12月2日 (金) 後楽園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 1 2 0 4 タイガース 4勝0敗 1.000 若林忠志 御園生崇男
0 0 1 0 0 0 0 1 0 2 ジャイアンツ 0勝4敗 0.000 川上哲治 水原茂
勝利投手 若林忠志 1勝0敗
敗戦投手 川上哲治 0勝1敗
セーブ 御園生崇男 1
二塁打 (タ)田中 (ジ)白石2、中島
本塁打 (タ)松木 1号、景浦 1号
松木、景浦のアベックホームランでタイガースが二年連続日本一
三連敗と後の無いジャイアンツは何と川上哲治の先発で目先を変えてきた。一方タイガースはローテーション通り若林忠志が先発。タイガースは三試合四番に藤村富美男を起用してきたが四戦目にして景浦将を四番に起用する。
ジャイアンツは3回、一死後永澤富士雄が中前打で出塁、トップに返り白石敏男が右翼線に二塁打を放って一死二三塁、三原脩が中犠飛を打ち上げて1点を先制する。
川上は5回までタイガース打線を3安打無得点に抑える巧投を見せる。
タイガースは6回、一死後皆川定之が中前打で出塁、トップに返り松木謙治郎の右前打で一死一三塁、本堂保次が中犠飛を打ち上げて1-1の同点に追い付く。
タイガースは7回、景浦一飛、藤村遊ゴロで二死無走者、川上は強打者二人を打ち取って気が緩んだのか伊賀上良平がワンスリーから四球を選んで出塁、続く若林もワンスリーから四球を選び二死一二塁、カイザー田中義雄が左翼線にタイムリー二塁打を放って2-1と逆転する。ジャイアンツベンチはここで川上をファーストに下げて水原茂をマウンドに送るがこの交代は遅きに失したと言えよう。皆川は中飛に倒れてスリーアウトチェンジ。
リードを奪ったタイガースは7回から先発の若林に代わって御園生崇男が三連投。
タイガースは8回、この回先頭の松木がライトスタンドにホームランを叩き込んで3-1、二死後景浦がレフトスタンドにホームランを叩き込んで3-1とリードを広げる。松木、景浦のアベックホームランは昭和12年以降では12年秋季11月15日のライオン7回戦、13年春季5月14日のセネタース1回戦に続いて三度目のこととなる。1回目は同じイニングでのホームラン、2回目は松木が7回、チェンジとなって景浦は8回に放っており、今回も同じイニング、全て同じ打順での出来事である。松木は3試合とも一番、景浦は三試合とも四番で連続ホームランにはならないが、どうやら松木が打つと景浦は狙って打っているようである。景浦は狙えばいつでもホームランを打てるとも言われている。松木は自著で昭和25年にタイガースの監督に就任した時、二リーグ分裂で主力を毎日に抜かれて苦しんでおり、「この当時景浦が帰還して試合に出場する夢をたびたび見たことがある。・・・目が覚めあと彼が激励にきたのか、それとも戦死したくなかったのを訴えにきたのかと考えにふけることもあった。しかし、景浦さえいてくれたらという日頃の願いが、この夢になったのかもしれない。・・・」と述懐している。
ジャイアンツは8回裏、先頭の白石敏男が右中間に二塁打、二死後中島治康が左中間に二塁打を放ち2-4とするが伊藤健太郎に代わる代打平山菊二は左飛に倒れる。
タイガースの9回は水原に三者凡退に抑えられる。ジャイアンツは9回裏、川上三振、前川八郎に代わる代打楠安夫は遊ゴロ、吉原に代わる代打三田政夫が三塁内野安打を放って最後の粘りを見せるが水原が右飛に倒れゲームセットを告げるサイレンが高々と鳴り響き、タイガースが四連勝で二年連続日本一に輝き昭和13年の全公式戦を終了する。
*昭和13年全公式戦の最終試合
2011年7月7日木曜日
2011年7月5日火曜日
13年 日本選手権 3回戦
12月1日 (木) 後楽園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 1 2 1 5 タイガース 3勝0敗 1.000 西村幸生 御園生崇男
