2021年1月10日日曜日

21年 タイガースvsパシフィック 10回戦

8月19日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 タ軍 39勝20敗 0.661 渡辺誠太郎 呉昌征 
0 0 0 0 3 1 0 2 X 6 パ軍 24勝36敗2分 0.400 真田重蔵

勝利投手 真田重蔵    13勝12敗
敗戦投手 渡辺誠太郎 10勝9敗

本塁打 (パ)伊勢川真澄 2号

勝利打点 (パ)白石敏男 1


真田が完封、タ軍は失速

 後楽園の第2試合は渡辺誠太郎と真田重蔵の先発で午後3時23分、池田球審の右手が上がりプレイボール。

 タ軍は5回までに6安打を放つが無得点。

 パ軍は5回裏、一死後平野徳松が四球を選んで出塁、真田の中前打で一死一二塁、トップに返り白石の右中間タイムリーで1点を先制、一三塁となって富松も右前にタイムリーを放ち2-0、一死一二塁から藤井の一ゴロは「3-6-3」と転送されるがファースト高山泰夫が落球、この間に三塁に達していた白石がホームに還って3-0とする。

 パ軍は6回裏、伊勢川がレフトスタンドに第2号ホームランを叩き込んで4-0とする。

 パ軍は8回裏、先頭の藤井が三前に内野安打、森下の中前打で無死一二塁、木暮の右前タイムリーで5-0、無死一三塁から伊勢川の遊ゴロで木暮は二封、三走森下は動かず一死一三塁、松井信勝の三ゴロをサード小林英一がエラーする間に森下が還って6-0として試合を決める。

 真田重蔵は6回以降、元気のないタ軍打線を無安打に抑え、今季2度目の完封で13勝目をマークする。

 タ軍は高山と小林のタイムリーエラーが痛かった。

 藤村冨美男監督を家庭の不幸で欠くタ軍は昨日の藤本に続いて2試合連続完封負け。前半は森下の強打に対してサード小林、ショート長谷川がファインプレーを見せるなどの好守で粘ってきたが、チームの勢いは落ちている。

 パ軍は昨日の井筒に続いて2試合連続完封勝利で勝率を4割に乗せた。


2021年1月6日水曜日

野村武史の球史

 球史に残る名投手「野村清」については、一リーグ時代は1勝だけなので当ブログでその真の姿をお伝えすることはできない。

 昭和9年センバツは補欠でベンチ入りも出場無し、この時は松井栄造も小倉工業に敗れた2回戦でリリーフ登板しただけ。夏の岐阜商業は東海大会決勝で享栄商業に敗れ野村は不出場。

 昭和10年センバツは松井栄造が全試合に完投して優勝、野村は全試合ファーストでフル出場。

 昭和11年センバツ、1回戦は野村清が先発して松井のリリーフで広島商業にサヨナラ勝ち。2回戦は野村が完投したが松山商業に0対2で敗れた。夏の大会は1回戦で野村が盛岡商業を完封。2回戦も野村が先発して松井のリリーフで鳥取一中に快勝。3回戦も野村が和歌山商業を1点に抑えて完投勝利。準決勝から松井が先発に回って育英商業に完投勝ち。決勝の平安中学戦も松井が完投して優勝。昭和11年夏は野村清が準決勝まで松井栄造を休ませたことが優勝の要因であった。

 昭和13年センバツは野村清がエース、大島信雄が控えで準決勝敗退。夏は初戦の2回戦で野村が松本商業を完封。3回戦も野村が下関商業を完封。準決勝は野村-大島のリレーで甲陽中学を降し、決勝は大島信雄が完投して平安中学に敗れた。大島は昭和15年センバツで全試合完封で優勝を果たす。

 野村清は明大を経て全京城に入団し、昭和15年都市対抗では4連投で優勝、決勝の大連実業戦は1安打完封で、野村は橋戸賞を獲得する。昭和16年の都市対抗は中国戦線の拡大から中止、昭和17年の都市対抗は全京城が2連覇するが、この時のメンバーに野村の名は無い。

