瀬は三塁ベースを蹴ってホームを突くがライト岩出清からのバックホームにタッチアウト。しかし加藤正二の右前打で一走大沢が三塁を陥れて二死一三塁、三浦敏一が右前に先制タイムリーを放って1-0とする。

 2回以降、名古屋打線は肩を痛めて不調の政野岩夫から得点が奪えず6回まで無得点が続く。
 名古屋は7回、繁里栄が右前打で出塁すると鈴木秀雄が三前に送りバントを決めて一死二塁、トップに返り桝嘉一四球、村瀬も四球を選んで一死満塁、大沢が右前に2点タイムリーを放って3-0、加藤も右前にタイムリーで続き4-0、二死後中村三郎が左前にタイムリーを放ち5-0、芳賀直一も中前にタイムリーを放って6-0とする。

 7回まで繁里の重い剛球に3安打無得点に抑えらてきた南海は8回、先頭の政野が左中間に二塁打、代走に伊藤経盛を起用、平井猪三郎の二ゴロの間に伊藤は三進、トップに返り国久松一の当りはライトに抜けるヒットとなるが三走伊藤は動けず一死一三塁、岩出に代わる代打平野正太郎が中犠飛を打ち上げて1-6とする。南海の9回表のマウンドには平野が上がる。

 南海は9回裏、先頭の岡村俊昭が四球を選んで出塁、一死後小林悟楼の右前打で岡村は三塁に進み一死一三塁、キャッチャー三浦の捕逸で岡村が還って2-6とするがここまで。

 繁里栄は7安打2四球1三振の完投で8勝目をあげる。


 名古屋打線は11安打を放ち何れもシングルヒットであった。しかも中村三郎がレフトに2本引っ張った以外は全てセンターから逆方向への当りであった。大沢清が4打数3安打3打点、ヒットは何れもライトへの当りである。千葉茂が「ワシ以上」と認める右打ちの名手・大沢清の場合は毎度のことであるが、加藤正二の5打数2安打1打点も2本とも右前打であった。

 名古屋は第一試合で七位に浮上したライオンを抜き返して七位の座を奪回する。




            *繁里栄は7安打完投で8勝目をあげる。







     *右打ちで政野岩夫を攻略した名古屋打線。ヒットの「・」が打球方向を示します。



2012年1月22日日曜日

14年 ライオンvsイーグルス 8回戦


8月23日 (水) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 5 3 0 0 3 11 ライオン     21勝35敗5分 0.375 福士勇 菊矢吉男
0 0 0 5 0 1 0 0 0  6 イーグルス 17勝43敗1分 0.283 望月潤一 古川正男 清家忠太郎


勝利投手 菊矢吉男 12勝13敗
敗戦投手 望月潤一   4勝17敗


三塁打 (イ)望月
本塁打 (イ)漆原 2号


菊矢吉男、投打に活躍


 3回まで太田健一の左前打一本に抑えられていたイーグルスは4回、先頭の太田が二打席連続ヒットを中前に放って出塁、寺内一隆は遊撃内野安打、四番サード亀田忠が一前に送りバントを決めて一死二三塁、続く中河美芳が期待に応えて中前に2点タイムリーを放って2-0、漆原進が左翼スタンドにツーランホームランを叩き込んで4-0、木下政文が四球に歩き、二死後望月潤一が右中間に三塁打を放って5-0として福士勇をKO、岩垣二郎は代わった菊矢吉男に遊ゴロに打ち取られてスリーアウトチェンジ。四試合連続完封負けのイーグルスにとって43イニンング振りの得点となった。

 ライオンは5回、一死後菊矢の三ゴロをサード亀田が一塁に悪送球する間に菊矢は二塁に進む。トップに返り坪内道則が中前打、西端利郎が左前にタイムリーを放って1-5、水谷則一が四球を選んで一死満塁、鬼頭数雄のピッチャー強襲ヒットで2-5、岡本利之の右犠飛で3-5、二走水谷もタッチアップから三塁に進み鬼頭が二盗を決めて二死二三塁、玉腰年男が四球を選んで二死満塁、山本尚敏が押出し四球を選んで4-5、更にキャッチャー木下からピッチャー望月への返球が逸れる間に三走鬼頭がホームに還り5-5の同点に追い付く。

 ライオンは6回、先頭の菊矢が右前打を放って出塁、坪内が送って西端四球で一死一二塁、イーグルスベンチはここで望月をあきらめて古川正男を二番手としてマウンドに送る。水谷四球で一死満塁、鬼頭の一塁内野安打で6-5と逆転、岡本が左翼線に2点タイムリーを放って8-5とする。

 イーグルスは6回裏、一死後漆原の三ゴロをこの回からサードの守備についた井筒研一が一塁に悪送球、木下が右前打を放ちパスボールで二者進塁して一死二三塁、筒井良武の二ゴロの間に漆原が還って6-8と追い上げる。

 7回、8回と古川に抑えられていたライオンは9回、先頭の岡本が左前打で出塁、玉腰が左前打で続き、山本の三前バントが内野安打となって無死満塁、井筒が左前に汚名挽回のタイムリーを放って9-6、菊矢の中前タイムリーで2点を加えて11-6と突き放す。イーグルスはここで三番手に清家忠太郎をマウンドに送り坪内は遊飛、西端、水谷は連続二ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。

 菊矢は9回裏、木下、筒井に代わる代打高須清に連続四球を与えて無死一二塁とするが清家に代わる代打杉田屋守の二ゴロが「4-6-3と渡ってゲッツー、最後は岩垣に代わる代打菅利雄を遊ゴロに打ち取りライオンが快勝する。


 菊矢吉男は5回3分の1を投げて1安打3四球2三振1失点、自責点ゼロの好リリーフを見せて12勝目をあげる。打っても4打数3安打2得点2打点、キャッチャー岡本利之も4打数3安打1得点3打点と、バッテリーの活躍でライオンが名古屋を抜いて七位に浮上する。







