2023年8月30日水曜日

22年 中日vs阪急 2回戦

5月2日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 2 1 0 1 0 0 0 0 4 中日 7勝3敗 0.700 松尾幸造 服部受弘 
1 0 0 1 0 0 0 1 0 3 阪急 1勝8敗 0.111 天保義夫 溝部武夫

勝利投手 服部受弘 3勝0敗 
敗戦投手 天保義夫 0勝4敗 

二塁打 (中)服部 
三塁打 (中)古川、金山

勝利打点(中)岩本章 1


阪急7連敗

 後楽園の第2試合は松尾幸造と天保義夫の先発で午後3時24分、島球審の右手が上がりプレイボール。

 6連敗中の阪急は初回、先頭の田中幸男が中前打で出塁、下社邦男の二ゴロの間に田中は二進、青田昇は左前打、レフト岩本章からのバックホームが悪送球となって二走田中が生還、1点を先制する。青田に打点は記録されていない。

 中日は2回表、先頭の杉浦清監督の当りは遊ゴロ、これをショート田中が一塁に悪送球、加藤正二が左前打を放って無死一二塁、三村勲の当りは中前に落ちるが一走加藤はスタートが切れずセンター青田から二塁に送球されて加藤は二封、センターゴロとなって一死一三塁、ここでパスボールがあって三走杉浦が還り1-1の同点、上林繁次郎は四球で一死一二塁、二死後トップに返り岩本が中前にタイムリーを放ち2-1と逆転する。

 中日は2回表、一死後古川清蔵が左中間に三塁打、二死後杉浦が左前にタイムリーを放ち3-1とする。

 中日ベンチは2回までに4安打を打たれた先発の松尾に代えて3回から服部受弘をマウンドに送り込む。

 阪急は4回裏、坂井豊司、森田定雄が連続四球、坂元義一の三前送りバントが内野安打となって無死満塁、上田藤夫の二ゴロの間に三走坂井が還って2-3、しかし後続なく1点差止まり。

 阪急はここで追い付けなかったのが痛かった。

 中日は5回表、先頭の金山次郎が右中間に三塁打、阪急ベンチはここで先発の天保から溝部武夫にスイッチ、二死後杉浦のバントヒットがタイムリーとなって4-2と突き放す。

 阪急は8回裏、一死後青田が右前打で出塁、野口明が中前打で続いて一死一三塁、坂井の遊ゴロは「6-4-3」と転送されるが一塁はセーフ、この間に二走青田は三塁ベースを蹴ってホームに還り3-4と再び1点差、坂井に代えて代走に山田伝を起用、山田は二盗を決めて二死二塁、しかし服部が踏ん張って後続を抑える。

 服部受弘は7イニングのロングリリーフで4安打2四球2三振、3勝目をマークする。

 阪急は粘りを見せたが7連敗。しかしこれまでの淡白な試合ぶりとは変わってきた。

 中日は不調の松尾を早めに見切りをつけた継投策が功を奏して首位を快走。

2023年8月28日月曜日

22年 近畿vs巨人 1回戦

5月2日 (金) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 3 1 0 0 2 0 0 0 6 近畿 6勝3敗 0.667 丸山二三雄 中谷信夫 
0 0 0 0 0 0 0 2 0 2 巨人 4勝5敗 0.444 川崎徳次

勝利投手 中谷信夫 1勝1敗 
敗戦投手 川崎徳次 1勝3敗

二塁打 (近)河西、朝井
三塁打 (近)中谷 (巨)多田

勝利打点(近)丸山二三男 1

猛打賞 (巨)呉新亨 1


巨人、13残塁の拙攻

 甲子園の第2試合は丸山二三雄と川崎徳次の先発で午後3時12分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 近畿は初回、一死後河西俊雄が中越えに二塁打、田川豊の二ゴロでセカンド千葉茂は三塁に送球して河西はタッチアウト、田川が二盗を試みるとキャッチャー内堀保が刺す。

 近畿は2回表、先頭の山本一人監督が左前打で出塁、飯田徳治の中前打で無死一二塁、堀井数男の遊ゴロで飯田は二封、一死一三塁から丸山の二ゴロ併殺崩れの間に三走山本が還って1点を先制、筒井敬三はストレートの四球で二死一二塁、朝井昇がレフト線に2点タイムリー二塁打を放ち3-0とする。

