2019年11月15日金曜日

21年 中部日本vsゴールドスター 4回戦


5月27日 (月) 後楽園 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 中部 5勝9敗2分 0.357 森井茂 
0 0 1 0 0 0 0 0 X 1 ゴ軍 7勝9敗1分 0.438 石田光彦 

勝利投手 石田光彦 3勝5敗
敗戦投手 森井茂     5勝4敗 

勝利打点 (ゴ)大友一明 2


石田光彦、3安打完封

 後楽園の第1試合は西宮に遅れること4分、森井茂、石田光彦両ベテランの先発で午後1時4分、島球審の右手が上がりプレイボール。

 中部は5月20日以来1週間ぶりの試合、開幕2戦目から四番を打ち続けてきたファースト小鶴誠が欠場し、20日のタ軍戦に続いてショート金山次郎も欠場する。四番には加藤正二が入り、二番ファースト笠石徳五郎、五番サード木下政文、七番ショート藤原鉄之助のオーダーとなる。このあたり、赤嶺軍団のきな臭い動きが見え隠れする。


 序盤は中部が押し気味に試合を進める。初回こそ三者凡退であったが、2回表、一死後木下が左前にライナーのヒット、二死後木下が二盗を決めるが、藤原は投ゴロに倒れて無得点。


 中部は3回表、先頭の森井が四球を選んで出塁、鈴木秀雄のニゴロでランナーが入れ替わり、石田からの一塁けん制をファースト菊矢が逸らす間に鈴木は二進、岩本が四球を選び、笠石は二飛に倒れるが、古川もストレートの四球を選んで二死満塁、しかし四番加藤は中飛に倒れて無得点。


 ピンチの後にはチャンスあり、ゴ軍は3回裏、一死後九番坂本勲がライトにヒット、トップに返り酒沢の右前打で坂本は三塁に進んで一死一三塁、ここはエンドランでしょう。大友一明の中飛で三走坂本はタッチアップからスタート、一走酒沢も少し遅れてタッチアップからスタート、センター古川からの返球をカットしたピッチャー森井は二塁に送球して酒沢はタッチアウト、しかし坂本の本塁生還の方が早く得点が認められて1点を先制する。記録は併殺であるが大友には打点が記録されており、これが決勝点となったため大友には「犠飛」による「勝利打点」が記録される。


 ゴ軍先発の石田光彦は尻上がりに調子を上げていき、4回と7回に藤原にヒットを許しただけ、結局3安打4四球無三振で今季2度目の完封、3勝目をマークする。本領を発揮しないことの方が多い石田であるが、この日は本来の力を発揮、まだまだ切れ味鋭いピッチングは健在である。


 森井茂も8回を完投して5安打1四球1三振1失点であった。


 「日本野球年鑑」によると、3回表中部の攻撃で、二死満塁からの加藤の中飛はセンター坪内の美技に阻まれたものであったとのこと。また、石田はシュートが冴えていたとのことである。


 ゴ軍の決勝点の場面については「日本野球年鑑」では触れていないが、一走酒沢政夫は、センター古川がキャッチした位置から坂本の本塁突入がクロスプレーになると判断して、少し遅れてスタートを切ったのではないか。センター古川からの返球を中継したピッチャー森井は、まだ序盤であったことから本塁で無理には勝負せず、確実に二塁でアウトを取ったと見るべきか。ベテラン酒沢による坂本のホームインをアシストする好走塁と評価したいところ。これが本塁生還より早くアウトになっていれば単なる凡走であるが、計算ずくであったでしょう。


 後楽園のこの試合は1時間1分で終了、西宮は乱戦となっており、まだ5回頃か。


*大映時代の選手名鑑に残された酒沢政夫の直筆サイン。この試合では味のある走塁を見せた。「昨年大映に残った唯一の選手」ということは、この選手名鑑は昭和25年のものということになる。「年齢」は「数え年」で書かれることもあるので、年度の特定には使いにくい。

2 件のコメント:

  1. この選手名鑑は雑誌「野球少年」の付録「日本プロ野球15球団全選手写真帳」と思われます。
    私は現品を持っていませんが、以前に他人から見せてもらい、たいへん質の良いグラビアだったと記憶しています。
    こういった児童向け雑誌は大抵粗末なグラビアが多いですが、この「野球少年」は大人向けの専門誌に勝るとも劣らぬ別格のクオリティです。

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  2. 写真のサイズはタテ約12㎝、ヨコ約8㎝。隣が山田潔で154ページなので、15球団の全選手をポジション毎に紹介しているようです。

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