2025年12月31日水曜日

20th Century Boy

 2025年12月31日、NHK-BSで熱談プレイバック「ミスタープロ野球・長嶋茂雄のドラマチック人生」が再放送された。

 佐倉一高時代の大ホームラン、天覧ホームラン、引退試合での通算444号ホームランを講談師神田春陽が語るという内容だったが、最後の引退式でのシーンで流れてきたのがT.レックスの「20th Century Boy」であった。

 1973年の楽曲「20th Century Boy」は、後に唐沢寿明主演で映画化された「20世紀少年」の主題歌に使われたのでその時知った方も多いのではないか。

 現役時代の長嶋にはあまり興味は無かったが、中学時代にT.レックスは聞きまくっていたのでイントロが流れてきた瞬間理解できた。長嶋引退の前年にヒットしたことから引退シーンに使われたのだろう。

T. Rex - 20th Century Boy (1973)


2025年12月27日土曜日

22年 太陽vs大阪 8回戦

8月4日 (月) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 2 0 0 2 0 4 太陽 27勝38敗3分 0.415 真田重蔵 
1 0 0 0 0 1 0 1 0 3 大阪 45勝21敗3分 0.682 若林忠志

勝利投手 真田重蔵 10勝12敗 
敗戦投手 若林忠志 13勝8敗

二塁打 (大)藤村2

勝利打点(太)辻井弘 2

猛打賞 (大)藤村富美男 8


好調真田が完投で10勝目

 西宮の第2試合は真田重蔵と若林忠志の先発で午後3時25分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 大阪は初回、先頭の呉昌征が右前打で出塁、一死後富樫淳が四球を選び、藤村富美男が中越えに先制の二塁打を放ち二走呉が還って1点を先制、一走富樫も三塁ベースを蹴ってホームを狙うが、センター森下重好からの返球を中継したセカンド荒川昇治の本塁送球でタッチアウト、打者走者の藤村も二塁から三塁を狙ったが、キャッチャー伊勢川真澄からの送球にタッチアウト。

 太陽は5回表、一死後伊勢川が左前打で出塁、荒川も左前打で続いて一死一二塁、二死後真田の中前タイムリーで1-1の同点、一走荒川は三塁に進んで二死一三塁、ここで真田がディレードスチール、真田は一二塁間でタッチアウトとなるが、その前に三走荒川がホームに還り2-1と逆転に成功する。真田には盗塁死が記録されたので、ダブルスチールの片割れアウトとなり荒川には本盗は記録されない。

 大阪は6回裏、先頭の金田正泰が四球を選んで出塁、一死後藤村の右超えタイムリー二塁打で2-2の同点に追い付く。

 太陽は8回表、先頭の佐竹一雄が三塁にヒット、真田の一塁線送りバントをファースト玉置玉一が一塁に悪送球、犠打とエラーが記録されて無死一二塁、松井信勝の投ゴロを若林は三塁に送球して二走佐竹は三封、トップに返り辻井弘のライト線タイムリーで3-2と勝越し、一走松井は三塁に進んで一死一三塁、二死後辻井が二盗に成功、この時キャッチャー土井垣武は二塁に投げず三塁に送球、これが悪送球となる間に三走松井が還って4-2とする。

 大阪は8回裏、先頭の呉昌征が三遊間に内野安打、ショート松井の悪送球もあって打者走者の呉は二塁に進み、金田は四球で無死一二塁、富樫の三ゴロはサード中谷順次が三塁ベースを踏んで一死一二塁、一走富樫に代走御園生崇男を起用、藤村の中前タイムリーで3-4と1点差、一死一三塁と同点のチャンスが続くが後続なく1点止まり。

 大阪は最終回、一死後武智修が右前打で出塁、若林の痛烈なセンター返しはピッチャーライナーとなり、武智は戻れずゲッツーとなって試合終了。

 真田重蔵は9安打4四球2三振の完投で10勝目をマークする。真田の好調は本格化してきた。

 8回に決勝打を放った辻井弘は昨日の阪急戦でも決勝三塁打を放っており2試合連続の勝利打点を記録した。

 藤村富美男が2試合連続の猛打賞で大阪の全得点を叩き出した。昨日は三塁打2本であったがこの日は二塁打が2本。藤村の打撃スタイルが変わってきた。

2025年12月25日木曜日

22年 南海vs阪急 10回戦

8月4日 (月) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 1 0 2 0 0 0 0 0 4 南海 35勝30敗3分 0.538 中谷信夫
0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 阪急 32勝36敗2分 0.471 天保義夫 溝部武夫

勝利投手 中谷信夫 8勝9敗 
敗戦投手 天保義夫 5勝10敗

二塁打 (南)堀井
三塁打 (南)堀井

勝利打点(南)山本一人 1

猛打賞 (南)堀井数男 3


月曜日でも1万人越えの観衆

 第16節最終日、西宮の第1試合は中谷信夫と天保義夫の先発で午後1時33分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 南海は初回、先頭の安井亀和が中前打で出塁、河西俊雄が送りバントを決めて一死二塁、田川豊の遊ゴロの間に安井は三進、山本一人監督が右前にタイムリーを放ち1点を先制する。

 南海は2回表、先頭の堀井数男が右中間に三塁打、朝井昇の右犠飛で2-0とする。

 阪急は2回裏、一死後坂元義一が右前打で出塁、日比野武が左中間にヒット、荒木茂は四球を選んで一死満塁、天保の中犠飛で1点返して1-2とする。

 南海は4回表、一死後飯田徳治が左前打で出塁、堀井がセンター右奥にタイムリー二塁打を放ち3-1、朝井の三塁内野安打で一死一三塁、坂田清春の投ゴロを天保は一塁に送球してアウト、二塁に進んだ朝井のオーバーランを見てファースト野口明が二塁に送球するが悪送球となる間に三走堀井が還って4-1と突き放す。

 南海は6回表、二死後堀井が3打席連続ヒットとなる中前打で出塁、朝井の右前打で二死一二塁と追加点のチャンスを迎え、坂田の一二塁間へのゴロをファースト野口明が捕球、ピッチャー天保が一塁ベースカバーに入って「3-1A」の一ゴロでスリーアウトチェンジ。

 阪急は7回から溝部武夫がリリーフのマウンドに上がる。

 南海は9回表、先頭の堀井はここまで3打席で三塁打、二塁打、シングルヒットを放っており、ホームランが出れば史上初の「サイクルヒット」であったが、溝部の下手からの食い込んでくる球を引っ掛けて三ゴロに倒れる。

 中谷信夫は8安打3四球2三振の完投で8勝目をマームする。

 山本一人監督が今季初の勝利打点を記録した。この22年後、1969年紅白歌合戦の審査員で登場した際に司会の宮田輝アナから「つるたかずんど」と呼ばれてしまうことになるのは既報のとおり。

 阪急6回の守備、ピッチャー天保義夫は坂田清春の一二塁間のゴロにファースト野口明が飛び付くのを見て一塁ベースカバーに走って野口明からのトスを受け、「3-1A」でアウトにした。右方向への打球でのピッチャーによる一塁ベースカバーは、後に巨人がベロビーチキャンプでドジャースに教えてもらって日本に導入したとする説もあるが、スコアカードを見ると戦前の試合でも見られており、かなり前から行われていたことが分かる。

 阪急二番手の溝部武夫が3イニングを9人で抑えるパーフェクトリリーフ。溝部は4月20日の大阪戦で「4連続押出し四球」の不名誉な日本記録を樹立してしまったが、この日は見事なリリーフを見せた。特に、史上初の「サイクルヒット」が懸かった堀井数男を三ゴロに打ち取った場面はあっぱれであった。

 随所に好プレーが見られた試合となり、月曜日にも拘らず集まった1万人を超える観衆の期待に応えた。

2025年12月22日月曜日

つるたかずんど

 先日、BSNHKで1969年紅白歌合戦のノーカット版が放映された。

 この年の目玉は、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」と弘田三枝子の「人形の家」だった。

 カルメン・マキの「時には母のない子のように」も圧巻である。「Wikipedia」には「ステージに裸足で登場して非難を浴びた」と書かれているが、画像を確認すると靴下を履いている。

 これだけだと単なる芸能ネタで終わってしまうので本題に入ろう。

 この年の審査員の一人には現在当ブログで活躍している山本一人が選ばれていた。当時は「鶴岡一人」である。ところが、司会の宮田輝アナは、冒頭の紹介で「つるたかずんど」さんと呼んでしまった。

 紅白歌合戦史上有名な言い間違い事件と言えば、加山雄三がやらかした「仮面ライダー」が圧倒的知名度を誇っているが、「つるたかずんど」も事件としてとらえて良いのではないか。

 なお、「一人」の呼び方は「かずと」と思われがちであるが、当時は「かずんど」と呼ばれることも多く、こちらは問題ない。


2025年12月21日日曜日

22年 大阪vs南海 9回戦

8月3日 (日) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
3 0 0 0 0 0 0 0 2 5 大阪 45勝20敗3分 0.692 渡辺誠太郎 
0 0 0 0 0 1 0 1 1 3 南海 34勝30敗3分 0.531 別所昭

勝利投手 渡辺誠太郎 3勝3敗 
敗戦投手 別所昭      18勝11敗

二塁打 (南)小林、安井
三塁打 (大)藤村2
本塁打 (大)山本一人 6号

勝利打点(大)富樫淳 6

猛打賞 (大)藤村富美男 7 (南)河西俊雄 3


藤村が2本の適時三塁打

 西宮の第2試合は渡辺誠太郎と別所昭の先発で午後3時32分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 大阪は初回、先頭の呉昌征が中前打で出塁、金田正泰のライト線ヒットで無死一三塁、金田がディレードスチールを仕掛けるが「2-6-3」と送球されてタッチアウト、三走呉は動けず一死三塁、富樫淳の二ゴロで三走呉がホームを狙い、セカンド安井亀和からの本塁送球はセーフ、野選が記録されて1点を先制、藤村富美男が中越えにタイムリー三塁打を放ち2-0、土井垣武の左犠飛で3-0とリードする。