 近畿は3回表、一死後田川が三塁に内野安打、山本のライト線ヒットで田川は三塁に進み、送球の間に打者走者の山本も二塁に進んで一死二三塁、飯田の中犠飛で4-0とする。

 近畿先発の丸山は初回からコントロールがままならず、1回は1四球、2回は2四球、3回には一死後3連続四球で6四球、ここで中谷信夫に交代し、中谷が後続を抑える。

 近畿は6回表、二死後堀井が四球で出塁、中谷が中越えにタイムリー三塁打を放ち5-0、筒井は四球、朝井が右前にタイムリーを放ち6-0と突き放す。

 巨人は8回裏、一死後内堀が二遊間にヒット、川崎は四球、田中資昭もストレートの四球で一死満塁、トップに返り呉新亨が左前にタイムリーを放ち1-6、古家武夫に代わる代打小松原博喜が中犠飛を打ち上げて2-6とする。

 中谷信夫は最終回、先頭の川上哲治に四球を与えるが、黒沢俊夫に代わる代打林清光を遊ゴロ併殺に打ち取り、最後は多田文久三を二ゴロに抑え、6回3分の2のロングリリーフでプロ入り初勝利をあげる。

 巨人は9四球を選びながら13残塁の拙攻で惨敗。どうにもチーム力が上がらない。

 近畿の九番朝井昇が3打点の活躍。近畿は七番以降の下位打線で5打点をマークした。相変わらずチーム力が強い。

2023年8月27日日曜日

野球なんてララ~ラ~ラララ~ラ~ラ~~~

 野球なんて試合に出なきゃ上手くならない🥎

 私は1974年に慶應義塾高等学校軟式野球部に入部しました🥎

 中学は千代田区立一橋中学で、校庭はアスファルトで野球部も無く、競技経験が無かったからです🥎

 小学校時代は千葉県市川市国分地区では野球少年として鳴らしていましたので多少は自信がありましたが、受験校出身では硬式はちょっと敷居が高かったですね🥎

 この選択は大正解でした。偶然ですが、塾高軟式野球部は私が入部する数年前に全国優勝した神奈川軟式球界の名門でした。もちろんそんなことは知りませんでしたが🥎

 これも偶然ですが、1年先輩に硬式の連中が「彼らは何者?」と不思議がっていた二人の左右の天才的プレイヤーが軟式に在籍していたのです。硬式から引っ張られそうになっても何故か軟式に在籍したままだったその二人が当然三、四番を打っていて、五番は何人か候補がいましたがみんな失格で、先輩が3年の夏の大会でそれまで一番だった2年の私が五番に抜擢されました🥎

 夏の大会では全然打てなかったのに決勝まで五番で起用され続け、決勝戦で先輩の三、四番を二三塁に置いて優勝を決める2点タイムリーを中前に放って何とか面目を保ちました🥎

 先輩の後を追って大学は準硬式野球部に進みました。ライバルは硬式出身者ばかりでしたが2年春からリーグ戦に出場して、大学でも3人でクリーンナップを組むことも多かったですね🥎

 3年秋には3割を打って奇跡的にベストナインを獲得。これも全て、試合に出続けて経験を積ませてもらったおかげでした🥎

 硬式に行っていたら、と思ったことは何度もあります。高校ではレギュラーにはなれたと思いますが、神宮で通用したとは思えません。せいぜい、4年秋の東大戦でお情けの代打ぐらいしか出番は無かったでしょうね🥎

 準硬式では打てずに迷惑をかけたことも多々ありましたが公式戦で200打席以上も使ってもらえました。やっぱり野球は試合に出ないと上手くなれません。これから野球を志す方には、自分の立ち位置を考えて進路を選ぶべきであると助言させていただきます。せっかく好きな野球の道に進んで、アルプススタンドで応援しているだけでは何のために野球をやっているのか。よ~くお考え下さい🥎

 野球なんてララ~ラ~ラララ~ラ~ラ~~~♫♫🥎

*本日のタイトルは拓郎の名曲「人間なんて」の歌詞をパクらせていただきました🥎

 

