2014年4月5日土曜日

16年 名古屋vs黒鷲 8回戦


8月18日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9  計
0 0 0 2 0 0 0 0 1  3 名古屋 26勝30敗 0.464 河村章
0 0 0 0 0 0 0 0 0  0 黒鷲     16勝37敗 0.302 中河美芳

勝利投手 河村章   12勝6敗
敗戦投手 中河美芳 3勝6敗

三塁打 (名)古川
本塁打 (名)服部 7号、8号

勝利打点 服部受弘 5

ファインプレー賞 (黒)山田潔 8


服部受弘、2ホーマー

 名古屋は河村章、黒鷲は中河美芳の両左腕投手が先発。

 0対0で迎えた4回、名古屋は先頭の古川清蔵が四球を選んで出塁、服部受弘がレフトスタンドにツーランホームランを叩き込んで2点を先制する。

 名古屋は9回、一死後服部がレフトスタンドにホームランを叩き込んで3-0とする。


 この2発が本日の試合の全てであった。


 服部受弘はこれで今季の本塁打を8本とし、6本で並んでいた岩本義行を突き放してホームランダービー単独トップに立った。8本のうち6本は夏季シリーズに放ったものです。


 河村章は黒鷲打線を4安打に抑えて1四球1三振で今季3度目の完封、12勝目をあげる。




               *河村章は4安打完封で12勝目をあげる。






               *服部受弘が2本塁打を記録した名古屋打線。





 

16年 南海vs朝日 8回戦


8月18日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 南海 22勝30敗 0.423 川崎徳次 神田武夫
0 0 1 1 0 1 1 0 X 4 朝日 18勝37敗 0.327 福士勇

勝利投手 福士勇   13勝18敗
敗戦投手 川崎徳次 4勝13敗

二塁打 (南)岡村 (朝)伊勢川、福士
本塁打 (朝)灰山 1号

勝利打点 室脇正信 1


灰山元章、同点ホームラン

 南海は2回、二死後木村勉が四球で出塁、岡村俊昭の左中間二塁打で木村が還り1点を先制する。

 朝日は1回裏、先頭の坪内道則がレフト線にヒット、戸川信夫が送って一死二塁、灰山元章の三塁内野安打で一死一三塁、鬼頭政一の左飛で三走木村がタッチアップからホームを突くが、レフト鬼頭数雄からのバックホームにタッチアウト。この珍しい兄弟対決は兄貴が貫録を見せた。

 朝日は2回、二死後室脇正信が四球、前田諭治も左前打を放って一二塁とするが福士勇は捕邪飛に倒れて無得点。

 朝日は3回、二死後灰山がレフトスタンドにホームランを叩き込んで1-1の同点とする。

 更に4回、先頭の伊勢川真澄が左中間に二塁打、南海ベンチはここで先発の川崎から神田武夫にスイッチ、岩田次男の三ゴロの間に伊勢川は三進、室脇がセンター右にタイムリーを放って2-1と勝ち越す。

 朝日は6回、先頭の鬼頭政一の遊ゴロをショート前田貞行が一塁に悪送球、伊勢川が中前打、岩田が送って一死二三塁、室脇の左犠飛で3-1とする。

 朝日は7回、一死後福士が右中間に二塁打、トップに返り坪内の投ゴロに二走福士が飛び出し二三塁間に挟まれるが「1-5-6-5」と福士が粘る間に打者走者の坪内は二塁に達し、戸川信夫の右翼線タイムリーで4-1と着々と得点を重ねる。

 リードをもらった福士勇は後半調子を上げ、5安打5四球4三振1失点の完投で13勝目をあげる。


 南海投手陣は石田光彦の調子が上がらず、吉富欣也の登板も殆ど見られず、連日のように川崎徳次と神田武夫がマウンドに上がるが疲労の色濃く、朝日にも完敗した。


 朝日打線は10安打を放ち、灰山元章の一発、伊勢川真澄、室脇正信の殊勲打で完勝した。





               *福士勇は5安打完投で13勝目をあげる。














               *灰山元章が3回に同点ホームランを放った場面。















 

16年 阪神vs阪急 8回戦


8月17日 (日) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10  計
1 0 0 0 0 0 0 0 0  0   1 阪神 27勝27敗 0.500 松本貞一 若林忠志
0 0 1 0 0 0 0 0 0 1X  2 阪急 34勝20敗1分 0.630 江田孝 笠松実