 大阪先発の渡辺は前半好投を見せて5回まで無失点。

 南海は6回裏、先頭の小林悟楼が左中間に二塁打、トップに返り安井の遊ゴロの間に小林は三進、河西俊雄の中前タイムリーで1点返して1-3と追い上げ開始。

 南海は8回裏、先頭の坂田清春に代わる代打丸山二三雄が左前打で出塁すると代走に筒井敬三を起用、一死後トップに返り安井の当りは右中間に落ちる二塁打、一走筒井は三塁ベースで一旦止まるがホームに向かい、それを見たセンター呉昌征は直接本塁に送球する強肩を見せ、筒井は本塁寸前タッチアウト、二死二塁となって河西の三塁線内野安打で二死一三塁、河西が二盗を決めて二死二三塁、田川豊の一二塁間内野安打がタイムリーとなって2-3と1点差、三塁に河西、一塁に田川と俊足の走者を置くと、山本一人監督の打席で予想どおり田川が同点を狙うディレードスチールを仕掛け、キャッチャー土井垣はセカンド本堂保次に送球、一二塁間で挟殺プレーとなって本堂はファースト玉置玉一に送球、その瞬間三走河西がホームに突っ込み、この動きを読んでいた玉置が本塁送球、河西は本塁寸前タッチアウトとなって同点を狙ったダブルスチールは失敗。

 8回の守備を凌ぎ切った大阪は9回表、先頭の渡辺が左前打で出塁、トップに返り呉が送りバントを決めて一死二塁、金田の左前打で一死一三塁、今度は大阪がディレードスチールを仕掛けて一走金田がスタートを切り、キャッチャー筒井はセカンド安井に送球、一二塁間で挟殺プレーとなって安井はファースト飯田徳治に送球、その瞬間三走渡辺がホームに突っ込み、この動きを読んでいた飯田が本塁送球、渡辺は本塁寸前タッチアウトとなって二死二塁、富樫が四球を選んで二死一二塁、ここで藤村が試合を決める2点タイムリー三塁打を右越えに放ち5-2とする。

 南海は最終回、先頭の山本がレフトスタンドに第6号ホームランを放ち3-5と2点差に迫るが追い上げもここまで。

 渡辺誠太郎は13安打を浴びるが無四球4三振の完投で3勝目をマークする。

 お互いディレードスチールを仕掛けてダブルスチールを狙うケースが3回あったが、全て走者をアウトにする内野陣の好守が見られた。

 藤村富美男の2本のタイムリー三塁打が勝負を決めた。長打力不足が目立つ大阪であるが、打撃方法の転換期に来ている。

2025年12月14日日曜日

22年 中日vs巨人 9回戦

8月3日 (日) 桐生新川

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 3 3 中日 39勝24敗1分 0.619 清水秀雄
0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 巨人 32勝33敗1分 0.492 長原孝治 多田文久三

勝利投手 清水秀雄     9勝5敗 
敗戦投手 多田文久三 7勝5敗

二塁打 (中)藤原、大沢 (巨)呉新亨、中島

勝利打点(中)藤原鉄之助 2

猛打賞 (中)藤原鉄之助 3


藤原鉄之助が土壇場で決勝打

 桐生新川の第2試合は清水秀雄と長原孝治の先発で午後2時10分、池田球審の右手が上がりプレイボール。

 巨人先発の初登板ルーキーサウスポー長原は、先頭の杉江文二を三振に打ち取り順調な立ち上がりかと見えたが、二死後大沢清、加藤正二、小鶴誠のクリーンナップトリオに3連続四球、続く杉浦清監督のカウントもスリーボールワンストライク、ここで巨人ベンチは長原に代えて多田文久三をマウンドに送り、杉浦を三振に打ち取ってピンチを防ぐ。

 中日先発清水の軟投を打ちあぐねていた巨人は6回裏、先頭の多田が一塁線に内野安打、トップに返り山川喜作の送りバントは清水が二塁に送球して多田は二封、田中資昭の右前打で一死一三塁、千葉茂の左前タイムリーで1点を先制する。続く川上哲治は二ゴロ併殺に終わる。

 8回まで無得点の中日は9回表、一死後大沢がレフト線に二塁打、代走に山本尚敏を起用、加藤の左前打で一死一三塁、小鶴は四球で一死満塁、杉浦が右前に同点タイムリーを放ち1-1、同点の一死満塁と言う場面で巨人内野陣は当然前進守備、二遊間は併殺も狙える中間守備でショート田中はほぼ二三塁間の走塁線場に構えていたところ、清水の当りは遊ゴロ、この時真っ直ぐ走ってきた二走小鶴がショート田中に衝突、この場合は守備が優先されるため守備妨害のインターフェアが宣告されて小鶴はアウト、ホームに駆け込んだ三走山本は三塁に戻されて二死満塁、ここで藤原鉄之助が左前に2点タイムリーを放ち3-1と勝ち越す。

 清水秀雄は9回裏巨人の反撃を三者凡退に退け、9安打無四球4三振の完投で9勝目をマークする。

 殊勲の決勝打を放った藤原鉄之助は猛打賞の活躍であった。

 桐生新川球場での2日間4試合で、7人が猛打賞を記録した。ホームランは大下弘の2本だけなので特に球場が狭かった訳ではない。グラウンド状態からイレギュラーヒットが多かったのかもしれない。

 巨人投手陣で左腕は中尾輝三だけなので、この日先発のサウスポー長原孝治が使えれば貴重な戦力となるところであったがちょっと厳しいようだ。実際、長原は巨人ではこの日の登板だけで、翌年は大阪タイガースに放出されることになる。

 スポーツ報知のXの配信(2020年11月30日付け)によると、巨人と阪神間のトレードは非常に珍しいそうで、交換トレードは1979年江川卓と小林繁、84年鈴木弘規と太田幸司、91年鶴見信彦と石井雅博の3事例だけで、巨人から阪神への直接移籍も呉昌征、長原孝治、広沢克実の3人だけ(2020年現在)とのことである。

 小林と江川のトレードは説明するまでもなく特殊なケース。太田幸司は近鉄から巨人に移籍したが一軍では出番が無く、関西に戻る形で阪神に移籍。石井雅博も簑島高校の出身で関西に戻ったもの。呉昌征の場合は台湾に帰るために巨人を退団したが特殊事情で阪神に移籍。広沢克実はヤクルトから巨人に移籍したが巨人の水が合わず、ヤクルト時代の恩師野村克也が阪神に呼び寄せたものだった。長原孝治は呉港中学の出身なので、藤村富美男の線で大阪タイガースに呼ばれたのかもしれない。

2025年12月13日土曜日

続・代走の代走

  昭和22年8月3日の太陽vs阪急11回戦において、太陽の藤本定義監督が8月1日の南海戦に続いて「代走の代走」を起用したことをお伝えしました。

 先日お伝えした3事例に加えて4事例目が判明しましたが、更にもう一つ「代走の代走」が起用された事例がありました。

 昭和15年10月7日、西宮球場で行われた阪急vs金鯱11回戦において、金鯱の石本秀一監督が「代走の代走」を起用していました。詳しくは2013年4月27日付け記事をご参照ください。

 当ブログも更新が5,000回を超え、筆者もいつどこに何を書いたかを忘れています。当ブログは検索機能が充実しており、左上の検索用タブに検索ワードを入力すると過去記事を検索することができます。「代走の代走」を入力してヒットしました。自分で書いておいて自分で単語検索するのもおかしな話ですが、15年間続けていますので悪しからず。

 さて、昭和15年10月7日の阪急vs金鯱11回戦、0対2と2点のビハインドで迎えた9回裏金鯱の攻撃、先頭のピッチャー中山正嘉がレフト線ヒットで出塁すると、石本秀一監督は代走に山本次郎を起用、一死後飯塚達雄に代わる代打古谷倉之助が中前打で一死一二塁、トップに返り五味芳夫が四球を選んで一死満塁となります。山本が二塁に進んだときか三塁に進んだときかは分かりませんが、石本監督は代走山本に代えて「代走の代走」として新井一を起用、二死後農人渉が左前に同点の2点タイムリーを放って追い付き、その後2四球を得てサヨナラ勝ちしました。

 石本秀一監督も藤本定義監督と並んで「策士」として知られています。矢張り、「代走の代走」は深い作戦であることは間違いないでしょう。

 なお、新井一はプロ野球に在籍したのはこの年だけ(戦後は国民野球連盟の大塚アスレチックスに在籍した模様)で、通算成績は17打数2安打1得点1打点。この試合で「代走の代走」に起用されてホームに還ったのがプロ野球で記録した唯一の得点でした。

 当ブログは今後も、世界で唯一の「代走の代走」研究機関として邁進していく所存です(笑)。

2025年12月12日金曜日

22年 太陽vs阪急 11回戦

8月3日 (日) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 0 0 0 1 0 1 2 5 太陽 26勝38敗3分 0.406 井筒研一 真田重蔵 
0 1 0 0 2 0 0 0 0 3 阪急 32勝35敗2分 0.478 今西錬太郎

勝利投手 井筒研一       6勝6敗 
敗戦投手 今西錬太郎 14勝8敗 
セーブ     真田重蔵    1

二塁打 (急)青田
三塁打 (太)辻井

勝利打点(太)辻井弘 2

猛打賞 (太)藤井勇 8


辻井弘、9回に決勝三塁打

 西宮の第1試合は井筒研一と今西錬太郎の先発で午後1時32分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 太陽は2回表、先頭の伊勢川真澄が中前打で出塁、荒川昇治はストレートの四球で無死一二塁、一死後松井信勝の右前打で一死満塁、井筒の二ゴロの間に三走伊勢川が還って1点を先制する。

 阪急は2回裏、先頭の野口明が左前打で出塁、坂元義一の左前打で無死一三塁、楠安夫の中前タイムリーで1-1の同点に追い付く。

 阪急は5回裏、一死後上田藤夫が中前打で出塁、青田昇のレフト線二塁打で無死二三塁、ワイルドピッチで三走上田が生還して2-1と勝越し、野口明の遊ゴロをショート松井が失して三走青田が還り3-1とする。

 太陽は6回表、先頭の藤井勇が二遊間にヒット、森下重好の中前打で無死一二塁、中谷順次の遊ゴロは「6-4-3」と渡ってゲッツー、二死三塁から伊勢川が中前にタイムリーを放ち2-3と1点差に迫る。

