昭和22年8月16日に松本県営球場で行われた第1試合の巨人対阪急戦では巨人が1イニング三塁打4本の新記録。
第2試合の大阪対東急戦では大阪が4本、東急が5本の三塁打を記録。
当時の長野県営松本野球場(現・セキスイハイム松本スタジアム)は外野スタンドが無く、外野の奥はロープを張ってそこを抜けた場合は「三塁打」という「グラウンドルール」であった。
したがって、外野を抜けた打球の多くがロープを超えて三塁打となったのが要因であった。
第2試合では大阪と東急が4人ずつ猛打賞を記録。
これは外野にロープを張っていたことと直接は関係ない。
恐らく、グラウンド状態も良くなくイレギュラーバウンドが多かったのではないか。東急の左翼手大下弘は、三遊間を抜けたゴロを3回後逸して3失策を記録した。外野へのゴロでも明確にイレギュラーバウンドと分かれば失策は記録されないが、微妙なバウンドの変化程度では失策が記録される可能性が高い。
藤村富美男が打った2本の三遊間ヒットはレフト大下が後逸して何れも打者走者の藤村は三塁に達したが、これがイレギュラーバウンドと判断されていれば大下に失策が付かず三塁打が記録されるので、1日で15本の三塁打が記録されるところであった。
0 件のコメント:
コメントを投稿