勝利投手 笠松実       6勝7敗
敗戦投手 若林忠志 11勝10敗

勝利打点 なし


記録に表れない好走塁

 甲子園の第一試合が延長18回だったことから第二試合は午後4時半、金政卯一主審の右手が上がりプレイボール。


 阪神は初回、先頭の宮崎剛が四球で出塁、皆川定之の右前打で無死一三塁と先制のチャンス、カイザー田中義雄の当りはピッチャーの足元を抜くがセカンド伊東甚吉が捕ってそのまま二塁ベースを踏んで一塁に転送、「4B-3」の併殺が完成するが三走宮崎は動けず二死三塁、、松木謙治郎が四球を選んで二死一三塁、松下繁二が左前にタイムリーを放って1点を先制する。御園生崇男も三塁に内野安打して二死満塁、しかし野口昇は中飛に倒れ、この回阪神は3安打2四球で1点に終わった。結果的にこれが敗因となる。

 阪急も1回裏、先頭の西村正夫が四球で出塁、フランク山田伝が中前打、上田藤夫が送って一死二三塁、黒田健吾が四球を選んで一死満塁、しかし中島喬の投ゴロは「1-2-3」と渡ってダブルプレー。

 阪急は3回、先頭の西村が二打席連続の四球で出塁、山田が送って一死二塁、上田の投ゴロに山田が飛び出し二三塁間に挟まれタッチアウト、しかしこの間に打者走者の上田は二塁に進む。ここで黒田が左前に同点タイムリーを放ち1-1とする。

 阪神は4回から先発の松本貞一に代えて若林忠志をマウンドに送り込む。

 阪急先発の江田孝は4回まで5安打3四球と乱調、5回、先頭の宮崎を歩かせたところで阪急ベンチは二番手として笠松実をマウンドに送り後続を抑える。この後は両リリーフ投手の好投が続き試合は延長戦に突入。

 阪急は10回裏、先頭の笠松の遊ゴロをショート皆川が一塁に悪送球、トップに返り西村の送りバントが野選を誘い無死一二塁、山田の三前バントも内野安打となって無死満塁、上田の遊ゴロをショート皆川がジャッグルする間に三走笠松がサヨナラのホームに駆け込む。


 5回途中から登板の笠松実は6イニングを3安打1四球無三振無失点の好リリーフを見せて6勝目をあげる。


 阪神の直接の敗因は皆川定之のダブルエラーにあったが、初回の拙攻が悔やまれるところ。

 一方、阪急の勝因は3回同点に追い付いた場面、二三塁間に挟まれた山田が時間を稼ぎ打者走者の上田が二塁に達したことにある。これが黒田の同点タイムリーを呼び込んだ。阪急はこれで夏季シリーズ20勝6敗1分、勝率7割6分9厘として首位を独走。第一試合で引き分けた大洋が16勝7敗1分で6割9分5厘、巨人が14勝7敗2分の6割6分7厘で追うが阪急の優勝が濃厚になってきた。



 阪急好調の要因が井野川利春監督の掲げるスモールベースボールにあるのは論を俟たないところ。バントの多用が語られることが多いが、本日のフランク山田伝と上田藤夫の走塁のような記録に表れないプレーこそ評価されるべきでしょう。このようなプレーを拾い上げていくことが当ブログの目的でもあります。







 

2014年4月4日金曜日

生き残り策



 昭和16年8月18日付け読売新聞は昨日の大洋vs巨人7回戦を次のように報じている。


 「・・・この最高峰を行く敢闘魂が18回の力闘による疲労の故と第二試合の時間的余裕がないという理由をもって引分を宣告されたことは実に奇怪千万な措置であり聯盟が標榜する真摯敢闘引分廃止の一枚看板を冒涜すること甚だしく、敢えて引分を申出た大洋軍苅田監督並にこれを容認した二出川審判主任の措置は断乎糾弾すべきであるとともに頬被り主義の聯盟人の優柔不断な態度は全く論外であることを指摘したい。」



 この試合を「引分け」とすることは軍部の命令に違反することとなる。ところが連盟は苅田の申し出に組みした。このままでは軍部に睨まれるだけ、ということで、読売新聞はこのような記事を書かざるを得なかったのでしょう。この業界あげての柔軟性こそが、昭和19年までプロ野球を生き残らせたのである。






 

2014年4月3日木曜日

野手投げ その2



 日ハムの大谷が今季初登板。相変わらずの野手投げでコントロールがままなりません。当ブログの判断は、「全く進歩なし」です。


 当ブログは、大谷のピッチングに関しては極めて懐疑的に見ていることは2012年のセンバツの前から何度もお伝えしてきているとおりです。2012年3月18日付けブログ「二人のダルビッシュ」、2013年5月24日付けブログ「野手投げ」等でご確認ください。「職業野球 (スペース) 二人のダルビッシュ」、「職業野球 (スペース) 野手投げ」でグーグル検索していただければ簡単に見ることができます。


