2014年5月19日月曜日

16年 黒鷲vs大洋 9回戦


10月4日 (土) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 1 0 0 2 黒鷲 22勝43敗 0.338 畑福俊英
0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 大洋 38勝26敗1分 0.594 長尾貞利 野口二郎 三富恒雄

勝利投手 畑福俊英 7勝10敗
敗戦投手 三富恒雄 4勝7敗

三塁打 (黒)富松
本塁打 (大)山川 1号

勝利打点 富松信彦 3


畑福俊英、6イニング連続三者凡退

 大洋は初回、二死後森田実が中前打、四番・石井豊が右前打、山川喜作がストレートの四球を選んで二死満塁、しかし西岡義晴は中飛に倒れる。更に2回、先頭の佐藤武夫が四球で出塁、織辺由三は一飛に倒れるがトップに返り中村信一が四球を選んで二死一二塁、しかし濃人渉は一邪飛に倒れる。

 大洋は3回、二死後山川喜作がレフトスタンドに先制ホームランを叩き込んで1-0とする。

 黒鷲は5回まで5安打を放ちながら要所を大洋先発の長尾貞利に抑えられて無得点。

 黒鷲は6回、一死後中河美芳が一塁への内野安打で出塁すると二盗に成功、玉腰忠義が左前打を放って一死一三塁、大洋はここで先発の長尾から野口二郎にスイッチ、木下政文の三ゴロで三走中河はセオリー通り三本間に挟まれ「5-2-6-1」と時間を稼いでタッチアウト、この間に走者は三塁と二塁に進んで二死二三塁、清家忠太郎が中前に同点タイムリーを放って1-1と追い付く。

 大洋は7回から野口をライトに回して三富恒雄を三番手のマウンドに上げる。

 黒鷲は7回、二死後宗宮房之助が中前打で出塁、富松信彦が左中間に決勝の三塁打をは放って2-1と逆転する。


 畑福俊英は3回に山川喜作に一発を食らって目が覚めたようだ。4回以降は6イニング連続で三者凡退に抑え、3安打3四球4三振の完投で7勝目をあげる。実際のところは二日酔いで、3回まで投げて汗をかいたところで本調子を取り戻したということだったかもしれません(笑)。畑福俊英は西村幸生以上の酒豪だったとの噂があります。東北出身であの巨体ですからさもありなんという感じですね。


 畑福俊英は戦後、専大松戸の監督となって後進を指導することとなる。2014年のパ・リーグ新人王候補筆頭に名乗りをあげた北海道日本ハムファイターズの上沢直之は専大松戸出身の3年目、2011年ドラフト六位で今季から一軍に登場しました。上沢には、大先輩の畑福が作った“6イニング連続三者凡退”の記録に是非挑戦してもらいたい。因みに上沢は松戸一中の出身、小保方晴子は松戸六中の出身です(笑)。










*畑福俊英は大洋打線を3安打に抑える。















*畑福俊英に3安打に抑え込まれた大洋打線。4回以降6イニング連続三者凡退であるところにご注目ください。











 

2014年5月18日日曜日

1958年



 1958年2月24日生まれの飛鳥涼が覚せい剤取締法違反(使用)の容疑で警視庁組織犯罪対策第五課に逮捕され、1958年8月23日生まれのフリオ・フランコが現役復帰と伝えられています(生年月日はいずれもWikipediaより)。ASUKAは早生まれで一学年上となり、フランコは公称(自称かも)なので真偽の程は分かりませんが、筆者と同じ1958年生まれ(自称を含む)が世の中を騒がせていますので1958年特集といきましょう(笑)。当ブログは野球ブログですから同年代野球選手ネタとなります。


