2013年1月14日月曜日

15年 セネタースvsライオン 8回戦 満州リーグ


8月7日 (水) 奉天 満鉄球場

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 計      
0 0 0 0 0 0 0 0 0  1  1 セネタース 36勝17敗7分 0.679 野口二郎
0 0 0 0 0 0 0 0 0  0  0 ライオン     16勝40敗3分 0.286 菊矢吉男

勝利投手 野口二郎 23勝6敗
敗戦投手 菊矢吉男   7勝15敗

勝利打点 佐藤武夫 4


野口二郎、今季7度目の完封で23勝目

 奉天では本日はセネタースがダブルヘッダーでライオンとタイガースと戦う。これだけ見るとセネタースに不利に見えますが、7月29日に全チームが奉天に到着して以降、タイガースは新京-大連-鞍山(中止)-新京-奉天と転戦しており推定移動距離は2,000キロ、ライオンは新京-鞍山(中止)-吉林(オープン戦)-奉天と転戦して推定移動距離は1,800キロ。一方、セネタースは奉天-新京を往復しただけで推定移動距離は600キロと九球団一の恵まれたスケジュールとなっています。


 セネタースは第一試合と第二試合のどちらに野口二郎を使うか注目を集めたがライオン戦に先発する。野口は肩を痛めているが、苅田久徳の自伝「天才内野手の誕生」によると「7月26日、吉林丸に乗船して満州へ移動する。その船中に、私がもぐり込ませた男がいた。・・・二郎の肩はほとんど半壊以上だった。そのとき、私にひらめいたのが“マッサージ”だった。大学時代から通っていた、そのマッサージ師に、二郎の肩の一部を任せようと思ったのだ。会社を口説いて、二百円特別出資してもらって、親子二人のマッサージ師をやとった。野口二郎専属治療係。いまでいうコンサルタントである。それがのちに、巨人軍のトレーナーとしてプロ野球に深くかかわることとなる小守親子だった。」とのことである。


 小守トレーナーの治療が効を奏したか野口二郎はライオン打線を無失点に抑える。初回、先頭の坪内道則に左前打を許すが戸川信夫を遊ゴロ併殺に打ち取る。2回は玉腰年男の中前打と広田修三の四球で二死一二塁とするが鬼頭政一を三振に打ち取る。3回~5回は三者凡退。6回、一死後坪内に左前打、村上重夫の三ゴロをサード横沢七郎が失して一死一二塁、しかし戸川、鬼頭数雄を連続二飛に打ち取る。7回は玉腰、菊矢吉男に連続中前打を許して無死一二塁、しかし広田の投前送りバントで玉腰を三封、鬼頭政一に代わる代打近藤久を三振、前田諭治を中飛に打ち取る。8回は二死から戸川に左前打を許すが鬼頭数雄を左飛、9回は三者凡退でここまで三塁を踏ませず無失点。

 菊矢吉男は野口以上の快投を見せた。9回までに許したヒットは6回の小林茂太の当り損ねの内野安打1本。四球も2個と快調なピッチングを見せて試合は0対0のまま延長戦に突入する。

 セネタースは10回、先頭の浅岡三郎が四球で出塁、柳鶴震が送って一死二塁、佐藤武夫の詰まった当りが三塁後方に落ちる間に浅岡が還って1点を先制する。

 野口二郎はライオンの10回裏の反撃を三者凡退に退けて5安打1四球4三振で今季7度目の完封、23勝目をあげる。菊矢吉男は10回を完投して2安打3四球6三振1失点、打たれたヒットは2本とも当り損ねであった。翌日の満州日日新聞は「菊矢にとっては真に不運な安打で、この日の2本の安打は何れも当り損ねたものばかり、これさえなければノーヒットノーランは疑いないものであった」と伝えている。









              *野口二郎は今季7度目の完封で23勝目をあげる。














     *当り損ねのヒット2本で勝利したセネタース打線。










 

15年 イーグルスvs阪急 8回戦 満州リーグ


8月7日 (水) 新京 児玉公園球場

1 2 3 4 5 6 7 8 9  計
3 1 0 0 0 0 0 0 0  4  イーグルス 29勝29敗4分 0.500 玉腰忠義 小野寺洋
0 1 0 0 4 4 1 0 X 10 阪急          33勝22敗4分 0.600 浅野勝三郎 森弘太郎 石田光彦