 大谷の投手としての実績は皆無です。甲子園では全く通用せず、勝負の3年夏は岩手県予選敗退、AAA世界野球選手権大会では指名打者としは活躍しましたがピッチングでは戦犯となっています。プロ入り後も全くコントロールが付かず、“野手投げ”は矯正されていません。


 一方、打者としての素質は数多くの方が認めているとおり、当ブログも群を抜いていると考えている点はセンバツ時点から全く変わりません。打撃に関する実績は現時点でも十分のパフォーマンスを示しています。


 何故大谷をピッチャーとして使わなければならないのか、理解に苦しみます。









 

16年 大洋vs巨人 7回戦



8月17日 (日) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0  0   0   0   0   0   0   0   0   0 1 大洋 33勝18敗1分 0.647 古谷倉之助 野口二郎
0 0 0 0 0 0 1 0 0  0   0   0   0   0   0   0   0   0 1 巨人 36勝13敗2分 0.735 澤村栄治

三塁打 (巨)川上

勝利打点 なし


巨人、二試合連続引分け

 巨人は二試合連続引分け。但し昨日は第二試合で日没であったが本日は第一試合で試合終了は午後4時である。この試合がなるはずのない引分けになった理由を苅田久徳は自伝「天才内野手の誕生」に次のように書いている。

 「・・・夏の太陽は容赦ない。ギラつく光量をたっぷり吸い込んだ、だぶだぶのユニフォーム。いまのように着がえ用などないときだ。プレーしていても不快感はたえず伴う。両軍選手の動きも、どこかけだるくなりがちだ。私は、むらむらと怒りを感じた。こんなままでやるのが、いいことなのか、プロとして恥ずかしくないプレーを見せることなのか。私は富樫理事⦅阪神⦆のところへヒザ詰め談判にいった。
 『これ以上選手に負担をかけたくない。ドローにしてくださいませんか』
 『いや、特例を認めるわけにはいかん』
 富樫理事とやり合ったのも、その“特例”であった。軍部からの通達で“真摯敢闘”の建て前から引き分けなしが原則。黒白を最後までつけるのが決められていた。・・・
 選手のためにやってるんだ、その自覚が私を激情に走らせた。処罰覚悟の上で、である。・・・私はいいたいことをいい、やりたいことをやった満足感に、ひとしきり浸ったものだ。」


 これがこの試合が実質今季初の引分けとなった真相のようである。

 但し、例によって苅田の自伝は苅田の記憶違いからか事実関係が間違っており、「こちらはもちろん、野口二郎をたてる。巨人は中尾が先発して、途中から沢村がリリーフに立つ。」と書かれているが、事実は大洋の先発は古谷倉之助であり野口二郎は6回途中からのリリーフ、巨人は澤村栄治が先発して18回を完投している。






 大洋は初回、一死後森田実が二塁に内野安打、しかし濃人渉の三ゴロは「5-4-3」と渡ってダブルプレー。

 巨人は1回裏、先頭の白石敏男が四球から二盗に成功して無死二塁、しかし水原茂は投ゴロ、千葉茂は二ゴロ、川上哲治は一ゴロに倒れて無得点。

 大洋は4回、一死後濃人が二遊間に内野安打、野口は左飛に倒れるが石井豊は四球を選んで二死一二塁、古谷の左前打で二走濃人は三塁ベースを蹴ってホームに向かうがレフト平山菊二からのバックホームにタッチアウト、大洋も無得点に終わる。

 巨人は6回、一死後中島治康の三ゴロをサード山川喜作が一塁に悪送球、吉原正喜が四球を選んで一死一二塁、大洋・苅田現場監督は先発の古谷を下げてライトから野口二郎をマウンドに呼び、ライトには浅岡三郎を入れる。平山の右飛で一走吉原が飛び出し、ライト浅岡からの返球に「9-3」と送球されてダブルプレー。苅田現場監督としても、こうもズバリ用兵が的中すると笑いが止まらないでしょう。

 巨人は7回、先頭の呉波がセーフティバントを決めて出塁、澤村が送って一死二塁、トップに返り白石がピッチャー強襲ヒット、水原が左前にタイムリーを放って1点を先制する。

