2026年9月30日水曜日

中日vs太陽 14回戦

9月5日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 中日 49勝32敗1分 0.605 服部受弘 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 太陽 37勝46敗4分 0.446 スタルヒン

勝利投手 服部受弘   14勝5敗 
敗戦投手 スタルヒン 4勝7敗

二塁打 (中)古川

勝利打点 なし


服部受弘、気合の完封

 後楽園の第2試合は服部受弘とスタルヒンの先発で午後2時49分、池田球審の右手が上がりプレイボール。

 スタルヒンは6月9日以来の先発で6月12日以来の登板。

 中日は3回表、一死後服部が左前打で出塁、二死後服部が二盗を決めるが、古川清蔵は三振に倒れて無得点。

 中日は5回、6回と2安打を放つが無得点。

 中日は8回表、先頭の古川が三塁線を破る二塁打、金山次郎が三塁線に送りバント、スタルヒンが白球を拾うが一塁に悪送球、古川は三塁を回ってホームに還り1点を先制する。

 服部受弘は4安打2四球2三振で今季3度目の完封、14勝目をマークする。2安打と盗塁も記録した。相手が憧れのスタルヒンということで気合が入ったようだ。

 スタルヒンは終戦間際に軽井沢に幽閉され、戦後は進駐軍の仕事で食うに困らず、藤本定義監督に出会った頃はかなり太っていたという。昨年終盤にプロ野球に復帰し、今季も前半戦は調子が上がらなかった。3か月休んでトレーニングを積み、3カ月ぶりの登板となった本日は好投したがスタミナ切れだった。

 注目に値するのは守備面で、1失策はあったものの、5回の一ゴロでは一塁ベースカバーに走って「3-1A」で刺殺を記録、8回には「1-4-3」の併殺も記録した。この動きであれば今後に期待できる。

2026年9月27日日曜日

22年 大阪vs金星 12回戦

9月5日 (金) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 1 0 2 大阪 55勝29敗3分 0.655 武智修
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 金星 31勝51敗2分 0.378 江田孝 三富恒雄

勝利投手 武智修 5勝4敗 
敗戦投手 江田孝 7勝19敗

二塁打 (大)藤村2

勝利打点(大)土井垣武 7 


武智修、2安打完封

 第21節2日目、西宮の第1試合は武智修と江田孝の先発で午後1時30分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 前半は両軍無得点の投手戦となった。

 大阪は6回表、先頭の塚本博睦がセンター左にヒット、一死後藤村富美男が三塁線を破る二塁打を放って一死二三塁、土井垣武の中犠飛で1点を先制する。

 大阪は8回表、先頭の呉昌征が一二塁間にヒット、塚本の右飛で呉は帰れず「9-3」と送球されてダブルプレー、ここはエンドランだったか。金田正泰が三遊間に内野安打、藤村がレフト線にタイムリー二塁打を放ち2-0とする。

 武智修は会心のピッチングを見せて、2安打2四球1三振でプロ入り初完封、今季5勝目をマークする。

 当ブログでは藤村の長打が増えてきていることに注目している。この日も2本の二塁打で勝利に貢献した。8月以降、藤村は31本のヒットを放っているが、二塁打10本、三塁打3本、本塁打1本である。7月以前は65安打で二塁打16本、三塁打2本、本塁打1本であった。藤村が長距離打者に変身するのはラビットボール採用後のことになるが、打撃スタイルは昭和22年夏を境に変わってきているのは明らかである。

 名内野手として知られる武智修は、投手としても通算18勝を記録している。完封勝利は今季の二度だけであるが、本日の2安打完封はキャリア最高のピッチングとなった。

2026年9月26日土曜日

訂正のお知らせ

 9月1日と9月4日の金星の敗戦数が間違っていました。

 9月1日 (誤)30勝49敗2分→(正)30勝50敗2分

 9月4日 (誤)31勝49敗2分→(正)31勝50敗2分

 勝率はエクセルシートで管理しているので間違いありません。勝敗数は手作業で転記しているので人為的ミスでした。

 以上のとおり訂正させていただきます。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願い申し上げます。


2026年9月25日金曜日

22年 東急vs阪急 11回戦

9月5日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 1 0 0 3 1 0 0 5 東急 33勝47敗2分 0.413 黒尾重明
0 0 0 0 0 1 1 0 0 2 阪急 41勝44敗3分 0.482 今西錬太郎 溝部武夫

