2011年5月6日金曜日

13年秋 タイガースvsジャイアンツ 4回戦

10月19日 (水) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 2 0 0 1 3 タイガース   13勝11敗    0.542 若林忠志 釣常雄
0 0 6 0 2 0 0 0 X 8 ジャイアンツ 18勝4敗1分 0.818 スタルヒン


勝利投手 スタルヒン 11勝1敗
敗戦投手 若林忠志     0勝2敗


二塁打 (タ)伊賀上、門前
三塁打 (タ)奈良 (ジ)伊藤
本塁打 (ジ)千葉 1号、中島 6号


猛牛魂炸裂、千葉茂意地のホームラン


 ジャイアンツは本日も川上哲治が三番、3試合連続ノーヒットの千葉茂は昨日の六番から更に七番に下げられた。

 タイガース先発は温泉療養から復帰後初先発となる若林忠志、ジャイアンツ先発は17日のタイガース3回戦で今季初黒星を喫し雪辱に燃えるスタルヒン。

 ジャイアンツは3回、スタルヒン、三原脩が連続中飛に倒れて二死無走者、白石敏男もツースリーから捕邪飛を打ち上げるがこれをカイザー田中義雄が落球、白石は四球に歩いて二死一塁。田中には失策が記録されている。川上が右前打を放って二死一二塁、ここでタイガースはライトを藤村富美男から藤井勇に交代する。中島治康が左前打で続いて二死満塁、伊藤健太郎がツースリーから押出し四球を選んで1点を先制、水原茂の三塁内野安打とサード伊賀上良平の悪送球で二者還って3-0、なお二死二三塁から七番に下げられた千葉が右翼スタンドにスリーランホームランを放って意地を見せ、6-0とする。

 ジャイアンツは5回、この回先頭の中島が左翼スタンドに4試合連続となる第6号ホームランを叩き込んで7-0、伊藤の左中間三塁打を吉原正喜が遊ゴロで還して8-0とする。

 タイガースは6回、一死後奈良友夫がファウルで5球粘って右越えに三塁打、二死後景浦将の中前タイムリーで1-8、松木謙治郎の一塁猛ゴロをファースト川上が後逸、景浦は三塁に走りバックアップのライト中島が三塁に悪送球する間に景浦が還り、川上・中島によるダブルエラーで2-8とする。9回にも伊賀上良平、門前真佐人の連続二塁打で1点を返すがここまで。

 スタルヒンは9安打無四球5三振、118球の完投で11勝目をあげる。中島治康は5打数2安打1得点1打点1本塁打、今季通算98打数34安打、打率3割4分7厘、打点は21となって単独トップに立った。第一試合でセネタースの佐藤武夫は3打数1安打を記録して今季通算64打数23安打で打率3割5分9厘と依然首位打者をキープしている。3位は尾茂田叶で3割2分7厘、4位が黒田健吾で3割9厘、3割ちょうどで岡野八郎、桝嘉一、白木一二が5位タイに並んでいる。


 翌日の読売新聞によると6回の奈良友夫の三塁打は「1バウンドで右翼塀を超える三塁打」となっている。当時の後楽園球場のグラウンドルールではエンタイトルスリーベースであったようだ。たびたび私事で恐縮ではありますが、高校二年の夏の神奈川軟式予選準決勝、日大藤沢に6対4とリードして迎えた終盤、二死一三塁で左バッターに右中間を深々と破られました。ライトのポジションから打球を追っていた私が「入れ、入れ」と叫ぶと何とツーバウンドで塀を越えてスタンドイン、流石は軟式、当然エンタイトルツーベースとなりました。私が振り返った時は一塁ランナーは既にホームを駆け抜けていましたが三塁に戻され、そのまま6対5で逃げ切りその日の午後に行われた決勝に駒を進めました(当時の軟式では準決勝と決勝が同日に行われていました。)。現在の横浜スタジアムに建て替えられる寸前の今にも崩れ落ちそうだった横浜平和球場(別名ゲーリッグ球場)での出来事です。





*川上哲治(3’)と中島治康(9’)のダブルエラーの場面。このようなプレーは歴史の闇に葬られますので、お届けできるのは当ブログだけでしょう。




*七番に下げられた千葉茂がスリーランホームランで意地を見せた場面。


0 件のコメント:

コメントを投稿