 太陽は8回表、一死後辻井が一塁線に内野安打、藤井の右前打で無死一二塁、森下がレフト線にタイムリーを放ち3-3の同点に追い付く。

 太陽は9回表、先頭の荒川が四球を選んで出塁、佐竹一雄の三ゴロでランナーが入れ替わり、佐竹の代走に池田善蔵を起用、松井の三ゴロをサード荒木茂がエラーして一死一二塁、池田が二塁に進んだところで藤本定義監督は8月1日の南海戦に続いて又も「代走の代走」として湯浅芳彰を起用、二死後トップに返り辻井が右中間に殊勲の2点タイムリー三塁打を放ち5-3とリードする。 

 阪急は9回裏、先頭の日比野武が中前打で出塁すると代走に天保義夫を起用、下社邦男に代わる代打山田伝が四球を選んで無死一二塁、太陽の藤本監督はここで先発の井筒に代えて真田重蔵をリリーフに起用、荒木茂に代わる代打野口二郎の遊ゴロは「6-4-3」と渡ってゲッツー、真田は続く今西も抑えて今季初セーブをあげる。

 真田重蔵のリリーフ登板は今季4回目であるが、4月22日の近畿戦、5月8日の中日戦、6月13日の阪急戦と、過去3回は何れもリリーフに失敗して敗戦投手になっていた。藤本定義監督は真田の状態が上がってきていることを見抜き、4度目のリリーフに起用して成功したのである。

2025年12月11日木曜日

22年 金星vs東急 9回戦

8月3日 (日) 桐生新川

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 計
1 1 0 0 3 0 2 0 1  2  10 金星 25勝40敗1分 0.385 江田孝 内藤幸三 
2 1 1 0 1 0 3 0 0  0   8  東急 24勝37敗2分 0.393 白木義一郎

勝利投手 内藤幸三       8勝9敗 
敗戦投手 白木義一郎 12勝14敗

二塁打 (金)小前、大友、坪内 (東)大下、長持
三塁打 (金)酒沢
本塁打 (東)大下弘 6号、7号

勝利打点 なし

猛打賞 (金)酒沢政夫 3、坪内道則 8 (東)鈴木清一(4安打)2、大下弘(4安打)5


白木と大下のWエラーでシーソーゲームに決着

 第16節4日目、桐生新川の第1試合は江田孝と白木義一郎の先発で午後零時2分、国友球審の右手が上がりプレイボール。

 いつもより1時間早い試合開始となった。恐らく第2試合終了後に東京に帰る列車の時間の都合であろう。桐生での試合は2日間だけなので、前夜は近くで一泊して本日は帰京するはずである。今夜も宿泊であれば試合時間を早める必要は無い。

 桐生までの交通手段は、東京から高崎線で高崎に出て、高崎から新前橋を経由して上毛線で西桐生まで行く方法以外には考えにくい。高崎と新前橋は上越線で接続されている。待ち時間を考慮すると、新幹線が無かった当時だと桐生から東京までは3時間近くかかったのではないか。

 金星は初回、先頭の酒沢政夫が右越えに三塁打、一死後坪内道則監督の左犠飛で1点を先制する。

 東急は1回裏、先頭の鈴木清一が左前打で出塁、一言多十も三遊間を破り、レフト小前博文がこの打球を後逸する間に一走鈴木が一気にホームに還って1-1の同点、打者走者の一言は三塁に進み、一死後大下弘がセンターにタイムリー二塁打を放ち2-1と逆転に成功する。

 金星は2回表、前の回にタイムリーエラーを犯した先頭の小前が右越えに二塁打、門馬祐の中前タイムリーで2-2の同点に追い付く。

 東急は2回裏、二死後苅田久徳監督がノーボールツーストライクから粘って四球で出塁すると二盗に成功、鈴木の2打席連続ヒットが右前タイムリーとなって3-2と勝ち越す。

 東急は3回裏、二死後大下が右越えに豪快な第6号ホームランを放ち4-2とリードを広げる。

 金星は5回表、一死後江田が三塁線に内野安打、トップに返り酒沢が右前打、大友はストレートの四球で一死満塁、坪内の右前タイムリーで3-4と1点差、西沢道夫が左前に逆転の2点タイムリーを放ち5-4とリードする。

 東急は5回裏、先頭の鈴木清一が3打席連続ヒットとなる中前打で出塁、金星ベンチはここで先発の江田から内藤幸三にスイッチ、一死後飯島滋弥の当りはセンター後方に飛ぶが坪内が名人芸を見せてホームランキャッチ、二死一塁から大下の当りはライトの石壁を直撃する当りとなって一走鈴がホームインし5-5の同点、大下は一塁にストップとなったが打点は記録されており、一塁走者を還すタイムリーシングルヒットとなった。

 金星は7回表、先頭の酒沢が中前打で出塁、大友が右中間にタイムリー二塁打を放ち6-5、坪内の三塁内野安打で無死一三塁、一死後清原初男が中前にタイムリーを放ち7-5とリードする。

 東急は7回裏、先頭の苅田が遊失で出塁、トップに返り鈴木清一が4打席連続ヒットとなる右前打を放って無死一二塁、一言の送りバントは捕邪飛となって失敗、飯島は三振に倒れて二死一二塁、ここで大下が右越えに豪快な第7号逆転スリーランを放ち8-7と試合をひっくり返す。

 金星は9回表、一死後大友が左前打で出塁、坪内のライト線二塁打で一死二三塁、西沢のレフトへの痛烈なライナーが犠飛となって8-8の同点に追い付く。

 金星は10回表、先頭の小前が三塁線に内野安打、門馬に代わる代打坂本勲が右前打を放って無死一二塁、中村信一の送りバントはピッチャー白木の守備範囲に転がり白木は三塁に送球、しかしこれが悪送球となって二走小前はホームイン、白木の悪送球をカバーしたレフト大下からの返球も悪送球となって一走坂本もホームに還り10-8と2点をリードする。

 東急は10回裏、一死後長持栄吉が左中間に二塁打、鈴木圭一郎は4球ファウルで粘って四球を選び一死一二塁、しかし白木の二遊間へのゴロをセカンド大友が捕球すると自らベースを踏んで一塁に転送、「4B-3」の併殺が完成してシーソーゲームに終止符を打つ。

 大下弘は4安打2本塁打6打点と爆発したが、肝心なところで悪送球。東急は白木と大下の2大スター選手によるWエラーで痛い星を落とした。

2025年12月7日日曜日

22年 阪急vs南海 9回戦

8月2日 (土) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 2 1 0 0 2 5 阪急 32勝34敗2分 0.485 野口二郎
3 0 0 0 0 1 0 0 0 4 南海 34勝29敗3分 0.540 丸山二三雄 別所昭

勝利投手 野口二郎   11勝11敗 
敗戦投手 丸山二三雄 8勝8敗

勝利打点(急)青田昇 6

猛打賞 (南)山本一人 4


南海、別所投入が裏目

 西宮の第2試合は野口二郎と丸山二三雄の先発で午後3時28分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 南海は初回、先頭の安井亀和が中前打で出塁、河西俊雄が左前打で続いて無死一二塁、田川豊の三塁内野安打で無死満塁、山本一人監督が左前に2点タイムリーを放ち、一走田川が三塁に向かうと打者走者の山本も一塁ベースを回って二塁を狙い、レフト山田伝は二塁に送球、この隙を突いて三塁に進んでいた田川がホームに還る好走塁を見せて3点を先制する。

 阪急は5回表、先頭の坂元義一が四球で出塁、日比野武の右前打で無死一二塁、一死後荒木茂はストレートの四球を選んで一死満塁、二死後トップに返り田中幸男が中前に2点タイムリーを放ち、2-3と1点差に迫る。

 阪急は初回から3回まで三者凡退、4回に上田藤夫が初ヒットを放ち、5回になって丸山を捕まえた。

 阪急は6回表、一死後野口明がセンター右にヒット、坂元は右前に抜けるヒット、これをライト田川がファンブルする間に一走野口明は三塁に進んで一死一三塁、日比野が左前に同点タイムリーを放ち3-3と追い付く。

 南海は6回裏、一死後山本が左前打で出塁、飯田徳治も中前打で続き、堀井数男の投ゴロの間に二者進塁して二死二三塁、丸山の一塁線タイムリーで4-3と勝ち越す。

 阪急は9回表、一死後野口二郎が左前打で出塁、荒木に代わる代打楠安夫が中前打で続いて一死一二塁、楠に代わって代走に西村正夫が登場、山田に代わる代打安井鍵太郎が四球を選んで一死満塁、南海ベンチはここで先発の丸山に代えてエース別所昭を投入、トップに返り田中のカウントスリーボールワンストライクからの5球目はストライク、この時キャッチャー筒井敬三が一塁に送球、一塁ベースにはセカンド安井亀和が入って一走安井鍵太郎はタッチアウト、田中は四球を選んで二死満塁、上田藤夫が押出し四球を選んで4-4の同点、青田の三塁線ヒットがタイムリーとなって5-4と逆転に成功する。

 野口二郎は最終回を三者凡退に抑え、13安打を打たれながら無四球2三振の完投で11勝目をマークする。

 南海はエース別所の投入が裏目に出て逆転負け。

 9回表に一走安井鍵太郎がキャッチャー筒井敬三からの送球に刺された場面は、スコアカードに「2-4A」と書かれていることから一塁ベースカバーにセカンド安井亀和が入ったことが分かる。形だけ見るとサードとファーストが突っ込んでセカンドが一塁ベースカバーに入り、ピッチャーがウエスとして飛び出した一塁ランナーを刺す「ピックオフプレー」のようにも見えるが、満塁でカウントがスリーボールワンストライクなのでピッチャーはウエストするとはできず、ストライク投球だと打たれた場合にヒットになる可能性が高まるので、この場面で「ピックオフプレー」を選択する可能性は考えられない。

 となると、田中のスクイズが空振りストライクとなり、三走野口二郎がサインを見逃していてスタートを切っておらず、サイン通りスタートを切っていた一走安井鍵太郎が刺された可能性が考えられる。このケースだとファースト飯田徳治は打者のスクイズの構えを見たら前に突っ込み、セカンド安井亀和は一塁ベースカバーに向かうことになる。この時代にはまだセーフティスクイズが存在していた可能性は低く、仮にセーフティスクイズであったならば一走安井鍵太郎がスタートを切ることもない。

