2013年3月3日日曜日

紅白戦



 公式戦と帯同試合を終了した九球団は奉天に集合し、8月25日午後3時から行われた閉会式に引き続いて、オールスターチームによる紅白戦が行われた。メンバーはファン投票により選出されている。8月11日付け満州日日新聞に「投票用式」が掲載されている。17日付け記事にも紅白戦について書かれているがこの時点では25日に奉天で行われるとしか書かれていない。実際は26日、27日にも大連で行われた。満州リーグは人気沸騰して連日超満員であったことから急遽試合数を増やした可能性がある。


 紅軍はジャイアンツ、セネタース、名古屋、ライオンから選出されたがライオンからは菊矢吉男と鬼頭数雄だけでジャイアンツからは9人が選出された。名古屋から選出された桝嘉一は昭和6年の全日本チームにもファン投票で選出されている。


 昭和6年、ルー・ゲーリッグ、レフティ・グローブ、ミッキー・カクレーン等の大リーグ選抜チームが来日することとなり、対戦する全日本チームのメンバーがファン投票により選出されることとなった。伊達正男著「私の昭和野球史」によると、得票数一位は久慈次郎の124,836票で、桝嘉一は120,166票で二位であった。桝は昭和15年の満州リーグでもファン投票で“外野補欠”に選出された。


 25日の奉天での第一戦は二出川延明、川久保喜一、島秀之助、金政卯一の四氏審判により午後5時開始。白軍が紅軍先発のスタルヒンを打ち込み6回まで3対1でリードしていたが、リリーフの中山正嘉が打たれて紅軍が11対3で圧勝して6時48分試合終了。白軍の伊賀上良平と紅軍の川上哲治がホームランを放った。


 26日の大連での第二戦は横沢三郎、島秀之助、杉村正一郎、倉信雄の四氏審判により午後5時試合開始。白軍の若林忠志が完封勝利を飾り2対0で白軍が雪辱して6時7分試合終了。


 27日の大連での第三戦は川久保喜一、杉村正一郎、金政卯一、二出川延明の四氏審判により午後5時試合開始。初回に白軍が1点を先制したが、3回、紅軍が鬼頭数雄の二塁打と川上哲治のタイムリーで同点とし、5回に苅田久徳のヒットを口火として川上の三塁打、中島治康のタイムリーなどで3点をあげて4-1とリード、7回と9回にも1点ずつをあげて紅軍が6-1で快勝して6時17分試合終了となった。


 ここに公式戦72試合、帯同試合9試合、関東軍献金試合1試合、ファン投票選出のオールスターによる紅白戦3試合が完結したのである・・・と思ったら28日には旅順で「満州日日新聞社並びに旅順市役所主催 旅順白玉山奉納試合 職業野球選抜オールスター紅白戦」が午後4時50分から、島秀之助主審、倉信雄塁審、横沢三郎塁審の三氏審判により旅順球場に於いて行われました。紅軍は澤村栄治-菊矢吉男の継投、白軍は亀田忠-中山正嘉-若林忠志のリレーで7対5で紅軍が勝ちました。伊賀上良平が満州の空に最後のアーチを架けています。7対5という試合の割には試合時間1時間2分というところに「早く日本に帰りたい」という気持ちが表れています。


 今度こそ全試合終了です。異例の長期出張を敢行した実況中継クルーも、やっと日本に帰れます(笑)。





*昭和6年日米野球の読売新聞社制作のポスター。昭和9年のものはよく見かけますが、こちらは珍しいでしょう。











 

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