 最初のプロ入りは昭和21年セネタースで1勝のみであることは実況中継のとおり。

 昭和22年は豊岡物産に転じて都市対抗に出場、1回戦でこの大会二連覇することになる大日本土木戦に完投して1対3で敗れる。皮肉なことに大日本土木は野村の母校岐阜商業のOBで構成されたチームであった。

 昭和23年都市対抗は初戦の2回戦で大洋漁業戦に完投勝利。大洋漁業は後にプロ入りする選手が複数在籍する強打のチームであった。準々決勝も強豪全大阪に完投勝ち、準決勝でも優勝した西日本鉄道戦に完投するが0対1で敗れた。

 「武史」改名後、昭和25年には2度目のプロ入りで毎日オリオンズに入団、18勝をマークしてパ・リーグ初年度優勝に貢献する。日本シリーズでは第2戦に完投勝利、第5戦にも3対2で完投勝利、第6戦は三番手で登板して3回3分の1を無失点に抑え、初代日本一の胴上げ投手となったのである。

 昭和29年は弱小高橋ユニオンズで15勝をマーク、これはチーム53勝の2割8分3厘を占める。

 球界引退後は政界に転じ、船橋市議会議員を務める。昭和46年5月22日~昭和48年6月9日の第22期と、昭和56年6月8日~昭和58年4月30日の第27期に市議会副議長を務めた。

 甲子園、都市対抗、プロ野球、日本シリーズで優勝を経験、しかも全て主力投手として優勝に貢献する稀有の球史を持つ。

*参照文献等:「全国高等学校野球選手権大会50年史」、「選抜高等学校野球大会50年史」、「都市対抗野球60年史」、「栄光の日本シリーズ(ベースボールマガジン平成11年11月号増刊)」、サイト船橋市「議会の構成」

21年 セネタースvs巨人 8回戦

8月19日 (月) 後楽園 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 2 0 0 5 0 0 0 0 7 セ軍 25勝35敗 0.417 野村清 黒尾重明 
2 0 0 0 0 0 0 1 0 3 巨人 34勝26敗1分 0.567 中尾輝三 多田文久三

勝利投手 野村清        1勝0敗
敗戦投手 多田文久三 1勝3敗
セーブ    黒尾重明   1

二塁打 (セ)横沢、一言 (巨)山川
本塁打 (セ)飯島滋弥 3号

勝利打点 (セ)飯島滋弥 8

猛打賞 (セ)一言多十 2


野村清、一リーグ時代唯一の勝利

 第17節の九州遠征は3日目で終了し、4日目と5日目は後楽園で2試合ずつ。

 第1試合はプロ入り初先発となる野村清と中尾輝三の先発で午後1時5分、国友球審の右手が上がりプレイボール。

 巨人は初回、一死後山川喜作がライトに二塁打、千葉はストレートの四球で一死一二塁、川上のニゴロでセカンド大沢喜好が二塁ベースカバーのショート鈴木清一に送球して千葉はフォースアウト、鈴木からの一塁送球はセーフ、この間に三塁に達していた二走山川がホームに突っ込み、ファースト飯島がホームに送球するが悪送球となって山川が生還し1-0、打者走者の川上は二塁に進む。この一打で川上に打点が記録されている。飯島にもエラーが記録されており、山川のホームインは飯島の送球が悪送球でなくてもセーフと判断されて川上に打点が記録され、川上の二塁進塁に対して飯島にエラーが記録されたともの考えられる。ということで二死二塁、鬼頭の右前打で二死一三塁、中島の左前タイムリーで2-0とする。