*9回に一走安井鍵太郎がキャッチャーからの送球に刺された場面。田中幸男の打席でカウントスリーボールワンストライクからの5球目、ストライク投球の時で、(2-4A)と記載されているとおり、セカンド安井亀和が一塁ベースカバーに入ったもの。

2025年12月6日土曜日

22年 東急vs中日 9回戦

8月2日 (土) 桐生新川

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 0 1 0 0 0 2 東急 24勝36敗2分 0.400 北川桂太郎 
1 0 0 0 0 0 3 0 X 4 中日 38勝24敗1分 0.613 藤本英雄

勝利投手 藤本英雄   17勝10敗 
敗戦投手 北川桂太郎 2勝8敗

二塁打 (東)一言2、飯島 (中)三村

勝利打点(中)金山次郎 3

猛打賞 (東)飯島滋弥 2


藤本英雄、大下を徹底マークで17勝目

 桐生新川の第2試合は北川桂太郎と藤本英雄の先発で午後2時53分、島球審の右手が上がりプレイボール。一塁塁審は円城寺審判員。

 東急は初回、一死後一言多十が右越えに二塁打、続く飯島滋弥が左中間にタイムリー二塁打を放ち1点を先制する。

 中日は1回裏、先頭の杉江文二の当りは遊ゴロ、これをショート鈴木清一がエラー、金山次郎の送りバントは三塁ファウルフライとなって失敗、大沢清のショートへの内野安打で杉江は三塁に進んで一死一三塁、加藤正二の左犠飛で1-1の同点に追い付く。

 東急は3回表、先頭の苅田久徳監督が四球で出塁するが、ここから藤本が鈴木、一言、飯島を3連続三振に抑え込む。

 中日は5回裏、先頭の藤原鉄之助が左前打で出塁、三村が送りバントを決めて一死二塁、二死後金山の中前打で二走藤原は三塁ベースを蹴ってホームに向かうが、センター一言からの好返球にタッチアウト。

 東急は6回表、一死後一言がライトに二塁打、飯島の左前タイムリーで2-1と勝越しに成功する。

 中日は7回裏、一死後藤原が左前打で出塁、三村の右中間二塁打で一死二三塁、トップに返り笠石徳五郎は四球を選んで一死満塁、ここで金山が左前に逆転の2点タイムリー、レフト大下の後逸もあって一走笠石もホームに還り4-2とする。

 藤本英雄は8安打1四球8三振の力投で9回を完投、17勝目をマークしてハーラートップの別所に1勝差と迫る。

 藤本は徹底的に大下をマークした。

 この日の大下は4打数1安打。ヒットを打った第2打席は先頭打者で、残りの3打席は全てヒットで出た飯島を塁に置いての打席であったが全て藤本に抑えられた。第1打席と第3打席は飯島がタイムリーを放った直後であったが追撃打を放つことはできなかったのである。

 現在の最高投手と最高打者の対決は、この日は藤本に軍配が上がった。

2025年12月5日金曜日

22年 大阪vs太陽 7回戦

8月2日 (土) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0  0   0   0  0 大阪 44勝20敗3分 0.688 御園生崇男 
0 0 0 0 0 0 0 0 0  0   0   0  0 太陽 25勝38敗3分 0.397 真田重蔵

二塁打 (大)呉昌征
三塁打 (太)荒川

勝利打点 なし

猛打賞 (太)荒川昇治(4安打)1


御園生と真田の投げ合いで0対0の引分け

 西宮の第1試合は御園生崇男と真田重蔵の先発で午後1時38分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 大阪は初回、先頭の呉昌征が左前打で出塁、しかし真田の牽制に刺されてチャンスを潰す。

 大阪は3回表、二死後御園生が左前打で出塁、トップに返り呉のライト線二塁打で二死二三塁、金田正泰は四球で二死満塁、富樫淳の当りは投前にボテボテの当り、これを真田が冷静に判断して本塁に送球、三走御園生がフォースアウトとなって無得点。一塁に投げて悪送球になる可能性を考えての頭脳的プレーであった。

 太陽は3回裏、先頭の荒川昇治が右越えに三塁打を放って先制のチャンスを作るが後続なく無得点。

 太陽は6回裏、先頭の真田が三塁線にヒット、トップに返り辻井弘が送りバントを決め、藤井勇は四球で一死一二塁、しかし主砲森下重好と四番中谷信夫は凡飛に倒れて無得点。
 太陽は9回裏、先頭の藤井が左前打で出塁、しかし続くクリーンナップトリオが倒れて無得点。試合は延長戦へ。

 大阪は10回表、先頭の玉置玉一が中前打で出塁、武智修の送りバントが野選を誘って無死一二塁、一死後ダブルスチールを試みるが玉置がキャッチャー伊勢川真澄からの三塁送球に刺されて失敗、二死二塁から呉が四球を選んで一二塁とするが、金田正泰の当りはファーストライナーとなってスリーアウトチェンジ。

 大阪は12回表、二死後武智が右前打で出塁すると二盗を決めて二死二塁と最後のチャンス、しかし御園生は右飛に倒れて無得点。

 太陽は12回裏、先頭の伊勢川が二遊間にヒット、藤本定義監督は最終回とあってキャッチャー伊勢川に代えて代走の切り札蔵本光夫を起用、佐竹一雄が四球を選んで一死一二塁、佐竹に代えて代走に湯浅芳彰を起用、荒川がこの日4本目のヒットを右前に放ち、二走蔵本は三塁ベースを蹴ってサヨナラのホームに突っ込むが、ライト富樫からの返球にタッチアウト。ピッチャー経験もある富樫の強肩がチームを救う。

 最後はスリリングな展開となったが0対0の引き分けに終わった。

 御園生崇男は12回を投げて7安打2四球2三振無失点。開幕14連勝を逃した。

 真田重蔵は12回を投げて8安打3四球4三振無失点。これまでもお伝えしてきたように真田は調子を上げてきている。昨年は25勝をマークしながら今季はここまで9勝止まりであるが、後半戦は勝ち星を伸ばしてくるのではないか。

2025年11月28日金曜日

22年 巨人vs金星 12回戦

8月2日 (土) 桐生新川

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 2 0 0 0 1 0 2 0 5 巨人 32勝32敗1分 0.500 川崎徳次
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 金星 24勝40敗1分 0.375 内藤幸三 三富恒雄

勝利投手 川崎徳次 11勝8敗 
敗戦投手 内藤幸三   7勝9敗

二塁打 (巨)呉、川上 (金)内藤

勝利打点(巨)呉新亨 2

猛打賞 (巨)田中資昭 2


巨人、桐生で勝率5割復帰

 本日より地方遠征がスタート。

 当ブログの実況中継クルーが桐生に遠征するのは昭和20年11月24日の東西対抗第2戦と翌日の東軍vs全桐生戦以来のことになる(2019年7月15日及び19日の実況中継参照)。

 第16節3日目、桐生新川球場の第1試合は川崎徳次と内藤幸三の先発で午後0時56分、西垣球審の右手が上がりプレイボール。7月24日の後楽園で審判デビューした円城寺満審判員も桐生遠征に帯同して三塁塁審を務める。

 巨人は2回表、一死後中島治康が四球を選んで出塁、呉新亨が右中間にタイムリー二塁打を放ち1点を先制、武宮敏明の左前打で一死一三塁、川崎の左前タイムリーで2-0とする。

 巨人は6回表、先頭の平山菊二が中前打で出塁、中島の左前打で無死一二塁、ワンストライクからの2球目がワイルドピッチで二者進塁、カウントワンボールワンストライクの場面で金星ベンチは先発の内藤に代えて三富恒雄をマウンドに送り、呉は四球を選んで無死満塁、この場合の与四球は三富に記録され、武宮の左犠飛で1点追加、3-0とリードを広げる。

 巨人は8回表、一死後呉新亨、武宮、川崎が3連続四球で満塁、トップに返り山川喜作が三塁にタイムリー内野安打を放ち4-0、なおも続く一死満塁から田中資昭の遊ゴロ併殺崩れの間に三走武宮が還って5-0とダメ押す。

 川崎徳次は4安打1四球1三振で今季6度目の完封、11勝目をマークする。

 川崎の力投に応えて先制、中押し、ダメ押しと着々と加点、巨人は5割に復帰した。

 昨年は北陸、北海道、九州に遠征したが、今年は桐生、徳島、長野に遠征することになる。

 戦前はシーズン中にもオープン戦が行われており、桐生新川球場でも何回かプロ野球の試合が行われた。

 終戦直後に行われた東西対抗第2戦と東軍vs全桐生の2試合は、プロ野球復活の象徴として歴史に名を刻んでいる。

2025年11月24日月曜日

代走の代走

 昭和22年8月1日、太陽ロビンスの藤本定義監督は、1点ビハインドの9回裏の攻撃で、四球で出塁した佐竹一雄に代走として石田良雄を送り、石田が三塁に進んだ時点で蔵本光夫を代走に起用してダブルスチールを狙うという奇策を講じて同点に追い付いた。 

 佐竹一雄は捕手と一塁手を兼務する選手で足は速くない。9回裏に同点のランナーが出れば足の速い選手を代走に送るのはセオリーである。石田良雄は城東商業の出身でこの日がプロ入り初出場。藤本監督は同点を狙って佐竹に代えて若手の石田を代走に起用した。そして石田が三塁に進む展開となり、ダブルスチールを狙うために石田よりも経験豊富の蔵本光夫を「代走の代走」として起用してダブルスチールを敢行、これがショート小林悟楼の悪送球を誘って同点に追い付いたのである。