 1958年生まれのNo1野球選手は久保寺雄二であったと確信しています。原辰徳の間違いでは?とお考えの諸兄も多いかと思いますが、高校時代の評価は総合力では久保寺が上でした。神奈川県の軟式球界で活躍(?)していた筆者は、東海遠征で静岡商業軟式野球部と静岡商業グラウンドで練習試合をやったことがあります。静岡商業の野球部グラウンドは硬式用と軟式用が二面取ってあって、軟式グラウンドからはるか向こうに硬式の練習風景を見ることができます。あの中に久保寺も大石もいたはずです。便利な時代になったもので、ヤフー地図等で航空写真を見ることができます。静岡県静岡市葵区田町の静岡商業野球部グラウンドをご覧ください。当然広くて立派な方が硬式のグラウンドです。しかも校舎から近い。明らかに差別待遇ですね(笑)。今も30数年前と変わらないようです。


 No1チームは黒田真二、山崎隆造、小川達明、應武篤良を擁する崇徳高校でした。我々が高校3年の1976年センバツは圧勝しました。夏も連覇すると言われていましたがエース黒田の体調が優れず酒井圭一の長崎海星との“世紀の一戦”に敗れました。ピッチャーでは酒井と黒田が双璧ですが、矢張りサッシーに軍配が上がりますね。但し、プロでの実績では柳川商業の久保康生が上でした。豊見城高校の赤嶺賢勇も黒田、酒井同様プロではダメでしたね。甲子園で見せた送りバントをダイビングキャッチしたシーンは鮮明に覚えていますが、ピッチャーとしては「たいしたことねぇな~」などと生意気にも思っていたものです。


 我々の高校時代、甲子園に4回出場した東海大相模はリアルに目の前で見ていました。筆者が1年の夏、母校が神奈川準決勝で、永川栄植を擁して前年のセンバツに優勝した横浜高校に敗れました。当然横浜が甲子園に行くものだとばかり思っていたら、何と決勝で東海大相模が横浜高校を破るという大番狂わせを演じたのです。一般には原、津末、村中の1年生トリオを擁する東海大相模が順当に甲子園に出場したと思われるかもしれませんが、神奈川県高校野球界に衝撃が走ったのは紛れもない事実です。


 筆者が高校時代で最も不思議に思った出来事は東海大相模が甲子園に5回出場していなかったことです。実際、つい最近まで5回出たとばかり思っていたのですが、3年春だけ出ていなかったのです。それ程突出した存在でした。


 筆者の母校が準決勝で永川の横浜高校とぶつかると言っても、勝つとはとても思えませんでした。こちらも軟式の練習がありますのでもちろん応援に行っているようなヒマもありません。まだ1年生ですから知っている奴が出ている訳でもありませんし他人事でしたね。当時の横浜高校は史上最強チームであったと思っていますが、その横浜を相模が決勝で破ったという話を聞いた時の衝撃は鮮明に覚えています。原や村中を見て、ニューウェーブが来てるなぁ~と感じたものです。音楽界もちょうどニューミュージックの時代に移ろうとしていた時でした。ニューミュージックの起源には諸説がありますが、筆者は尾崎亜美の「冥想」を起源とする説をとっています。何か新しい時代の到来を感じさせてくれる名曲でした。


 甲子園で見た同期では東洋大姫路の弓岡のフィールディングが印象的でした。ショートでは西の弓岡、東の久保寺が定番でしたね。筆者は銚子商業のファンだったので宇野が3年夏の甲子園に出てくる前から知っていましたが。宇野が甲子園で見せた抜けたらサヨナラ負けという場面での三遊間奥深くの当りを逆シングルで捕えてワンモーションで一塁に刺したプレーは鮮明に覚えています。このプレーが中日のスカウトの目にとまりドラフトされたものでした。


 高木豊は高校時代は全く知らず、中央大学時代も印象になく、同期である事を知ったのもつい先日のことです。辻発彦も高校時代は全く知らず、同期である事を知ったのは色々調べていた今日のことです(笑)。高校時代の印象が最優先されるという事実を確認できました。











 

対決! その5



 最早度し難い状況に陥っています。素人からプロまで、誰しもが「混戦」を主張するヴィクトリアマイルにおける池江泰郎元調教師による「匠の視点」の予想は敢然と一番人気のスマートレイアーに二重丸を打ち、例によって撃沈しました。それだけでは飽き足らず、対抗は二番人気のホエールキャプチャ、三番手評価が三番人気のメイショウマンボと、臆面もなく人気順に印を打っていったのです。