0 1 0 0 1 0 0 1 0 3 ジャイアンツ 0勝3敗 0.000 スタルヒン
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 1 2 1 5 タイガース 3勝0敗 1.000 西村幸生 御園生崇男
0 1 0 0 1 0 0 1 0 3 ジャイアンツ 0勝3敗 0.000 スタルヒン
勝利投手 御園生崇男 2勝0敗
敗戦投手 スタルヒン 0勝3敗
二塁打 (タ)伊賀上、西村 (ジ)川上
三塁打 (タ)本堂 (ジ)川上
本塁打 (ジ)吉原 1号、中島 1号
西村幸生投打に活躍、タイガースが王手
11月27日に行われた二回戦から三日開いていますがこれは雨天順延では無く予定通りの日程です。11月23日付け読売新聞は「選手権の日程決る」の見出しと共に「・・・本年度も昨年と同様七回戦勝負とし、一、二回戦を26、27の両日甲子園で、三回戦以後優勝の決まるまで12月1日から毎日連続的に後楽園で、いずれも午後二時プレーボールで挙行することとなった」と伝えている。また、藤本定義監督の談話として「大阪でのスタルヒンは左足の軽い肉離れのために珍しく不調で水原も東西対抗で右手の親指を突き指したのでプレートに登ることができなかった」とも伝えている。
タイガースは初回、一死後本堂保次の三ゴロをサード水原茂が一塁に悪送球、山口政信もストレートの四球で一死一二塁、しかし藤村富美男の投ゴロは1-6-3と渡ってダブルプレー。ジャイアンツはその裏、一死後水原茂が左前打、千葉茂の中前打で一死一三塁とするが中島治康の遊ゴロは6-4-3と渡ってダブルプレー。
タイガースの2回は景浦将、伊賀上良平、門前真佐人と三者三振。
ジャイアンツは2回裏、一死後川上哲治がワンワンからの3球目を中越えに三塁打、白石敏男が初球を中前に先制タイムリー、1-0とする。
ジャイアンツは3回、先頭の三原脩が二塁への内野安打から盗塁、水原は二飛に倒れるが千葉のピッチャー強襲ヒットで一死一三塁、しかし中島が二打席連続の遊ゴロゲッツーに終わる。
ジャイアンツは5回、この回先頭の吉原正喜が左翼スタンドにホームランを放って2-0とする。
タイガースは5回までに出した走者は四球と水原、三原のエラーによる合計三人のみで復調なったスタルヒンに無安打に抑えられる。一方ジャイアンツは5回まで8安打2得点。
タイガースは6回、この回先頭の西村幸生がツーナッシングからの3球目を左翼線に初安打、トップに返り松木謙治郎の一ゴロをファースト川上が二塁に悪送球して無死一二塁、しかし本堂はツースリーから見逃し三振、山口の投ゴロで松木が二封されて二死一三塁、続く藤村の初球に山口が二盗を試みると吉原正喜が二塁に悪送球、三走西村が還って1-2とする。
タイガースは7回、この回先頭の景浦将の三ゴロを水原が一塁にこの日二つ目の悪送球して景浦は二塁に進む。水原の突き指は治っていないのか。ここで伊賀上が右中間に二塁打を放って2-2の同点、カイザー田中義雄は捕飛、これはバント失敗の可能性もある。本日は八番に入る皆川定之は見逃し三振に倒れて二死二塁、西村が左翼線に二塁打を放って3-2と逆転に成功する。
タイガースは8回、この回先頭の本堂が右前打で出塁、山口の二ゴロを三原がこの日二つ目のエラー、しかし藤村は三振、景浦の遊ゴロの間に二者進塁して二死二三塁、伊賀上の遊ゴロを今度は白石がエラーする間に本堂が還って4-2と突き放す。
ジャイアンツは8回裏、この回先頭の中島がレフトスタンドにホームランを放ち3-4と追い上げる。一死後川上が右中間に二塁打、代走に平山菊二を起用、ここでタイガースベンチは西村から御園生崇男にスイッチする。白石が三遊間を破ると三塁コーチャーズボックスの山本栄一郎の右腕はぐるぐると回り平山はホームを突くがレフト藤村からの返球にタッチアウト。吉原が左前打でつなぐがスタルヒンは投ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。