2012年1月21日土曜日

テキサス・レンジャーズ


 本日のスポニチ25面、すなわち芸能面に「ダル応援行くぜ」の大見出しでスタン・ハンセンがダルビッシュ有にエールを送っていると報じられています。テキサス生まれでテキサス在住のスタン・ハンセンも気が気でないようです。6フィート5インチの身長はダルビッシュと同じだそうで「でも馬場さんよりは低いな。ウッハッハ」と言うコメントが掲載されています。ダルビッシュのボールがウエスタン・ラリアットほどの威力があるのか甚だ心もとないところであはりますが、テキサス・レンジャーズ特集と行きましょう。

 

 レンジャーズ名投手列伝として最初に名前があがるのはファガーソン・ジェンキンスです。1971年にナショナル・リーグ サイ・ヤング賞に輝いたのはシカゴ・カブス時代のことです。サインは省略形の「Fergie Jenkins」のようです。



*ファギー・ジェンキンスのサインボール。「NL Cy 71」のインスクリプション入り。







 お次はゲイロード・ペリーとなります。ゲイロード・ペリーは8球団を渡り歩いて314勝、3,534奪三振を記録したことで知られていますがサイ・ヤング賞を獲ったのはレンジャーズの前の72年インディアンス時代と後の78年パドレス時代です。その後再びレンジャーズに所属しますので忙しいお方のようです。



*ゲイロード・ペリーのサインボール。「314 win   3534 K’s」のインスクリプション入り。






 お次に来るのはチャーリー・ハフでしょう。チャーリー・ハフの全盛期が1980年~90年に所属したレンジャーズ時代であることは疑いようのない事実です。チャーリー・ハフのナックルボールは指先を離れたら後はボール任せ、右に行ったり左に行ったり、下に行ったり時には浮かびあがったりします。ウェイクフィールドしか見たことのない人はハフのナックルボールを見るとびっくりするのではないでしょうか。



          *ドジャース時代のチャーリー・ハフ。






 レンジャーズ最初のMVPは1974年のジェフ・バローズです。



          *アトランタ時代のジェフ・バローズ







 第二号と第三号は96年と98年のホアン・ゴンザレスです。手元の資料ではサインボールがあるはずなのですが行方が分からないので省略させていただき“パッジ”イヴァン・ロドリゲスに移ります。ジョニー・ベンチ以降では最高のキャッチャーでしょう。レンジャーズから移籍後に「優勝請負人」となったのは皮肉ですが。自宅の庭に自分の銅像があります。



          *イヴァン・ロドリゲスの実使用レガース。





*サインと共に「Game Used 2003」のインスクリプション入り。







 第5号のアレックス・ロドリゲスはありふれているので省略します。第6号の2010年ジョシュ・ハミルトンは当ブログではMVPはミゲール・カブレラと予想して外したので省略させていただきます。



 ダルビッシュを獲得した球団社長がノーラン・ライアンであることは周知の事実となりました。7回のノーヒットノーランを達成してもサイ・ヤング賞は一度もありません。ダルビッシュはまだ1球も投げていないにもかかわらずサイ・ヤング賞をFA権短縮の条件にしたようです。何も分かっていないスポーツマスコミは早くもサイ・ヤング賞サイ・ヤング賞と騒ぎ立てるでしょうが、まずは足元を固めてもらいたい。少なくとも、ザック・グレインキーのように、サイ・ヤング賞に有利になる数字を追い求めるようなみみっちいピッチングはしないでもらいたい。




*私が一番好きな写真でリビングに掛けています。26歳のロビン・ベンチュラがビーンボールに怒って46歳のノーラン・ライアンに向かって行ったが逆にヘッドロックされてボコボコにされたシーンです。ロビン・ベンチュラはノーラン・ライアンに六発殴られましたが退場処分になったのはベンチュラの方でした。ライアンはこの試合の勝利投手となっています。











14年 ジャイアンツvs南海 8回戦


8月22日 (火) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 1 0 0 5 0 0 6 ジャイアンツ 44勝16敗1分 0.733 スタルヒン
0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 南海      25勝33敗3分 0.431 劉瀬章 木村勉


勝利投手 スタルヒン 28勝8敗
敗戦投手 劉瀬章        5勝8敗


二塁打 (ジ)楠、白石
本塁打 (ジ)中島 5号、白石 2号

白石敏男、試合を決するスリーラン


 3回までジャイアンツは劉瀬章の前に無安打、一方南海は3回までスタルヒンから3安打を奪うがこちらも無得点。

 ジャイアンツは4回、一死後中島治康が本堂保次、鶴岡一人に並んでホームランキングに躍り出る第5号ホームランを放って1点を先制する。

 南海は4回裏、先頭の鶴岡の遊ゴロをショート白石敏男がエラー、岡村俊昭は左前打、国久松一の二塁前プッシュバントが内野安打となって無死満塁、吉川義次の右犠飛で1-1の同点に追い付く。二走岡村もタッチアップから三塁に進み一死一三塁、中田道信が投前にスクイズを試みるが三走岡村との呼吸が合わず三本間に挟まれてタッチアウトとなり追加得点のチャンスを逸す。

 ジャイアンツは5回、6回と1安打ずつを放ち劉の下手投げに慣れてきたが、逆に南海は5回、6回とスタルヒンの剛球に抑えられて三者凡退。

 ジャイアンツは7回、先頭の川上哲治が四球を選んで出塁、アチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ)の一ゴロの間に川上は二進、平山菊二に代わる代打楠安夫が左越えに二塁打を放って2-1と勝ち越し、吉原正喜四球後スタルヒンが右前にタイムリーを放って3-1、トップに返り白石が左翼スタンドにスリーランホームランを叩き込み6-1として試合を決める。

