4月14日 (日) 甲子園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 タイガース 9勝9敗1分 0.500 若林忠志 三輪八郎
1 0 0 2 3 3 0 0 X 9 阪急 9勝6敗1分 0.600 浅野勝三郎
勝利投手 浅野勝三郎 1勝1敗
敗戦投手 若林忠志 5勝4敗
勝利打点 フランク山田伝 3
準完全
浅野勝三郎が準パーフェクトを達成した。
タイガースは初回、ジミー堀尾文人が三ゴロ、皆川定之が中飛、本堂保次は三振に倒れる。2回、カイザー田中義雄が左飛、松木謙治郎も左飛、伊賀上良平は三振に終わる。3回、若林忠志は遊ゴロ、富松信彦は一飛、山根実が四球を選び二盗に成功、しかし堀尾は三振に打ち取られる。
タイガースは4回、皆川が右飛、本堂が中飛、田中が遊ゴロに倒れる。5回、松木は二ゴロ、伊賀上は遊直、若林は二飛に終わる。6回、富松は左飛、山根は一邪飛、堀尾は二飛に打ち取られる。
タイガースは7回、皆川が一邪飛、本堂が二飛、田中が投ゴロに倒れる。8回、松木は右直、伊賀上は中飛、三輪八郎は三振に終わる。いよいよ無安打無得点が見えてきた。
浅野勝三郎は9回、富松に代わる代打中田金一を捕邪飛に打ち取りあと二人、山根に代わる代打宮崎剛を中飛に打ち取りあと一人コール、最後は堀尾を中飛に打ち取り快挙を達成する。
阪急は初回、先頭の中島喬が三前にセーフティバントを決めて出塁、上田藤夫が送ってフランク山田伝が左前に先制タイムリーを放つ。
阪急は4回、先頭の山下実の一ゴロをファースト松木がエラー、山下好一が右前打、井野川利春が中前打を放って無死満塁、伊東甚吉が押出し四球を選び浅野の中犠飛で3-0とする。
阪急は5回、一死後山田が中前打、黒田健吾の一ゴロを松木が二塁に悪送球、山下実は中飛に倒れるが山下好一が右前打を放って二死満塁、井野川が左前にタイムリー、伊東が押出し四球を選びフォアボール目をキャッチャー田中が捕逸して二走山下好一も還って3点追加、6-0とする。
阪急は6回、一死後上田が左前打、山田の右前打で無死一三塁、黒田が四球を選んで無死満塁、6回表の守備から山下実に代わってファーストに入っている新富卯三郎が右前にタイムリーを放って若林をKO、代わった三輪から山下好一が右前に2点タイムリーを放って9-0とする。
浅野勝三郎は無安打1四球4三振の準完全で今季初勝利をあげる。翌日の読売新聞によると浅野は「見事なコントロールをもって内外角を極めつけるスローカーブ」が良かったようである。
浅野の無安打無得点は史上6人目7回目となる。1回目は昭和11年9月25日のタイガース戦で澤村栄治が4四球7三振、2回目は昭和12年5月1日のタイガース戦で澤村栄治が3四球11三振、3回目は同年7月3日のイーグルス戦でスタルヒンが3四球6三振、4回目は同年7月16日のセネタース戦で石田光彦が1四球6三振、但しこの試合では阪急に2エラーがありました。5回目は昭和14年11月3日のセネタース戦で中尾輝三が10四球6三振、6回目は昭和15年3月18日のイーグルス戦で亀田忠が9四球6三振でした。
日本最初の完全試合は昭和25年6月28日の西日本パイレーツ戦で達成した藤本英雄ですが、本日浅野が山根実に四球を与えていなかったら日本最初の完全試合は浅野勝三郎のものとなっていた訳です。
*浅野勝三郎は無安打1四球4三振の準完全試合を達成した。
*無安打無得点に抑えられたタイガース打線。
*澤村栄治の1回目の無安打無得点。昭和11年10月15日発行「日本職業野球聯盟広報」第七号より。
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