タイガースは9回、この回先頭の皆川の遊ゴロを白石が2イニング連続エラー、御園生が一塁線に送りバントを決めて松木の二ゴロで皆川は三進、ここで本堂が右中間に三塁打を放って5-3として止めを刺す。本堂は二回戦の決勝打に続く殊勲打。
西村幸生は95球で7回3分の1を投げて11安打1四球2三振、打っても7回のタイムリー二塁打が決勝打となった。御園生崇男は16球で1回3分の2を投げて2安打無四球1三振。スタルヒンは128球で9回を投げ抜き5安打1四球7三振、失点5、自責点1であった。ジャイアンツは合計8失策、特に6回~9回に6失策を集中させて全て失点に結び付いたことが敗因であることは明白である。中島治康はホームランも打ったが二打席連続併殺打で前半突き放すチャンスを潰した。逆に言うとタイガースは皆川、本堂の守備でぎりぎり粘ってきたことが後半の逆転につながった訳である。
ここで思い出していただきたい。11月16日のジャイアンツvsライオン5回戦、藤本監督の退場に抗議するかのように内野陣が連続エラー。1回戦のノックバット事件といい本日の8失策といい、この試合を引きずっていることがジャイアンツの三連敗につながっていると言えるのではないでしょうか。
ところで、この試合の勝利投手は御園生崇男に記録されていますが現行ルールに照らせば西村幸生となります。「日本プロ野球記録大全集」でも勝利投手は御園生崇男となっていますが、松木謙治郎著「タイガースのおいたち」では西村幸生が勝利投手となっています。
*西村幸生、御園生崇男のリレーでタイガースが三連勝。
2011年7月4日月曜日
13年 日本選手権 2回戦
11月27日 (日) 甲子園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
2 1 0 0 1 0 0 0 0 4 ジャイアンツ 0勝2敗 0.000 スタルヒン 前川八郎
2 0 1 1 0 1 0 0 X 5 タイガース 2勝0敗 1.000 若林忠志 御園生崇男
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
2 1 0 0 1 0 0 0 0 4 ジャイアンツ 0勝2敗 0.000 スタルヒン 前川八郎
2 0 1 1 0 1 0 0 X 5 タイガース 2勝0敗 1.000 若林忠志 御園生崇男
勝利投手 御園生崇男 1勝0敗
敗戦投手 スタルヒン 0勝2敗
二塁打 (ジ)中島、三原 (タ)山口、松木
三塁打 (ジ)白石 (タ)伊賀上
タイガース連勝
第二戦にスタルヒンが連投、タイガースは若林忠志が先発。第一戦の先発は「予想通りスタルヒン、西村幸生の先発」と書かせていただきましたがこれは後付けでは無く、11月25日付け読売新聞にも「勿論1回戦はスタルヒン西村の対時となることは当然である。」と記述されています。更に第二戦の先発にまで言及しており「タ軍の若林に対して巨人軍が水原、川上或は楠、前川らのいずれを先発せしめるか、この用兵には津々(しんしん)たる妙味が潜んでいる。」としています。スタルヒンの連投は読売新聞も想定外であったようです。
ジャイアンツは初回、先頭の三原脩が左前打で出塁、水原茂右前打と1回戦では共にノーヒットだった一二番コンビがチャンスメイク。バント嫌いの藤本定義監督もここは千葉茂に送らせて一死二三塁。但し千葉が自らの判断でバントした可能性もあります。ここで昨日5打数無安打とブレーキになった中島治康が右中間を抜いて二者還り2-0とする。
タイガースは1回裏、先頭の松木謙治郎が四球で出塁、本堂の捕邪飛はバント失敗であろう。山口政信が右中間に二塁打を放って一死二三塁、この日も四番に座る藤村富美男が右前に2点タイムリーを放って2-2の同点とする。
ジャイアンツは2回、この回先頭の白石敏男が右中間に三塁打、吉原正喜四球、スタルヒン一邪飛で一死一三塁、トップに返り三原が中前にタイムリーを放って3-2とする。