 スタルヒンは7回以降も南海打線を三者凡退に抑え、5回以降はパーフェクトピッチング。結局、5安打無四球8三振1失点、自責点ゼロの完投で28勝目をあげる。


 川上哲治は夏季シリーズに入ってここまで104打数42安打、打率4割4厘であったが本日の4タコで4割を割り込んだ。川上は調子を落としてきているがその分中島治康が調子をあげてきている。とは言えなかなか両者そろい踏みとはなってこない。ジャイアンツが首位を走る要因は、夏季シリーズ打撃ベストテンの2、5、7、9位を占める平山菊二、アチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ)、水原茂、白石敏男などの脇役陣の活躍にある。





             *スタルヒンは自責点ゼロの完投で28勝目をあげる。








     *白石敏男が7回の第4打席で試合を決めるスリーランを放った場面。


14年 タイガースvsライオン 8回戦


8月22日 (火) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 計
0 0 0 4 0 0 0 0 0 2 6 タイガース 40勝19敗2分 0.678 木下勇 若林忠志
1 0 2 0 0 0 0 1 0 0 4 ライオン     20勝35敗5分 0.364 近藤久 福士勇


勝利投手 若林忠志 11勝3敗
敗戦投手 福士勇       9勝11敗


本塁打 (タ)景浦 4号


景浦将、第4号


 ライオンは初回、一死後玉腰年男が四球を選んで出塁、水谷則一が左前打を放って一死一二塁、鬼頭数雄の二ゴロをセカンド本堂保次がショート皆川定之に悪送球して一死満塁、岡本利之が右前打を放って1点を先制、二走水谷も三塁ベースを蹴ってホームに向かうがライト景浦将からのバックホームにタッチアウト、景浦の強肩は健在であった。

 ライオンは3回、先頭の玉腰が二打席連続の四球を選んで出塁、水谷の左翼線ヒットで玉腰が三塁を陥れて無死一三塁、翌日の読売新聞によるとここでキャッチャー門前真佐人がベンチに行って先発木下勇の不調を伝えるがブルペンの朴賢明の肩の調子がおかしく木下が続投する。鬼頭は一ゴロに倒れて一死二三塁、岡本の遊ゴロの間に玉腰が還って2-0、西端利郎が中前にタイムリーを放って3-0とする。タイガースのブルペンでは若林忠志がウォームアップを始める。

 タイガースは4回、一死後ジミー堀尾文人の遊ゴロをショート山本尚敏がエラー、景浦がレフトスタンドに第4号ツーランホームランを叩き込んで2-3と反撃開始。門前は遊ゴロに倒れるが富松信彦が右前打、皆川定之の遊ゴロを山本が本日3つ目のエラー、ライオンのショートは松岡甲二に交代、木下に代わる代打青木正一の三ゴロは「5-4-3」と転送されるがセカンドセーフで二死二三塁、伊賀上良平の三ゴロをサード井筒研一が一塁に悪送球する間に富松が還って3-3の同点、トップに返り松木謙治郎が中前にタイムリーを放って4-3と逆転に成功する。

 タイガースは4回から若林が登板、ライオンも6回から福士勇が登板して中盤戦以降は投手戦となる。タイガースのブルペンで投球練習を行っていた朴賢明には結局三度目の登板チャンスは訪れず、通算2試合の登板で帰国することとなる。

 ライオンは8回、一死後松岡の遊ゴロをショート皆川がエラー、井筒の三塁内野安打で一死一二塁、福士が中前に同点タイムリーを放って4-4とする。

 タイガースは延長10回、先頭の景浦がレフト線にヒットを放つと代走に森国五郎を起用、門前が中前打で続き富松が送って一死二三塁、皆川に代わる代打岡田宗芳が左前にタイムリーを放って5-4、若林がスクイズを決めて6-4とし、10回裏のライオンの攻撃を若林が2三振を奪う力投で締めてタイガースが快勝する。


 序盤戦敗色濃厚だったタイガースは主砲・景浦将の一振りで甦った。延長10回の攻撃も景浦のヒットからであり、矢張りこの男が打たないとタイガースには勢いがつかない。7月に復帰して7月29日の中百舌鳥球場で第1号を放ってから1ヶ月弱で4本目のホームランを放ち寺内一隆、中島治康、ジミー堀尾文人、川上哲治に並び、現在ホームランキングの鶴岡一人、本堂保次に1本差と迫ってきた。






       *景浦将が4回表に反撃の口火を切る第4号ツーランを放った場面。




14年 セネタースvsイーグルス 8回戦


8月22日 (火) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 1 0 0 0 0 1 セネタース  31勝26敗3分 0.544 金子裕
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス 17勝42敗1分 0.288 中河美芳


勝利投手 金子裕    7勝10敗
敗戦投手 中河美芳 4勝6敗


二塁打 (セ)金子、柳

金子裕、有終の美を飾る完封劇


 セネタースは5回、二死後尾茂田叶が右前打で出塁、野口二郎の左前打をレフト岩垣二郎が後逸する間に尾茂田が一気にホームに還り1点を先制する。翌日の読売新聞によると「尾茂田が右翼安打に出ると続く野口がワンストライク後にヒット・エンド・ランを強行すると見事的中して左前安打となったが左翼手岩垣は三塁へ走る尾茂田を眺めながらこれをワン・バウンドに押えようとして後逸し尾茂田の生還となった。この時三塁に走者を刺す事は不可能であったのだから大事をとって後逸をさえ防げば一挙尾茂田の生還は許されなかった。イ軍にとって痛い失敗であった。」とのことである。

 中河美芳は9回を完投して4安打6四球2三振1失点、自責点ゼロの好投を見せたが味方が点を取ってくれないと勝てない。イーグルスは4試合連続完封負けで八連敗。この8試合で2点しか取っていない。本日は四番サードに亀田忠を起用したが、現状で打開策はこれしかないでしょう。


