2011年8月20日土曜日

インタビュー

 読売新聞の論評が鈴木惣太郎に一本化されてから、インタビュー形式がとられていることはお伝えしているとおりです。これまで配信していない中で面白そうな記事をご紹介します。


4月3日付け、イーグルスvs南海1回戦試合前の鶴岡一人へのインタビュー

問「トレーニングが遅れたと見えて未だ当りが出ませんね。それにしても六大学の投手と職業野球の投手と、何か大きな相違点でも発見していますか?」

答「打てないのは未だ慣れないからだと思います。例えば六大学の方では投手の投球は一球毎に可成り時間がかかりますから、打者にとっては次の球の性質を考える余裕があるので非常に楽です。
 それから投手の球の速さですが、こちらの方が断然早いです。たとえば菊矢君、御園生君なんぞのような速い球は六大学では味わった事のないものです。」

問「守備はどうですか?」

答「タイガースなど断然優秀だと思いますが、昨年度の明治のあの内野守備の豪華堅固であったことを考えてみると、概して甲乙はつけられないと思います。」

問「打撃は?」
答「断然六大学より凄いです。」



 当時のプロと六大学のレベルを比較する上で、貴重な証言ではないでしょうか。12年、13年、14年と、年々レベルが上がってきているのではないかというのは、実況中継の筆者も感じているところです。

14年 タイガースvs南海 3回戦

4月14日 (金) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
2 3 0 0 1 0 0 0 2 8 タイガース 8勝6敗1分 0.571 木下勇 青木正一 西村幸生 若林忠志
4 0 0 0 0 0 1 0 0 5 南海     4勝9敗1分 0.308 宮口美吉 政野岩夫


勝利投手 青木正一 1勝0敗
敗戦投手 政野岩夫 2勝4敗
セーブ   若林忠志 1

二塁打 (南)岡村
三塁打 (タ)富松

新四番・富松信彦

 タイガースは四番に富松信彦を起用する。記憶だけを頼りにすると、昭和12年以降タイガースの四番は景浦将、山口政信、松木謙治郎、藤村富美男(昭和13年日本選手権)だけか、藤井勇もあったかもしれません。


 タイガースは初回、先頭の松木謙治郎が右前打から二盗、ジミー堀尾文人が右前打から二盗を決めて無死二三塁、三番・景浦将は捕邪飛に倒れて一死二三塁、富松が左前に先制タイムリーを放って四番の仕事を果たす。更に伊賀上良平も左前にタイムリーで続きこの回2点を先制する。

 南海は1回裏、先頭の平井猪三郎が四球を選んで出塁、国久松一が中前打を放って無死一二塁、岡村俊昭が左中間に同点タイムリー二塁打を放って2-2とすると、タイガースベンチは早くも先発の木下勇を下げて二番手に青木正一をマウンドに送る。鶴岡一人四球で無死一二塁、青木がボークを犯して無死二三塁、吉川義次の右犠飛で3-2と逆転、中村金次が右前にタイムリーを放って4-2とする。続く小林悟楼の三ゴロは5-4-3と渡ってスリーアウトチェンジ。

 タイガースは2回、先頭の青木が四球、皆川定之が左前打を放って無死一二塁、南海も先発の宮口美吉を下げて政野岩夫をリリーフに送る。トップに返り松木が右翼線にタイムリーを放って3-4、堀尾は四球で無死満塁、景浦は遊飛に倒れて一死満塁、富松の一ゴロをファースト中村がバックホームするがセーフ、野選となって4-4の同点、伊賀上の中犠飛で5-4と逆転、堀尾もタッチアップから三塁を狙うが中継のショート平井がホームをあきらめ三塁に送球してタッチアウト。

 序盤は点の取り合いとなったが両軍の二番手ピッチャーが好投を見せて試合は落ち着きを取り戻す。

 タイガースは5回、一死後富松がセンター左奥に三塁打、伊賀上が二打席連続となる中犠飛を打ち上げて6-4と貴重な追加点。

 南海は7回、先頭の山尾年加寿の遊ゴロをショート皆川がエラー、一死後国久の右飛で一走山尾はタッチアップから二塁に進み二死二塁、岡村の右前打をライト松広金一が弾く間に山尾が還って5-6。記録はワンヒットワンエラーで岡村に打点は記録されていない。

 タイガースは9回、先頭の富松が四球で出塁、伊賀上が送って本堂保次の二ゴロをセカンド国久が失して一死一三塁、本堂が二盗を決めて一死二三塁、松広に代わる代打御園生崇男の三ゴロに三走富松がホームを突くがサード鶴岡からのバックホームにタッチアウトとなって二死一三塁、ここでダブルスチールを決めて本堂が生還し7-5、若林忠志が中前にダメ押しタイムリーを放って8-5とする。