勝利投手 黒尾重明     12勝12敗 
敗戦投手 今西錬太郎 16勝12敗

二塁打 (東)鈴木清一 (急)今西、上田、田中、坂元
三塁打 (東)長持
本塁打 (東)苅田久徳 3号、大下弘 10号

勝利打点(東)苅田久徳 3

猛打賞 (東)長持栄吉 5


苅田が先制本塁打、大下が代打スリーラン

 第21節2日目、後楽園の第1試合は黒尾重明と今西錬太郎の先発で午後零時57分、国友球審の右手が上がりプレイボール。

 東急は本日も死球の影響で大下弘がスタメンを外れた。

 東急は初回、二死後長持栄吉が中前打で出塁、四番に入った飯島滋弥が左前打、ライトに入った白木義一郎はピッチャー強襲ヒットで二死満塁、しかし熊耳武彦は左飛に倒れて無得点。

 東急は3回表、一死後苅田久徳監督がレフトスタンドに先制ホームラン、1-0とする。

 東急は6回表、一死後長持が左中間に三塁打、飯島の遊ゴロで三走長持がホームを狙うが、ショート田中幸男からの本塁送球にタッチアウト、白木は四球を選んで二死一二塁、ここで熊耳に代わって大下が代打で登場、大下はライトスタンドにスリーランを叩き込んで4-0とする。

 東急は熊耳に代打を送ったので6回の守備から鈴木圭一郎がマスクを被る。

 阪急は6回裏、一死後上田藤夫が左中間に二塁打、二死後野口明の左前打で一三塁、田中がライトにタイムリー二塁打を放ち1-4と反撃。

 東急は7回表、鈴木清一が二遊間にヒット、二死後鈴木が二盗に成功、苅田がレフト線にタイムリーを放ち5-1と突き放す。

 阪急は7回裏、今西が右前打で出塁、トップに返り山田伝の二ゴロの間に今西は二進、上田が中前にタイムリーを放ち2-5とするが反撃もここまで。

 黒尾重明は8安打3四球2三振の完投で12勝目をマークする。

 東急はこれで3連勝。飯島滋弥が戦列に復帰し、死球の影響で欠場していた大下弘も戻ってきて代打スリーランを放った。

 3連勝で活躍が目立つのは黒尾重明で、9月1日の太陽戦は完封、昨日の中日戦はライトに入って決勝ホームラン、この日は安定してピッチングで完投勝利を飾った。

 苅田久徳監督も1日は決勝打、この日は先制ホームランに勝負を決める追撃タイムリーを放つ活躍を見せた。

 大下はプロ入り通算30本目が初の代打本塁打であった。

2026年9月23日水曜日

訂正のお知らせ

 2026年9月20日付け「東急vs中日 10回戦」において、白木義一郎の勝利数を15勝目とお伝えしていましたが、「16勝目」の間違いでしたので訂正させていただきます。

白木義一郎 (誤)15勝19敗→(正)16勝19敗

 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。


南海vs大阪 12回戦

9月4日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 2 3 0 0 5 南海 44勝38敗4分 0.537 別所昭
0 0 0 0 0 0 3 0 0 3 大阪 54勝29敗3分 0.651 若林忠志 梶岡忠義

勝利投手 別所昭     23勝13敗 
敗戦投手 若林忠志 17勝10敗

二塁打 (南)別所 (大)土井垣
三塁打 (大)塚本

勝利打点(大)山本一人 6

猛打賞 (大)塚本博睦 4


別所、ハーラー断トツトップの23勝目

 西宮の第2試合は別所昭と若林忠志の先発で午後3時17分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 前半は大阪が5安打、南海が2安打と大阪が押していたが両軍無得点。

 南海は6回表、先頭の安井亀和の当りは二ゴロ、これをセカンド本堂保次がエラー、河西俊雄の二ゴロでランナーが入れ替わり、河西が二盗に成功、田川豊は四球を選んで一死一二塁、山本一人監督のレフト線タイムリーで1点を先制、一死一三塁から堀井数男の三ゴロ併殺崩れの間に三走河西が還って2-0とリードする。