 確認できる範囲ではあるが、これがプロ野球史上初の「代走の代走」であった。

 「代走の代走」はこの後も2事例が確認されている。

 2003年頃に横浜の山下大輔監督は、一塁に出塁したタイロン・ウッズに代えて代走に河野友軌を起用、河野が二塁に進むと「代走の代走」に田中一徳を起用した。強打のウッズは「通算2940打数で三塁打0本」の日本記録保持者であることから分かるように足は遅かった。山下監督はまず若手の河野を代走に出して様子を見てから、スコアリングポジションに進んだ場面で「足のスペシャリスト」であった田中一徳を「代走の代走」に起用したのである。PL学園時代の田中一徳は1998年夏の甲子園で歴史的名勝負となった横浜高校戦で松坂大輔から4安打を放ってドラ一でプロ入りした。165cmと小柄ながら俊足好打を評価されてプロの世界に飛び込んだのである。

 2011年には阪神の真弓明信監督が一塁に出塁した桧山進次郎に代えて代走に野原将志を起用し、野原が二塁に進んだ場面で「走の切り札」であった大和を「代走の代走」に起用したのである。この頃の桧山は「代打の切り札」として活躍しており走力は衰えていたので若手の野原を代走に起用し、スコアリングポジションに進んだところで大和を「代走の代走」に起用した。

 プロ野球史上で確認できる「代走の代走」は上記の3つの事例だけであるが、共通点は多い。

①足の遅い選手が一塁に出塁する。

②足の速い若手を代走に起用する。

③スコアリングポジションに進んで勝負の場面となったところで経験豊富なスペシャリストを「代走の代走」として起用する。

 そして、この策を選んだ監督が藤本定義、山下大輔、真弓明信だった点にも注目したい。

 藤本監督は自伝のタイトルが「覇者の謀略」だったように知略に長けた監督として知られており、山下大輔と真弓明信は現役時代は「名遊撃手」であった。「遊撃手」が最も広い視野で野球を見るポジションであることは言うまでもなく、監督としても広い視野で野球を見ていたことが分かる。

 なお、石田良雄はこの試合がプロでの唯一の試合出場であった。通算1試合で0打数0安打であったことはネット上でも確認できるが、その1試合の出場が「代走で出て代走を送られて引っ込んだ」という事実は、当ブログの読者以外で知る者はいない。真実は当ブログにある。


2025年11月23日日曜日

22年 南海vs太陽 12回戦

8月1日 (金) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 計
0 0 0 2 0 0 0 0 0  1  3 南海 34勝28敗3分 0.548 中谷信夫 
0 0 0 1 0 0 0 0 1  0  2 太陽 25勝38敗2分 0.397 井筒研一

勝利投手 中谷信夫 7勝9敗 
敗戦投手 井筒研一 5勝6敗

二塁打 (南)堀井 (太)藤井

勝利打点(南)田川豊 5


田川豊が延長10回決勝打

 西宮の第2試合は中谷信夫と井筒研一の先発で午後3時25分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 南海は4回表、先頭の河西俊雄が三塁線にヒット、田川豊が送りバントを決めて一死二塁、井筒の牽制悪送球で一死三塁、山本一人監督が四球を選んで二盗を決め一死二三塁、飯田徳治が中前に先制の2点タイムリーを放ち2-0とリードする。

 太陽は4回裏、先頭の辻井弘が四球で出塁、藤井勇の一ゴロの間に辻井は二進、森下重好の中飛で二走辻井がタッチアップから三進、中谷順次は四球を選んで二死一三塁、伊勢川真澄の中前タイムリーで1点返して1-2とする。

 南海は9回表、一死後飯田が中前打で出塁、飯田は二盗を試みるがキャッチャー伊勢川の強肩に刺されて二死無走者、堀井数男の遊ゴロをショート松井がエラー、筒井敬三に代わる代打別所昭が左前打を放って二死一二塁、しかし中谷は遊飛に倒れて無得点。

 太陽は9回裏、先頭の佐竹一雄が四球を選んで出塁、代走に石田良雄を起用、荒川昇治は右飛に倒れ、松井信勝に代わる代打湯浅芳彰が四球を選んで一死一二塁、湯浅はこの回から代打を出されて引っ込んで筒井に代わってマスクを被る坂田清春からの一塁牽制に刺されて二死二塁、井筒の三塁内野安打で二死一三塁、ここでダブルスチールを敢行、井筒は二塁に達して盗塁が記録され、ショート小林悟楼からの本塁送球が逸れて2-2の同点とする。

 この時ホームに滑り込んだのは石田良雄の代走に起用された蔵本光夫であった。もう一度整理すると、四球で出塁した佐竹に代わって代走として石田良雄が起用され、二塁に進んだ時点か三塁に進んだ時点かは不明であるが代走石田の代走に蔵本光夫が起用されてダブルスチールを敢行し、ホームはタイミングアウトであったが悪送球でセーフとなって最終回で2-2の同点となった。一走井筒には盗塁が記録されたが、三走蔵本の生還は悪送球によるもので本盗は記録されていない。

 太陽は10回表の守備から、代打を出されて引っ込んだショート松井に代わってファースト佐竹の代走に出た石田の代走に出た蔵本がショートに入り、松井の代打に出た湯浅に代わって藤村隆男が入ってライト、ライトの辻井弘がファーストに回った。この守備変更が試合に大きく影響を与えることになる。

 南海は10回表、二死後河西が中前打で出塁、井筒からの一塁牽制をこの回ライトからファーストに回った辻井が後逸、この間に河西は二塁に進み、田川豊が左前にタイムリーを放ち3-2と勝ち越す。

 太陽は10回裏、先頭の藤井が右越えに二塁打を放って無死二塁と同点のチャンス、しかし期待の主砲森下は力が入ったか捕邪飛、四番中谷も捕邪飛に倒れ、最後は伊勢川も二ゴロに倒れて万事休す。

 中谷信夫は5安打6四球3三振の完投で7勝目をマークする。

 両チーム終盤の選手起用が微妙に試合結果に影響したゲームであった。

 田川豊が延長10回表に決勝打を放った。田川は6月2日の金星戦でも延長10回表に決勝打を放ち、近畿グレートリングから南海ホークスに球団名を変更してからの初勝利に貢献した。

2025年11月19日水曜日

22年 阪急vs大阪 9回戦

8月1日 (金) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 1 1 0 0 2 0 4 阪急 31勝34敗2分 0.477 天保義夫 
0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 大阪 44勝20敗2分 0.688 若林忠志

勝利投手 天保義夫   5勝9敗 
敗戦投手 若林忠志 13勝7敗

二塁打 (急)田中 (大)玉置

勝利打点 (急)青田昇 5

猛打賞 (急)青田昇 4


天保のナックルにダイナマイト打線沈黙

 第16節2日目、西宮の第1試合は天保義夫と若林忠志の先発で午後1時32分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は4回表、先頭の田中幸男がライト線に二塁打、田中は前節21打数7安打で敢闘賞を獲得したが好調を持続、一死後青田昇の右前タイムリーで1点を先制する。

 阪急は5回表、先頭の日比野武が三塁線にヒット、下社邦男が送りバントを決めて一死二塁、荒木茂の遊ゴロの間に二走下社は三進、天保のライト線タイムリーで2-0とリードを広げる。

 大阪は7回裏、先頭の金田正泰が四球を選んで出塁、一死後土井垣武の右前打で一死一三塁、土井垣が二盗を決め、武智修に代わる代打本堂保次の右前タイムリーで1-2と1点差、しかし玉置玉一に代わる代打富樫淳の当りは一塁ファウルグラウンドへの小フライ、エンドランが掛かっていたのか一走本堂は戻れずダブルプレーで同点のチャンスを逃す。

 天保義夫は6安打1四球1三振の完投で5勝目をマークする。天保は戦時中の勤労奉仕で工場勤務の際、右手に大けがを負ったが、独特のナックルボールを習得して戦後も活躍を続け、今西錬太郎と共に阪急投手陣を支えていくことになる。

 強打を誇るダイナマイト打線も天保のナックルに沈黙した。

 大阪7回の攻撃、代打本堂のタイムリーで1点差に迫った一死一三塁で玉置玉一に代えて富樫淳を代打に起用して併殺でチャンスを潰した。このところ当りの止まってきているダイナマイト打線に、テコ入れ策としてこの日は打順を大きく変えてきた。三番を打っていた富樫はベンチスタートとなり、勝負所で玉置の代打に起用したが、玉置はここまで2打数2安打と一番当たっていた。結果論ではあるが、当たっている玉置の代打に富樫を起用した策が裏目に出たのである。

 首位独走の大阪であるが、ここ10試合は4勝5敗1分と負け越している。原因は自慢のダイナマイト打線に当りが止まってきていることである。そこで若林監督は大幅に打順を変更して気分転換をはかったが機能しなかった。

 根本原因は長打力不足にある。確かに打線がつながっての波状攻撃で得点力が高かったことからこの時期に「ダイナマイト打線」と名付けられたのが歴史的事実であるが、長打力が見劣りするのも歴史的事実であることを当ブログは伝えている。例えば、前日の太陽戦は延長12回2対2の引分けであったが、太陽の得点は全て長打を絡めてのものであったのに対して、大阪は8本のヒットが全てシングルであった。ダイナマイト打線の長打力不足解消は、別当の加入とラビットボールの導入まで待たなければならないのである。

2025年11月18日火曜日

ピンポン外交

 高市総理の発言を巡って、日中関係が悪化している。今こそ先人の叡智を見習い対処すべき時であろう。

 1971年の卓球世界選手権は名古屋で開催された。世界最強の中国チームは文化大革命の影響で世界選手権には2大会連続で出場しておらず、6年ぶりの世界選手権復帰となった。

 この大会での偶然のハプニングが世界を動かした。某アメリカ人選手が誤って中国チームのバスに乗り込んでしまった。当時の中国選手団はアメリカ選手との接触を禁じられていたが、中国選手団のリーダーであった荘則棟はそのアメリカ選手を暖かく迎えたのである。このニュースがきっかけとなって大会後にアメリカ卓球チームが中国に招待され、キッシンジャーが中国を訪問するなど米中関係が急接近することになった。当時の中国は隣国のソ連(現ロシア)との関係が悪化しており、外交戦略の見直しを模索していた。

 1972年7月に総理大臣に就任した田名角栄は、「コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれた行動力で電光石火の動きを見せ、同年9月に日中国交回復が実現した。更に中国は1か月後、日中親善の使者としてパンダのランランとカンカンを上野に派遣したのである。