 金子裕は4安打4四球1死球3三振、今季4度目の完封で7勝目を飾ったが、これが今季最終登板となった。

 翌日の読売新聞は「セ軍 金子投手応召」の見出しで「職業野球セネタース軍の投手金子裕君はO日応召した。なおセネタース軍は今回の金子投手で14選手を軍陣に送りだしている。」と伝えている。

 鈴木惣太郎は読売新聞誌上に次のコメントを残している。「金子はイ軍が必死と迫る攻撃を僅か4安打に押えて遂にシャットアウトの名誉を録した。これはこの日彼が球場に於て接受した応召の名誉と並び称して洵に輝しく、試合後本塁上に直立した彼は満場の観衆と両チーム選手並びに聯盟関係者の万歳を浴びて勇しく軍務御奉公の首途に立った。彼の勇戦と武運長久とを衷心より祈ってやまぬ。」

 金子裕は5月30日に今季三度目の完封勝利を飾り5勝目をあげているようにシーズン序盤は好調であったがその後調子を落としていた。恐らく徴兵検査で甲種合格となったことが影響していたのではないか。応召が決まりふっきれたのであろう。





              *金子裕が今季四度目の完封で7勝目をあげる。




2012年1月20日金曜日

14年 第16節 週間MVP


 今節はジャイアンツが4勝0敗、タイガースが3勝1敗、セネタースが2勝1敗、阪急が3勝2敗、金鯱が2勝2敗、南海が2勝2敗、名古屋が2勝3敗、ライオンが0勝3敗、イーグルスが0勝4敗であった。



週間MVP

投手部門

 ジャイアンツ 中尾輝三 1

 いずれもイーグルス戦に2試合連続完封勝利を飾る。



打撃部門

 ジャイアンツ アチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ) 1

 今節14打数9安打4得点5打点の活躍。炎天下の中、本領を発揮してきた。





殊勲賞

 南海 国久松一 1

 15日のライオン戦で延長11回裏、サヨナラヒットを放つ。

 
 阪急 森弘太郎 2

 19日のイーグルス戦でプロ入り初完封。
 



敢闘賞

 ジャイアンツ 平山菊二 2

 今節12打数6安打。17日のライオン戦では4打数4安打5打点を記録する。




技能賞

 阪急 高橋敏 1

 21日の金鯱戦で5回3分の2をパーフェクトリリーフ。


 タイガース 景浦将 1

 投げては今節リリーフで2連勝。打っては15日のセネタース戦で満塁ホームラン。

2012年1月18日水曜日

14年 阪急vs金鯱 8回戦


8月21日 (月) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 阪急 42勝20敗    0.677 石田光彦 高橋敏
1 0 1 0 0 0 0 0 X 2 金鯱 23勝36敗2分 0.390 中山正嘉


勝利投手 中山正嘉 17勝11敗
敗戦投手 石田光彦   7勝5敗


二塁打 (金)小林利

中山正嘉、今季五度目の完封


 金鯱は初回、先頭の五味芳夫四球を選んで出塁、濃人渉の投前送りバントをピッチャー石田光彦が一塁に大暴投する間に五味が長駆ホームに還り1点を先制する。続く野村高義の右飛で二塁に進んでいた濃人がタッチアップから三塁を狙うがこれはライト浅野勝三郎の強肩が優ってタッチアウト、小林利蔵が左中間に二塁打を放つが小林茂太は三邪飛に倒れてスリーアウトチェンジ。

 金鯱は2回、二死後長島進が中前打で出塁するが佐々木常助は投ゴロに倒れて得点無し。

 金鯱は3回、先頭の五味が四球で出塁するが盗塁失敗、濃人も四球を選びパスボールで二進、野村の遊ゴロをショート上田が一塁に悪送球、小林利蔵が四球を選んで一死満塁、阪急ベンチはここで先発の石田をあきらめ二番手に高橋敏をマウンドに送る。小林茂太の当りは一塁線にボテボテのゴロ、高橋が拾って一塁に送る間に三走濃人が還って2-0とする。続く中山正嘉は遊ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。

 高橋敏はこの後8回まで一人の走者を出さずパーフェクトリリーフを見せる。6回は小林利蔵二飛、小林茂太左飛、中山遊飛。7回は瀬井清捕邪飛、長島右飛、佐々木中飛。8回は五味右飛、濃人中飛、野村が中飛と、9人連続凡フライに打ち取っている。


 中山正嘉も素晴らしいピッチングで4安打1四球2三振、今季5度目の完封で17勝目をあげる。阪急のチャンスは8回の一度のみ、先頭の上田藤夫が三塁への内野安打で出塁し、二死後林信一郎が四球を選んで一二塁から高橋が一二塁間を破り二走上田は三塁ベースを蹴って敢然とホームに向かうがライト小林茂太からのバックホームにタッチアウト。中山は連続無失点記録、連続自責点ゼロの記録が途切れたばかりであるが、再スタートとなった。



「雑記」欄には「高橋3回1死で救援して走者を出さず 6~8 9人を飛球にとる」と書かれています。









          *中山正嘉は今季五度目の完封で17勝目をあげる。



2012年1月17日火曜日

14年 名古屋vsタイガース 7回戦


8月21日 (月) 後楽園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 0 3 1 1 0 6 名古屋    21勝36敗3分 0.368 繁里栄 西沢道夫
1 0 1 0 3 2 1 0 X 8 タイガース 39勝19敗2分 0.672 若林忠志 景浦将