 南海は7回表、先頭の別所が中前打で出塁、坂田清春は四球を選び、小林悟楼の三塁内野安打で無死満塁、トップに返り安井が押出し四球を選んで3-0、河西の三ゴロの間に三走別所が還って4-0、一死二三塁から田川の三塁内野安打で走者は動けず一死満塁、大阪ベンチはここで若林に代えて梶岡忠義をリリーフのマウンドに送り、山本の中犠飛で5-0とリードを広げる。

 大阪は7回裏、先頭の梶岡が右前打で出塁、一死後トップに返り呉昌征は一塁に内野安打、塚本博睦が右越えに2点タイムリー二塁打を放ち2-5、金田正泰の一ゴロの間に三走塚本が還って3-5と追い上げる。

 勢い付く大阪は8回裏、先頭の土井垣武が右越えに二塁打、しかし続く本堂の右への痛烈な当りはセカンドライナーとなって二走土井垣は戻れずダブルプレー。

 大阪は最終回、二死後呉昌征が遊失で出塁、塚本の右前打で二死一二塁と最後まで粘りを見せるが、金田は投ゴロに倒れてゲームセット。

 大阪は5点のビハインドから逆転かという勢いを見せたが、本堂のセカンドライナーゲッツーで流れをつかみ切れなかった。

 別所昭は12安打を打たれながら1四球3三振の完投で23勝目をマークする。粘りのピッチングであったがツキにも恵まれた。

 ハーラートップの別所は二位グループ17勝の5人(若林、川崎、真田、藤本、野口二郎)に6勝差とした。

2026年9月20日日曜日

22年 東急vs中日 10回戦

9月4日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 東急 32勝47敗2分 0.397 白木義一郎 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 中日 48勝32敗1分 0.600 清水秀雄

勝利投手 白木義一郎 16勝19敗 
敗戦投手 清水秀雄     14勝8敗

本塁打 (東)黒尾重明 1号

勝利打点(東)黒尾重明 1


白木が完封、黒尾が決勝本塁打

 後楽園の第2試合は白木義一郎と清水秀雄の先発で午後2時42分、西垣球審の右手が上がりプレイボール。

 大下弘は死球の影響でこの試合も欠場。

 中日は初回、一死後金山次郎の当りは遊ゴロ、ショート鈴木清一からの送球を久々復帰のファースト飯島滋弥が逸らして一死一塁、大沢清の遊ゴロをショート鈴木清一がベースを踏んで一塁送球、「6B-3」のゲッツー。

 中日は2回裏、先頭の小鶴誠が四球を選んで出塁、しかし杉浦清監督の二ゴロをセカンド苅田久徳監督が華麗に捌き「4-6-3」と渡ってここもゲッツー。

 中日は4回裏、一死後小鶴がピッチャー強襲ヒット、二死後加藤正二はストレートの四球で二死一二塁、清水のセンターに抜けるかという二遊間へのゴロをセカンド苅田が逆シングルで好捕して一塁アウトのファインプレー。

 東急先発の白木は序盤は走者を出したが味方の好守に助けられ、5回から7回は三者凡退と立ち直り無失点を続ける。

 中日先発の清水は7回まで東急打線を苅田の三塁内野安打1本に抑える好投。

 東急は8回表、この日ライトに起用された黒尾重明がレフトスタンドにプロ入り初ホームラン、1点を先制する。

 中日は最終回、一死後小鶴の当りは三ゴロ、これをサード大沢喜好が一塁に悪送球して打者走者の小鶴は二塁に進み、代走に「スペシャリスト」山本尚敏を起用、山本が三盗を決めて一死三塁、この時キャッチャー鈴木圭一郎からの三塁送球が逸れたが山本は自重、杉浦の遊ゴロは当りが良すぎて山本は三塁ストップ、最後は白木が加藤を右飛に打ち取り東急が接戦を制す。

