2011年8月18日木曜日

600号・300セーブ

 本日ジム・トーミが史上八人目となる600号本塁打を放ちました。

 2007年シーズンには500本塁打クラブ入りが四人達成されると言われていました。2006年シーズン終了時点でフランク・トーマスが487本、ジム・トーミが472本、マニー・ラミレスが470本、アレックス・ロドリゲスが464本という状況だったからです。

 最も堅いのが全盛期にあったアレックス・ロドリゲス、次にやや下降線に入ってきたとは言えマニー・ラミレス、その次があと13本に迫ったフランク・トーマス、ジム・トーミが一番危ないのではないかと見られていました。

 結果はご存じのとおり、6月28日にフランク・トーマスが到達、続いて8月14日にアレックス・ロドリゲスが36号を放って到達、9月16日にジム・トーミが到達しました。9年連続30本塁打以上、その9年間に361本を放っていたマニー・ラミレスはこの年20本に終わり、翌年到達しています。

 フランク・トーマスは翌年8本塁打に終わり、通算521号でキャリアを終了しました。ジム・トーミも既に37歳になっており、そろそろ終わりかなという感じで見ていました。

 ところがここからトーミが本領を発揮します。毎年のように所属チームを変えながらしぶとく生き延び、500本到達時にはだれも予想していなかった600本に到達した訳です。





 かつてのセントルイス・カージナルスの絶対的守護神、ジェイソン・イズリングハウゼンが通算300セーブに到達しました。2006年シーズン終盤、故障のため戦列を離脱し、トニー・ラルーサ監督はアダム・ウェインライトを後継クローザーに抜擢してカージナルスがワールドチャンピオンに輝きました。

 先発ピッチャーは手術後も復活することはよくありますが、クローザーの場合、手術からの復活は極めて難しい。引退したものとばかり思っていたイズリングハウゼンがニューヨーク・メッツのリリーフ陣に名を連ねているのを見た時は正直驚きました。本日、今年7セーブ目をあげて史上23人目の300セーブに到達したものです。

 ウェインライトも今シーズンを前にトミー・ジョン手術を受け、復帰は来シーズンと言われています。幸いなことに2006年シーズン終了後、カージナルスの先発投手陣が大半チームを離れたことかウィンライトは先発に転向し、昨年はサイ・ヤング賞のロイ・ハラデーと全く変わらない成績を残しました。復帰後はローテーションの柱として再び活躍することとなるでしょう。但しその時アルバート・プホルスがチームメイトとして残っているのか、セントルイス・カージナルスファンの興味はこの一点に絞られています。




*レジー・ジャクソン、フランク・トーマスと共に500号本塁打達成日の日付けを入れていただいたジム・トーミのサインボール。世界に一個です。




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