 他の多くの方々の努力もあったが、偶然バスに乗り込んでしまったアメリカ選手に対する荘則棟の対応が世界を動かしたのである。なお、卓球に詳しくない方のために説明すると、卓球界における荘則棟の存在は、日本野球史における沢村栄治、長嶋茂雄、王貞治、大谷翔平に匹敵する歴史的名選手であった。

 筆者の父親は卓球でインターハイ優勝、国体出場のカットマンだった。小学校時代の筆者は、週末には市川市立真間小学校の体育館に連れて行かれてトップアマの下回転のカットボールを上回転のドライブで打ち返していた。1971年世界選手権は中学1年生の時で、中国の6年ぶり復帰で荘則棟が来日するというニュースはよく覚えている。中国チームは「友好第一」の態度で、どんな試合でも相手選手に1ゲームを与えるという試合運びであった。卓球では10対0の場合、スコンクゲームにしないように相手に1点与える慣習がある。近年では容赦なく11対0で勝つケースも出てきているが。

 なお、現在では「日中国交正常化」という表現が使われているが、NHKアーカイブで誰でも見ることのできる当時のニュースでも「国交回復」という表現が使われているように、当時は「日中国交回復」と呼ばれていたので本稿でもそれに従った。ご了承願いたい。


2025年11月16日日曜日

訂正のお知らせ

 昭和22年7月31日「太陽vs大阪6回戦」の両チームの勝敗と勝率が間違っていましたので修正しました。

 ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。

 

22年 7月 月間MVP

月間MVP

投手部門
 中日 藤本英雄 通算2度目 
 今月は9試合に登板して77回3分の1を投げて4勝3敗1セーブ、防御率0.93、WHIP0.74という安定した投球が光りました。

 別所昭は11試合に登板して93回3分の1を投げて7勝2敗、防御率1.25、WHIP0.90。勝星で藤本を上回りますが、投球内容で少し劣る。7月12日の大阪戦でリリーフに失敗して1回3分の0で自責点4。この試合が大きく響きました。仮にこのリリーフ失敗が無ければ防御率0.88、WHIP0.90になるので別所が受賞したでしょう。

 藤本と別所の対決は7日、25日、28日の3回で、対戦成績は1勝1敗1引分け。七夕決戦となった7月7日の延長12回0対0引分けの投げ合いは圧巻でした。

 大きく成長した今西錬太郎は8試合に登板して68回3分の1を投げて5勝2敗、防御率1.58、WHIP1.08。藤本と別所に肉薄してきました。

打撃部門
 太陽 森下重好 初受賞
 今月は75打数24安打、打率3割2分、13得点、14打点。二塁打3本、三塁打1本、本塁打は3打数連続を含む6本。文句なしの受賞と言えます。

 月間首位打者は金田正泰で打率3割6分。27安打と18得点もトップでした。
 打点は小松原博喜と平山菊二が18打点でトップ。二人とも打率は3割に届きませんでしたが勝負強さが際立ちました。

 大下弘が調子を上げてきて74打数25安打、打率3割3分8厘、10得点、13打点。二塁打4本、三塁打2本、本塁打3本。

 7月末時点での首位打者は3割2分1厘の川上哲治。1分差で金田正泰と大下弘が追う展開となっています。


2025年11月14日金曜日

22年 太陽vs大阪 6回戦

7月31日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 計
0 0 1 0 1 0 0 0 0  0   0   0  2 太陽 25勝37敗2分 0.403 真田重蔵 
0 0 0 0 0 0 0 2 0  0   0   0  2 大阪 44勝19敗2分 0.698 梶岡忠義

二塁打 (太)藤井
三塁打 (太)真田、荒川

勝利打点 なし


真田と梶岡の投げ合いで引き分く

 西宮の第2試合は真田重蔵と梶岡忠義の先発で午後3時23分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 大阪は初回、二死後好調富樫淳が中前打で出塁、藤村富美男の遊ゴロをショート松井信勝が一塁に悪送球して二死二三塁、しかし当たっている土井垣武は中飛に倒れて無得点。

 太陽は3回表、一死後辻井弘が中前打で出塁、藤井勇が左中間にタイムリー二塁打を放ち1点を先制する。更に第一打席で連続打数本塁打記録が途切れた森下重好が左前打を放って一死一三塁とするが、森下の二盗を土井垣が刺してチャンスを潰す。

 太陽は5回表、先頭の松井が四球を選んで出塁、真田がセンター右奥にタイムリー三塁打を放ち2-0とリードを広げる。

 太陽は6回表、一死後荒川昇治が右中間に三塁打を放ってチャンス到来、しかし後続が倒れて追加点はならず。一死三塁で打席が回ってきた松井はワンボールから3球連続ファウル、2球目か3球目はスクイズ失敗だったのではないか。ここで追加点が取れなかったのは痛かった。

 太陽は8回表、先頭の中谷順次の当りは遊ゴロ、これを好守を誇るショート長谷川善三が一塁に悪送球、打者走者の中谷は二塁に進んで無死二塁、ここから梶岡が圧巻の投球を見せ、三者連続三振でピンチを凌ぐ。

 梶岡の力投に応えたい大阪は8回裏、先頭の呉昌征が中前打で出塁、金田正泰が四球を選んで無死一二塁、富樫淳の三塁線ヒットで無死満塁、一死後土井垣の二ゴロは「6-4-3」と転送されるが二塁はアウトで一塁はセーフ、併殺崩れの間に三走呉はホームイン、更に二走金田も三塁ベースを蹴ってホームに突っ込みセーフ、2-2の同点に追い付く。

 土井垣の二ゴロが併殺だったら大阪は無得点であったが、併殺崩れとなって2点が入った。この二ゴロで土井垣には2打点が記録された。土井垣はプロ通算654打点を記録することになるが、その中に金田の好走塁による1打点も含まれている。

 この後も真田と梶岡の力投は続き、2対2のまま延長12回引分け。

 真田重蔵は144球を投げて8安打5四球2三振。

 梶岡忠義は155球を投げて5安打6四球5三振。

 1時間44分の激闘であった。
 

2025年11月8日土曜日

午前3時

高市総理が午前3時に国会答弁に備えた勉強会を行ったことが物議を醸しているそうな。

野党の議員からの質問は鋭いところを突いてくるので、担当の官僚が慎重を期して徹夜で答弁書を作成するなんてのはざらにあります。

私はサラリーマンを20年やってから国家公務員を20数年やって定年退職しましたが、午前3時からの海外機関との電話会議に駆り出されたこともありました。

時代に逆行する?

公務なんだから当り前田のクラッカーですね(笑)。

みんな使命感で仕事してるんですよ。

誰かがやらなければ世の中回らない。ただそれだけのこと。

当ブログが書かなければ一リーグ時代の真実は伝わらない。ただそれだけのこと。


22年 南海vs阪急 8回戦

7月31日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 0 0 0 0 0 0 2 3 南海 33勝28敗3分 0.541 別所昭 
0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 阪急 30勝34敗2分 0.469 今西錬太郎

勝利投手 別所昭        18勝10敗 
敗戦投手 今西錬太郎 14勝7敗

二塁打 (南)堀井、飯田 (急)日比野

勝利打点(南)坂田清春 2

猛打賞 (南)飯田徳治 4


別所が今西に投げ勝ちハーラートップ

 第16節初日、西宮の第1試合は別所昭と今西錬太郎の先発で午後1時33分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 今節から地方巡業が始まるが、南海と阪急は残留組で5試合を行うことになる。

 南海は2回表、一死後飯田徳治が左前打で出塁、堀井数男が三塁線を破る二塁打を放って一死二三塁、別所は四球で一死満塁、坂田清春の左犠飛で1点を先制する。

 阪急は4回裏、一死後坂元義一が左前打で出塁、日比野武のライト線タイムリー二塁打で1-1の同点に追い付く。

 中盤から後半は別所と今西の投げ合いが続いて試合は同点のまま最終回へ。

 南海は9回表、先頭の山本一人監督が中前打で出塁、一死後堀井の右前打で一三塁、堀井が二盗を決め、別所はこの試合3個目の四球で歩かされて一死満塁、ここで坂田が二前にプッシュバント、これがタイムリー内野安打となって2-1と勝越し、小林悟楼の一ゴロの間に三走堀井が還って3-1とする。

 別所昭は最終回も2三振を奪う力投、7安打1四球6三振の完投で17勝目をマークする。

 別所、今西の新時代エース同士の対決は別所が投げ勝ち、ハーラートップ独走態勢を築くことになった。

 坂田清春が先制の犠牲フライと決勝のスクイズバントを見せる活躍。

 坂田の決勝スクイズが何故プッシュバントだと分かるかについて解説しよう。プロ野球が採用している慶應式スコアカードには打球方向が記載される。坂田の記録は二塁へのゴロでバントを表す「BN」と内野安打を示す二重線が記されている。これは二塁前へのスクイズバントがタイムリー内野安打になったことを示しているため、二前プッシュバントと判断した。

*9回表、坂田清春が二前にプッシュバントスクイズを決めた場面。拡大鏡を使わないと見えないが、バントを表す「BN」と内野安打を示す二重線が記されている。

2025年11月6日木曜日

地方遠征

 第16節、第17節、第18節では地方遠征が行われる変則開催となります。

 各節とも、西宮と後楽園残留組は5試合、地方遠征組は2試合を行うことになりますので、各節毎の週間MVPの選出は困難となります。

 したがって、週間MVPの選出は、16節、17節、18節をまとめて行います。

 この間、42試合が行われますが、各チームの試合数は、

 南海、阪急、太陽、大阪が12試合。

 中日、東急、金星、巨人が9試合。

となりますのでご了承ください。


2025年11月5日水曜日

22年 第15節 週間MVP

週間MVP
投手部門
 阪急 今西錬太郎 2勝1完封。 ハーラー争いでは雲の上の存在だった別所と藤本に迫ってきた。

打撃部門
 太陽 森下重好 18打数9安打8得点6打点、4本塁打。 27日の阪急戦最終打席から28日の巨人戦にかけて、3四球を挟んで4打数連続本塁打を記録する。

殊勲賞
 中日 加藤正二 19打数6安打1得点4打点。V打2個で「加藤の乱 」。
 太陽 中谷順次 22打数6安打3得点7打点、2本塁打。 MVPの森下より打点が多い。
 大阪 金田正泰 23打数7安打。28日の東急戦で10回裏サヨナラ二塁打。 
 東急 黒尾重明 25日の大阪戦でダイナマイト打線を完封。 
 金星 大友一明 27日の阪急戦で決勝本塁打。今季4本のホームランは全て決勝本塁打。 