 白木義一郎は3安打2四球1死球1三振で今季5度目の完封、16勝目をマークする。

 黒尾重明のプロ入り初ホームランで1対0の勝利となったが、これは近年話題になっている。

 2026年7月5日、巨人の笹原がプロ5年目で初ホームランを放ち1対0で巨人が中日を破った。翌日の日刊スポーツは、外国人を除く「プロ初ホームラン1対0の勝利」となったのは2025年6月29日の巨人の中山以来のことでプロ野球史上13人目と報じ、過去のこの記録のリストを紙面に掲載したのである。

 その記事によると、プロ野球史上初の「プロ初ホームラン1対0の勝利」は昭和16年10月12日の土井垣武とのことで、筆者もスコアカードで確認した。昭和17年7月2日の岩本章が2本目で、この日の黒尾重明はプロ野球史上3本目の「プロ初ホームラン1対0の勝利」となった。

 この件は黒尾重明の「Wikipedia」にも掲載されているが、「投手としては初」と書かれている。黒尾重明が「投手」であることは間違いないが、この試合では大下弘が死球の影響で欠場したため黒尾重明は七番ライトで出場しており、白木が完封したので黒尾は登板していない。

 したがって、実質的な「投手としては初」の「プロ初ホームラン1対0の勝利」は昭和32年9月1日の「堀内庄」ということになる。

*この件については、横浜市中央図書館で閲覧した2026年7月6日付け「日刊スポーツ」の記事を参照した。また、昭和32年9月1日に堀内庄が投手として先発したことは「スタメンアーカイブ」で確認した。

2026年9月18日金曜日

22年 巨人vs金星 13回戦

9月4日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 1 0 2 巨人 40勝43敗1分 0.482 川崎徳次 
0 0 0 0 0 4 0 0 X 4 金星 31勝50敗2分 0.383 三富恒雄

勝利投手 三富恒雄   5勝9敗 
敗戦投手 川崎徳次 17勝10敗

二塁打 (金)清原
三塁打 (巨)平山 (金)西沢

勝利打点(金)西沢道夫 4


金星、集中打で快勝

 第21節初日、西宮の第1試合は川崎徳次と三富恒雄の先発で午後1時30分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 前半戦は両軍無得点。

 巨人は6回表、先頭の山川喜作が左前打で出塁、田中資昭が三前に送りバントを決めて一死二塁、千葉茂の中前タイムリーで1点を先制する。

 金星は6回裏、先頭の大友一明に代わる代打中村信一が右前打で出塁、坪内道則監督の左前打で無死一二塁、西沢道夫が右中間に逆転の2点タイムリー三塁打を放ち2-1、清原初男の右前タイムリーで3-1、玉腰忠義が送りバントを決めて一死二塁、小前博文の左前打で一死一三塁、三富の遊ゴロで三走清原がホームに突っ込み、ショート田中が本塁に送球するがセーフ、野選が記録されて4-1とする。 

 巨人は8回表、二死後川上哲治が中前打で出塁、平山菊二が中越えにタイムリー三塁打を放ち2-4とするが反撃もここまで。

 三富恒雄は8安打1四球2三振の完投で5勝目をマークする。

 このところ活躍が目立つ西沢道夫が決勝の逆転三塁打を放った。続く清原初男の追撃タイムリーが試合を決めた。

 両軍8安打ずつであったが、金星は6回に5安打を集める集中攻撃で快勝した。

 阪急とゲーム差なしでAクラスを争う巨人としては、エース川崎徳次で手痛い敗戦となった。

2026年9月17日木曜日

つるとんたん

 サンマルクHDが「つるとんたん」を128億円で買収したと報じられています。

 以前勤めていた会社で、1990年に心斎橋支店に転勤しました。残業に備えて、心斎橋筋を南に歩いて(←欧陽菲菲か!)、左折して宗右衛門町筋を抜けて日本一交差点方面に歩いた角の「つるとんたん」できつねうどんを注文するのが常でした。まだ普通の町のうどん屋で、メニューも今と違ってオーソドックスでしたね。

