7月25日 (土) 甲子園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 5 3 0 0 1 0 1 11 阪神 33勝25敗2分 0.569 木下勇 若林忠志 三輪八郎
1 1 0 0 0 0 0 0 0 2 大洋 31勝21敗4分 0.596 重松通雄 三富恒雄 古谷倉之助
勝利投手 若林忠志 14勝7敗
敗戦投手 重松通雄 1勝3敗
セーブ 三輪八郎 1
三塁打 (神)松尾、若林 (大)中村
本塁打 (神)金田 1号
勝利打点 松尾五郎 5
猛打賞 (神)カイザー田中義雄(4安打) 1
田中義雄、4安打
阪神は初回、先頭の松本貞一が左前打で出塁、御園生崇男が送りバントを決め、カイザー田中義雄の左前打で一死一三塁とするが、土井垣武は三ゴロ、藤井勇は中飛に倒れてスリーアウトチェンジ。
大洋は1回裏、先頭の中村信一が四球で出塁、浅岡三郎が中前打、濃人渉が送りバントを決めて一死二三塁、野口明はストレートの四球で一死満塁、村松長太郎の中犠飛で1点を先制する。
阪神は2回、先頭の松尾五郎が四球を選んで出塁、野口昇が送って一死二塁、木下勇は左飛に倒れるが、塚本博睦が左前に同点タイムリーを放って1-1とする。
大洋は2回裏、一死後重松通雄が四球で出塁、織辺由三の三ゴロで重松は二封、トップに返り中村の右中間三塁打で2-1と勝ち越す。
阪神は3回、一死後田中が三塁に内野安打、土井垣が四球を選んで一死一二塁、藤井の右前タイムリーで2-2の同点、松尾の右前タイムリーで3-2と逆転、一走藤井は三塁に進み、中継の乱れの間にホームに還って4-2、野口昇は三振に倒れるが、木下に代わる代打若林忠志監督の右中間三塁打で5-2、塚本の遊ゴロをショート濃人が一塁に悪送球する間に三走若林が還って6-2とリードを広げる。
阪神は4回、先頭の御園生が中前打で出塁、田中が送りバントを決め、土井垣が四球を選んで一死一二塁、松尾の右中間三塁打で二者還り8-2、野口昇の三塁内野安打がタイムリーとなって9-2とする。
阪神は7回、二死後御園生が遊撃内野安打、ショート濃人の悪送球が重なり御園生は二進、田中の中前タイムリーで10-0とする。
阪神は9回、8回の守備からセンターに入っている金田正泰がライトにホームランを放って11-2とする。
2回の攻撃で木下の代打に出て三塁打を放った若林は3回からマウンドに上がり4イニングを4安打無四球2三振無失点に抑えて14勝目、7回から登板した三番手の三輪八郎は3イニングを1安打2四球無三振無失点に抑え、当ブログルールによりセーブが記録された。
カイザー田中義雄が4打数4安打、好調・松尾五郎が3打数2安打3得点3打点を記録、阪神が圧勝した。
金田正泰が甲子園球場でライトにホームランを放った。当りは「飛球」と記録されているので柵越えの可能性が高い。金田は昭和18年8月1日にも甲子園球場でホームランを放つがこれは「ゴロ」によるものなのでランニングホームランであった。
甲子園球場では昭和16年には1本も本塁打が記録されなかったが、昭和17年7月20日に小暮力三が左打席からレフトスタンドにホームランを放ち、この日は非力な金田正泰もライトにホームランを放った。このところ、関西では飛ぶボールを使用しているようだ。昭和17年夏頃の「野球界」にも「飛ぶボールの使用」について書かれており、それを裏付けていると言える。聯盟では非常時に備えてニューボールをストックしており、折に触れて「飛ぶボール」を使用し、突如として本塁打が量産される場面を見ることができる。本塁打が減って客足が遠のくと「飛ぶボール」を使用して客足を引き寄せるという手段を使っている。この手段は、戦後も継続され、現在に至るまで使われている。
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