タイガースは3回、一死後本堂が中前打で出塁、山口の三ゴロで本堂は二進、藤村が又も左前にタイムリーを放って3-3の同点に追い付く。同点に追い付いたところでタイガースベンチは若林から二番手御園生崇男にスイッチ。11月25日付け読売新聞に掲載された「選手権展望」では「御園生は病魔に捉われて出場を危ぶまれている」とのことであるが状態は如何に。4回のジャイアンツの攻撃は白石三ゴロ、吉原三ゴロ、スタルヒンの三ゴロをサード伊賀上がエラーするが三原は三振。病気どころか非常に球はキレている。
タイガースは4回、この回先頭の伊賀上良平が中越えに三塁打、ジャイアンツベンチはここでスタルヒンをあきらめて前川八郎をリリーフに送る。カイザー田中義雄は三ゴロに倒れるが御園生が四球を選んで一死一三塁、皆川定之の三ゴロ併殺崩れの間に伊賀上が還って4-3とこの試合初めてリードを奪う。
ジャイアンツは5回、この回先頭の水原が四球で出塁して二盗に成功、千葉の一ゴロで水原は三進、中島が左前に同点タイムリーを放って4-4とする。ここまで両チームの四番がタイムリー2本ずつで共に3打点。
タイガースは6回、この回先頭の御園生が四球で出塁、皆川が送って松木の二ゴロで御園生は三進、本堂が左前に決勝タイムリーを放って5-4としてタイガースが連勝する。
御園生崇男は6回以降三原の二塁打1本に抑える快投。打っても三打席連続四球を選んで決勝のホームを踏む。病気説は何だったのか。ジャイアンツはスタルヒンの連投で連敗して後が無くなった。後楽園に戻って捲土重来を期す。
困ったことが一つ。「日本プロ野球記録大全集」と照合しながら当ブログを読んでいただいている方にはもうお分かりでしょうが、「日本プロ野球記録大全集」ではこの試合の敗戦投手が前川八郎となっています。「日本プロ野球記録大百科」には間違いが多くあり、「日本プロ野球記録大全集」と「日本プロ野球記録大百科」に齟齬がある場合は大抵「日本プロ野球記録大全集」が正しいのですが(価格が違うので当然か)、同著にはこの日のジャイアンツの敗戦投手が「前川八郎」と記載されています。当ブログは公式スコアブックに基づきお伝えしておりますので、下の写真のとおりスタルヒンを敗戦投手とさせていただいております。但し私が解読しているスコアブックはオリジナルから書き写されたものであることはほぼ間違いなく、転記ミスの可能性もありますのでご注意ください。
因みに松木謙治郎著「タイガースのおいたち」でもこの試合の敗戦投手は前川八郎となっています。試合経過からもお分かりのとおり、現行ルールに照らせば前川が敗戦投手となります。松木氏が同著を書く時に、コミッショナー事務局の資料を参考にしていることは容易に想像できます。戦後山内以九士氏が中心となって戦前の記録の洗い直しが行われた際、一番問題になったのは記録者の判断に委ねられていた勝利投手・敗戦投手の記録です。昭和14年のスタルヒンの42勝はこの洗い直し作業で40勝に訂正されましたが昭和36年に稲尾が42勝した際、コミッショナー裁定により「当時の記録を尊重する」こととなりスタルヒンの記録は42勝に再訂正されました。因みにWikipediaによると「山内は戦前・戦中のスコアカードを丹念に調べ上げ、勝利(敗戦)投手の洗い直しを行った」とのことですが、当時は一試合に投げる投手の数が現在と違って少ないのでこの作業は実は意外と簡単です。当ブログでも「現行ルールに照らせば勝利(敗戦)投手は××となりますが・・・」と言うのは何度もお伝えしているとおりです。
この試合の記録を洗い直せば敗戦投手が前川八郎であることは誰にでも分かります。どうやら公式の通算記録には影響の無い日本選手権の勝利投手・敗戦投手の記録はオリジナルバージョンと洗い直しバージョンがコミッショナー事務局に混在している可能性があります。
*現行ルールに照らせばジャイアンツの敗戦投手は前川八郎であるが、スコアブックではスタルヒンとなっている。
2011年7月3日日曜日
ノックバット事件