 セ軍は2回表、一言、長持、野村が3連続四球で無死満塁、続く熊耳の初球もボール、全くストライクが入らなくなった中尾が降板してセンターの多田文久三がマウンドに上がり、熊耳の左犠飛で1-2、大沢は一邪飛に倒れて二死二三塁、トップに返り横沢七郎は四球を選んで二死満塁、鈴木が押出し四球を選んで2-2、セ軍はこの回無安打で同点に追い付く。

 セ軍は5回表、先頭の飯島がレフトスタンドに勝ち越しホームランを叩き込んで3-2、大下が四球から二盗に成功、一言は三塁に内野安打、二走大下は動けず無死一二塁、長持が四球を選んで無死満塁、ここで野村が右前にプロ入り初ヒットとなるタイムリーを放ち4-2、熊耳がこの日2本目の犠飛をライトに打ち上げて5-2、二走一言と一走長持もタッチアップから進塁して一死二三塁、清水喜一郎は投邪飛に倒れて二死二三塁、これはスクイズ失敗か、トップに返り横沢が左中間に2点タイムリー二塁打を放ちこの回5点、7-2と大きくリードする。

 巨人は5回裏、先頭の川上は一ゴロ、続く黒沢は四球、セ軍ベンチはここで先発の野村から黒尾重明にスイッチ、黒尾が後続を抑える。

 巨人は8回裏、一死後谷口記念治が左前打で出塁すると二盗を試み、キャッチャー熊耳からの二塁送球をセカンド清水が後逸して谷口はセーフ、タイミングはアウトであったようで「盗塁」は記録されていない。呉新亨が左前打を放って一死一三塁、トップに返り山田潔は三ゴロに倒れて二死二三塁、山川が四球を選んで二死満塁、千葉のニゴロを又も清水がエラーする間に三走谷口が還って3-7、しかし一発出れば同点という場面で川上は二飛に倒れて反撃もここまで。

 野村清は4回3分の1で降板したが「勝利投手」が記録された。前日の八幡大谷球場でのゴ軍vs阪急戦ではリードしたまま4回3分の2で降板した江田孝には「勝利投手」は記録されておらず、リリーフの内藤幸三が勝利投手となっている。この時期には「勝利投手」の定義はかなり明確となっており、「先発投手が5回を完了せずに降板して勝利投手」は戦前ほど見られなくなっているので、野村清の「先発して4回3分の1で降板しての勝利投手」は戦後では極めて珍しい記録であると言える。

 リリーフの黒尾重明は4回3分の2を4安打1四球無三振1失点、実況のとおり自責点はゼロであり、リリーフ投手の投球内容が悪かったため5回を完了していない野村清に勝利投手が記録されたとは説明しにくい状況であった。

 なお、珍しいことは重なるもので、高校野球史、社会人野球史、「武史」改名後には二リーグ分裂後のプロ野球史に重要な足跡を残した野村清の一リーグ時代のプロでの勝利はこの試合だけである。

*「武史」改名後、毎日時代の直筆サイン入りカード。写真からも分かるとおり二リーグ分裂後は下手投げであった。高校時代から下から投げていたかどうかは不明。岐阜商業時代は左腕速球派の松井栄造、大島信雄との二枚看板で甲子園を沸かせた。

2021年1月5日火曜日

21年 ゴールドスターvs阪急 9回戦

8月18日 (日) 八幡大谷

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 4 0 0 0 0 5 ゴ軍 23勝37敗1分 0.383 江田孝 内藤幸三 
0 0 0 0 3 0 0 0 0 3 阪急 38勝32敗 0.543 天保義夫 今西錬太郎

勝利投手 内藤幸三 12勝14敗
敗戦投手 天保義夫 10勝7敗

三塁打 (急)鳥居

勝利打点 (ゴ)末崎正隆 1


内藤幸三が好リリーフ

  八幡大谷球場の第2試合は江田孝と天保義夫の先発で午後4時1分、沢球審の右手が上がりプレイボール。

 ゴ軍は初回、先頭の坂本勲が中前打で出塁、大友の右前打で無死一二塁、酒沢は二飛に倒れ、坪内も遊ゴロ、しかしこれをショート上田がエラーして一死満塁、末崎の一ゴロの間に三走坂本が還って1点を先制する。