野球週報2023 ㉞

8月20日(日) 昨日段ボールが届いたので今日から本格的に引越し準備。

8月21日(月) 出勤日。

8月22日(火) 出勤日。

8月23日(水) 天王洲アイルで品川ビッグスターズの練習。1時で切り上げて2時から決勝戦をテレビ観戦。暑いし、勝つのも分かっていたので甲子園には行きませんでした(笑)。

8月24日(木) 出勤日。

8月25日(金) 午前中は出勤。本日は引渡し日で鍵の受取りがあるので午後から年休。鍵を持って横浜市中区滝之上のマンションにGO。

8月26日(土) 午前中は滝之上のマンションで通電手続きとフロアコーティングの立ち合い。ランチは根岸森林公園のベンチで本牧館のパンを10数年ぶりに食べました。

 

22年 大阪vs金星 2回戦

5月2日 (金) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 1 2 0 0 2 1 6 大阪 6勝3敗 0.667 渡辺誠太郎 
0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 金星 3勝6敗 0.333 重松通雄

勝利投手 渡辺誠太郎 1勝1敗 
敗戦投手 重松通雄    1勝1敗

二塁打 (大)藤村2、土井垣、渡辺、本堂
三塁打 (金)小前、坪内

勝利打点(大)土井垣武 1

猛打賞 (大)藤村富美男(4安打)1


ダイナマイト打線が二塁打5本

 第3節初日、甲子園の第1試合は渡辺誠太郎と重松通雄の先発で後楽園と同時刻となる午後1時4分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 大阪は4回表、一死後藤村富美男が中越えに2打席連続となる二塁打、二死後土井垣武の右越えタイムリー二塁打で1点を先制する。

 大阪は5回表、先頭の渡辺が中越えに二塁打、長谷川善三が送って一死三塁、二死後塚本博睦の中前タイムリーで2-0、塚本が二盗を決めると、先日の試合で逆転満塁ホームランを打った山口政信が左前にタイムリーを放ち3-0とリードする。

 金星は7回裏、先頭の清原初男の当りは三ゴロ、これを6回から山口に代わってファーストに入っていた玉置玉一が落球、小前博文の右中間タイムリー三塁打で1-3、重松の遊ゴロで三走小前がスタートの構え、これに釣られてショート長谷川善三が三塁に送球するが小前が戻ってセーフ、野選が記録されて無死一三塁、辻勇夫の三ゴロで一走重松は二封、三走小前がスタートを切ったのを見てセカンド本堂保次は一塁転送ではなくキャッチャー土井垣に送球、小前は三本間に挟まれてタッチアウト、「5-4-2-6C」の併殺が記録される。

 大阪は8回表、先頭の藤村が中前打で出塁、本堂の右越えタイムリー二塁打で4-1、ライト中村信一からの返球が悪送球となって本堂は三塁に進み、一死後富樫淳の二ゴロエラーの間に三走本堂が還って5-1と突き放す。富樫には打点が記録された。

 大阪は9回表、先頭の塚本が三塁に内野安打、玉置が四球を選んで無死一二塁、藤村の右飛で二走塚本はタッチアップから三塁に進み、本堂の二ゴロ併殺崩れの間に塚本が還って6-1とダメ押す。

 渡辺誠太郎は7安打2四球1三振、自責点ゼロの完投で今季初勝利をあげる。渡辺は昨年、打者としてもシーズン中盤で一時首位打者になる活躍を見せたが、今季は投手に専念するようだ。

 二塁打を5本放ってダイナマイト打線ぶりを発揮した大阪が快勝。山口の逆転満塁弾で勢いが付いてきた。

2023年8月25日金曜日

ぼくの好きな先生

 当ブログが中学時代に買ったレコードは、シングル盤は1枚もなく5枚のLPでした。

 かぐや姫の「はじめまして」、「おんすてーじ」、「さあど」、RCサクセションの「初期のRCサクセション」、なぎらけんいちの「葛飾にバッタを見た」の5枚です。

 かぐや姫の「さあど」は発売前から市川駅前のレコード屋さんに予約していて発売日に聞きました。B面1曲目が「神田川」で、後にシングルカットされて大ヒットしたので、関係者以外では日本で最初に「神田川」を聞いた一人だったのです。