敢闘賞
 太陽 藤井勇  23打数8安打3得点2打点。 
 大阪 土井垣武 18打数7安打4得点5打点。 
 阪急 田中幸男 21打数7安打2得点1打点。 
 中日 三村勲  12打数6安打。 
 金星 酒沢政夫 18打数6安打2得点2打点。 

技能賞
 太陽 伊勢川真澄 25日の巨人戦で初回に2補殺。 
 中日 清水秀雄  27日の東急戦でゴロアウト18個。 
 金星 小前博文  18打数6安打。無安打が3試合と猛打賞が2試合。

2025年11月3日月曜日

22年 太陽vs巨人 11回戦

7月28日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 1 3 2 0 0 1 1 9 太陽 25勝37敗1分 0.403 真田重蔵
1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 巨人 31勝32敗1分 0.492 中尾輝三 諏訪裕良

勝利投手 真田重蔵 9勝12敗 
敗戦投手 中尾輝三 8勝7敗

本塁打 (太)森下重好 7号、8号、9号 中谷順次 4号

勝利打点(太)荒川昇治 4 

猛打賞 (太)森下重好 3


森下重好、4打数連続本塁打

 第15節最終戦。甲子園の第2試合は真田重蔵と中尾輝三の先発で午後3時20分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 太陽は初回、二死後森下重好がレフトスタンドに第7号先制ホームラン。前日最終打席から2打席連続本塁打となった。更に中谷順次、伊勢川真澄の連打で二死一二塁とするが後続なくこの回は1点止まり。

 巨人は1回裏、一死後田中資昭がセンター右にヒット、この日三番に入った多田文久三の右前打で一死一二塁、川上哲治の投ゴロで多田が二封されて二死一三塁、ここでダブルスチールを決めて1-1の同点に追い付く。

 巨人は今季初の重盗で田中資昭が本盗を記録。これでチーム重盗なしは阪急だけとなった。

 太陽は3回表、先頭の森下が四球を選んで出塁すると二盗に成功、一死後伊勢川真澄の遊ゴロで二走森下は三塁に向かい、ショート田中が三塁に送球するがセーフ、野選が記録されて一死一三塁、佐竹一雄が四球を選んで一死満塁、荒川昇治の右前タイムリーで2-1と勝ち越す。

 太陽は4回表、先頭の真田が中前打で出塁、二死後森下の打席でカウントツーボールツーストライクとなったところでワイルドピッチで真田は二進、一塁が空いたので森下は歩かされて二死一二塁、ここで中谷順次がレフトスタンドに第4号スリーランを叩き込んで5-1とリードを広げる。巨人ベンチはここで先発の中尾から諏訪裕良にスイッチ。

 大洋は5回表、先頭の佐竹が左前打で出塁、荒川も右前打で無死一二塁、松井信勝がセオリー通り三前に送りバントを決めて一死二三塁、真田のピッチャー強襲ヒットが2点タイムリーとなって7-0、トップに返り辻井弘がレフト線にヒット、レフト平山菊二がファンブルする間に二者進塁して一死二三塁、藤井勇は浅い左飛に倒れて二死二三塁、森下は敬遠気味に歩かされて3打席連続四球、中谷は遊ゴロに倒れて追加点はならず。

 太陽は8回表、先頭の森下がレフトスタンドに第8号を叩き込んで8-0とリードを広げる。一死後伊勢川、佐竹が右に連打、荒川昇治化も四球を選んで一死満塁とするが後続なくこの回は1点止まり。この粘りの攻撃が大記録に結び付く。

 太陽は9回表、二死後8回に続いて打席が回ってきた森下がレフトスタンドにこの日3本目となる第9号を叩き込んで9-0として試合を決める。

 真田重蔵は3安打3四球3三振の完投で9勝目をマークする。調子が上がらなかった真田もこのところ状態は上がってきている。

 巨人は千葉茂に続いて好調小松原博喜も欠場となって元気なく4回以降はノーヒット。

 森下重好は前日最終打席で第6号本塁打。本日は第1打席で第7号。そこから3打席連続四球が続いて8回に第8号。味方打線の頑張りで9回二死後に打席が回って来て9号本塁打。大谷翔平並みの活躍を見せた。

 一試合3本塁打は岩本義行以来の記録でタイ記録。前日からの4打数連続本塁打は空前絶後の大記録となった。

 「4打数連続本塁打」を検索してみると、ネット上には数多くの達成者リストが掲載されているが、どのサイトを見ても森下重好の記録は抜けている。当ブログが調べ切れていないだけかもしれないが、誰かの間違った記述がコピペされて出回っているだけのようだ。

 こう書くと、「二リーグ分裂後じゃぁ~~」という間抜けな言い訳をする輩が登場する。更に、「分裂」と書くと「分立じゃぁ~~」と駄々をこねる輩が登場するのも常である。

 当ブログからは、「真実は当ブログにある」という当り前田のクラッカーな事実をお伝えするだけである。

2025年10月31日金曜日

22年 南海vs中日 11回戦

7月28日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8  9  計
0 0 0 0 0 0 0 0  0  0 南海 32勝28敗3分 0.533 別所昭 
0 0 0 0 0 0 0 0 1X 1 中日 37勝24敗1分 0.607 藤本英雄

勝利投手 藤本英雄 16勝10敗 
敗戦投手 別所昭     17勝10敗

三塁打 (中)加藤

勝利打点(中)加藤正二 4


藤本が完封、加藤がサヨナラ三塁打

 後楽園の第2試合は別所昭と藤本英雄の先発で午後3時7分、池田球審の右手が上がりプレイボール。

 25日の10回戦に続いて両エースの対決となった。

 南海は初回、先頭の安井亀和がライト線にヒットから二盗を決めるが、二死後藤本の二塁牽制にタッチアウト。

 中日は1回裏、先頭の古川清蔵の当りは遊ゴロ、これをショート小林悟楼がエラー、金山次郎の投前送りバントは別所が二塁に送球して古川は二封で失敗、続く大沢清の右打ちはファーストライナー、一走金山は戻れず飯田徳治がベースを踏んでゲッツー。

 2回、3回と南海は三者凡退。

 中日は2回裏、先頭の加藤正二がストレートの四球で出塁、小鶴誠の中前打で無死一二塁、杉浦清監督が送りバントを決めて一死二三塁と先制のチャンス、しかし藤本は力んだか二飛に倒れ、藤原鉄之助は遊ゴロで無得点。

 中日は3回裏、先頭の三村勲が中前打で出塁、トップに返り古川が送って一死二塁、金山の左前打で一死一三塁と再び先制のチャンンス、ここでダブルスチールを試みるが、キャッチャー坂田清春からの送球をキャッチしたショート小林がホームに好返球して三走三村の本盗は失敗、大沢の右打ちも一ゴロに終わって無得点。

 序盤戦は中日が押し気味だったが中盤戦は南海が反撃した。

 南海は6回表、先頭の別所がレフト線にヒット、坂田が送りバントを決めて一死二塁、しかし後続が倒れて無得点。

 南海は7回表、先頭の河西俊雄が中前打で出塁、二死後飯田が四球を選んで一二塁とするが、堀井数男は一ゴロに倒れて無得点。

 中日は4回以降ノーヒット。

 南海も8回、9回と三者凡退。

 中日は9回裏、先頭の大沢が四球を選んで出塁すると代走に杉江文二を起用、ここで加藤正二が左中間を破り、快足杉江は二塁、三塁を回ってホームに還り、加藤のサヨナラ三塁打で中日が接戦を制す。

 加藤正二は26日の決勝本塁打に続く勝利打点を記録。「加藤の乱」は続いている。

 藤本英雄は4安打1四球3三振で今季4度目の完封、16勝目をマークしてハーラートップの別所に1勝差と迫った。

 藤本と別所の対決は今季5度目。

 4月29日の2回戦は別所が4対1で完投勝ち。6月1日の5回戦は藤本が2対0で完封勝ち。7月7日の7回戦七夕決戦は延長12回0対0の引分け。7月25日の10回戦は延長11回2対1で別所が完投勝ち。そして、本日の11回戦は1対0で藤本が完封勝ち。

 5度の対決は全て両投手が完投している。

2025年10月29日水曜日

WS 1試合長打4本

 2025年ワールドシリーズ第3戦は延長18回にドジャースが6対5でサヨナラ勝ちする歴史的な激闘となりました。

 ドジャースの大谷翔平は第4打席までに本塁打2本、二塁打2本を記録。第5打席以降は4連続申告敬遠と四球で9打席連続出塁、「長打4本」を記録しました。

 ワールドシリーズでの「1試合長打4本」は、1906年にシカゴ・ホワイトソックスのフランク・イズベル(Frank Isbell)が記録してから118年間誰も達成していませんでしたが、119年目に大谷翔平が記録したのです。

 フランク・イズベルは1901年にアメリカン・リーグが創設された初年度に、ア・リーグ最初の盗塁王になった好選手でした。

 以降の記述は「Baseball Reference」より。

 フランク・イズベルは1875年ニューヨークに産まれ、身長は5フィート11インチ(約180cm)、体重は190LBS(ポンド:約86kg)、一塁・二塁・外野を守っていました。ニックネームは「Bald Eagle」(ハクトウワシ=白頭鷲)。

 「Bald Eagle」は日本では「ハゲタカ」とされているようですが、アメリカの「国鳥」ですから正確に訳さないとトランプ大統領に怒られちゃいますよ(笑)。「ハゲタカ」の一般的な英訳は「vulture」とされています。

*フランク・イズベルが1試合4長打を記録した証拠書類。洋書「The World Series」(筆者蔵)より。「2B」の項に「Isbell 4」の記述が見られます。1906年ワールドシリーズ第5戦で二塁打4本を記録しました。


*この試合の勝利投手は「大」エド・ウォルシュ。1908年には40勝を記録することとなり、通算防御率「1.82」」は歴代No1とされています。

写真は「大」エド・ウォルシュのベースボールカード(筆者蔵:無断転載を禁ず)