 タイガースは3回~7回を1失点に抑えた青木正一の後、8回から西村幸生、9回は西村の代打に出てタイムリーを放った若林が四番手としてマウンドに上がる小刻みな継投を見せて逃げ切る。タイガースの新四番・富松信彦は4打数2安打2打点、三塁打1本の活躍を見せる。




14年 名古屋vs阪急 2回戦



4月14日 (金) 甲子園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 0 1 0 0 0 0 0 2 名古屋 4勝7敗2分 0.364 松尾幸造 村松幸雄
0 0 0 1 0 0 0 2 X 3 阪急   8勝4敗   0.667 荒木政公 高橋敏



勝利投手 高橋敏  4勝0敗
敗戦投手 村松幸雄 2勝1敗

三塁打 (阪)上田


高橋敏、完璧リリーフ


 名古屋は2回、加藤正二が右前打、大沢清の右翼線ヒットで無死一三塁、中村三郎の三塁内野安打で三走加藤は動けず無死満塁、芳賀直一の遊ゴロで加藤が本封されて一死満塁、ここでピッチャー荒木政公がワイルドピッチを犯し大沢が還って1点を先制する。この後服部受弘、松尾幸造は連続三振でスリーアウトチェンジ。

 名古屋は4回、中村が左前打、芳賀が右前打、服部が左前にタイムリーを放って2-0とする。


 阪急は4回裏、上田藤夫、伊東甚吉が連続四球、田中幸雄の一塁線送りバントはファースト中村からサード大沢に送られて上田は三封、石井武夫の右前打で一死満塁、名古屋はここで先発の松尾をあきらめて村松幸雄をリリーフに送るが荒木政公に代わる代打黒田健吾が押出し四球を選んで1-2とする。続く西村正夫の中飛に三走田中はタッチアップからホームを狙うがセンター桝嘉一からのバックホームにタッチアウトとなりスリーアウトチェンジ。

 阪急は先発の荒木に代打を出したので二番手として高橋敏が登場。高橋は5回以降名古屋打線を無安打1四球に封じ込む。

 高橋の好投に応えたい阪急は8回、走者を出しながら無得点に抑えられていた村松から先頭の上田が左中間に三塁打、ここで阪急ベンチは伊東に代えて代打森弘太郎を起用する。森は期待に応えて中前に同点タイムリーを放って2-2、殊勲の森の代走に浅野勝三郎を起用、高橋が送って一死二塁、石井の遊ゴロをショート芳賀がエラーして一死一三塁、黒田の二ゴロの間に代走浅野が生還、これが決勝点となって阪急が3A対2で名古屋に逆転勝ち。


 石井武夫がラッキーボーイとなり、黒田健吾が無安打で2打点、意表をついた代打森弘太郎が殊勲の同点タイムリーと意外な活躍が目立った阪急にあって、何と言っても二番手・高橋敏が5イニングを無安打1四球無失点に抑える好リリーフを見せたことが最大の勝因であった。高橋は今季四度目の登板で4勝目。ここまで2完封を含み26回3分の1を投げて失点ゼロ、防御率0.00を続けている。







               *高橋敏が好リリーフを見せる。

2011年8月18日木曜日

14年 イーグルスvsセネタース 3回戦

4月14日 (金) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 イーグルス 4勝9敗1分 0.308 亀田忠
0 0 1 0 0 0 0 0 X 1 セネタース 8勝5敗    0.615 野口二郎


勝利投手 野口二郎 3勝2敗
敗戦投手 亀田忠  3勝4敗

二塁打 (セ)苅田
三塁打 (セ)横沢

野口二郎、1安打無四球完封

 いよいよ野口二郎が大投手としての道を歩み始めた試合として記憶されるべきゲームであった。


 セネタースは3回、二死後横沢七郎が右中間に三塁打、センター寺内一隆からの返球を中継に入ったショート山田潔が逸らす間に横沢は三塁ベースを蹴って一気にホームイン、1-0とする。

 本日の野口二郎にはこの1点で十分であった。野口は1安打無四球7三振の完封で3勝目をあげる。野口の許した1安打は7回、現在川上哲治に次いで打率二位の中河美芳が放った左前打であった。

