7月9日 (日) 甲子園
1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 3 0 4 0 1 0 1 9 阪急 9勝9敗1分 0.500 天保義夫
1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 朝日 6勝12敗1分 0.333 大橋一郎 菊矢吉男
勝利投手 天保義夫 1勝1敗
敗戦投手 大橋一郎 0勝3敗
三塁打 (朝)大島
勝利打点 坂田清春 2
両軍合わせて22四球
朝日は初回、一死後田中豊一が四球を選んで出塁、坪内道則のニゴロをセカンド上田藤夫が二塁に悪送球する間に一走田中は三塁に、打者走者の坪内も二塁に進んで一死二三塁、金光彬夫の三ゴロをサード坂井豊司は三走田中が飛び出したところにタッチに行くがセーフ、野選が記録されて一死満塁、菊矢吉男が押出し四球を選んで1点を先制する。
阪急は3回、先頭の伊藤健一が二遊間にヒット、トップに返り山田伝が四球を選んで無死一二塁、上田が送りバントを決めて一死二三塁、坂田清春が中前に逆転2点タイムリーを放って2-1、バックホームの間に打者走者の坂田は二塁に進み、髙橋敏は右飛に倒れるが、野口明はストレートの四球、三木久一も四球を選んで二死満塁、坂井が押出し四球を選んで3-1とする。
阪急は5回、先頭の坂田が三前にセーフティバントを決めて出塁、高橋が四球を選んで無死一二塁、ここでワイルドピッチが飛び出して無死二三塁、野口は遊飛に倒れるが、三木が四球を選んで一死満塁、朝日は8四球を乱発した先発の大橋一郎を下げてファーストの菊矢吉男をマウンドに送り込むが、坂井が三遊間にタイムリーを放って4-1、天保義夫の遊ゴロでショート伊藤はセカンドゲッツーを狙って二塁に送球するがこれが悪送球、三走高橋に続いて二走三木も還って6-1、高橋の生還に対して天保に打点が記録されて一死一二塁、伊藤の捕前の当りをキャッチャー吉田弘が三塁に送球するがセーフ、野選が記録されて一死満塁、トップに返り山田が押出し四球を選んで7-1とダメ押す。
阪急は7回、一死後山田が中前打で出塁、上田も中前打を放って一死一二塁、坂田は一飛に倒れるが、高橋の右前打で二死満塁、野口が押出し四球を選んで8-1とする。
阪急は9回、一死後高橋が四球で出塁、ここで菊矢がワイルドピッチ、野口の二ゴロをセカンド桜沢三郎がエラーして一死一三塁、三木の二ゴロで三走高橋が還り9-1、ここで菊矢がこの回2個目のワイルドピッチ、坂井も四球を選ぶが、天保は三ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。
天保義夫は4安打8四球4三振1失点、自責点ゼロの完投で今季初勝利をあげる。
朝日先発の大橋一郎が8四球、二番手の菊矢吉男が6四球を乱発し、阪急の天保も8四球、両軍22四球の乱戦ということで、12時31分に始まったこの試合は14時21分に終了、当時としては異例の9イニングでの試合時間1時間50分を要した。
阪急では坂井豊司が4四球、山田伝が3四球、髙橋敏が3四球を選び、野口明と三木久一も2四球と、5人で14四球を選んだのであった。
菊矢吉男が9回に1イニング2暴投を記録。菊矢は1939年に14暴投を記録して永く日本記録保持者であったが、この記録は1990年に最晩年の村田兆治が17暴投を記録して更新した。
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