 RCサクセションの「初期のRCサクセション」の2曲目「ぼくの好きな先生」がお気に入りでした。清志郎が通っていた都立日野高校の実在の美術教師が楽曲のモデルであったと伝えられています。

 当ブログの「ぼくの好きな先生」は「古文」の教師でした。風変わりな白衣を着て歯に衣着せぬ言動で、その先生も当ブログが大ファンだった当時オリジナルで放映されていた「刑事コロンボ」の大ファンだったという共通点がありました。受験校で3年にもなると受験科目以外の授業ではそっちのけで受験科目の勉強をするのが常識でした。「古文」も受験科目である「国語」の一分野ですが、風変わりな先生だったのでみんな変人扱いして無視していたようです。当ブログだけはお気に入りの先生だったので週2時間の「古文」の授業だけは真面目に勉強していました。

 慶應義塾高等学校の試験日、「数学」は得意だったので分からない問題は無く多分満点。「英語」もほぼフルマークだったと思います。「国語」は苦手というより嫌いだったのでほとんど勉強していなかったのですが、「古文」の問題は「ぼくの好きな先生」が授業で取り上げた題材と同じのが出題されたので簡単に解けちゃいました。試験が終わって、皆が一様に「古文の問題が分からなかった」と言っていたので「こりゃ、やったかも」と思っていたら案の定合格していました。

 当ブログ程度の頭と勉強量で「偏差値76」の試験を突破するのは奇跡に近かったのですが、「ぼくの好きな先生」の授業だけ真面目にやってきたご褒美でしたね(笑)。 


2023年8月24日木曜日

部長にまつわるエトセトラ

 本日は7月27日付け「高校野球にまつわるエトセトラ」に続いて「エトセトラ」シリーズ第2弾。

 高校野球では「選手」と同様、「監督」に係る記事も多く見られ、森林監督もスター並みの扱いを受けています。そんな中で地味な存在なのが「部長」。

 ということで、当ブログは日の当たらない「部長」にスポットライトを当てましょう。

 数あるネット記事の中で赤松部長のコメントは「一般入試でもレギュラーになる選手はいる。どのルートで入ってきても、同じ扱いをしている」という趣旨を強調しているのが目立ちます。まあ、教育者として「推薦入学組を重視している」とは言えない立場は分かりますが、母校の優勝が「推薦入学」に頼り切っていたのは事実です。赤松部長の本音は「男はつらいよじゃあね~が部長はつらいよ」てなところでしょうね(笑)。正直に「推薦入学組のお陰で優勝できたが一般入試組も頑張った」と言えば良さそうなものを。現実は、頭のいい一般入試組を先乗りスコアラーとして活用し、野球が上手い推薦入学組のデータ野球に活かしているのですが。

 当ブログが「部長」という立場のつらさを実体験からご教示しましょう。

 私が高校軟式3年の春の大会での出来事。軟式でも公式戦には「部長」もベンチに入らなければならない規程があるのですが、その日「部長」はどういう訳かグラウンドに姿を見せず、「失格」となって不戦敗となりました。数日後練習に姿を見せて謝罪し辞任されました。忘れていたのか、家庭の事情で来れなかったのか、事情は分かりませんがそんなことがありました。その「部長」は「生物」の教師で、私も授業を受けていたので試験があります。「生物」にはほとんど興味がなかったので白紙に近い状態で試験解答を提出しました。赤点なら留年(清原の息子が留年しているのは有名ですのでネット記事でご確認ください)ですが、何故か合格点となり留年を免れました。

 恐らく元「部長」は、公式戦に姿を見せずに失格「不戦敗」になったことに対して私が抗議のためにわざと「白紙」を提出したと誤解されて「合格」にしてくれたのだと思いますが、事実は私が「馬鹿」だったためまともな解答を提出できなかっただけのことだったのです。

 まあ、その時の元「部長」も「部長はつらいよ」てなところだったのではないでしょうかね。

 本日のタイトルは、PUFFYの名曲「渚にまつわるエトセトラ」をパクらせていただきました(笑)。