5月12日 (日) 後楽園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 4 0 0 0 0 0 0 0 4 グ軍 4勝5敗 0.444 松川博爾
0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 セ軍 5勝5敗 0.500 一言多十 黒尾重明 大下弘
勝利投手 松川博爾 1勝2敗
敗戦投手 一言多十 1勝3敗
二塁打 (グ)宮崎 (セ)鈴木
勝利打点 (グ)桶川隆 1
猛打賞 (セ)熊耳武彦 3
伝統の原型
後楽園の第1試合は午後1時8分、島球審の右手が上がりプレイボール。
グ軍は初回、先頭の安井は中飛、宮崎は三前にセーフティバントを試みるが三ゴロ、木村勉が右前打で出塁、山本の左前打で二死一二塁、ここでダブルスチールを仕掛けるがキャッチャー熊耳からの送球に木村は三塁タッチアウト。
セ軍は初回、先頭の横沢が右前打で出塁、鈴木清一が四球を選んで無死一二塁、大下は遊飛に倒れるが、飯島が四球を選んで一死満塁、しかし長持の遊ゴロがショート桶川-セカンド安井-ファースト山本の併殺網に掛かってゲッツー。
グ軍は2回表、先頭の堀井が死球を受けて出塁、続く岡村が三前にセーフティバントを決めて無死一二塁、阪本政数が四球を選んで無死満塁、桶川がストレートの押出し四球を選んで1点を先制、松川博爾の右飛で三走岡村がタッチアップからスタート、しかしライト上口政からのバックホームにタッチアウト、一走、二走もタッチアップから進塁しており二死二三塁、トップに返り安井の三遊間へのヒットで三走阪本に続いて二走桶川もホームに還り3-0、レフト長持からの内野への返球が悪送球となる間に打者走者の安井は二塁に進み、宮崎がレフト線に二塁打を放って4-0とする。
グ軍の積極的な走塁が大量得点につながった。
グ軍はその後も、7回には四球で出た木村が二盗に成功、8回にもこの日2個目の死球を受けた堀井が二盗を決めるなど、終始積極的な走塁が目に付いた。
グ軍は守りでも本領を発揮。1回一死満塁で長持の遊ゴロを「6-4-3」のゲッツー。3回一死一塁で鈴木の投ゴロを「1-4-3」のゲッツー。5回は一死一二塁から根津の投ゴロを松川が三塁に送球、サード宮崎からファースト山本に転送されて「1-5-3」のゲッツー。7回は一死一塁から黒尾の二ゴロを安井-桶川-山本の併殺網に掛けてゲッツー。9回は大下、飯島の連打と熊耳のタイムリーで1点を返されるが、一死満塁から宮下義雄の中飛でスタートを切った三走飯島をセンター木村がホームで刺してこの日5個目の併殺を決める。
セ軍は8回途中から三番手として大下弘が登板。「投手・大下」が確認できるのは、昭和20年11月4日、午前10時からステートサイドパークで行われた明大OB軍と現役軍の試合「駿台倶楽部vs現役チーム」で、駿台倶楽部の湯浅禎夫-八十川胖の継投に対して現役チームの先発として大下が登板したことが「明大野球部史」に書かれている。
松川博爾は8安打4四球3三振で完投、プロ入り初勝利を飾る。味方の5併殺に助けられたが、松川も2つの併殺に絡んでいる。
実況のとおり、グ軍の積極的な走塁と守備が目に付いた。開幕から低迷を続けてきたが、いよいよ伝統の「走塁」と「守備」が本領を発揮してきた。昭和13年に「南海」として創設されて現在の「ソフトバンク」まで続くチームの「第1期黄金時代」の原型をこの試合に見ることができる。この試合で安井亀和や木村勉が見せた「伝統」は、現役の今宮や明石、松田にも確実に引き継がれている。
*走攻守に活躍する木村勉の直筆サイン入りカード。松竹水爆打線では吉田和生と併用でレフトに起用された。
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