 まさかあの「つるとんたん」が東京に進出するとはびっくり仰天。六本木店にも行きましたが、当時を知る身としては「ちょっとねぇ~~」という感じ。

 128億円の価値になる前に出資していたら大儲けだったのに、残念でしたね(笑)。

 当時、心斎橋筋を歩く女性の腕には必ずリチャードのショッパーがぶら下がっていました。今では大阪の街も様変わりしたようです。


2026年9月10日木曜日

「貧打の家庭」の落とし子

 宣言通り横浜市中央図書館で確認してきました。

 昭和48年8月30日に江夏が延長11回無安打無得点、自らのサヨナラホームランで決着を付けた試合について、翌日の読売新聞は名物コラム「SBO」(現在であれば「BSO」)で次のように報じた。

「捕手の辻が左の手のひらを見せた。真っ赤に腫れて痛々しい。・・・結果は江夏のワンマンショー。この日出場した二十四選手で『背番号28』以外はヒーローを守り立てるわき役に過ぎなかった。しかし、球史に残るヒーローも『貧打の家庭』の落とし子とは皮肉であった。」

 筆者は「貧打の申し子」と記憶していたが、実際は「『貧打の家庭』の落とし子」だったことが判明した。53年前の記憶など当てになりませんね(笑)。

 読売新聞は「野球は一人でも勝てる」とは書いていませんが、「この日出場した二十四選手で『背番号28』以外はヒーローを守り立てるわき役に過ぎなかった」というのは「野球は一人でも勝てる」と同義語と言える。

 筆者は「野球が一人でも勝てる」とは考えていないが、世間では大谷の出現によって「野球は一人でも勝てる」と誤解するようになった。それでも当ブログは、山本尚敏や松井信勝のような球史で知られていない脇役の活躍を伝えていく。

 

22年 阪急vs太陽 13回戦

9月4日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 阪急 41勝43敗3分 0.488 野口二郎 
0 1 0 0 0 0 0 0 X 1 太陽 37勝45敗4分 0.451 真田重蔵

勝利投手 真田重蔵 17勝14敗 
敗戦投手 野口二郎 17勝13敗

本塁打 (太)真田重蔵 1

勝利打点(太)真田重蔵 1


野球は一人でも勝てる

 第21節初日、後楽園の第1試合は野口二郎と真田重蔵の先発で午後零時59分、島球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は初回、一死後上田藤夫が三塁に内野安打、二死後野口明は四球を選んで一二塁とするが、田中幸男は二ゴロに倒れて無得点。

 太陽は1回裏、一死後藤井勇が右前打で出塁、森下重好の三ゴロをサード安井鍵太郎がエラー、中谷信夫は遊飛に倒れるが、伊勢川真澄が左前打を放って二死満塁、しかし荒川昇治は三振に倒れて無得点。

 太陽は2回裏、先頭の佐竹一雄が左前打で出塁、打撃好調の松井信勝の当りは痛烈なサードライナー、佐竹が戻れずダブルプレー、二死無走者となったが、真田がレフトスタンドに第1号ホームラン、1点を先制する。

 真田重蔵は5安打2四球2三振で今季4度目の完封、17勝目をマークする。

 8月の月間MVPに輝いた真田重蔵と、投球内容では真田を上回っていた野口二郎の対決は期待通りの投手戦となった。

 真田の本塁打は昭和21年9月8日に後楽園球場で石田光彦から放ったプロ入り第1号以来、通算2本目である。この試合の模様は、2021年8月11日付けブログ「石田光彦最後の投球」をご参照ください。

 試合後のインタビューで真田が「野球は一人でも勝てる」と語ったかは定かではない。この名言は、昭和48年8月30日に江夏が延長11回無安打無得点、自らのサヨナラホームランで決着を付けた直後のインタビューで語ったと伝わるが、実際は江夏の口から出た言葉ではなかったとも言われている。

 「野球は一人でも勝てるか?」の問いに対しては、当ブログは無理でしょうと答える。この試合では、5回にセカンド荒川昇治が一二塁間の難しい当たりを好捕、6回にもショート松井信勝が難しい飛球を好捕するファインプレーに助けられた。江夏の延長11回無安打無得点の試合でも、ショートの藤田平が三遊間を抜けるかという当りを逆シングルで好捕して間一髪アウトにしたプレーを覚えている。阪神対中日戦なので試合中継を見ていたはずはないが、「スポーツニュース」で見たものだと思う。翌日の読売新聞には「貧打の申し子」というようなタイトルで囲み記事が書かれていたと記憶している。当時の記憶なので要確認。今度、横浜市中央図書館で確認してきます。