勝利投手 森弘太郎 20勝6敗
敗戦投手 玉腰忠義   1勝3敗

二塁打 (イ)清家、岡田、玉腰 (阪)黒田、山下好
三塁打 (イ)清家 (阪)上田、黒田

勝利打点 上田藤夫 4


黒田健吾、5打数3安打6打点

 イーグルスは初回、岡田福吉が四球で出塁、岩垣二郎は右飛に倒れるが杉田屋守が左前打、エンドランが掛かっており一死一三塁、中河美芳も一二塁間にエンドランを決めて1点を先制、送球の隙に中河も二塁に達して一死二三塁、玉腰忠義の三ゴロで三走杉田屋がホームを突くがサード黒田健吾からのバックホームにタッチアウト、二死一三塁から玉腰が二盗を決めて二死二三塁、谷義夫が中前に2点タイムリーを放って3-0とする。

 イーグルスは2回、清家忠太郎がセンター左奥に二塁打、山田潔は中飛に倒れるが、トップに返り岡田が左前にタイムリーを放って4-0とリードを広げる。

 阪急は2回裏、一死後上田藤夫が右中間に三塁打、新富卯三郎の左犠飛で1-4とする。

 3回、4回も1安打ずつ放ちながら無得点だった阪急は5回、先頭の浅野勝三郎が四球で出塁、トップに返り西村正夫も四球、フランク山田伝のバントが内野安打となって無死満塁、ここで黒田が左中間に走者一掃の二塁打を放って4-4の同点、井野川利春は四球、山下好一の投ゴロで井野川が二封されて一死一三塁、上田の二ゴロの間に三走黒田が還って5-4と逆転に成功する。

 リードを奪った阪急は6回から先発の浅野に代えて森弘太郎をマウンドに送り込む。

 阪急は6回、先頭の伊東甚吉が四球で出塁、森が送って一死二塁、トップに返り西村がバントヒットを決めて一死一三塁、山田の二ゴロをセカンド岡田が二塁に悪送球、三走伊東が還って6-4としてなお一死二三塁、黒田が左翼線に三塁打を放って8-4、井野川四球後、山下好一の右犠飛で9-4と突き放す。

 イーグルスは7回から先発の玉腰に代えて小野寺洋をマウンドに送る。

 阪急は7回、一死後森に代わる代打池田久之がピッチャー強襲ヒット、代走に田中幸男を起用、トップに返り西村が四球を選んで一死一二塁、山田の投ゴロで二走田中は三封、黒田が中前に三打席連続となるタイムリーを放って10-4とする。

 阪急は8回から石田光彦が登板して2イニングをぴしゃりと締めて快勝する。先発の浅野勝三郎が5回まで投げてその裏に逆転してもらいそのまま阪急が逃げ切っているので現行ルールであれば勝利投手は浅野に記録されるが、公式記録では森弘太郎に勝利投手が記録されて20勝目をあげる。


 黒田健吾が5打数3安打2得点6打点、二塁打1本、三塁打1本と爆発した。第三打席以降3打席連続タイムリーヒットであった。


 阪急7回の攻撃、一死一二塁からフランク山田伝の投ゴロで二走田中幸男が三封されたが、スコアカードには田中のアウトは「1C」と記録されている。投ゴロを捕球したピッチャー小野寺洋がそのまま三塁ベースに駆け込んで封殺した模様です。小野寺には刺殺1が記録されていますがこのプレー以外に刺殺の場面はありません。










*阪急7回の攻撃で二走田中幸男は二番山田の投ゴロで三封されたが「1C」と記録されている。ピッチャー小野寺洋が捕球してそのまま三塁ベースに駆け込んだようです。














     *黒田健吾が5打数3安打6打点を記録した阪急打線。











 

2013年1月13日日曜日

甲子園の石



 昭和15年8月7日の金鯱vsジャイアンツ戦でジャイアンツは澤村栄治-中尾輝三-スタルヒンという野球殿堂入り3投手による豪華リレーを見せました。2013年1月11日、今年度の野球殿堂入りが福島一雄、外木場義郎、大野豊と発表されています。