勝利投手 景浦将 2勝1敗
敗戦投手 繁里栄 7勝13敗


二塁打 (名)桝2、大沢 (タ)景浦、門前
三塁打 (タ)堀尾

名古屋惜敗


 名古屋は初回、先頭の桝嘉一が右越えに二塁打、次のプレーはスコアブックには「×1」で二走桝がアウトと記載されているので想像するしかない。最も考えられるのが二番鈴木秀雄の打球に桝が当ってインターフェアを取られるケースであるがこのプレーの間に打者走者の鈴木は二塁に進んでいるのでこれは無い。そうすると鈴木の投ゴロに桝が飛び出し、ピッチャー若林忠志が追いかけて挟殺プレーの送球に桝が故意に当たってインターフェアを取られたのでしょう。この間に鈴木が二塁に進んだということはボールを捕ったピッチャー若林と二走桝がしばらくにらめっこをしていたのではないでしょうか。共に1908年3月生まれでこの時31歳の元東京六大学のスター選手同士であるからこそ許されたプレーだったのではないでしょうか。ということで一死二塁で試合再開、大沢清の二ゴロの間に鈴木は三進、加藤正二の右前タイムリーで1点を先制する。

 タイガースは1回裏、一死後本堂保次が右前打で出塁、二死後景浦将が左前打、門前真佐人が中前にタイムリーを放って1-1の同点とする。

 タイガースは3回、一死後ジミー堀尾文人がセンター右奥に三塁打、景浦は歩かされて一死一三塁、ここで景浦がスタートを切りキャッチャー三浦敏一は二塁に送球するが景浦がストップして一二塁間で挟殺プレー、景浦はタッチアウトとなるがこの間に三走堀尾がホームに還り2-1とする。景浦のトリックプレーは珍しい。

 タイガースは5回、先頭の堀尾が四球を選んで出塁、景浦は三振に倒れて門前四球で一死一二塁、若林は二飛に倒れるが本日七番レフトにスタメン起用された森国五郎が左前にタイムリーを放って3-1、皆川定之が右前にタイムリーを放ち4-1、伊賀上良平が左前にタイムリーで続き七番、八番、九番の3連続タイムリーヒットで5-0とリードを広げる。

 しかし名古屋は6回、二死後中村三郎の三ゴロをサード伊賀上が一塁に悪送球、芳賀直一四球、繁里栄に代わる代打服部受弘の左前打で二死満塁、村瀬一三が押出し四球を選んで2-5、トップに返り桝が左翼線に二塁打を放って4-5と1点差に追い上げて若林をKO、タイガースはライトから景浦をマウンドに呼びライトには富松信彦が入る。名古屋は鈴木に代えて代打岩本章を送るが岩本は三振に倒れてスリーアウトチェンジ。

 名古屋は繁里に代打を送った関係で6回から二番手として西沢道夫がマウンドに上がる。

 タイガースは6回裏、一死後堀尾が三塁に内野安打、景浦がレフト線に二塁打を放って一死二三塁、門前が左中間に二塁打を放って7-4と突き放す。
 名古屋は7回、先頭の大沢が右前打で出塁、加藤が右前打して代走に牧常一を起用、、三浦が四球を選んで無死満塁、一死後芳賀の内野安打で5-7としてなお一死満塁、西沢の右飛に三走牧がタッチアップからホームを突くがライト富松からのバックホームにタッチアウト、併殺が記録されてスリーアウトチェンジ。
 タイガースは7回裏、先頭の伊賀上が四球を選んで出塁、トップに返り松木謙治郎が中前打を放って伊賀上は三塁に進み無死一三塁、本堂の遊ゴロにショート村瀬は二塁ベースを踏んで一塁に送球して「6B-3」のダブルプレー、この間に三走伊賀上が還って8-5と突き放す。

 名古屋は8回、一死後桝が四球で出塁、鈴木が中前打を放って一死一二塁、大沢が右中間に二塁打を放ち6-8としてなお一死二三塁の一打同点のチャンス、しかし前の回に加藤の代走に出てそのままレフトに入っている牧は浅いライトフライに倒れて二死二三塁、三浦も投ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。

 景浦は名古屋の最終回の攻撃を三者凡退に退けてリリーフで2連勝。


 名古屋としてはまだ打順が回ってくる可能性のある加藤正二に代走を送ったり、7回の守備で村瀬一三がバックホームせずに併殺を狙って三走を生還させたりと判断ミスが重なったにせよ旺盛な反撃を見せ、先日の中村三郎の「檄」以来試合ぶりが変わってきた。今後が楽しみである。





*桝嘉一がインターフェアをとられた場面。打者走者の鈴木秀雄はこの間に二塁に進んでいる。




2012年1月16日月曜日

437打数117安打 最終回


 本日のスポニチ2面に今季の西武ライオンズの内野布陣をファースト中村、セカンド片岡、サード中島、ショート浅村とする構想がでかでかと報じられています。

 2011年5月15日付けブログ「87打数28安打 ②」において「当ブログとしてはファーストを守っているのが不満。理想は中島をサード、中村をファーストに回して浅村栄斗をショートで使うパターンですが、せめて中村をファーストに追いやってサードのポジションを奪い取るくらいの気合いを見せんかい!」と述べさせていただきました。

 浅村栄斗は現在12球団で最も動きのいい野手と言われています。であればショートを守るのが必然ですが、何故か今季は一塁が多く外野まで守っていました。ショート中島、サード中村という既得権に阻まれていた訳ですが、民主主義の世の中であれば実力が優先されるのも必然です。そもそも中島が未練がましく出戻ってきたことが騒動の発端であり、浅村栄斗のショートは既定路線でした。