2026年9月7日月曜日

松井信勝、突然の打撃開眼

 昭和22年第20節、前節まで196打数36安打で打率1割8分4厘だった松井信勝が15打数7安打を記録して敢闘賞を獲得。前節まで2本だった二塁打を3本放つ活躍を見せた。

 この兆候は前節にあった。8月21日の中日戦と25日の金星戦で勝利打点を記録して殊勲賞に輝いていたのである。

 松井は台湾の出身で嘉義中学時代は1937年と1939年の夏の甲子園に出場。

 1937年の嘉義中学は台湾大会決勝で台北商業を7対6の激戦の末破って甲子園出場。松井はまだレギュラーではなく、代打で1打数0安打であった。 

 1939年の嘉義中学は台湾大会決勝で嘉義農林を4対0で破って甲子園出場。松井は二番ショートで活躍する。甲子園大会初戦は剛腕嶋清一を擁する海草中学と対戦、嶋に2安打完封で敗れた。松井は4打数無安打で、甲子園でヒットを放つことはできなかった。

 早稲田大学を経て1946年にパシフィックに入団、272打数65安打で打率2割3分9厘の好成績であったが、打撃面での活躍はほとんど報じられることはなかった。

 松井信勝は今季終盤に歴史に残る大記録を樹立することになる。前節と今節の活躍が直接結びつく記録ではないが、球史では無名の松井信勝の活躍にも注目していただきたい。

 

2026年9月6日日曜日

22年 第20節 週間MVP

週間MVP

投手部門
 阪急 野口二郎 1 2勝0敗1セーブ。今節4連勝阪急で投の主役。

打撃部門
 巨人 平山菊二 2 18打数8安打3得点8打点、勝利打点2個。昭和22年の巨人の主砲は川上ではなく平山だった。

殊勲賞
 南海 丸山二三雄 1 28日の巨人戦で代打同点スリーラン。
 阪急 田中幸男  2 29日の大阪戦で決勝満塁走者一掃二塁打。
 阪急 青田昇   3 17打数4安打3得点3打点、勝利打点2個。
 大阪 本堂保次  1 16打数7安打2得点4打点、勝利打点1個。

敢闘賞
 南海 田川豊  2 20打数10安打2得点1打点。
 金星 西沢道夫 3 17打数9安打1得点4打点。
 東急 大下弘  3 12打数7安打4得点2打点。死球を受けて9月1日は欠場。
 太陽 中谷順次 1 19打数8安打2得点2打点。
 巨人 山川喜作 2 21打数8安打3得点1打点。
 太陽 松井信勝 1 15打数7安打4得点、二塁打3本。

技能賞
 金星 玉腰忠義 1 5年ぶり復帰で9打数5安打。
 金星 清原初男 1 30日の大阪戦、先発して6回まで投げ、7回からはショート、9回にはマスクを被る。
 中日 山本尚敏 1  9月1日の金星戦で代走から二盗とサヨナラ本盗を決め、「走り屋」の本領発揮。

2026年9月5日土曜日

22年 阪急vs大阪 14回戦

9月1日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 阪急 41勝42敗3分 0.494 天保義夫 野口二郎 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 大阪 54勝28敗3分 0.659 渡辺誠太郎 武智修

勝利投手 天保義夫    6勝12敗 
敗戦投手 渡辺誠太郎 4勝4敗 
セーブ     野口二郎  2

二塁打 (急)青田

勝利打点(急)青田昇 8

猛打賞 (大)玉置玉一 1


青田の決勝打で阪急快勝

 第20節最終戦、甲子園の第2試合は天保義夫と渡辺誠太郎の先発で午後3時29分、西垣球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は初回、一死後上田藤夫が左前打で出塁、二死後渡辺からの一塁牽制をファースト玉置玉一が逸らす間に上田は二進、野口明の右前打で上田は三塁ベースを蹴ってホームを狙うが、ライト塚本博睦からの好返球にタッチアウト。