ジャイアンツ7回の攻撃で無死一二塁の場面、当ブログでは公式スコアブックに基づき「スタルヒンの投ゴロで白石は三封」と書かせていただきました。事実は、「スタルヒンの投前送りバントを西村が三塁に送球して白石がフォースアウト」であったことが各種文献で確認できます。そしてこれが一塁側ダッグアウトの藤本定義監督からはセーフに見え、杉村正一郎審判に猛然と抗議したと伝えられています。当事者である白石敏男の自伝「背番号8は逆シングル」にはこの場面が克明に描かれています。「無死一、二塁だからタッチプレーではない。スタートよく三塁へ走っていたぼくは、猛然と足からすべり込んだ。焦ったのだろう、西村君の、三塁手伊賀上君への送球はちょっと悪送球になった。伊賀上君が捕るより早く、ぼくのスパイクは、三塁ベースに届いていた。ぼくのスパイクがベースに触れてから、伊賀上君が捕ったのがはっきりわかった。」しかし杉村審判の判定はアウトであった。
試合終了後、藤本監督が杉村審判を本部席まで追いかけ、ベンチにいた三原脩がノックバットを持って藤本に続いた。当時はノックは監督の仕事であり、興奮して本部席に駆け込んだ藤本が仕事道具であるノックバットを忘れたため三原が代わりに持っていったらバットを持って殴りこんできたと誤解されたのかもしれない。シーズン終了後三原に罰金100円が課せられ、頭にきた三原は球界を去ることになる。
私の拙い経験も踏まえて論評させていただきますと、こういうプレーでは当事者であるプレイヤーの感覚が正しいと思います。審判や観客やアナウンサーや解説者はどうしてもタイミングで判断しがちですが、微妙に足が離れた手が離れたというのは当事者にしか分からないケースがままあります。私が現役時代の東京六大学準硬式リーグ戦では、主審は連盟から派遣されますが、塁審は各チームから選ばれたレギュラークラスが務めます。早明戦で三塁塁審をやっていたとき、明治のランナーが三塁に頭から滑り込んできてちょっと手が離れたところに早稲田の主将三塁手がタッチしました。タイミングは明らかにセーフで、三塁コーチャーズボックスにいた明治の監督が猛然と抗議してきました。偶然位置取りが良かったのか、走者の手が離れた一瞬三塁手がタッチしたところがはっきりと見えましたので「アウトです。」と答えてその場は収まりました。早稲田の三塁手は「あれアウトだよ。」と言っていました。明治の走者は暴れ者で有名でしたがあっさりと一塁側ベンチに帰って行きました。一塁塁審は同僚が務めていましたがベンチの様子がよく見えていたようで、後で「走者がばつの悪そうな顔をしていたけど、手が離れたのか。」と聞いてきましたので「うん。」と答えたのを覚えています。次の回に明治の監督がやけに愛想が良かったので、ベンチで本人に手が離れたことを確認したんだなと思いました。スポーツなんてそんなもんです。
戦後三原はジャイアンツに請われて復帰しますが今度は「ポカリ事件」起こし、水原茂がシベリヤから帰還すると追われるように西鉄ライオンズに去り、「我いつの日か中原に覇を唱えん」と発してジャイアンツ相手に三連覇することとなります。杉村審判も戦後まで審判を務めますが、阪神の放棄試合のきっかけとなる判定にも関わることとなります。
13年 日本選手権 1回戦
11月26日 (土) 甲子園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 計 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 2 ジャイアンツ 0勝1敗 0.000 スタルヒン
0 0 2 0 0 0 0 0 0 1X 3 タイガース 1勝0敗 1.000 西村幸生
勝利投手 西村幸生 1勝0敗
敗戦投手 スタルヒン 0勝1敗
二塁打 (ジ)川上 (タ)景浦
三塁打 (タ)皆川
タイガース、緒戦を制す
昭和11年チャンピオンはジャイアンツ、12年はタイガースが優勝、今年の対戦は春季はタイガースが3勝2敗、秋季はジャイアンツが3勝2敗と全くの五分。天下分け目の一戦は予想通りスタルヒン、西村幸生の先発で午後2時ちょうど二出川延明プレートアンパイヤの右手が上がりプレイボール。
