2010年8月17日火曜日

12年秋 イーグルスvsセネタース  2回戦

9月2日 (木) 西宮


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
2 0 9 0 0 0 0 2 3 16  イーグルス  2勝1敗  0.667  松本操-望月潤一-藤野文三郎
5 1 0 0 0 0 0 0 0  6   セネタース   0勝3敗  0.000  伊藤次郎-浅岡三郎-野口明


勝利投手 藤野文三郎 1勝1敗
敗戦投手 野口明    0勝3敗


二塁打 (イ)寺内2、高橋、杉田屋、野村、ハリス (セ)青木
三塁打 (セ)中村民
本塁打 (イ)寺内 1号


イーグルス、結団以来の大勝利


 セネタースは内野が一人足りないとあって遂に横沢三郎監督がセカンドで先発出場、苅田は本日もサードを守る。

 イーグルスは初回、先頭の寺内一隆が左翼線二塁打で出塁、野村実の一塁線送りバントが内野安打となり無死一三塁、バッキー・ハリスが右翼線に先制タイムリーを放ちなお一三塁、サム高橋吉雄四球後杉田屋守の中犠飛で2-0と先制する。

 セネタースは1回裏、先頭の苅田久徳が中前打、中村信一、尾茂田叶連続四球で無死満塁、中村民雄が中越えに走者一掃となる大三塁打を放って3-2と逆転、大貫賢中犠飛で4-2、更に家村相太郎も左前打で続くとイーグルスベンチはたまらんとばかりに先発松本操から急遽望月潤一に交代、伊藤次郎四球で一死一二塁、青木幸造が三遊間を破り二走家村は三塁ベースを蹴って本塁へ向かう、レフト寺内のバックホームをカットしたピッチャー望月はホームをあきらめ二塁をオーバーランした一走伊藤を見てセカンド高橋に送球、ボールはサード漆原進に転送されてタッチアウト、九番横沢三郎監督は三ゴロに倒れてチェンジ。

 セネタースは2回、先頭の苅田が四球で出塁、中村信の遊ゴロの間に苅田は三塁へ、尾茂田の投ゴロで苅田が生還とノーヒットで1点を追加。しかし望月は初回三塁打の中村民を三振に斬って取り味方の反撃を待つ。

 イーグルスは3回、先頭の寺内が左翼スタンドにホームランを叩き込んで反撃の狼煙を上げる。野村四球、ハリスは右飛に倒れるが、高橋の右中間タイムリー二塁打でこの回2点目、セネタースは伊藤から浅岡三郎にスイッチ、杉田屋も左中間を破り3点目、しかし杉田屋は三塁を欲張りタッチアウトで二死無走者。しかし秋のイーグルスはここからが違う。太田健一四球、中河美芳四球、漆原の中前タイムリーでこの回4点目、望月の代打石井秋雄四球で二死満塁、セネタースは浅岡を降板させてサードに回し横沢三郎監督退き苅田をセカンドに回してピッッチャー野口明を投入。しかしトップに返り寺内が右翼線に二塁打を放って二者を迎え入れて6点目、野村も左中間に二塁打を放ち8点目、更にレフトからの三塁返球を急造三塁手浅岡が後逸する間に野村も還ってこの回大量9点をあげる。

 イーグルスは3回から第二エースの藤野文三郎を投入。セネタースはイーグルスの圧倒的攻撃に戦意を喪失し3回以降3安打で藤野に零封される。一方イーグルスは攻撃の手を緩めず8回、野村・ハリスの連打に高橋四球から杉田屋の2点タイムリー、9回も寺内のヒットと三つの敵失で3点を加えて16対6でチーム結成以来の大勝利をおさめる。寺内一隆は4安打、二塁打2本、本塁打1本、9塁打の活躍。

 この試合の明暗を分けたのは二番手投手の出来にあった。イーグルス望月潤一は初回に緊急登板、しかし望月が登板する時はいつもこの様な状況で慣れもあったかもしれないが、8月26日付け読売新聞「職業野球の展望」イーグルス編に「投手の望月に可なりの進境が見え」とあり「野球界」昭和12年10月1日号「秋の職業野球新戦線」イーグルス欄には「投手に望月の進境があるので」とあるように、春はコントロール難から破綻をきたしていたが本日はセネタースの流れを食い止め味方の反撃につないだ。2回の失点は苅田こその好走塁によるものである。一方セネタース浅岡三郎は火に油を注ぎ大量失点に結びついてしまった。

 本日セネタースは横沢三郎監督が緊急出場したが、横沢監督はナインの人心を掌握しきれていないようだ。金鯱の岡田源三郎監督は春季リーグ戦終盤に緊急出場し、これをきっかけにナインの心に火がついて5連勝を二度記録する快進撃につながったが、セネタースはご覧のとおり。実際、横沢監督は秋季リーグ戦途中で審判に転向し、苅田がプレイングマネージャーを務めることとなる。苅田久徳著「天才内野手の誕生」には苅田の監督昇格は秋季リーグ戦終了後と書かれており、松木謙治郎著「タイガースのおいたち」には春季リーグ戦終了後秋季リーグ戦が始まる前と書かれている。しかし横沢三郎審判は秋季リーグ戦途中の9月22日金鯱vsイーグルス1回戦に審判としてデビューしており、本日選手として出場しているのがスコアブックに残された事実関係である。松木は当事者でないことによる記憶違い、苅田の著書には他にも時系列に疑問の残る記述も見られることから記憶違い(と言うより苅田はあまり細かいところには無頓着。因みに同著は数ある自伝の中でも秀逸です。中でもセネタース入団時春季キャンプに向かうくだりなどは感動を覚えます。)であろう。事実関係からは秋季シーズン途中の監督交代という結論が導き出される。なお、横沢三郎の選手としての公式戦出場は本日の1試合のみである。

2 件のコメント:

  1. イーグルスは、見違えるほどチーム力がつきましたね。望月も
    少しは戦力になってきたのでしょうか。投手になったのが、最終学年の夏からであり、プロに入ってからの伸びシロは大きい
    かもしれません。チーム力というのは、要所の補強の効果で
    大きく変わってくるものですね。今季は楽しみです。

    返信削除
  2. 春季と秋季の間に約1ヵ月半の休みがあり、夏合宿で春とガラリ一変するところは、現在の大学野球のようです。ハリスの入団は、当時の契約形態の関係で前年所属の名古屋と半年間契約がなければチームを移ることができることから、河野安通志のもとでプレーしたかったハリスが名古屋と連絡の取れないアメリカに帰って半年後に来日したようです。

    返信削除