 亀田忠も6安打2四球2三振のピッチングを見せたが相手が悪かった。


 野口二郎は自伝でこの試合には触れておらず、約半年後の10月21日にやった金鯱11回戦での1安打ピッチングについては書いている。

 翌日の読売新聞には「絶好のコントロールをもって抉り込むインシュートと一転して外角を衝く快速球の使い分けにイーグルスの打者を毎回3者ずつきれいに退けて7回二死に及んだが・・・」と書かれている。4回一死後太田健一の二ゴロを名手苅田久徳監督がエラーしたが中河を6-4-3の併殺に打ち取り、7回二死後中河に唯一の左前打を許した訳である。

 私事で恐縮ではありますが、大学時代(東京六大学準硬式野球リーグ戦です、念のため)、法政戦で1安打ピッチングをやられた時、唯一のヒットを打ったことがあります。殊勲打の記憶はあまりありませんが、通算37安打の中で最大の殊勲打だったかもしれません。


     *野口二郎に1安打に抑え込まれたイーグルス打線。










               *野口二郎は1安打無四球完封














































14年 名古屋vsタイガース 2回戦






4月12日 (水) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 1 2 0 0 3 名古屋   4勝6敗2分 0.400 村松幸雄
2 0 0 0 0 0 0 1 0 3 タイガース 7勝6敗1分 0.538 三輪八郎 御園生崇男


二塁打 (名)大沢、中村 
三塁打 (タ)門前

桝嘉一、好走塁

 タイガースは初回、先頭の富松信彦は二ゴロに倒れるがジミー堀尾文人が四球を選んで出塁、景浦将がセンター左にヒット、松木謙治郎の二ゴロをセカンド村瀬一三がエラーして一死満塁、伊賀上良平の右犠飛で1点を先制、本堂保次の右前タイムリーで2-0とする。



 タイガース先発・三輪八郎は立ち上がり連続四球で心配されたがその後は抑えて4回に大沢清に許した右翼線ヒット1本で無失点に抑える好投を見せる。



 名古屋は5回、一死後服部受弘中前打、村松幸雄右前打で一二塁、鈴木秀雄に代わる代打石田政良の二ゴロの間に二者進塁して二三塁、村瀬が四球を選んで二死満塁、タイガースベンチはここで三輪をあきらめて御園生崇男がリリーフで登板、桝嘉一は三振に倒れる。



 名古屋は6回、一死後大沢が右翼線に二塁打、二死後芳賀直一が右前にタイムリーを放って1-2とする。



 名古屋は7回、二死後村瀬が中前打から盗塁、桝が四球を選んで二死一二塁、加藤正二の右前打で二走村瀬がホームに還り2-3、更に一走桝も二塁、三塁ベースを蹴って一気にホームを陥れる好走塁を見せて3-2と逆転に成功する。加藤にはこのシングルヒットで2打点が記録されている。



 タイガースは8回、一死後伊賀上が四球で出塁、二死後広田修三に代わる代打門前真佐人が右中間に三塁打を放って3-3の同点とする。



 結局9回を終わって3対3。この試合は4時40分の開始で現在6時19分、恐らく日没であろう、引分けに終わった。




*桝嘉一は加藤正二の右前打で一気に一塁からホームを陥れる。






































14年 ライオンvs阪急 2回戦




4月12日 (水) 甲子園




1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
2 0 1 0 0 0 0 0 1 4 ライオン 5勝5敗3分 0.500 福士勇 近藤久
2 1 3 0 0 0 2 0 X 8 阪急   7勝4敗   0.636 石田光彦 浅野勝三郎


勝利投手 浅野勝三郎 1勝1敗
敗戦投手 福士勇    2勝2敗

二塁打 (ラ)室井 (阪)山下実3
三塁打 (ラ)水谷、玉腰 (阪)石井

山下実、二塁打3本

 ライオンは初回、先頭の坪内道則が四球で出塁、西端利郎は中飛に倒れるが水谷則一が右中間に三塁打を放ち坪内を迎え入れて1点を先制、鬼頭数雄の右前タイムリーで2-0とする



 阪急は1回裏、一死後フランク山田伝が中前打で出塁、山下実が豪快に中越え二塁打を放ち山田が還って1-2、山下好一の中前打をセンター坪内が弾く間に山下実が還って2-2の同点とする。守備の名手として名高い坪内のエラーは活字媒体ではなかなか伝わりませんが、スコアブックは嘘をつきません。山下好一には打点は記録されておりません。



 阪急は2回、伊東甚吉、下村豊が連続四球、石井武夫の投前送りバントをピッチャー福士勇が三塁に送球するがセーフ、犠打野選となって無死満塁、石田光彦は二飛に倒れて一死満塁、トップに返り西村正夫の三ゴロ併殺崩れの間に三走伊東が還って3-2とする。サード中野隆雄は「5-4-3」を狙ったが西村の足を考えれば「5-2-3」を狙うべきでしょう。