ジャイアンツは初回三者凡退。タイガースは先頭の松木謙治郎が左前打で出塁するが本堂保次の三ゴロが5-4-3と渡ってダブルプレー。
ジャイアンツは2回、一死後伊藤健太郎が左翼線にヒット、川上哲治が左翼線に二塁打を放って一死二三塁、白石敏男の中犠飛で1点を先制する。
タイガースは3回、一死後皆川定之が左中間に三塁打、トップに返り松木が中前に同点タイムリーを放って1-1、本堂が四球でつないで一二塁、山口政信は右飛に倒れるがこの日四番に起用された藤村富美男が中前にタイムリーを放って2-1と逆転、外野からの返球の隙に本堂もホームを狙うが8-1-6-2と渡ってタッチアウト。
ジャイアンツは4回、一死後伊藤が四球で出塁、川上の中前打で一死一二塁、白石が中前に同点タイムリーを放って2-2、川上も三塁を狙うが8-1-5と渡ってスリーアウトチェンジ。
序盤は点の取り合いとなったがここからスタルヒン、西村幸生により投手戦が繰り広げられる。
ジャイアンツは5回から9回まで無安打。6回は二死から伊藤が四球を選ぶが川上は一ゴロ。7回、先頭の白石が四球、吉原正喜の捕前送りバントをカイザー田中義雄が二塁に悪送球、吉原には犠打は記録されていない。スタルヒンの投ゴロで白石は三封、トップに返り三原脩は右飛、水原茂が四球を選んで二死満塁とするが千葉茂は右飛に倒れる。この辺りの走者を出しながら粘り切るピッチングこそが西村幸生の真骨頂である。北別府の投球を想起すると西村のピッチングのイメージが掴みやすいのではないないでしょうか。8回、9回は三者凡退。
タイガースは5回、一死後松木四球、本堂中前打で一二塁とするが山口の遊ゴロで本堂は二封、山口が走って二三塁とするが藤村は三振に倒れる。6回、7回は三者凡退。8回、二死後藤村の二ゴロをセカンド三原がエラー、景浦将四球で一二塁とするが伊賀上良平は三振に倒れる。9回、この回先頭の田中が三塁に内野安打、西村の記録は三ゴロで田中が二封されているが「5-6B」と記録されているので送りバント失敗であろう。打って出ての三ゴロ二封であれば当然「5-4B」となります。皆川が四球でつないで一死一二塁、トップに返り松木も四球を選んで一死満塁、しかし本堂は二飛、山口は三振に倒れて死闘は延長戦に突入する。
ジャイアンツは10回表、一死後水原が四球で出塁、千葉の中前打で一死一三塁、ここまで4打数無安打の四番中島治康の打球は右方向への痛烈な当り、これをセカンド本堂が好捕して飛び出していた千葉も刺されてダブルプレー。松木謙治郎著「タイガースのおいたち」によると「10回裏(表の間違い:追補版では訂正されているかもしれませんが)、一死一二塁のピンチに中島の猛烈なライナーを右よりにとびつき、好捕した本堂の美技が西村を援護した」とのことである。
タイガースは10回裏、先頭の藤村は一邪飛に倒れるが本日五番に入った景浦が右中間に二塁打、景浦に代えて代走に岡田宗芳を起用、スタルヒンのワイルドピッチで一死三塁、伊賀上、田中は連続四球、松木著「タイガースのおいたち」によると歩かせて塁を詰めたようである。ジャイアンツはファーストを川上から永澤富士雄に代えて守備を固める。一死満塁で西村の打席、石本秀一監督は勝負を賭けて代打に秋季リーグ戦でも景浦欠場の穴を埋める活躍を続けてきた松廣金一を起用、しかし松廣は二ゴロに倒れ三走岡田が本封されて二死満塁、更に皆川に代えて代打藤井勇を起用、スタルヒンが遂に力尽き押出し四球となってタイガースが大事な緒戦をものにする。
タイガースは二番手には若林忠志を用意していたのであろう。景浦の後にも松廣が使えるし皆川の後には岡田を入れればよい。タイガースは総力戦でスタルヒンを倒して絶対的優位に立った。
西村幸生は6安打6四球1三振。スタルヒンは8安打9四球6三振。今季のスタルヒンはコントロールが安定していたがタイガースのプレッシャーに四球を連発、この試合は投球数の記録が残されていないが150球は超えていたでしょう。ジャイアンツは主砲中島治康が5打数無安打とブレーキになった。