 渡辺久信監督は中学時代にハイジャンプで190センチを跳んだ運動神経の塊のような男です。浅村栄斗のセンスを誰よりも分かっているのでしょう。サード中村、ショート中島ではライオンズ黄金時代の再来など夢のまた夢です。スポニチには「三塁をやりたい気持ちもあるけどチームの事情もある。打撃にも影響はない。」という中村のコメントも掲載されています。今季は55本を本気で狙ってくる覚悟はできているようです。残念ながら中島のコメントは掲載されていない所を見ると、いまだにゴネている可能性があります。ゴネ得など、一時的には通用しても長期的には通用しないことを知るべきでしょう。そもそもポスティングで行きたいと言い出したのは自分でありながらレギュラーになれないと分かると「や~めた」と投げだすようではお里が知れます。中島はサードで頑張るべきでしょう。君が行きたかったヤンキースでもアレックス・ロドリゲスはデレク・ジーターにショートのポジションを譲ってサードで我慢しているのですから。



14年 イーグルスvsジャイアンツ 8回戦


8月21日 (月) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス   17勝41敗1分 0.293 亀田忠 中河美芳
2 0 2 2 0 0 0 0 X 6 ジャイアンツ 43勝16敗1分 0.729 中尾輝三


勝利投手 中尾輝三 7勝4敗
敗戦投手 亀田忠    8勝16敗


二塁打 (イ)中河 (ジ)白石


中尾輝三、2試合連続完封


 ジャイアンツは初回、先頭の白石敏男が左中間に二塁打、水原茂の中前打で無死一三塁、千葉茂の二ゴロで白石がホームに突っ込みセカンド筒井良武からバックホームされるがセーフ、野選となって1点を先制する。中島治康は一邪飛に倒れて一死一二塁、川上哲治の中飛で二走水原はタッチアップから三塁に進み二死一三塁、ここで一走千葉がディレードスチール、千葉がタッチアウトとなる前に三走水原がホームに還り2-0とする。

 ジャイアンツは3回、先頭の水原が右前打で出塁、千葉の二ゴロは「4-6-3」と渡ってダブルプレー、ところが中島の遊ゴロをショート高須清が一塁に悪送球、川上の二ゴロをセカンド筒井がエラーする間に中島は三塁を陥れて二死一三塁、川上が二盗を決めて二死二三塁、好調アチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ)が中前に2点タイムリーを放って4-0とする。

 ジャイアンツは4回、一死後白石が四球を選んで出塁、水原の二ゴロの間に白石は二進、千葉が中前にタイムリーを放って5-0、中島が左前打、川上哲治が左前にタイムリーを放ち6-0とリードを広げる。

 中尾輝三は6回まで一人の走者も許さずパーフェクトピッチング。7回一死後岩垣二郎の三塁線ボテボテの当りが内野安打となって史上初の完全試合の夢は崩れる。中尾からの一塁牽制を川上がエラーして岩垣は二進、しかし菅利雄は三振、亀田忠も三ゴロに倒れる。

 イーグルスは8回、先頭の中河美芳が左翼線に二塁打、これがイーグルスにとって本日唯一のクリーンヒットとなった。続く太田健一は三振、漆原進が本日唯一の四球を選ぶが木下政文の二ゴロは「4-6-3」と渡ってダブルプレー。

 中尾は最終回も古川正男を右飛、寺内一隆を三振、岩垣を投飛に打ち取り、結局2安打1四球7三振で16日の七回戦に続いてイーグルスを二試合連続完封。中尾の一本立ちによってジャイアンツは首位固めに入ってきた。




     *中尾輝三は七回戦に続いてイーグルス相手に二試合連続シャットアウト。



2012年1月15日日曜日

14年 セネタースvs南海 8回戦


8月19日 (土) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 3 1 0 0 4 セネタース 30勝26敗3分 0.536 野口二郎
0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 南海      25勝32敗3分 0.439 宮口美吉


勝利投手 野口二郎 20勝13敗
敗戦投手 宮口美吉   6勝9敗


二塁打 (セ)苅田 (南)岡村、国久

野口二郎、20勝


 最悪のグラウンドコンディションの中、5回までセネタースは1安打、南海は3安打で両軍無得点。

 セネタースは6回、一死後横沢七郎が四球で出塁、尾茂田叶が中前に弾き返して一死一二塁、佐藤武夫の三ゴロで尾茂田は二封、野口二郎が四球を選んで二死満塁、浅岡三郎が押出し四球を選んで1点を先制、柳鶴震が右翼線に2点タイムリーを放って3-0とする。

 セネタースは7回、一死後苅田久徳が左前打で出塁、横沢の三ゴロの間に苅田は二進、尾茂田が三遊間を破り、レフトが僅かにジャッグルした隙に苅田が三塁ベースを蹴ってホームに還り4-0とする。

 南海は9回、一死後国久松一が左中間に二塁打、中村金次の右前打で一死一三塁、中田道信に代わる代打吉川義次が右前にタイムリーを放って1-4、なお一死一二塁で宮口美吉に代えて代打平野正太郎を送るが平野の三飛に二走中村が飛び出しダブルプレーとなって試合終了を告げるサイレンが雨を突いて高々と鳴り響く。

 野口二郎は7安打2四球3三振の完投で20勝目をあげる。


 野口の20勝は昭和12年春季に24勝をあげた澤村栄治、今季すでに27勝をあげているスタルヒンに次いで史上3人目となる。昭和12年、13年は二シーズン制なので通年に直すと12年は澤村が33勝(春24勝、秋9勝)、野口明が33勝(19勝、14勝)、スタルヒンが28勝(13勝、15勝)西村幸生が24勝(9勝、15勝)、古谷倉之助が22勝(15勝、7勝)。13年はスタルヒンが33勝(春14勝、秋19勝)、御園生崇男が21勝(10勝、11勝)、西村幸生が20勝(11勝、9勝)となるので野口二郎は野口明と史上初の兄弟での20勝投手となった。






            *野口二郎が完投で20勝目をあげる。





14年 イーグルスvs阪急 8回戦


8月19日 (土) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス 17勝40敗1分 0.298 望月潤一
2 0 0 1 0 0 0 0 X 3 阪急      42勝19敗       0.689 森弘太郎