 阪急は3回表、一死後天保が四球を選んで出塁、二死後上田が二遊間に内野安打、青田昇は四球で二死満塁、しかし野口明は投ゴロに倒れて無得点。

 大阪は4回裏、二死後土井垣武が右前打で出塁、本堂保次は三塁に内野安打、玉置の右前打で二死満塁、しかし渡辺は遊ゴロに倒れて無得点。

 阪急は6回表、先頭の上田が四球を選んで出塁、青田が右越えにタイムリー二塁打を放ち1点を先制する。

 大阪は7回裏、先頭の玉置が中前打で出塁、しかし渡辺に代わる代打武智修の当りはサードライナー、一走玉置は戻れずダブルプレー。

 大阪は8回裏、先頭の呉昌征がストレートの四球で出塁、塚本の投ゴロの間に呉は二進、金田正泰の遊ゴロの間に呉は三進、藤村富美男は四球から二盗を決めて二死二三塁、土井垣も四球で二死満塁、阪急ベンチはここで先発の天保から野口二郎にスイッチ、野口が本堂保次を中飛に抑えて大阪は同点のチャンスを逃す。

 大阪は最終回、先頭の玉置がこの日3本目のヒットをレフト戦に放ち二塁を狙ったが、レフト下社邦男からの二塁送球にタッチアウト、二死後長谷川善三の打席で若林忠志監督は「代打オレ」を宣告するが、サードライナーに倒れて万事休す。

 第20節最終日の東西の試合は、後楽園の第1試合は10対9で第2試合は1対0、甲子園の第1試合は1対0で第2試合は10対3。東西とも勝利チームの得点は「1点と10点」であった。

2026年9月3日木曜日

22年 巨人vs南海 11回戦

9月1日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9  計
2 0 0 1 3 2 0 0 2  10 巨人 40勝42敗1分 0.488 小松原博喜 川崎徳次
2 0 0 0 0 0 0 1 0   3  南海 43勝38敗4分 0.531 中谷信夫 松川博爾 別所昭 飯田徳治

勝利投手 川崎徳次 17勝9敗 
敗戦投手 中谷信夫 11勝12敗

二塁打 (巨)平山2、中島、小松原 (南)田川
三塁打 (巨)平山、山川、川上、中島

勝利打点(巨)山川喜作 4

猛打賞 (巨)山川喜作 6、川上哲治 6、平山菊二 4 (南)田川豊 4


平山菊二が二塁打2本、三塁打1本の活躍

 甲子園の第2試合は小松原博喜と中谷信夫の先発で午後3時13分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 この日の後楽園の第1試合は午後1時3分開始、10対9で中日が金星に打ち勝つ大乱戦になって試合時間は2時間で試合終了は午後3時3分だった。甲子園の第1試合はいつも通り30分遅れで午後1時30分開始、こちらは1対0で太陽が東急を破る投手戦となって試合時間は1時間16分で試合終了は後楽園より早い午後2時46分だった。

 このため、第2試合の実況中継は異例であるが甲子園が先に始まり、後楽園は3時半頃の試合開始予定である。

 巨人は初回、先頭の山川喜作が右中間にヒット、田中資昭の三ゴロでランナーが入れ替わり、千葉茂の右前打で一死一三塁、ダブルスチールを敢行するが二走田中はキャッチャー筒井敬三からの送球にタッチアウト、千葉は二塁に進むが重盗片割れアウトで盗塁は記録されず、川上は四球で二死一二塁、ここで平山菊二がセンター左奥に2点タイムリー三塁打を放ち2-0とリードする。

 南海は1回裏、先頭の安井亀和がストレートの四球で出塁すると二盗に成功、河西俊雄の遊ゴロの間に安井は三進、田川豊がライト線にタイムリー二塁打を放ち1-2、二死後8月の月間MVPに輝いた堀井数男が左前に同点タイムリーを放ち2-2と追い付く。