 福島一雄は1947年、48年に小倉中学、小倉高校のエースとして夏の甲子園二連覇を達成しました。学制改革により旧制中学から新制高校に変わる端境期のことです。47年の優勝は九州勢としたは初めてのことで、大和球士著「真説 日本野球史」昭和篇その五によると「初めて優勝旗が関門海峡を渡ったので、小倉駅前の人出は全くすごかった。車が通れないので、歩いて市中行進した」「大黒柱はなんといっても長身投手福島一雄(早大)であった。緩急自在の下手投げは、高校生投手としては完成の域に達した感があった」とのことです。


 福島一雄のエピソードとして知られるのは三連覇を狙った49年準々決勝で敗れた時のことです。甲子園の土をユニフォームのポケットに入れて持ち帰りました。現在にまで続く甲子園の土の元祖です。


 甲子園の土にまつわるエピソードとして必ず引き合いに出されるのが1958年首里高校の物語です。第40回記念大会のこの年は46都道府県及び沖縄代表の47代表が出場しました。沖縄はまだ「県」にはなっていません。沖縄代表として出場した首里高校は1回戦で敗れ、甲子園の土を持ち帰りましたがアメリカ統治下の沖縄では植物防疫法に抵触することからグラウンドに持ち帰ることはできませんでした。このニュースを聞いた日本航空の客室乗務員が「石なら大丈夫」ということで甲子園の石を首里高校に寄贈し、現在も首里高校の「友愛の碑」に埋め込まれています。



*沖縄に行った時、首里高校を訪問して撮影させていただきました。携帯カメラだったので写りは悪いかもしれませんが。








 

15年 金鯱vsジャイアンツ 9回戦 満州リーグ


8月7日 (水) 新京 児玉公園球場

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 2 0 0 2 1 0 0 5 金鯱             15勝39敗7分 0.278 古谷倉之助 内藤幸三 長尾貞利
2 0 0 0 3 2 0 1 X 8 ジャイアンツ 42勝20敗 0.677 澤村栄治 中尾輝三 スタルヒン

勝利投手 スタルヒン 20勝11敗
敗戦投手 古谷倉之助 4勝12敗

二塁打 (金)濃人2、五味、室脇、柴田、黒澤 (ジ)中島
三塁打 (ジ)川上、呉

勝利打点 川上哲治 11


豪華リレー

 8月4日の大連での阪急戦以来の試合となるジャイアンツは初の新京での試合となった。但し、8月5日に吉林でライオンとの帯同試合(オープン戦)が組まれていたという記録もあります。確認は取れていませんが吉林は新京から東に約100キロの所なので日程的には可能性があります。4日の試合終了後、新京まで700キロを夜行列車で北上し、当日の昼前に吉林入りしている可能性が考えられます。ライオンは4日に鞍山でダブルヘッダーの予定があり雨のため中止となっていますが2日の新京の試合後3日には鞍山入りしているはずなので4日の試合中止が決まって鞍山から約100キロ北の奉天に行き、奉天から夜行列車で300キロ北上して新京に入り、吉林には当日の昼前に着いて夕方のオープン戦に臨んだ可能性が考えられます。ライオンは7日に奉天でセネタース戦が予定されていますので6日に吉林から新京、新京から奉天まで約400キロを移動しているはずです(以上、1月2日付けブログ「満州リーグ エトセトラ ①」に掲載した地図を参照してください。この地図には鞍山は出ていませんが大連から北に約300キロ、奉天から南に約100キロの大連と奉天の間に位置します。)。


 ジャイアンツは初回、一死後水原茂が死球で出塁、千葉茂の二ゴロでランナーが入れ替わり千葉が二盗に成功、川上哲治が四球を選んで二死一二塁、中島治康が右翼をライナーで襲う二塁打を放ち二者を迎え入れて2点を先制する。

 1日のイーグルス戦では9回一死まで無安打無得点をやってのけた澤村栄治はこの日はぴりっとせず、初回二死後濃人渉に左中間二塁打を許した場面は黒澤俊夫を右飛に打ち取ったが3回に捕まった。

 金鯱は3回、一死後佐々木常助の遊ゴロをショート白石敏男がエラー、トップに返り五味芳夫が中越えに二塁打を放って1-2、森田実の左翼線ヒットで一死一三塁、濃人の右犠飛で2-2の同点に追い付く。