*ジャイアンツとタイガースのメンバー
*西村幸生とスタルヒンの投げ合い
2011年7月2日土曜日
13年秋 11月 月間MVP
投手部門
ジャイアンツ スタルヒン 3
スタルヒンは9月、10月に続いて3カ月連続の月間MVPで昭和13年秋季リーグ戦を完全制覇した。
今月は7試合に登板して7勝0敗、完投勝利6、うち完封が2。11月10日の南海戦だけリリーフで登板したがこの時も4回をパーフェクトに抑えている。58回を投げて防御率1.40、WHIP0.86、奪三振率7.91。
今月の自責点は9点であるが、二度の金鯱戦が8対4、9対4の完投勝利で自責点が8点となっており、9点の内8点が金鯱戦のものとなっている。金鯱相手には手を抜いている可能性があり、まともに投げていればとんんでもない成績であった可能性がある。
一方でタイガース戦とジャイアンツが三連敗したライオン戦での登板は無く(三連敗の始まりとなる10月26日には敗戦投手となっているがこれは先月のもの)、偏った成積であるとも言える。タイガースとの日本選手権の前哨戦とも言える11月13日のタイガース5回戦では登板しておらず、タイガースがエース西村幸生できたのとは対照的であった。東西対抗1回戦では西村幸生に投げ勝っているが。
タイガース投手陣は西村幸生が6試合に登板して4勝0敗、防御率2.80、WHIP1.18、奪三振率3.80。御園生崇男が6試合に登板して5勝1敗、防御率1.44、WHIP1.04、奪三振率4.14。若林忠志が4試合に登板して4勝0敗、防御率1.29、WHIP0.86、奪三振率3.86。スタルヒンはこの強力三本柱に一人で挑むこととなる。
打撃部門
タイガース 藤村富美男 1
打撃部門は松木謙治郎と藤村富美男の争いとなった。
松木謙治郎は15試合にフル出場して53打数15安打、打率2割8分3厘、22得点12打点19四球、二塁打1本、三塁打1本、本塁打3本、出塁率4割7分2厘、長打率5割9厘、OPS0.982。
藤村富美男は15試合にフル出場して53打数15安打、打率3割3厘、13得点18打点4四球、二塁打5本、三塁打2本、本塁打0本、出塁率3割4分3厘、長打率4割3分9厘、OPS0.782。
正に甲乙つけがたい成績でありどちらが受賞してもよい。OPSの差は四球の差であり、一番打者の松木がボールを見ていくのに対して、主に三番を打つ藤村は性格的にも積極的に打っていくというタイプの違いが表れただけである。松木は15試合中無安打が5試合、藤村は無安打が6試合。猛打賞は松木が3安打が1回、藤村は3安打が2回、4安打が2回と4回ある。藤村の爆発力を評価して、月間MVPは藤村富美男とする。
ジャイアンツ スタルヒン 3
スタルヒンは9月、10月に続いて3カ月連続の月間MVPで昭和13年秋季リーグ戦を完全制覇した。
今月は7試合に登板して7勝0敗、完投勝利6、うち完封が2。11月10日の南海戦だけリリーフで登板したがこの時も4回をパーフェクトに抑えている。58回を投げて防御率1.40、WHIP0.86、奪三振率7.91。
今月の自責点は9点であるが、二度の金鯱戦が8対4、9対4の完投勝利で自責点が8点となっており、9点の内8点が金鯱戦のものとなっている。金鯱相手には手を抜いている可能性があり、まともに投げていればとんんでもない成績であった可能性がある。
一方でタイガース戦とジャイアンツが三連敗したライオン戦での登板は無く(三連敗の始まりとなる10月26日には敗戦投手となっているがこれは先月のもの)、偏った成積であるとも言える。タイガースとの日本選手権の前哨戦とも言える11月13日のタイガース5回戦では登板しておらず、タイガースがエース西村幸生できたのとは対照的であった。東西対抗1回戦では西村幸生に投げ勝っているが。
