昭和22年第20節、前節まで196打数36安打で打率1割8分4厘だった松井信勝が15打数7安打を記録して敢闘賞を獲得。前節まで2本だった二塁打を3本放つ活躍を見せた。
この兆候は前節にあった。8月21日の中日戦と25日の金星戦で勝利打点を記録して殊勲賞に輝いていたのである。
松井は台湾の出身で嘉義中学時代は1937年と1939年の夏の甲子園に出場。
1937年の嘉義中学は台湾大会決勝で台北商業を7対6の激戦の末破って甲子園出場。松井はまだレギュラーではなく、代打で1打数0安打であった。
1939年の嘉義中学は台湾大会決勝で嘉義農林を4対0で破って甲子園出場。松井は二番ショートで活躍する。甲子園大会初戦は剛腕嶋清一を擁する海草中学と対戦、嶋に2安打完封で敗れた。松井は4打数無安打で、甲子園でヒットを放つことはできなかった。
早稲田大学を経て1946年にパシフィックに入団、272打数65安打で打率2割3分9厘の好成績であったが、打撃面での活躍はほとんど報じられることはなかった。
松井信勝は今季終盤に歴史に残る大記録を樹立することになる。前節と今節の活躍が直接結びつく記録ではないが、球史では無名の松井信勝の活躍にも注目していただきたい。
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