勝利投手 森弘太郎 3勝1敗
敗戦投手 望月潤一 4勝16敗


二塁打 (イ)太田

森弘太郎、プロ入り初完封


 阪急は初回、一死後浅野勝三郎が四球を選んで出塁、黒田健吾は左飛に倒れるが浅野が二盗に成功、山下好一三塁内野安打、上田藤夫がセンター右にタイムリーを放って1点を先制、センター寺内一隆からの返球が悪送球となる間に山下好一も還って2-0とする。翌日の読売新聞によると寺内は打者走者・上田の二進を防ごうと二塁に送球したが雨に濡れる芝生に脚をとられたとのこと。昨日の第二試合は中止、明日も雨で順延されるが本日も雨模様の中での試合である。

 イーグルスは3回、先頭の清家忠太郎が左翼線にヒット、続く望月潤一の当りは中前に飛ぶがセンターフランク山田伝からの二塁送球に清家はフォースアウト、センターゴロとなて一死一塁、トップに返り岩垣二郎は中飛に倒れて二死一塁、太田健一が左中間を抜いて一走望月は三塁を回るがセンター山田から「8-6-1-5」と転送されて望月はタッチアウトでスリーアウトチェンジ。この場合センター、ショート、ピッチャーに補殺が記録されるのでこの回センターの山田伝は2補殺1刺殺を記録した。翌日の読売新聞によると雨のためグラウンドコンディションが悪く望月が脚をとられたため、最初は本塁突入を指示していた三塁コーチャーズボックスの森茂雄監督がベース直前でストップをかけたが望月がオーバーランして刺されたとのこと。

 阪急は4回、先頭の日比野武が四球を選んで出塁、石井武夫は右前打、林信一郎は中飛に倒れるが森弘太郎が四球を選んで一死満塁、トップに返り山田の中犠飛で3-0とする。

 森弘太郎は5安打4四球1三振でプロ入り初完封を飾り今季3勝目をあげる。翌日の読売新聞によると森の緩いカーブをイーグルス打線が打ちあぐんだとのこと。

 望月潤一も8回を完投して7安打3四球3三振。3つの与四球が全て失点につながった。


 なお、翌日の読売新聞は金鯱の内籐幸三投手が戦地から戻って近く復帰すると報じています。内籐は昭和11年に投げて兵役に就いているので当ブログではこれまで登場していません。「元祖・巨人キラー」であり、スピードは澤村以上とも言われる左腕ピッチャーです。






               *森弘太郎がプロ入り初完封を飾る。










            *フランク山田伝は1イニング2補殺を記録する。











14年 阪急vs名古屋 8回戦


8月18日 (金) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
6 0 0 1 1 0 0 0 0 8 阪急   41勝19敗       0.683 荒木政公
0 0 0 0 0 0 0 1 2 3 名古屋 21勝35敗3分 0.375 松尾幸造 大沢清


勝利投手 荒木政公 7勝1敗
敗戦投手 松尾幸造 4勝9敗


二塁打 (阪)山田 (名)鈴木
三塁打 (名)三浦
本塁打 (名)服部 2号

荒木政公、完投で7勝目


 松尾幸造は又もストライクが入らなかった。阪急は初回、先頭のフランク山田伝が四球を選んで出塁、二盗を決めて、ワイルドピッチで三進、浅野勝三郎は三振に倒れるが黒田健吾が四球を選んで一死一三塁、山下好一の遊ゴロをショート村瀬一三がエラーする間に山田が還って1点を先制する。上田藤夫が右前にタイムリーを放って2-0、日比野武の遊ゴロを村瀬が又もエラーして無死満塁、石井武夫の押出し四球で3-0、林信一郎も押出し四球を選んで4-0、荒木政公のピッチャー強襲ヒットで5-0、トップに返り山田は三振に倒れて二死満塁、パスボールで6-0とする。

 この試合の名古屋ベンチの様子を取材した鈴木惣太郎の記事が翌日の読売新聞に掲載されている。「名古屋のベンチは悲憤と憤慨と無念というような複雑な感情が錯綜して鼎の沸る如く(「鼎の中の湯が沸き返るように、物事が混乱して騒がしいさま」と言う意味のようです=筆者注)に騒然としていた。その真ん中に陣取った中村二塁手は味方の不甲斐なき総崩れに憤慨して語気頗る荒く松尾投手をつかまえて『ストライクの出ないような投手は駄目だ、毎日同じような事をやってるなら練習なんか止めてしまえ』と極めつけていたが松尾は憤然としてベンチの後方に黙していた。こうした悲憤憤慨は決して人を憎む悪意を持つものではないし語気こそ粗暴であるがかくの如きこそ真実僚友を思いチームを思い、而して野球を思うあまりの発露であり松尾もこれによって大いに発奮すべきであるし名古屋全軍も心機を一転して将来懸命の努力をつくさねばならない。」

 名古屋は2回からファーストの大沢清がマウンドに上がりキャッチャー三浦敏一がファーストに入りキャッチャーに服部受弘を入れる。

 阪急は4回、先頭の山田が左前打で出塁、二死後二盗に成功して山下好一四球で二死一二塁、上田が右前にタイムリーを放って7-0。更に5回、先頭の石井が中前打で出塁、二死後山田が四球、浅野が右翼線にタイムリーを放って8-0とリードを広げる。

 7回まで荒木政公の前に2安打に抑えられてきた名古屋は8回、一死後服部がレフトスタンドに第2号ホームランを叩き込んで1-8とする。

 名古屋は最終回、一死後大沢清が四球を選んで出塁、岩本章の三ゴロで大沢が二塁に進んで二死二塁、三浦がセンター右奥に三塁打を放って2-8、ベンチで檄を飛ばした中村三郎が左前にタイムリーを放って3-8、しかし芳賀直一が中飛に倒れて試合終了を告げるサイレンが高々と鳴り響く。第二試合に予定されていたイーグルスvsセネタース戦は雨のため中止となった。