 澤村は4回、一死後古谷倉之助に左前打を許すが柴田多摩男を二ゴロ併殺に打ち取る。5回は二死後五味に四球を与えて二盗を許すが森田を二ゴロに打ち取る。

 ジャイアンツは5回裏、二死後水原が左前打で出塁してワイルドピッチで二進、千葉が四球を選んで二死一二塁、川上が中越えに三塁打を放って4-2と勝ち越し、中島が中前にタイムリーを放って5-2とする。

 金鯱は6回、一死後黒澤が四球で出塁、室脇正信が左中間にタイムリー二塁打を放って3-5、送球の間に室脇は三塁に進み、古谷は三ゴロに倒れるが柴田が左翼線に二塁打を放って4-5、漆原進は四球、佐々木も四球を選んで二死満塁、ジャイアンツベンチはここで澤村をあきらめて中尾輝三をリリーフに送る。中尾は五味に対して一球、二球とボール、ツーボールナッシングとなったところでジャイアンツベンチは中尾を下げて三番手としてスタルヒンを投入する。スタルヒンは五味を三振に仕留めてスリーアウトチェンジ。現行ルールでは中尾は一人に対して投球完了しなければ降板できませんのでスタルヒンのリリーフは許されません。

 ジャイアンツは6回裏、先頭の白石敏男が右前打、平山菊二が中前打で続いて無死一二塁、吉原正喜の投ゴロで白石は三封、ここで重盗を決め、スタルヒンは三振に倒れて二死二三塁、トップに返り呉波が左中間に三塁打を放って7-4と突き放す。

 今季対戦成績5勝3敗とジャイアンツ戦に自信を持つ金鯱は7回、一死後濃人が左中間にこの日2本目の二塁打、黒澤も左中間に二塁打を放って5-7と追い上げる。

 ジャイアンツは8回、先頭の呉が四球で出塁するとボークで二進、水原は三ゴロに倒れるが千葉が中前にタイムリーを放って8-5とする。

 金鯱の反撃を抑えたスタルヒンは3回3分の1を3安打無四球3三振1失点に抑えて20勝目をあげる。先発の澤村栄治がリードを保ったまま5回3分の2で降板してその後ジャイアンツは同点に追い付かれていないので現行ルールでは澤村に勝利投手が記録されるが、公式記録ではスタルヒンに勝利投手が記録された。


 当ブログの古い読者であればノーツーからのスタルヒンリリーフの場面を見て昭和12年春、5月30日のタイガースvsジャイアンツ6回戦を思い起こされたことでしょう。3対3の同点で迎えた8回表、一死二三塁で松木謙治郎という場面で先発の前川八郎を下げてスタルヒンがリリーフに登板するがボールが3つ続いてノースリーとなり、澤村栄治が三番手としてリリーフに登場、初球ストライクでワンストライクスリーボールとなるが松木に決勝のスリーンホームランを打たれました。当時は一人に投球完了していなくても投手交代が許されていたようです。


 ジャイアンツは澤村栄治-中尾輝三-スタルヒンと殿堂入り投手3人による豪華リレーで苦手金鯱を降してシーズン通算首位の座を奪還した。










                *ジャイアンツは豪華リレーで苦手金鯱を降した。












             *中尾輝三が2球投げただけで降板した場面。















*「交代欄」には中尾からスタルヒンへのスイッチが記録されている。翌日の読売新聞には「中尾も2ボールを投げたのみで退き」、翌日の満州日日新聞には「中尾は満塁の灘場をボール二つを投じたのみで更にスタルヒンに引き継いで」と書かれています。










 

15年 第15節 週間MVP


 満州リーグの開幕週となった今節はセネタースが1勝0敗2分、タイガースが3勝1敗、ジャイアンツが3勝2敗、名古屋が2勝2敗1分、金鯱が2勝2敗、ライオンが1勝1敗、阪急が1勝1敗、イーグルスが1勝3敗1分、南海が1勝3敗であった。全チームが片目を開けたことになる。

 夏季シリーズ通算ではセネタースが17勝6敗4分7割3分9厘で首位の座をキープ、ジャイアンツ が20勝9敗6割9分、タイガースが16勝10敗2分6割1分5厘で追っている。

