9月11日 (土) 西宮
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 阪急 19勝36敗2分 0.345 天保義夫
1 0 0 0 0 0 2 0 X 3 大和 25勝28敗4分 0.472 畑福俊英
勝利投手 畑福俊英 7勝5敗
敗戦投手 天保義夫 5勝12敗
二塁打 (急)天保
勝利打点 なし
畑福俊英、冴えるナックル
阪急は初回、大和開幕投手の畑福俊英を攻めて、先頭の中村栄が右前打で出塁、上田藤夫の遊ゴロでランナーが入れ替わり、山田伝の右前打で一死一二塁、松本利一の一ゴロが「3-6-3」と渡ってダブルプレー。
大和は1回裏、一死後木村孝平が四球から二盗に成功、金子裕が四球を選んで一死一二塁、小島利男はセンターライナーに倒れるが、高橋吉雄の遊ゴロをショート中村がエラー、この間に二走木村が還って1点を先制する。
この後7回表まで両軍無得点が続く。
大和は7回裏、先頭の小松原博喜が四球を選んで出塁、畑福が送りバントを決めて一死二塁、渡辺絢吾が死球を受けて一死一二塁、トップに返り岡田福吉が左前にタイムリーを放って2-0、木村孝平も左前にタイムリーで続き3-0として試合を決める。
畑福俊英は阪急打線を5安打に抑えて2四球7三振で今季3回目の完封、7勝目をあげる。かつては巨体からの剛速球を得意としていた畑福も戦場から帰還後はナックルボールを駆使する技巧派に転向した。この日は7奪三振で速球も冴えた。阪急打線は捕邪飛が1個、一飛が1個、一邪飛が2個、遊飛が2個、畑福のナックルにタイミングが合わなかったようだ。
大和の決勝点は敵失によるもので勝利打点は記録されないが、8回に貴重な追撃のタイムリーを放った岡田福吉と木村孝平が「並列の殊勲者」となった。この二人は戦死することとなる。木村孝平は永く消息が不明で「鎮魂の碑」にその名が刻まれずに「戦没野球人モニュメント」にリストアップされていたが、2015年に「鎮魂の碑」に加えられた。
専修大学出身の畑福俊英は戦争の時代を生き抜き、戦後は専修大学松戸高等学校(専大松戸)野球部黎明期の監督を務めることとなる。畑福監督の教えを受け継いできた専大松戸は、2015年に悲願の甲子園初出場を成し遂げた。
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