2021年2月3日水曜日

124年ぶり

 今年の節分は2月2日。

 2月2日が節分になるのは明治30年以来124年ぶりのこと、地球が太陽を一周するのがぴったり365日ではないので微調整するようです。

 明治30年といえば中馬庚の名著「野球」が発行された年です。「野球」に関しては中馬が書いたと考えられますが、技術的なことは青井鉞夫が書いたのではないかと推測しています。

 「増補」版には「増補者」として青井鉞夫の名前が明記されており、そもそも初版と増補版を比較すると技術面では同様な記述も多く認められることから、初版においても技術面は青井がサポートしていたと考えられるのです。

 中馬は選手としては一流ではなくマネージャーとしての資質が高かった。青井は日本野球史上初の「名投手」であり、明治29年5月23日に日本が初めて国際試合で勝利した時の「五番・ピッチャー」であった。中馬が技術面については青井に任せていたと考えるのが妥当である。

 中馬が「ベースボール」を「野球」と訳したのが明治27年秋のこと(君島一郎著「日本野球創世記」参照)、これをもって翌明治28年2月に「一高野球部史」が発行された。

 令和2年3月6日、鹿児島県鴨池市民球場で「日本野球誕生125周年中馬庚先生記念試合」東京大学vs鹿児島大学戦が行われました。「野球」という「訳語」の起源が一高野球部史が発行された明治28年(1895年)とされているようで、令和2年(2010年)が125周年と認定されたようです。もちろん、「野球」の起源はホーレス・ウィルソンが日本に「ベースボール」を伝えたとされる「明治5年」とされるのが一般的です。

*中馬庚著「野球」


*当ブログが持っているのは「増補版」で、「増補者」青井鉞夫となっている。


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