 ゴ軍は5回表、先頭の江田が三塁にヒット、大崎欣一の送りバントをファースト野口明が後逸する間に一走江田は三塁に、打者走者の大崎は二塁に、犠打とエラーが記録されて無死二三塁、トップに返り坂本の投ゴロはランナーそのままで一塁アウト、二走大崎の離塁が大きいと見たファースト野口明が二塁に送球して大崎は戻れずタッチアウト、三走江田は動かず二死三塁、大友が四球を選んで二死一三塁、酒沢の右前タイムリーで2-0、阪急ベンチはここで先発の天保から今西錬太郎にスイッチ、坪内が四球を選んで二死満塁、ここで今西が痛恨のボーク、三走大友が還って3-0、二死二三塁から末崎の一二塁間2点タイムリーで5-0と大きくリードする。

 阪急は5回裏、先頭の鳥居兵治がストレートの四球で出塁、荒木茂は中飛に倒れ、今西の右前打で一死一二塁、トップに返り山田伝の中前タイムリーで1点返して1-5、上田が四球を選んで一死満塁、野口二郎の遊ゴロ併殺崩れの間に三走今西が還って2-5、野口明が四球を選んで二死満塁、続く坂井豊司に初球を投じる際、江田が痛恨のボークを犯して三走山田が還り3-5、勝利投手の権利まであと一死のところで江田が降板してリリーフに内藤幸三が送られ、坂井は遊ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。

 内藤は4回3分の1を1安打2四球3三振無失点の好リリーフで12勝目をあげる。

 両軍にボークによる得点があるという珍しい試合となった。

 ゴ軍は中部を抜いて7位に浮上、0.5ゲーム差で6位パ軍、更に1ゲーム差で5位セ軍と、5位以下はセ軍から中部まで勝率で3分4厘差の中に4チームがひしめき合う混戦となっている。

 なお、この試合で阪急のレフトでスタメンの鳥居兵治は1打数1安打1得点1四球三塁打1本、第三打席で大平茂が代打に起用されて鳥居に代わってレフトに入り2打数1安打。しかしながらスコアカードには大平茂のスタンプが押されておらず、薄く「大平」と読めるメモだけが残されている。「日本プロ野球記録大全集」では大平は不出場となっており、全て「鳥居兵治」の成績に合算されて「3打数2安打」と誤って記録されている。

 「日本野球連盟」発行の「日本野球年鑑」には鳥居が1打数1安打、大平が2打数1安打と正しく記録されていることから、公式記録は正しく記録されていると考えられる。シーズン終了後に全成績を集計すれば判明します。「日本プロ野球記録大全集」はスコアカードの誤った記載も機械的にそのまま集計されているのでこのような誤りが複数認められる。記録の集計は「手作業」で行わないと、このようなイレギュラーなケースに対応できないのである。


2021年1月4日月曜日

21年 巨人vsタイガース 10回戦

8月18日 (日) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 4 0 1 0 0 5 巨人 34勝25敗1分 0.576 藤本英雄
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 タ軍 39勝19敗 0.672 渡辺誠太郎 呉昌征

勝利投手 藤本英雄      7勝3敗
敗戦投手 渡辺誠太郎 10勝8敗

二塁打 (巨)山田2、藤本

勝利打点 (巨)藤本英雄 1


藤本英雄、3試合連続完封

 後楽園の第2試合は藤本英雄と渡辺誠太郎の先発で午後2時50分、島球審の右手が上がりプレイボール。

 序盤戦は両投手の投げ合いで巨人は4回まで2安打、タ軍は4回まで1安打で無得点。

 巨人は5回表、一死後多田が中前打で出塁、谷口記念治も四球を選んで一死一二塁、ここで藤本が左中間に2点タイムリー二塁打を放ち2-0、トップに返り山田潔もレフトに二塁打を放ち3-0、山川喜作の遊ゴロの間に山田は三進、千葉の中前タイムリーでこの回4点を先制する。