 ライオンは3回、一死後室井豊が左中間に二塁打、玉腰年男が右翼線に三塁打を放って3-3の同点に追い付く。阪急ベンチはここで先発石田をあきらめて二番手に浅野勝三郎を投入、中野は捕邪飛、松岡甲二は一直に倒れてリリーフ成功。



 阪急は3回、先頭の山下実が右中間に二塁打、山下好一の遊ゴロで実が三塁に走り、ショート松岡は三塁に送球するがセーフ、野選となって無死一三塁、上田藤夫が中前にタイムリーを放って4-3、パスボールで無死二三塁、二死後石井が中越えに三塁打を放って6-3とする。



 序盤戦の点の取り合いから打って変わって中盤戦は投手戦が続く。

 阪急は7回、二死後石井が左前打で出塁、浅野の右前打をライト水谷が後逸する間に石井は一気にホームを陥れて7-3、浅野も三塁に進み西村の左前タイムリーで還って8-3と突き放す。



 ライオンは9回、代打岡本利之、代打菊矢吉男が連続内野安打、坪内の左前タイムリーで4-8とするがここまで。




 山下実が二塁打3本と豪打を見せた。しかも中越え、右中間、左中間と打ち分けています。山下実のサインは持っていませんのでご披露できませんが、千葉県下総中山にある「吉澤野球博物館(吉澤野球史料保存館)」で見ることができます。JR総武線・下総中山駅を北口に降りて、通りに出たら千葉方向に右折して5分ほどで左側にあります。車で行かれる方は駐車場がありませんので近くのファミレスの有料駐車場を利用することになりますが通りの反対側ですのでご注意ください。昭和初期の東京六大学野球全盛期の資料においては、野球体育博物館など眼中にないくらいの豊富な品揃えにびっくりされると思います。澤村栄治のアメリカ遠征時に用いたパスポートも展示されています





               *山下実が二塁打を3本放った。











600号・300セーブ

 本日ジム・トーミが史上八人目となる600号本塁打を放ちました。

 2007年シーズンには500本塁打クラブ入りが四人達成されると言われていました。2006年シーズン終了時点でフランク・トーマスが487本、ジム・トーミが472本、マニー・ラミレスが470本、アレックス・ロドリゲスが464本という状況だったからです。

 最も堅いのが全盛期にあったアレックス・ロドリゲス、次にやや下降線に入ってきたとは言えマニー・ラミレス、その次があと13本に迫ったフランク・トーマス、ジム・トーミが一番危ないのではないかと見られていました。

 結果はご存じのとおり、6月28日にフランク・トーマスが到達、続いて8月14日にアレックス・ロドリゲスが36号を放って到達、9月16日にジム・トーミが到達しました。9年連続30本塁打以上、その9年間に361本を放っていたマニー・ラミレスはこの年20本に終わり、翌年到達しています。

 フランク・トーマスは翌年8本塁打に終わり、通算521号でキャリアを終了しました。ジム・トーミも既に37歳になっており、そろそろ終わりかなという感じで見ていました。

 ところがここからトーミが本領を発揮します。毎年のように所属チームを変えながらしぶとく生き延び、500本到達時にはだれも予想していなかった600本に到達した訳です。





 かつてのセントルイス・カージナルスの絶対的守護神、ジェイソン・イズリングハウゼンが通算300セーブに到達しました。2006年シーズン終盤、故障のため戦列を離脱し、トニー・ラルーサ監督はアダム・ウェインライトを後継クローザーに抜擢してカージナルスがワールドチャンピオンに輝きました。

 先発ピッチャーは手術後も復活することはよくありますが、クローザーの場合、手術からの復活は極めて難しい。引退したものとばかり思っていたイズリングハウゼンがニューヨーク・メッツのリリーフ陣に名を連ねているのを見た時は正直驚きました。本日、今年7セーブ目をあげて史上23人目の300セーブに到達したものです。

 ウェインライトも今シーズンを前にトミー・ジョン手術を受け、復帰は来シーズンと言われています。幸いなことに2006年シーズン終了後、カージナルスの先発投手陣が大半チームを離れたことかウィンライトは先発に転向し、昨年はサイ・ヤング賞のロイ・ハラデーと全く変わらない成績を残しました。復帰後はローテーションの柱として再び活躍することとなるでしょう。但しその時アルバート・プホルスがチームメイトとして残っているのか、セントルイス・カージナルスファンの興味はこの一点に絞られています。




*レジー・ジャクソン、フランク・トーマスと共に500号本塁打達成日の日付けを入れていただいたジム・トーミのサインボール。世界に一個です。