2016年12月20日火曜日

鉄仮面


 表情を変えないピッチングスタイルで「鉄仮面」と呼ばれた加藤初氏の訃報が伝わっています。

 1971年オフ、ドラフト外でのプロ入りは巨人と西鉄の争いに絞られていました。当時の新聞報道で「西鉄の方が出番が多いと思う。」というコメントを目にした記憶があります。西鉄ファンの筆者としては、「よくぞ来てくれた」の感が強かったですね。


 黒い霧以降の西鉄では、1970年は河原がエースで東尾はまだひよっこ、1971年は巨人から譲ってもらった高橋明がエースで東尾はビース、1972年は東尾も成長しましたが加藤初がエースというのが現場感覚でしたね。


 東尾は、スポニチに連載された「我が道」で、加藤初をライバルとして切磋琢磨したこと、巨人へのトレードは最初は東尾の予定であったが加藤初が身代わりになってトレードされたことを明かしています。


 筆者の現場感覚では、「1971年に高橋明を譲ってくれたお礼に加藤初が巨人に行ったんだろうなぁ~」でした。加藤初の球歴を考えると、巨人行きは正解だったと思います。


 合掌。



*当時のサイン帳に残された太平洋時代の加藤初のサイン。



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