 巨人は6回表、先頭の黒沢が中前打で出塁、タ軍ベンチはここでセンターの呉昌征をマウンドに呼び、渡辺はファーストに、ファースト高山泰夫に代わって塚本がセンターに入る。中島もレフトにヒットで続いて無死一二塁、しかし多田の三ゴロが「5-4-3」と渡ってダブルプレー、谷口が四球を選んで二死一三塁、しかし藤本の当りはサードライナー、タ軍は何とかピンチを凌ぐ。

 巨人は7回表、先頭の山田が中越えに二塁打、山川のニゴロはセカンド本堂が巧く捌いて一塁アウト、この間に山田は三進、千葉の三ゴロで山田はスタートを切るが三本間に挟まれ、逃げ回る山田にタ軍の挟殺プレーは手こずり「5-2-1-6-5」でようやくタッチアウト、この間に打者走者の山川は三塁に進み、ピッチャー呉のワイルドピッチで山川が生還、5-0とする。

 7月7日以来の登板となった藤本英雄は3安打3四球5三振で今季6度目の完封、7勝目をあげる。

 7勝のうち6完封と、終戦直後のプロ野球では藤本の力は一つ抜けているが、中島治康と監督を交代させられたことから登板拒否、藤本はこれで3試合連続完封勝利を飾ったが、その日程は6月6日、7月7日、8月18日である。藤本の6勝目と7勝目の間の約1か月の巨人の成績は7勝11敗であり、藤本が普通に投げていれば巨人の勝ち星は何勝かは上乗せされていたと考えられ、巨人が戦後復活初年度に優勝を逃した最大の原因は「人事問題」にあったと言える。


2021年1月2日土曜日

21年 グレートリングvs中部日本 12回戦

8月18日 (日) 八幡大谷 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 2 0 2 0 0 4 グ軍 40勝22敗 0.645 櫛田由美彦 
0 0 1 0 0 0 0 2 0 3 中部 22勝37敗2分 0.373 服部受弘

勝利投手 櫛田由美彦 1勝0敗
敗戦投手 服部受弘     6勝5敗

二塁打 (中)小鶴、藤原
三塁打 (グ)山本、岡村 (中)笠石

勝利打点 (グ)宮崎仁郎 1 


グ軍、守り勝って9連勝

 八幡大谷球場の第1試合は櫛田由美彦と服部受弘の先発で午後2時丁度、杉村球審の右手が上がりプレイボール。櫛田はプロ入り2度目の登板で初先発。

 中部は2回裏、一死後打席に立つのは九番笠石徳五郎、中部は四番を打ってきた加藤正二を下げてライトに笠石を起用、その笠石が右中間に三塁打、トップに返り古川の中犠飛で1点を先制する。

 グ軍は5回表、先頭の岡村がバントヒット、ピッチャー服部の一塁送球が悪送球となる間に打者走者の岡村は二塁に進み、木村勉の投前送りバントは一塁ベースカバーのセカンド金山が落球、犠打とエラーが記録されて無死一三塁、木村が二盗を決めて無死二三塁、櫛田のニゴロで三走岡村がスタート、金山がホームに送球するがセーフ、野選が記録されて1-1の同点、無死一三塁から宮崎仁郎が左前にタイムリーを放ち2-1と逆転に成功する。

 中部は6回裏、先頭の杉浦清監督が四球で出塁、小鶴が送って一死二塁、大沢は右飛に倒れて二死二塁、続く藤原のカウントツーボールワンストライクのところで櫛田が二塁に牽制、この時捕球したショート宮崎のピッチャー返球は偽投、二走杉浦が目を離して離塁したところに宮崎がタッチ、「隠し球」が決まってスリーアウトチェンジ。