 筆者が三連複の軸に考えたデニムアンドルビーは三着ストレイトガールから0.3秒差の七着に敗れましたので当ブログも撃沈しましたが、筆者はこのような混戦で一番人気を本命に推す人間の気が知れません。


 筆者が前日「ルーミンのたてがみ」に書いた予想は

「出走馬18頭中ディープインパクト産駒が7頭、ディープ祭りになりそうです。
 三連複ディープ7頭ボックスも考えましたがそれだとここで終わってしまうのでもう少し頭をひねりましょう(笑)。
 三連複の軸をデニムアンドルビーにします。全馬に印が付く混戦ですから一筋は総流しを入れたい。となれば、三連複3番デニムアンドルビー、残るディープ6頭+このレースに相性の良い中山牝馬ステークスの勝馬フールブライト、総流しのフォーメーション70点を本線とします(実際は91点=筆者注)。
 もう少しまともな予想としてデニムアンドルビーとウリウリの三連複二頭軸総流しも加えましょうか。
 このレースで本命印などを打っていては素人丸出しですね。そう言う筆者もデニムアンドルビーが来なければドボチンスキーですが。
 不吉な予感があります。井上オークスとウィニング競馬のキャプテンがデニムアンドルビーを本命にしています。この時点でほぼあきらめた方がいいのですが、井上オークスも10年に1回くらいは当たりますので初志貫徹といきます(笑)。」


でした。


 「匠の視点」のファンの方々におかれましては、人気順に決まるレースを待ち望まれていることとご察し申し上げます。筆者も人気順に決まるレースを否定するものではありません。筆者が人気順で決まると判断したレースにおいては筆者も人気順に印を打っていきます。但し、すべてのレースにおいて人気順に印を打っていく行為は「逃げ」であってリスクを取る「予想」とは認められず、単なる「オッズ」に過ぎないと断言できます。


 「匠の視点」様におかれましては、このような競馬ファンの真の声に聞く耳を持ち、精進されていくことを切に願っております。





*対戦成績 「さすらいの馬券師」2勝vs「匠の視点」0勝 2分け


 
 
 














 

16年 阪急vs南海 10回戦


10月2日 (木) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9  計
0 0 0 0 0 0 0 0 0  0 阪急 39勝24敗1分 0.619 笠松実
1 0 0 0 0 0 0 0 X  1 南海 28勝35敗 0.444 神田武夫

勝利投手 神田武夫 18勝11敗
敗戦投手 笠松実       9勝8敗

二塁打 (南)岩本

勝利打点 村上一治 8


神田武夫、価値ある完封

 南海は初回、先頭の国久松一が二遊間に内野安打、安井鍵太郎は四球を選び、岩本義行のバントヒットで無死満塁、村上一治の左犠飛で1点を先制する。これ以降この試合で得点は生まれなかった。

 南海先発の神田武夫はこの“スミ一”を守り抜いた。3回までは一人の走者も出さずパーフェクトピッチング。4回二死後ファースト村上の落球で初の走者を出すが黒田健吾を一ゴロに抑える。5回は二死後この日唯一の四球を森田定雄に与えるがここも伊東甚吉を中飛に抑えて無失点。6回は先頭の笠松実に初安打を中前に運ばれるが西村正夫を遊飛、フランク山田伝を投ゴロ、上田藤夫を三ゴロに退ける。7回は二死後日比野武に中前打を許すが森田を三振に打ち取り無失点。

 阪急は8回、一死後笠松がショートに内野安打、西村に代わる代打新富卯三郎は一邪飛に倒れるが、山田が左前打を放って二死一二塁とこの日初めてチャンスらしいチャンスを迎えるが、二走笠松がキャッチャー木村勉からの送球に三塁で刺されてタッチアウト。これがダブルスチールであれば無謀というもの、キャッチャー木村が弾いたのを見て笠松が三塁を狙ったのであれば致し方のないところでしょうか。スコアカードの記載だけでは笠松が木村からの送球に三塁でタッチアウトとなり、笠松に“盗塁失敗”が記録されている事実が分かるだけです。木村が弾いたのを見て笠松が三塁を狙い刺されたケースでも“盗塁失敗”が記録されることはあり得ますので“重盗失敗”とは断定できない。