 荒木政公は5安打2四球4三振の完投で7勝目をあげる。


 名古屋は完敗ではあったが2回以降態勢を立て直し、終盤は見事な反撃を見せている。名古屋は7月14日以降8月16日までの14戦は7勝7敗であったが7敗は全て完封負けと言う状況が続いていた。本日も荒木に完封されてもおかしくはない流れであったが終盤粘りを見せた。中村三郎の「檄」は無駄ではなかったのである。






            *荒木政公は5安打完投で7勝目をあげる。



2012年1月14日土曜日

14年 金鯱vsタイガース 8回戦


8月17日 (木) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9  計
3 0 2 0 1 0 0 0 0  6  金鯱          22勝36敗2分 0.379 磯部健雄 鈴木鶴雄 中山正嘉 大宮清
3 3 0 0 0 4 0 1 X 11 タイガース 38勝19敗2分 0.667 若林忠志 景浦将


勝利投手 景浦将        1勝1敗
敗戦投手 中山正嘉 16勝11敗


二塁打 (金)野村 (タ)本堂、伊賀上2、松木
三塁打 (金)磯部、野村 (タ)松木


景浦将、久々の剛球


 金鯱は初回、先頭の五味芳夫が四球を選んで出塁、濃人渉の遊ゴロでランナーが入れ替わり、野村高義四球、小林利蔵も四球を選んで一死満塁、タイガース先発の若林忠志が珍しくコントロールを乱した。小林茂太の投ゴロは若林からキャッチャー門前真佐人に送球されて三走濃人は本封、二死満塁の場面で磯部健雄が右中間に走者一掃の三塁打を放って3点を先制する。

 タイガースは1回裏、松木謙治郎の右翼ライナーをライト小林茂太がエラー、本堂保次が左翼線に二塁打を放って無死二三塁、ジミー堀尾文人が四球を選んで無死満塁、景浦将が左翼線に2点タイムリーを放って2-3、門前の左飛をレフト野村がエラーする間に堀尾が還って3-3の同点に追い付く。金鯱先発の磯部は初回に自らのバットで叩き出した3点を守ることはできなかった。

 タイガースは2回、先頭の伊賀上良平が左越えに二塁打、金鯱は先発の磯部から二番手鈴木鶴雄にスイッチ、トップに返り松木が右中間に三塁打を放って4-3、本堂の遊ゴロの間に松木が還って5-3、堀尾の遊ゴロをショート濃人が一塁に悪送球する間に堀尾は二塁に進み、二死後門前の中前タイムリーで堀尾が還って6-3とする。

 粘る金鯱は3回、先頭の濃人が四球を選んで出塁、野村が右中間に三塁打を放って4-6、小林利蔵四球で無死一三塁、小林茂太の二ゴロが「4-6-3」と渡ってダブルプレーが完成する間に三走野村が還って5-6とする。この場合小林茂太には打点は記録されない。昭和14年4月22日から適用されたルール改正以前はダブルプレーの間に三塁ランナーが生還しても打者に打点が記録されていたが、ルール改正でダブルプレーの場合は打点が記録されないこととなった。ところがこれまでのスコアブックにはルール改正後もダブルプレーで三塁ランナーが生還すると打者に打点が記録されてきた。本日の小林茂太には打点は記録されていないがかすかに訂正したと思われる痕跡が残っている。恐らく戦後になってスコアブックを転記する際に、ルール改正のことを知らない者が転記作業を行ったためこのようなことが起こっているのではないでしょうか。

 若林不調と見たタイガースは4回から若林を下げてライトから景浦がマウンドに上がり、ライトには森国五郎が入る。景浦は4回の金鯱の攻撃を三者凡退に抑える。

 金鯱は5回、先頭の五味が四球を選んで出塁、濃人の投ゴロでランナーが入れ替わり、野村の右翼線二塁打で濃人が一塁から生還して6-6の同点に追い付く。
 同点に追い付いた金鯱は5回から三番手に現在10連勝中の中山正嘉を注ぎ込む。中山は5回、二死満塁のピンチを迎えるが堀尾を遊ゴロに打ち取り連続自責点ゼロ記録を55イニングスに伸ばした。

 タイガースは6回、先頭の景浦が中前打で出塁、門前も中前打を放って無死一二塁、キャッチャー中村輝夫の二塁牽制が悪送球となる間に二者進塁して無死二三塁、森の右犠飛で景浦が還って7-6、景浦はエラーで進塁しているので自責点は付かない。二走門前もタッチアップから三塁に進んで一死一三塁、皆川が右前にタイムリーを放って8-6、門前もエラーによる進塁があるので自責点にはならない。一走富松は三塁に達して一死一三塁、伊賀上は浅い右飛に倒れて二死一三塁、トップに返り松木が左中間に二塁打を放ち富松に続いて一走皆川もホームに還って10-6とする。ここで中山には自責点2が記録されて連続自責点ゼロ記録は55回3分の2で途切れる。ところがスコアブックを見ると当初はこの2点も自責点では無いと記録されていたようであるが後に訂正されている痕跡が認められる。但し中山の今季の記録に反映されているかは不明で、中山の今季の全投球内容を洗い直してみないと結論は出ません。

 金鯱は8回から中山に代えて四番手として大宮清を投入する。タイガースは8回、先頭の森が右翼線にヒット、皆川が左前打、伊賀上が左翼線にタイムリー二塁打を放って11-6と突き放す。


 4回からリリーフに出た景浦将は6回を投げて3安打2四球1三振1失点の好投を見せる。球質の重いナチュナルシュートが決まったようだ。8回、9回と名手皆川のエラーでランナーを背負うが何れも「6-4-3」、「5-4-3」のダブルプレーで切り抜けている。

 敗戦投手となった中山正嘉は10連勝でストップした。