2011年3月20日日曜日

13年秋 イーグルスvs阪急 1回戦

9月10日 (土) 西宮


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 3 0 0 0 0 0 1 5 イーグルス 1勝2敗1分 0.333 中河美芳 亀田忠 古川正男 中河美芳
0 0 0 4 0 0 0 0 1 5 阪急       4勝0敗1分 1.000 森弘太郎 重松通雄 小田野柏


二塁打 (イ)亀田2 (阪)山田
三塁打 (阪)山田、宇野


2時間18分の熱戦


 イーグルス・中河美芳、阪急・森弘太郎、左右の「何の変哲もない名投手」同士の先発となった。

 イーグルスは2回、この回先頭の四番バッキー・ハリスが左翼線にヒット、続く五番サードに入る亀田忠が左越えに二塁打を放ち無死二三塁、中河の中犠飛で1点を先制する。この際二走亀田は中途半端な走塁となり8-1-6-5と渡ってタッチアウトとなり追加得点はならず。

 イーグルスは3回、一死後寺内一隆、野村実が連続内野安打、中根之は三振に倒れるがハリス四球で二死満塁。ここでハリスが森弘太郎に「ちょっと、そのボール見せてください。」と声をかけると森はハリスにトス、ハリスは二塁に走り三走寺内と二走野村も走り出して寺内が生還し、なお二死二三塁、記録は森の一塁への悪送球となっている。この場面を翌日の読売新聞は「…二死満塁にハリスのトリック・プレーで1点を加え・・・」と記しており、ハリスの作戦は既に知れ渡っていたことを窺わせる。では何で森弘太郎は引っ掛かったのでしょうか。続く亀田が左中間に二塁打を放ってこの回3点、4-0とリードを広げる。阪急ベンチは森を下げて重松通雄が二番手で登場、中河を遊ゴロに打ち取りチェンジ。

 4点リードしたところでイーグルスベンチは中河をファーストに回してサードの亀田をマウンドに上げ、ファーストの漆原進をサードに回す。これが波乱の展開への序曲となった。

 阪急は3回、重松四球、西村正夫の遊ゴロでランナーが入れ替わり、上田藤夫四球、宮武三郎遊飛、ジミー堀尾文人四球で二死満塁、しかし黒田健吾は遊飛に倒れる。

 阪急は4回、この回先頭の山下好一が四球で出塁、宇野錦次が左中間に三塁打を放って1-4、島本義文四球、重松四球で無死満塁、トップに返り西村が押出し四球を選んで2-4、更に上田のカウントがノーツーとなったところでイーグルスベンチは流石に亀田をあきらめて古川正男をマウンドに送る。しかし上田も押出し四球、続く宮武も押出し四球を選んで遂に4-4の同点となる。ここで何と古川を下げて中河が再度マウンドに上がりサードの漆原がファーストに戻りサードに木下政文が入る。中河は奮起して堀尾を三振、黒田の遊ゴロで西村を本封、山下好一を三振に打ち取りチェンジ。

 5回~8回までは一転、中河と重松による投手戦が続き試合は9回に突入。

 イーグルスは9回、この回先頭の中河がピッチャー強襲ヒットで出塁、杉田屋守が送って山田潔四球で一死一二塁、阪急は重松から三番手小田野柏にスイッチ、しかし漆原に代わる代打太田健一四球で一死満塁、寺内一隆の中犠飛で5-4と勝ち越す。

 阪急は9回裏、この回先頭のフランク山田伝が左中間に三塁打、宇野の遊ゴロは山田動けず一死三塁、島本の二ゴロの間に山田が還って5-5の同点、二死無走者から小田野が四球を選んで二死一塁、西村が中前打で続き二死一二塁、しかし上田が三振に倒れて時間切れ引分けとなる。試合開始15時53分、試合終了18時11分、当時としては珍しく2時間を超え、2時間18分の熱戦であった。

 試合経過を振り返ってみると中河美芳の好投が目立ち、何で3回から亀田忠を投入したのかとなるがそれは結果論というもの。イーグルスはエース亀田忠と心中する心積もりができているのである。当ブログでは、恐らくこれは河野安通志の考えなのではないかと推測している。河野安通志が理想の球団造りの理念のもとにプロ野球に参入したのは日本運動協会に次いで二度目の事である。昭和11年の名古屋軍ではその夢がかなわず、1年で飛び出してイーグルスを立ち上げたものである。バッキー・ハリスを始め、サム高橋吉雄、中根之、野村実が河野を慕って名古屋からイーグルスに馳せ参じたことからも、如何に河野の理想が純粋で気高いものであったかを物語っている。但しピッチャーの使い方だけは滅茶苦茶である。河野自身、早稲田大学時代は慶應の桜井弥一郎と張り合った名投手であり、米国遠征では26試合中24試合に登板して「アイアン・コーノ」と呼ばれた。しかしプロ野球では、日本運動協会時代の山本栄一郎、宝塚協会時代の大貫賢、イーグルスでは昨年の畑福俊英、今年は亀田忠を酷使し続けている。自らの成功体験に依存しすぎているきらいがある。

4 件のコメント:

  1. 中河選手は五番を打ちながら一塁と投手兼任で器用な選手だったようですね。
    先日と同じ内容の質問なのですが、先発の中河投手は2.0イニングで打者8、自責点0になると思いますが
    被安打、奪三振、与四死球はいくつになるでしょうか??お時間のある時で結構ですので
    また教えて頂けませんでしょうか?

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    1. 1回と2回の中河の投球は打者8人、2安打無四球無三振の投球でした。
      4回途中から9回までが打者26人、4安打4四球7三振1失点、自責点1となります。

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  2. お返事いただきありがとうございます!
    2回無安打なら交代は悔やまれますね・・・
    中河投手や森投手が「何の変哲もない」と呼ばれる理由はスピードが平凡とか
    そういう理由なのですか?

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    1. 森弘太郎のデビュー当時は読売新聞に「何の変哲もない」投手と書かれています。昭和15年に30勝して「名投手」と言われるようになりましたが。四球の少なさでは戦前では図抜けています。
      中河美芳はデビュー当時、森とは逆に勝ちまくりましたので「何の変哲もない」と書かれた記事は見たことがありませんが、スローボールとスローカーブを武器にする投手でした。
      竹内愛一も早稲田大学時代「平凡な大投手」と呼ばれていますね。飛田穂洲が言っていたからだと考えられますが。

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