 巨人は4回表、先頭の武宮敏明の当りは三ゴロ、これを名手山本一人監督がエラー、一死後トップに返り山川喜作右中間にタイムリー三塁打を放ち3-2と勝ち越す。

 1点リードした巨人は先発の小松原をセンターに回して、二番手として川崎徳次をマウンドに送る。

 南海は4回裏の攻撃で中谷に代打を出したので、5回から松川博爾が二番手のマウンドに上がる。

 巨人は5回表、先頭の川上が中越えに三塁打、平山が右中間にタイムリー二塁打を放ち4-2、松川がボークを犯して平山は三進、小松原の中前タイムリーで5-2、中島治康が三塁線を破る二塁打を放って無死二三塁、武宮の遊ゴロで三走小松原がホームに突っ込み、ショート小林悟楼からの送球にタイミングはアウトであったがキャッチャー筒井が落球して小松原はホームイン、6-2とリードを広げる。

 巨人は6回表、先頭の千葉が四球を選んで出塁、一死後平山のレフト線タイムリー二塁打で7-2、更に小松原もライト線にタイムリー二塁打で続いて8-2とダメ押す。 

 南海は8回裏、先頭の河西がストレートの四球で出塁、田川が右前打、山本も右前打で続いて無死満塁、堀井の三ゴロ併殺の間に三走河西が還って1点を返す。

 南海は8回の攻撃で松川に別所昭を代打で起用、9回から別所が三番手のマウンドに上がる。

 巨人は9回表、先頭の小松原が四球で出塁、南海ベンチは一人だけで別所を下げて、ファーストの飯田徳治をマウンドに送り、飯田のワイルドピッチで小松原は二進、中島が中越えにタイムリー三塁打を放ち9-3、武宮は四球を選んで無死一三塁、武宮が二盗、キャッチャー筒井の送球が悪送球となる間に三走中島が還って10-3とする。

 川崎徳次は6イニングを5安打4四球1死球1三振1失点に抑えて17勝目をマーク、若林忠志、藤本英雄、野口二郎と並んでハーラー二位タイ。

 巨人は二塁打4本、三塁打4本の16安打で快勝。山川喜作は6打数4安打、平山菊二は二塁打2本、三塁打1本の活躍を見せた。

 飯田徳治が5月30日の金星戦以来となるマウンドに上がった。プロでの飯田の投手成績は、この年の2試合だけである。

2026年9月2日水曜日

22年 太陽vs東急 11回戦

9月1日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 太陽 36勝45敗4分 0.444 井筒研一 
0 0 0 0 1 0 0 0 X 1 東急 31勝47敗2分 0.397 黒尾重明

勝利投手 黒尾重明 11勝12敗 
敗戦投手 井筒研一   8勝9敗

二塁打 (太)中谷

勝利打点(東)苅田久徳 2

猛打賞 (太)森下重好 5


黒尾が好投、苅田が決勝打

 第20節最終日、甲子園の第1試合は井筒研一と黒尾重明の先発で午後1時30分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 東急は昨日死球を受けた大下弘が欠場。

 太陽は初回、先頭の辻井弘が右前打で出塁するが、黒尾の牽制球にタッチアウト、二死後森下重好が右前打で出塁するが中谷信夫は遊ゴロに倒れて無得点。

 太陽は4回表、先頭の藤井勇が四球で出塁するが、森下の二ゴロが「4-6-3」と渡ってダブルプレー。

 東急は4回裏、先頭の苅田久徳監督が四球を選んで出塁、長持栄吉の右前打で無死一三塁、しかし大下に代わって四番に入った熊耳武彦は浅い左邪飛に倒れ、白木義一郎の左飛も当りが浅く無得点。

 東急は5回裏、先頭の黒尾が四球を選んで出塁、一死後黒尾が二盗を決め、二死後トップに返り一言多十の遊ゴロをショート松井信勝がエラーして二死一三塁、苅田久徳監督がレフト線にタイムリーを放ち1点を先制する。これが決勝打となった。

 黒尾重明は5安打4四球3三振で今季3度目の完封、11勝目をマークする。

 東急は大下と飯島を怪我で欠いたが、黒尾の好投と苅田の決勝打で辛勝。

 この試合は1時間16分で終了。27分前に始まった後楽園の第1試合は乱戦となってまだ試合が続いている。東西の第2試合は、後楽園より甲子園が先に行われる見込み。