7月1日 (月) 甲子園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 2 0 0 0 0 2 タイガース 25勝19敗2分 0.568 若林忠志 木下勇
1 0 1 1 0 0 0 0 X 3 セネタース 27勝15敗4分 0.643 野口二郎
勝利投手 野口二郎 18勝5敗
敗戦投手 若林忠志 9勝10敗
勝利打点 柳鶴震 1
野口二郎無四球完投
セネタースは初回、先頭の苅田久徳が左前打で出塁、横沢七郎は二飛に倒れるが野口二郎が左前打、ピッチャー若林忠志の二塁牽制が悪送球となる間に二者進塁して一死二三塁、小林茂太は四球で一死満塁、山崎文一は遊直に倒れるが、柳鶴震が押出し四球を選んで1点を先制する。翌日の読売新聞は「制球力と老巧を誇る若林が壁頭から苅田、野口に打たれ自ら牽制球をしくじったうえ・・・」と伝えている。
セネタースは3回、先頭の横沢が右前打で出塁、野口の一ゴロの間に横沢は二進、野口の記録は一ゴロなのでこれは送りバントではない。小林は三振に倒れて二死二塁、山崎が中前にタイムリーを放って2-0とする。
セネタースは4回、先頭の石井豊が四球を選んで出塁、佐藤武夫が中前打を放って無死一二塁、織辺由三の一ゴロで佐藤が二封されて一死一三塁、トップに返り苅田の遊ゴロの間に三石井が還って3-0とする。
タイガースは5回、先頭のンジミー堀尾文人が左前打、中田金一も左前打を放って無死一二塁、若林の投ゴロをピッチャー野口が三塁に悪送球する間に二走堀尾が還って1-2、何度も書きますが当時は一二塁での投ゴロは三塁に送球していました。一走中田は三塁に進み、打者走者の若林の二塁に進んで無死二三塁、パスボールで中田が還って2-3、なお無死三塁が続くが、宮崎剛は三振、トップに返り松木謙治郎は遊飛、皆川定之は三振に倒れる。タイガースはここで追い付けなかったことが敗因となった。
野口二郎は5安打無四球5三振、失点は2であったが自責点は0であった。
7月1日は甲子園球場で3試合が行われたが長打は1本も記録されなかった。元来甲子園球場は外野が広くてホームランは出ないが二塁打、三塁打は出やすいのであるが。
*野口二郎は無四球完投で18勝目をあげる。
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