 今季通算ではセネタースが35勝17敗7分6割7分3厘で首位、ジャイアンツが41勝20敗6割7分2厘の僅少差で追っている。





週間MVP

投手部門

 タイガース 三輪八郎 1

 8月2日のジャイアンツ戦でノーヒットノーランを達成する。




打撃部門

 金鯱 漆原進 1

 今節4試合連続ヒットで15打数7安打3得点1打点1、二塁打1本を記録して好調金鯱の象徴となっている。


 タイガース 森国五郎 1

 今節13打数6安打2打点、三塁打1本を記録する。8月1日のタイガース戦では4打数4安打、6日の南海戦では決勝三塁打を放って勝利打点。







殊勲賞

 金鯱 濃人渉 1

 7月31日のジャイアンツ戦で3打点を記録する。


 金鯱 室脇正信 2

 6日の南海戦で3打点を記録する。




敢闘賞

 金鯱 中山正嘉 1

 今節2勝をあげて好調金鯱を引っ張る。


 名古屋 岡本敏男 1

 プロ入り初登板となった6日のセネタース戦で延長11回を完投して無失点。




技能賞

 満鉄 猪子理事 1

 7月31日の始球式でストライク投球を見せて満州リーグの幕を開ける。猪子理事はかつての満鉄の名選手で満鉄野球部の発展に寄与したことで知られる。始球式では白球に大村卓一満鉄総裁がサインを入れて猪子理事に渡し、キャッチャー松元三彦のミットにストライク投球したと伝えられている。戦後は悲劇的な最期を迎えた大村総裁とは対照的に戦後の日本球界にも足跡を残している。猪子一到は、1958年に三宅大輔と共にアーサー・マン著「ウィニングベースボール」を翻訳し、松竹ロビンスや近鉄パールスの球団経営にも参画することとなる。




 イーグルス 玉腰忠義 1

 1日のジャイアンツ戦では投手として「1-6-3」、「1-2-3」、「L・1-3」と3度の併殺を完成。4日の名古屋戦ではランナー三塁で捕逸を素早くホームベースカバーして「2-1」でタッチアウトにするなど好守備を連発する。



 ジャイアンツ 中島治康 1

 1日のイーグルス戦で単独ホームスチールを決める。
















 

2013年1月12日土曜日

15年 名古屋vsセネタース 8回戦 満州リーグ


8月6日 (火) 奉天 満鉄球場

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0  0   0   0 名古屋    32勝24敗5分 0.571 岡本敏男
0 0 0 0 0 0 0 0 0  0   0   0 セネタース 35勝17敗7分 0.673 浅岡三郎

二塁打 (セ)苅田

勝利打点 なし


岡本敏男-浅岡三郎の投げ合い

 ダブルヘッダーの第二試合となる名古屋はプロ入り初登板の岡本敏男が先発、セネタースは浅岡三郎で応戦する。

 名古屋は4回まで毎回安打。2回は二死二三塁で岡本が三振、3回は先頭の石田政良が左前打を放つが後続なく、3回も先頭の三浦敏一が右前打で出塁するが服部受弘の三ゴロは「5-4-3」と渡ってダブルプレー。

 セネタースも試合巧者らしくない攻撃が続いた。1回、先頭の苅田久徳が左失で二塁に進むが横沢七郎の遊飛に飛び出してダブルプレー。スコアカードの記録では「f6」で遊飛となっているが翌日の満州日日新聞ではショートライナーとなっている。ハーフライナーの場合は遊飛か遊直か判断は難しい。苅田の判断も難しい当りだったのでしょう。3回は織辺由三、苅田が連続四球、横沢左飛後、パスボールで一死二三塁とするが野口二郎は三振、小林茂太は中飛に倒れる。4回も先頭の山崎文一が左前打を放つが柳鶴震の三ゴロは「5-4-3」と渡ってダブルプレー。6回は先頭の横沢が左前打を放ち野口が送って一死二塁とするが小林は三ゴロ、山崎は一ゴロに倒れる。