 グ軍は7回表、一死後隠し球を決めたばかりの宮崎が中前打で出塁、トップに返り安井はストレートの四球で一死一二塁、河西の中前タイムリーで宮崎が還って3-1、田川も中前タイムリーで続いて4-1と突き放す。

 中部は8回裏、一死後杉浦が四球を選んで出塁、代走に三村を起用、加藤に代わって四番に入った小鶴が左中間にタイムリー二塁打を放ち2-4、大沢が得意の右打ちを決めて右前タイムリーを放ち3-4と1点差、藤原の右越え二塁打で藤原は三塁ベースを蹴ってホームに向かうが、ライト岡村からの返球を中継したセカンド安井からの好返球に本塁タッチアウト。

 櫛田由美彦は9回裏の中部の反撃を抑え、6安打9四球4三振の完投でプロ入り初勝利をあげる。

 宮崎仁郎が決勝打、隠し球、追加点のきっかけになるヒットの活躍、安井亀和も好守でピンチを救った。

 守り勝ったグ軍はこれで9連勝、1.5ゲーム差に迫った首位タイガースは2時50分に始まった後楽園の第2試合で苦戦している。

2021年1月1日金曜日

21年 セネタースvsパシフィック 10回戦

8月18日 (日) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 セ軍 24勝35敗 0.407 白木義一郎 
1 0 0 0 0 0 0 0 X 1 パ軍 23勝36敗2分 0.390 井筒研一

勝利投手 井筒研一      9勝12敗
敗戦投手 白木義一郎 12勝11敗

二塁打 (セ)飯島 (パ)森下、白石
三塁打 (セ)横沢 

勝利打点 (パ)森下重好 5


井筒研一3安打完封、スミ一を守り切る

 第17節3日目、後楽園の第1試合は白木義一郎と井筒研一の先発で午後1時2分、桝主審の右手が上がりプレイボール。

 セ軍は初回、一死後横沢七郎が左中間に三塁打を放って先制のチャンス、しかし井筒は慎重に攻めて飯島はワンストライクから4球ボールで四球、大下もワンストライクから4球ボールで四球で一死満塁、前日本塁打を放った長持栄吉のニゴロが「4-6-3」と渡ってダブルプレー。

 パ軍は1回裏、先頭の白石が右前打で出塁、富松が四球を選んで無死一二塁、藤井勇は投飛に倒れるが、森下が三塁線を破るタイムリー二塁打を放ち1-0とする。

 初回の攻防がこの試合の全てであった。

 セ軍は9回表、二死後飯島が左中間に二塁打、大下は四球、長持も四球で二死満塁、白木が遊飛に倒れてゲームセット。大下の四球はスリーボールから1球ストライクの後にボールで歩かされたもの。井筒の意図は敬遠であったが大下が4球目を振ったものではないか。

 井筒研一は3安打5四球3三振で今季4度目の完封、スミ一を守り切って9勝目をマークする。5四球のうち4個は、初回と9回のピンチに飯島、大下(2個)、長持の主軸を歩かせたもので、計算ずくのピッチングであった。今季ここまでの最多完封は藤本英雄の5回で、井筒の4回は近藤貞雄と並んで2位タイ。シュートとカーブがキレている時の井筒は中々打てないのである。

 白木義一郎は6安打2四球3三振1失点で敗戦投手となったが、この試合では守備で2つのファインプレーを見せた。6回には富松のセーフティバントがファウルゾーンへの小フライとなったのに飛び付き「投邪飛」を記録している。このケースだとダイブした可能性も考えられる。白木は投げない時は一番センターで出場しているように、非常に運動能力が優れている。

 パ軍は主砲森下の一打で5位セ軍に1ゲーム差と迫ってきた。6位パ軍と半ゲーム差で7位に中部、更に半ゲーム差で最下位のゴ軍と、下位は混戦となっている。