2025年10月27日月曜日

22年 金星vs阪急 12回戦

7月28日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 金星 24勝39敗1分 0.381 重松通雄 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 阪急 30勝33敗2分 0.476 野口二郎

勝利投手 重松通雄   9勝7敗 
敗戦投手 野口二郎 10勝11敗

二塁打 (金)中村
本塁打 (金)大友一明 4号

勝利打点(金)大友一明 4


大友一明、今季4本目の決勝本塁打

 甲子園の第1試合は重松通雄と野口二郎の先発で午後1時35分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 金星は6回まで1安打無得点。阪急は6回まで2安打無得点。

 重松と野口二郎の投げ合いで試合は0対0のまま終盤へと向かう。

 金星は7回表、先頭の大友一明がワンストライクからの2球目をレフトスタンドに第4号ホームラン、1点を先制する。

 重松通雄はこの1点を守り切り、3安打4四球1三振で今季5度目の完封、9勝目をマークする。完封数では、現在17勝でハーラートップ別所昭の6度に次ぐ二位である。

 大友一明が、この試合両軍唯一の得点となる決勝本塁打を放った。大友は6月1日の阪急戦でもこの日と同様、野口二郎から決勝の逆転ツーランを放った。この時の勝利投手も重松だった。

 大友は4個目の勝利打点を記録したが、全て決勝ホームランである。

 今季、ここまでリーグ全体で133本の本塁打が記録され、その内決勝本塁打は14本であるが、複数の決勝本塁打を打っているのは大友一明の4本だけで、残りの10本は10人が1本ずつを打っている。

 大友は昭和11年のプロ野球初年度から在籍しているが、昨年までの通算本塁打数は3本だけで、今季の4本塁打が全て決勝本塁打という神懸かり的な活躍を見せている事実は、当ブログが発掘するまで語られたことはない。

2025年10月26日日曜日

22年 東急vs大阪 11回戦

7月28日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 計
0 0 0 0 1 0 0 1 1  0  3 東急 24勝35敗2分 0.407 一言多十 白木義一郎 
0 0 0 0 1 0 0 0 2 1X 4 大阪 44勝19敗1分 0.698 御園生崇男

勝利投手 御園生崇男 13勝0敗 
敗戦投手 白木義一郎 12勝13敗

二塁打 (東)熊耳 (大)金田
本塁打 (東)熊耳武彦 4号、大下弘 5号

勝利打点(大)金田正泰 5 

猛打賞 (東)熊耳武彦 2 (大)土井垣武 4


御園生崇男、開幕13連勝

 第15節最終日、後楽園の第1試合は一言多十と御園生崇男の先発で午後1時6分、西垣球審の右手が上がりプレイボール。

 東急は5回表、先頭の熊耳武彦がレフトスタンドに第4号ホームランを叩き込んで1点を先制する。

 大阪は5回裏、先頭の土井垣武が右前打で出塁、本堂保次の二ゴロをセカンド苅田久徳監督がエラーして無死一二塁、山口政信の遊ゴロは「6-4-3」と渡ってダブルプレー、二死三塁から長谷川善三が中前に同点タイムリーを放ち1-1と追い付く。

 東急は8回表、一死後大沢喜好が左前打で出塁、二死後鈴木清一の右前打で二死一三塁、飯島滋弥の打席でダブルスチールを決めて2-1と勝ち越す。

 東急は9回表、先頭の大下弘が右越えに第5号ホームランを叩き込んで3-1とリードを広げる。

 東急が終盤に大技小技でリードを取って試合は決したかに見えたのだが・・・。

 大阪は9回裏、先頭の藤村富美男が四球を選んで出塁、東急ベンチはここで一言をセンターに回して白木義一郎がマウンドに上がり、土井垣の右前打で無死一二塁、武智修の二前プッシュバントが内野安打となって無死満塁、玉置玉一に代わる代打若林忠志がスクイズを決めて2-3と1点差として一死二三塁、キャッチャー熊耳からの三塁牽制が悪送球となる間に三走土井垣が還って3-3の同点、一死三塁から長谷川の右飛で三走武智がタッチアップからサヨナラのホームを狙うが、ライト長持栄吉からの好返球にタッチアウト、試合は延長戦に突入する。

 東急が白木をリリーフに送った際、先発の一言がセンターに入ってセンター長持はライトに回っていた。この布陣がサヨナラ負けを回避したのである。

 東急は10回表、先頭の大沢喜好の当りは二ゴロ、これをセカンド武智が一塁に悪送球、トップに返り苅田が送りバントを決めて一死二塁とするが、後続が倒れて無得点。

 大阪は10回裏、ここまで投げ続けている先頭の御園生が四球を選んで出塁、一死後御園生が二盗に成功、ここで金田正泰がレフト線にサヨナラ二塁打を放ち大阪が激戦を制す。

 御園生崇男は9安打無四球1三振で10回を完投、開幕13連勝を飾る。

 大下弘の今季の打撃は流し打ちが多いことを当ブログは伝えている。先日の第4号ホームランも左中間を抜くランニングホームランであった。この日は久々に右越えの一発だった。ホームランダービーは青田昇が8本で突っ走っているが、この一発で大下の打撃が変わってくると面白い展開になるかもしれない。

2025年10月24日金曜日

訂正のお知らせ

 集計ミスにより、青田昇の本塁打数が間違っていました。

 6月22日の太陽戦で放った第6号が抜けており、7月20日の巨人戦での6号→7号と、7月27日の太陽戦での7号→8号を訂正しました。

 その他、本塁打数に関する記述を訂正しました。

 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。


2025年10月23日木曜日

22年 阪急vs太陽 10回戦

7月27日 (日) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 2 0 0 1 0 1 4 阪急 30勝32敗2分 0.484 天保義夫 森弘太郎 
0 0 1 2 0 0 0 4 X 7 太陽 24勝37敗1分 0.393 井筒研一

勝利投手 井筒研一 5勝5敗 
敗戦投手 天保義夫 4勝9敗

二塁打 (太)森下
三塁打 (太)藤井
本塁打 (急)青田昇 8号、田中幸男 2号 (太)森下重好 6号

勝利打点(太)藤井勇 5

猛打賞 (急)田中幸男 2


藤井勇、決勝三塁打

 甲子園の第2試合は天保義夫と井筒研一の先発で午後3時30分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は2回表、先頭の野口明の当りは遊ゴロ、これをショート蔵本光夫がエラー、続く楠安夫も遊ゴロ、今度は蔵本が巧みに捌いて「6-4-3」のゲッツー。

 太陽は3回裏、先頭の荒川昇治が右前打で出塁、一死後井筒が三遊間を破り一死一二塁、トップに返り辻井弘の二ゴロは「4-6-3」と渡るが一塁セーフ、この簡に二走荒川が三塁ベースを蹴ってホームイン、荒川の好走塁で1点を先制する。

 阪急は4回表、先頭の上田藤夫が中前打で出塁、青田が左中間スタンドに第8号逆転ツーランを叩き込んで2-1と試合をひっくり返す。

 太陽は4回裏、先頭の森下重好が左越えに二塁打、続く中谷順次の中前タイムリーで2-2の同点、センター青田がこの当りを後逸する間に打者走者の中谷は三塁に進み、一死後佐竹一雄の右犠飛で3-2と再逆転。

 阪急は5回表、先頭の荒川が三塁に内野安打、天保の二ゴロでランナーが入れ替わり、山田伝の右前打で一死一二塁、トップに返り田中の三ゴロが「5-4-3」と渡ってゲッツー。

 阪急は7回表、二死後田中がレフトスタンドに第2号同点ホームランを叩き込んで3-3と追い付くシーソーゲーム。

 阪急は8回表、先頭の青田が三塁に内野安打、野口明も一塁内野安打で無死一二塁、続く日比野武の遊ゴロで三塁に走った二走青田が三塁ベースをオーバーラン、7回の守備から蔵本に代わってショートに入っていた松井信勝は一塁に送球せず青田の動きを見て三塁に送球、青田は三本間に挟まれ、サード中谷が追いかけてキャッチャー伊勢川真澄に送球し、伊勢川が青田を追いかけてタッチアウト、この間に一走野口明は二塁から三塁に向かっていたが、これを伊勢川が追いかけてタッチアウト、「6-5-2・2」のダブルプレーとなった。伊勢川には2刺殺が記録される。

 太陽は8回裏、先頭の辻井が中前打で出塁、藤井勇が左中間に勝越しのタイムリー三塁打を放ち4-3とリード、続く森下がセンター左奥に第6号ツーランを叩き込んで6-3とリードを広げ、一死後伊勢川が中前打で出塁、二死後荒川が四球を選び、松井の左前タイムリーで7-3と突き放す。

 阪急は9回表、一死後山田の当りは遊ゴロ、これをショート松井が一塁に悪送球、トップに返り田中の三塁内野安打で一死一二塁、上田の二ゴロが野選を誘って一死満塁、青田の遊ゴロを松井は二塁に送球してまずツーアウト、セカンド荒川が一塁に転送するがセーフ、併殺崩れとなって三走山田が還り4-7、二走田中は三塁ベースを蹴ってホームを狙うがファースト佐竹がキャッチャー伊勢川に送球、三本間に挟まれた田中が三塁に戻ると伊勢川はサード中谷に送球、田中は再びホームに向かうがカバーに入ったピッチャー井筒に転送されてタッチアウト、「6-4-3-2-5-1」の併殺でゲームセット。

 井筒研一は9安打4四球4三振の完投で5勝目をマークする。4奪三振は7回と8回に奪ったものであった。

 太陽は藤井と森下の長打攻勢で快勝した。実況のとおり2つの変則併殺を含む4併殺で阪急を抑え込んだ。

 伊勢川真澄は8回の併殺で2個の刺殺を記録した。

 色々あった試合で目立たないが、3回裏に荒川昇治が見せた好走塁も勝因の一つであった。荒川は後にキャッチャーに転向して、昭和27年には捕手としてプロ野球記録として現在でも残る35盗塁を記録することになる。その俊足ぶりは、プロ入り初年度から当ブログの実況中継で数多く伝えている。