 名古屋は9回、一死後大沢が三塁への内野安打で出塁するが吉田の遊ゴロは「6-4-3」と渡ってダブルプレー。

 セネタースは10回、先頭の佐藤武夫が左前打を放つが浅岡の送りバントは小フライとなってピッチャー岡本が捕って「1-3」と送られてダブルプレー。

 名古屋は11回、先頭の桝嘉一の三邪飛をサードサード横沢が落球して桝は命拾い、横沢にはエラーが記録され、桝が左翼線にヒットを放って無死一塁、きなくさい感じが漂ったが岡本の送りバントは小飛球となってピッチャー浅岡が捕球して一塁に送球するがこれをファースト野口が落球、帰塁した一走桝はこれを見て二塁に走るが白球を拾い上げた野口二郎から二塁ベースカバーのショート柳に送球されてタッチアウト。この場合は進塁が無いので野口にはエラーは記録されない。

 セネタースは11回裏、先頭の苅田が左中間に二塁打、横沢は四球で無死一二塁、しかし野口は投飛、小林は二飛、山崎は三振に倒れて延長11回、0対0で引き分く。


 プロ入り初登板の岡本敏男は11回を完投して6安打5四球5三振無失点であった。一方、浅岡三郎は11回を7安打2四球4三振無失点であった。






        *プロ入り初登板の岡本敏男と浅岡三郎の投げ合いを伝えるスコアカード。









 

15年 名古屋vs阪急 8回戦 満州リーグ


8月6日 (火) 奉天 満鉄球場

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
3 0 0 0 0 0 0 0 0 3 名古屋 32勝24敗4分 0.571 松尾幸造 村松幸雄
0 0 0 0 0 2 2 0 X 4 阪急    32勝22敗4分 0.593 石田光彦 森弘太郎

勝利投手 森弘太郎 19勝6敗
敗戦投手 村松幸雄 13勝8敗

勝利打点 井野川利春 4


井野川利春、逆転タイムリー

 翌日の満州日日新聞は「久方ぶりに仰ぎ見る燦々たる陽光に立錐の余地すらなき大観衆」を集めたと伝えている。満州リーグは連日超満員で興行的には成功をおさめたと伝えられている。

 阪急は神戸から大連に向かう吉林丸船内で発病して4日のジャイアンツ戦を欠場したフランク山田伝が療養先の大連から奉天に駆けつけて二番センターで出場する。

 名古屋は初回、先頭の石田政良が左翼線に二塁打、村瀬一三が送って一死三塁、ワイルドピッチで石田が生還して1点を先制する。大沢清が四球で出塁、吉田猪佐喜が中前打を放って一死一二塁、桝嘉一の遊ゴロをショート上田藤夫がエラーする間に二走大沢が生還して2-0、一走吉田は三塁に達して一死一三塁、桝がディレードスチールを試みるとピッチャー石田光彦からの送球をセカンド伊東甚吉が落球する間に桝が二塁に進んで一死二三塁、三浦敏一の遊ゴロで三走吉田はホームを突くがショート上田からのバックホームにタッチアウト、二死一三塁から重盗を決めて桝が生還、3-0とする。

 5回まで名古屋先発の松尾幸造から4安打4四球を奪いながら無得点だった阪急は6回、先頭の井野川利春が左翼線に二塁打、山下好一のライトライナーをライト吉田が落球する間に二走井野川が一挙生還して1-3、新富卯三郎が送って一死二塁、中島喬の三ゴロをサード芳賀直一がエラーする間に二走山下好一が一挙生還して2-3と追い上げる。名古屋ベンチはここで先発の松尾から村松幸雄にスイッチ、伊東に代わる代打浅野勝三郎は右飛、石田は二飛に倒れてスリーアウトチェンジ。

 名古屋は7回、先頭の石田が中前打で出塁、阪急ベンチはここで先発の石田をあきらめて森弘太郎をリリーフに送る。村瀬が送って一死二塁、しかし大沢は投ゴロ、吉田は遊ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。

 阪急は7回、先頭の黒田健吾が四球から二盗に成功、山田が中前打から二盗を決めて無死二三塁、上田は浅い右飛に倒れて一死二三塁、井野川が中前に殊勲の逆転タイムリーを放って4-3と試合をひっくり返す。

 森弘太郎は3イニングをパーフェクトリリーフ、無安打無四球1三振無失点で19勝目をあげる。病気欠場から復帰したフランク山田伝は4打数3安打1得点1盗塁の活躍を見せた。









            *森弘太郎は3イニングをパーフェクトリリーフで19勝目をあげる。












     *フランク山田伝が復帰、井野川利春が決勝の逆転タイムリーを放った阪急打線。