タイガース投手陣は西村幸生が6試合に登板して4勝0敗、防御率2.80、WHIP1.18、奪三振率3.80。御園生崇男が6試合に登板して5勝1敗、防御率1.44、WHIP1.04、奪三振率4.14。若林忠志が4試合に登板して4勝0敗、防御率1.29、WHIP0.86、奪三振率3.86。スタルヒンはこの強力三本柱に一人で挑むこととなる。
打撃部門
タイガース 藤村富美男 1
打撃部門は松木謙治郎と藤村富美男の争いとなった。
松木謙治郎は15試合にフル出場して53打数15安打、打率2割8分3厘、22得点12打点19四球、二塁打1本、三塁打1本、本塁打3本、出塁率4割7分2厘、長打率5割9厘、OPS0.982。
藤村富美男は15試合にフル出場して53打数15安打、打率3割3厘、13得点18打点4四球、二塁打5本、三塁打2本、本塁打0本、出塁率3割4分3厘、長打率4割3分9厘、OPS0.782。
正に甲乙つけがたい成績でありどちらが受賞してもよい。OPSの差は四球の差であり、一番打者の松木がボールを見ていくのに対して、主に三番を打つ藤村は性格的にも積極的に打っていくというタイプの違いが表れただけである。松木は15試合中無安打が5試合、藤村は無安打が6試合。猛打賞は松木が3安打が1回、藤村は3安打が2回、4安打が2回と4回ある。藤村の爆発力を評価して、月間MVPは藤村富美男とする。
2011年7月1日金曜日
13年 東西対抗
昭和13年の東西対抗はシーズン終了後、日本選手権の前の11月20日、21日、23日に西宮球場で行われた。因みに昭和12年は秋季シーズンの終盤に公式戦を中断して行われている。
1回戦は東軍が6回、バッキー・ハリス、中島治康の連打から尾茂田叶がレフトスタンドにスリーランホームランを叩き込んで3点を先行、西軍は9回、宮武三郎の代打タイムリー等で2点を返すが3対2で東軍が先勝する。東軍はスタルヒン、西軍は西村幸生が先発ということで日本選手権の前哨戦ともなったがここではスタルヒンが投げ勝つ。
2回戦は東軍がバッキー・ハリスのホームランで先制するが、菊矢吉男が完投して自らもタイムリーを放ち西軍が2対1と逆転して雪辱を遂げる。
3回戦(決勝戦)は又も菊矢吉男が完投して亀田忠に投げ勝ち、西軍が5対1で快勝する。
藤村富美男が3試合で12打数5安打の活躍を見せて首位打者賞を獲得。日本選手権でも活躍が期待される。
試合前のアトラクションでは手榴弾投げが行われている。1回戦では伏射で北浦三男が22メートル5センチ、立射で門前真佐人が53メートル25センチで優勝。2回戦では立射で西村幸生が57メートル50センチで優勝。3回戦では立射で本堂保次と門前が52メートル25センチで優勝している。
この項も読売新聞を参考に構成させていただいております。
1回戦は東軍が6回、バッキー・ハリス、中島治康の連打から尾茂田叶がレフトスタンドにスリーランホームランを叩き込んで3点を先行、西軍は9回、宮武三郎の代打タイムリー等で2点を返すが3対2で東軍が先勝する。東軍はスタルヒン、西軍は西村幸生が先発ということで日本選手権の前哨戦ともなったがここではスタルヒンが投げ勝つ。
2回戦は東軍がバッキー・ハリスのホームランで先制するが、菊矢吉男が完投して自らもタイムリーを放ち西軍が2対1と逆転して雪辱を遂げる。
3回戦(決勝戦)は又も菊矢吉男が完投して亀田忠に投げ勝ち、西軍が5対1で快勝する。
藤村富美男が3試合で12打数5安打の活躍を見せて首位打者賞を獲得。日本選手権でも活躍が期待される。
試合前のアトラクションでは手榴弾投げが行われている。1回戦では伏射で北浦三男が22メートル5センチ、立射で門前真佐人が53メートル25センチで優勝。2回戦では立射で西村幸生が57メートル50センチで優勝。3回戦では立射で本堂保次と門前が52メートル25センチで優勝している。
この項も読売新聞を参考に構成させていただいております。
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