 神田武夫は最終回も三者凡退に抑えて、4安打1四球3三振で今季5度目の完封、18勝目をあげる。早くもエースの風格が出てきた。


 阪急は7月26日に朝日の福士勇に完封され、翌27日に阪神の三輪八郎-若林忠志のリレーに零封されて以来シャットアウト負けがなかったが、9月28日の野口二郎に続いて2試合連続完封負け、この日の神田武夫のピッチングの前にはなす術もなかった。神田はこれで9月28日の阪神戦に続いて2試合連続完封、神田が真のエースへと脱皮して行く分水嶺となるこの日のピッチングには価値がある訳で、ストレートとドロップが冴えわたっていたのである。「神田武夫研究」には欠かせない試合となりました。


 なお、翌日の読売新聞は阪急のヒットを3本と伝えており、日比野武が3打数0安打となっていますが、事実は日比野は3打数1安打で阪急は4安打でした。スコアカードは各紙記者が独自に付けますので公式記録の失策が内野安打になったりするケースはありますが、日比野の中前打はスコアカードではセンターへのライナーの当りなので単純に読売新聞のミスではないかと考えられます。








*神田武夫は阪急打線を4安打完封、18勝目をあげる。













*神田武夫に4安打に封じ込められた阪急打線。
















 

16年 阪神vs大洋 10回戦


10月2日 (木) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 4 0 1 0 0 0 5 阪神 30勝33敗 0.476 若林忠志
0 1 1 0 0 0 0 0 0 2 大洋 38勝25敗1分 0.603 野口二郎 三富恒雄

勝利投手 若林忠志 13勝13敗
敗戦投手 野口二郎 20勝8敗

二塁打 (神)松下、皆川

勝利打点 村瀬一三 1


若林忠志、4回以降無安打ピッチング

 大洋は2回、先頭の野口二郎が三塁に内野安打、石井豊が送り、山川喜作は四球を選んで一死一二塁、村松長太郎の投ゴロを若林忠志は三塁に送球して二走野口二郎は三封、二死一二塁から佐藤武夫が中前に先制タイムリーを放って1-0とする。 

 大洋は2回、一死後濃人渉がバントヒット、森田実の右前打で一死一三塁、野口二郎の右犠飛で2-0とする。

 大洋先発の野口二郎に3回まで一人の走者も出せなかった阪神は4回、先頭の宮崎剛が左前にチーム初ヒット、森国五郎の遊ゴロで宮崎は二封、カイザー田中義雄の右前打で一死一二塁、松下繁二のレフト線二塁打で1-2、松木謙治郎は浅い右飛に倒れて二死二三塁、若林忠志が四球を選んで二死満塁、上田正が中前に同点タイムリーを放って2-2、村瀬一三が押出し四球を選んで3-2と逆転、皆川定之の三塁内野安打で1点追加して4-2とする。

 阪神は6回、一死後上田の遊ゴロをショート濃人がエラー、村瀬は遊飛に倒れるが皆川の右翼線二塁打で一走上田がホームに還り5-2とリードを広げる。

 大洋は7回の守りから野口二郎を下げて二番手として三富恒雄をマウンドに送り、三富は9回まで無失点で切り抜ける。


 阪神先発の若林忠志は2回、3回と2安打ずつを許して2失点であったが、4回以降は四球と遊失の二走者を出したのみで無安打ピッチング。結局、4安打2四球5三振の完投で13勝目をあげる。

 野口二郎は3回まで三者凡退を続けた。しかも9個のアウトのうちフライアウトが8個でその内内野フライが3個と阪神打線を寄せ付けなかったが4回に突然崩れた。大洋はこの日も苅田久徳現場監督が出場しておらず、チーム内の不協和音が徐々に成績の低下につながってきている。野口二郎も少しやる気をなくしてきているのでしょうか。


