2019年12月25日水曜日

21年 巨人vsパシフィック 3回戦


6月3日 (月) 後楽園 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 計 
0 0 2 0 0 0 0 0 0  2  4 巨人 11勝9敗1分 0.550 中尾輝三 近藤貞雄 
1 0 0 0 0 1 0 0 0  0  2 パ軍 10勝12敗2分 0.455 真田重蔵 

勝利投手 近藤貞雄 5勝2敗
敗戦投手 真田重蔵 5勝4敗 

二塁打 (パ)森下
本塁打 (パ)木暮 1号

勝利打点 (巨)黒沢俊夫 2


黒沢が延長10回決勝打

 後楽園の第2試合は中尾輝三と真田重蔵の先発で午後3時11分、池田球審の右手が上がりプレイボール。

 パ軍は1回裏、先頭の木暮力三がワンボールワンストライクからの3球目をライトスタンドに先頭打者ホームラン、続く富松信彦もライト線にヒット、小島利男は遊飛に倒れ、森下重好の遊ゴロは「6-4-3」と転送されるがセカンド千葉からの一塁送球が逸れて打者走者の森下は二塁に進み、「曲者」辻井弘が三塁線にセーフティバントを決めて二死一三塁、しかし伊勢川真澄は遊ゴロに倒れて無得点。ここは一気に中尾を崩しておきたかったところであったが1点止まり。


 巨人は3回表、先頭の諏訪裕良がレフト線にヒット、中尾は四球を選び、山田潔の一塁線送りバントをファースト辻井がファンブル、犠打とエラーが記録されて無死満塁、トップに返り呉新亨の一塁線タイムリーで1-1の同点、山川喜作の右犠飛で2-1と勝ち越す。


 パ軍は3回裏、先頭の富松が四球を選ぶと二盗に成功、しかし小島、森下、辻井のクリーンナップトリオが何れも外野フライに倒れて無得点。


 パ軍は5回裏、一死後木暮が右前打を放つが二塁を欲張りタッチアウト、直後に富松が四球を選ぶと又も二盗に成功、しかし小島は三ゴロに倒れて無得点。


 パ軍は6回裏、先頭の森下がライト線に二塁打、辻井が送りバントを決めて一死三塁、伊勢川が左前にタイムリーを放ち、ようやく2-2の同点に追い付く。 


 巨人は7回表、先頭の山田が中前打で出塁、トップに返り呉が送りバントを決め、山川はストレートの四球で一死一二塁、しかし千葉の遊ゴロをショート松井信勝が二塁ベースを踏んで一塁に送球、「6B-3」のゲッツーが決まって無得点。


 パ軍は9回裏、一死後平野徳松が中前打で出塁すると代走に喜瀬正顕を起用、真田が四球を選んで一死一二塁、巨人ベンチはここで中尾から近藤貞雄にスイッチ、トップに返り木暮の打席で近藤からの二塁牽制が悪送球となって二走喜瀬は三塁に進み、木暮はストレートの四球で一死満塁、富松のニゴロで三走喜瀬は本封、二死満塁から小島は三ゴロに倒れて試合は延長戦へ。


 巨人は10回表、一死後山川がストレートの四球で出塁、千葉の左前打で山川は三塁に進み一死一三塁、千葉が二盗を決めて一死二三塁、ここで黒沢が中前に決勝の2点タイムリーを放ち4-2と勝ち越す。ピンチの後にチャンスありの格言通りの展開となった。


 近藤貞雄は10回裏のパ軍の反撃を三者凡退で切り抜け、5勝目をマークする。


 「日本野球年鑑」にはパ軍について「10回、池田主審の誤審が祟って再び惜しい試合を逸した」と書かれている。「再び惜しい試合」というのは押し気味に進めていた5月31日のパ-巨2回戦を延長12回引き分けたことを言っていると考えられる。「池田主審の誤審」については「雑記」欄にも何も書かれておらず、パ軍からの抗議があった形跡は確認できないが、千葉の4点目のホームインのことか山川の四球の判定のことを指しているのか判然としない。山川は先頭打者として出塁しただけで、千葉は4点目の得点なので、むしろ可能性が高いのは、10回ではなく9回裏パ軍の攻撃での一死満塁から富松のニゴロで三走喜瀬が本封された判定のことを言っているのではないか。「日本野球年鑑」は昭和23年12月5日に発行されたもので、試合内容については後日書かれたものである。喜瀬の本塁突入はセーフであったとも見える際どいタイミングっだったのかもしれない。



*昭和23年12月5日発行「日本野球年鑑」1947年版。1946年の全試合について短評が書かれている。「俺は2冊持っているから君に1冊やるよ」と、千葉功さんから頂いたものです。


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