11月13日 (水) 後楽園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 1 0 0 6 0 0 7 金鯱 32勝58敗7分 0.356 中山正嘉
0 0 1 0 2 0 0 0 0 3 黒鷲 45勝47敗4分 0.489 亀田忠
勝利投手 中山正嘉 16勝27敗
敗戦投手 亀田忠 25勝21敗
三塁打 (金)森田
勝利打点 森田実 4
森田実、満塁走者一掃の逆転三塁打
1回、2回と一死一二塁のチャンスを併殺で潰してきた黒鷲は3回、先頭の宗宮房之助が右前打から二盗に成功、岡田福吉の遊ゴロの間に宗宮は三進、岩垣二郎の中犠飛で1点を先制する。
3回まで亀田忠に無安打に抑え込まれてきた金鯱は4回、一死後森田実が中前打で出塁、黒澤俊夫は三飛に倒れるが上野義秋がセンター右にヒットを放ち二死一二塁、倉本信護が四球を選んで二死満塁、柴田多摩男が押出し四球を選んで1-1の同点に追い付く。
黒鷲は5回、一死後清家忠太郎がセンター右にヒットを放って二盗に成功、更にパスボールで三進、宗宮が四球からこの日2個目の盗塁を決めて一死二三塁、ワイルドピッチで清家が還り2-1と勝ち越し、岡田が中前にタイムリーを放って3-1とする。岡田が二盗を決めてパスボールで三進、ここで金鯱・石本秀一監督はキャッチャーを柴田から飯塚達雄に交代、これで中山正嘉が立ち直り岩垣、太田健一は連続三振。
金鯱は7回、一死後中山、五味芳夫、濃人渉が3連続四球を選んで一死満塁、室脇正信の右前タイムリーで2-3、更に森田が左越えに走者一掃の逆転三塁打を放って5-3、黒澤が右前にタイムリーを放って6-3、上野は左飛に倒れるが、倉本が左前打を放って二死一二塁、飯塚に代わる代打山川喜作が右前にタイムリーを放って7-3と突き放す。
金鯱は7回から代打の山川に代わって松元三彦がマスクを被る。中山は7回、8回と四球の走者を出すが何れも併殺で切り抜け、9回も玉腰忠義に四球を与え、宗宮に代わる代打長谷川重一に内野安打を許して二死一二塁とするが、岡田の打球が一走長谷川に当って守備妨害となりゲームセットを告げるサイレンが高々と鳴り響く。
中山正嘉は6安打9四球4三振の完投で16勝目をあげる。亀田忠も完投して9四球であった。
走者一掃の逆転三塁打を放った森田実は第21節(10月6日~11日)は殊勲賞、第23節(11月1日~5日)は週間MVPとシーズン終盤にきて好調な打撃を見せている。「Wikipedia」によると「1939年名古屋金鯱軍に入団。1939年3月23日のライオン戦(後楽園球場)で、常川助三郎の後を受けて2番手投手でプロ初登板[2]。」とした上で引用先として「[2] 職業野球!実況中継 14年 ライオンvs金鯱 1回戦」と書かれています。筆者は「Wikipedia」への書き込みはいたしませんが、引用先を明記した上であれば当ブログの記載内容の転載は歓迎いたします。入団当初は投手であったことは筆者も忘れていました(笑)。因みにプロ初出場は初登板の前日、同年3月22日のイーグルス戦8回に浅井太郎の代打に起用されて三振、そのままファーストに入っています。
*中山正嘉は9四球を与えながら6安打完投で16勝目をあげる。
*森田実が逆転の決勝三塁打を放った金鯱打線。
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