 村瀬一三が阪神に移籍後初打点を記録してこれが勝利打点となった。昭和16年9月25日付け読売新聞は「村瀬、阪神軍へ」の小見出しと共に「前名古屋軍内野手村瀬一三選手(二四)は24日阪神軍に移籍、聯盟へ登録された(背番号は2)」と伝えている。村瀬は9月27日の朝日戦に七番サードでスタメン出場、28日の南海戦、この日の大洋戦は八番サードで出場し、3試合とも三塁手としてフル出場している。阪神内野陣はセカンドの宮崎剛とショートの皆川定之は盤石であるがサードの野口昇がウィークポイントであった。名古屋ではシーズン途中に小西得郎監督が退団し、村瀬一三も行動を共にして燻ぶっていたところ、サードの弱点を補強しなければならない阪神と利害が一致したのである。したがって、「Wikipedia」に書かれている「遊撃手に皆川定之がいたため控えに回った」という記述(2014年5月18日現在)は誤りである。松木謙治郎著「タイガースの生いたち」に「遊撃に皆川がいたため三塁にまわった」と書かれているので誤解があるようですが、事実は当ブログ記載のとおりです。











 

2014年5月17日土曜日

ボヘミアン



 当ブログで時々書いているミュージックネタです。


 飛鳥涼の作詞と井上大輔の作曲による「ボヘミアン」は1982年に大友裕子に提供された楽曲ですが、一般的には83年の葛城ユキによるバージョンが有名です。飛鳥涼は“作曲家”とされていますがこの名曲では“作詞家”でした。


 飛鳥涼が「覚せい剤取締法違反(使用)の容疑で警視庁組織犯罪対策第五課に逮捕された」と伝えられています。筆者は飛鳥涼と同年生まれですが、人生の前半で栄華を極めてしまうと後半生など意味を持たなくなってしまうのしょうか。



 傷心を癒すため、今夜は「MY Mr.LONELY HEART」や「はじまりはいつも雨」を聞き返してみましょうか。


 犯罪者ネタはこれくらいにして、大友裕子の“傷心”は名曲ですね(笑)。













 

16年 朝日vs巨人 10回戦


10月2日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9  計
0 0 0 0 0 0 0 0 0  0 朝日 21勝43敗 0.328 山本秀雄
0 0 0 0 0 3 0 2 X  5 巨人 48勝16敗2分 0.750 中尾輝三

勝利投手 中尾輝三 18勝7敗
敗戦投手 山本秀雄   5勝14敗

二塁打 (巨)楠、呉

勝利打点 楠安夫 1


中尾輝三、1安打完封

 5回まで朝日は岩田次男の右前打1本、巨人は川上哲治の左前打2本で両軍無得点。朝日先発の山本秀雄、巨人先発の中尾輝三が流し打たれたヒットだけに抑える好投を続ける。

 巨人は6回、先頭の水原茂が四球を選んで出塁、千葉茂は三振に倒れるが川上が四球で一死一二塁、中島治康の遊ゴロで川上が二封されて二死一三塁、楠安夫が右中間に走者一掃の二塁打を放って2点を先制、平山菊二は四球、呉波が左前にタイムリーを放って3-0とする。

 巨人は8回、一死後平山が中前打から二盗に成功、呉が右中間に二塁打を放って4-0、中尾もピッチャー強襲ヒット、バックアップのセカンド戸川信夫がエラーする隙に三塁に達していた二走呉がホームに還って5-0とする。


 中尾輝三は3回以降を無安打ピッチング、結局1安打5四球10三振で今季6度目の完封、18勝目をあげる。


 中尾はこれまで2回ノーヒットノーランをやっているが、1回目の昭和14年11月3日セネタース12回戦は10四球6三振、2回目の昭和16年7月16日名古屋6回戦は7四球1死球5三振。本日は1安打を打たれたものの5四球10三振ということで、中尾輝三の投手人生では最高の投球内容であったかもしれない。









*中尾輝三はプロ野球生活最高の投球内容で1安打完封、今季18勝目をあげる。














*中尾に1安打に抑え込まれた朝日打線。