 大洋は8回、先頭の織辺由三が中前打で出塁、トップに返り中村信一が送って一死二塁、森田の二ゴロで二走織部は三進、濃人が左前に同点タイムリーを放って1-1とする。

 延長に入って大洋は3安打、巨人は2安打で両軍無得点、上記のような経緯で異例の引分けが宣告される。試合開始午後1時7分、試合終了4時ちょうど、2時間53分の熱戦であった。


 野口二郎は12回3分の1を投げて5安打1四球1三振1失点。


 澤村栄治は18回を完投して10安打7四球1死球3三振1失点であった。澤村の球歴に残るこの試合のピッチングはほとんど伝えられておらず、初めて知る方も多いのではないでしょうか。兵役により手榴弾を投げ過ぎて肩を痛め、左手には貫通銃創を負い、マラリアに蝕まれて肩が上がらずサイドハンドに変わっていた頃の史実です。




            *澤村栄治と古谷倉之助-野口二郎の投げ合いを伝えるスコアカード




 










 

2014年4月1日火曜日

16年 黒鷲vs朝日 8回戦


8月17日 (日) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
4 0 0 0 1 2 0 0 0 7 黒鷲 16勝36敗 0.308 畑福俊英 金子裕 石原繁三
0 0 0 0 0 4 0 2 0 6 朝日 17勝37敗 0.315 山本秀雄 野村高義

勝利投手 畑福俊英 4勝8敗
敗戦投手 山本秀雄 5勝13敗
セーブ     石原繁三 2

二塁打 (黒)谷
三塁打 (黒)富松
本塁打 (朝)岩田 2号

勝利打点 なし

ファインプレー賞 (黒)山田潔 7


黒鷲、辛くも逃げ切る

 黒鷲は初回、先頭の山田潔がストレートの四球で出塁、宗宮房之助が左前打、玉腰忠義の二ゴロが「4-6-3」と渡ってゲッツー、二死三塁からキャッチャー伊勢川真澄の牽制悪送球で山田が還り1点を先制、中河美芳が四球で出塁、富松信彦の左中間三塁打で2-0、寺内一隆が左前タイムリーで続いて3-0、畑福俊英が三塁に内野安打、清家忠太郎が左前にタイムリーを放って4-0として試合の主導権を握る。

 黒鷲は5回、二死後玉腰が左前打で出塁、中河の右前打で玉腰は三塁に走り、ライト鬼頭政一からのバックサードが悪送球となる間に玉腰が還って5-0とする。

 黒鷲は6回、二死後清家が四球で出塁、谷義夫の左中間二塁打で清家が還り6-0、トップに返り山田が中前にタイムリーを放ち7-0として試合を決める、かに見えた。

 朝日は6回裏、戸川信夫が四球で出塁、灰山元章もストレートの四球を選んで無死一二塁、鬼頭は中飛、伊勢川は三振に倒れるが室脇正信が左前打を放って二死満塁、ここで岩田次男がレフトスタンドに満塁本塁打を叩き込み4-7として試合は風雲急を告げる。更に前田諭治、山本秀雄に代わる代打内藤幸三が連続ストレートの四球、黒鷲ベンチは先発の畑福俊英は限界と見て金子裕をリリーフに送り、坪内道則は中飛に倒れてスリーアウトチェンジ。

 黒鷲は先発の山本に代打を送った関係で7回から野村高義がマウンドに上がり、野村は7回、8回と無安打で無失点に抑える。

 朝日は8回裏、先頭の伊勢川のショートへの当りは山田のファインプレーに阻まれるが、室脇、岩田、前田と3連続四球、更に野村が押出し四球を選んで5-7、黒鷲は金子から三番手の石原繁三にスイッチ、坪内がレフト線にタイムリーを放って6-7と1点差に迫るが、戸川信夫に代わる代打広田修三が三振、灰山も三振に倒れてスリーアウトチェンジ。

 石原は9回も1三振を奪い無安打に抑えて当ブログルールによりセーブを記録する。


 朝日はよく追い上げたが序盤の2つの悪送球が響いた。黒鷲は冷や汗をかいたが8回冒頭の山田潔のファインプレーが見逃せない。抜けていれば同点となるところであった。


 満塁ホームランを放った岩田次男は昭和11年9月23日の金鯱戦で今はチームメイトとなった内藤幸三からプロ野球史上初の満塁ホームラン放っている。この時点で満塁ホームランを2本打っているのは他にジミー堀尾文人がいるが、兵役を挟んで2本打ったのは岩田が初めてである。


 朝日の追い上げを辛くも振り切った黒鷲は先発全員の11安打を記録した。