2026年5月17日日曜日

22年 中日vs太陽 12回戦

8月21日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 中日 44勝27敗1分 0.620 清水秀雄 
0 0 0 0 0 0 2 0 X 2 太陽 31勝42敗3分 0.425 池田善蔵

勝利投手 池田善蔵   6勝11敗 
敗戦投手 清水秀雄 12勝6敗

二塁打 (太)佐竹2 辻井

勝利打点(太)松井信勝 2


清水の連勝は5でストップ

 西宮の第2試合は清水秀雄と池田善蔵の先発で午後3時59分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 好調清水秀雄はこの日も6回まで太陽打線を寄せ付けず無失点。

 池田善蔵は6回まで7四球を出す荒れ模様であったが中日打線は的を絞れず無得点。

 太陽は7回裏、一死後佐竹一雄がセンター左奥へ二塁打、松井信勝が左前にタイムリーを放ち1点を先制、バックホームの間に打者走者の松井は二塁に進み、二死後トップに返り辻井弘の右中間タイムリー二塁打で2-0とリードする。

 中日は8回表、一死後杉浦清監督が四球で出塁すると二死後二盗に成功、清水の左前タイムリーで1点返して1-2とする。

 池田善蔵は最終回に一死一二塁のピンチを招くが、最後は大沢清を二ゴロ併殺に打ち取り、5安打9四球3三振の完投で6勝目をマークする。

 清水秀雄の連勝は5でストップした。

 池田の投球数は170球で、清水は83球。勝った池田は負けた清水の2倍以上の球数であった。

 池田善蔵はプロでも1948年、49年の2年連続二桁勝利をあげる活躍を見せたが、本領を発揮したのは母校の尾道商業の監督に就任してからであった。

 1964年のセンバツではエース小川邦和を擁して初出場で決勝に進み、尾崎正司がエースだった海南高校に敗れて準優勝。68年のセンバツでも準優勝と、尾道商業の全盛期を指導した。

 尾崎正司は西鉄に入団したが野球では芽が出ず、後に「将司」に改名してゴルフで成功する。

 小川邦和は早稲田から巨人に入団し、「シピンキラー」として名を馳せた。球界随一のインテリ選手としても有名。

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