2014年2月6日木曜日

早慶戦



 森徹氏のご逝去を悼み、謹んでご冥福をお祈りいたします。


 森徹は早稲田大学出身のスラッガーとして知られていますが、早稲田高等学院の出身でもあることは意外に知られていません。ライバルの慶應義塾高等学校出身の筆者としては、早稲田高等学院(以下「学院」)vs慶應義塾高等学校(以下「塾高」)による「早慶戦」をお伝えいたします。なお、学院には前身となる第一高等学院及び第二高等学院を、塾高には前身となる旧・慶應普通部及び慶應商工を含めます。


第一章「政界編」
 学院からは石橋湛山、竹下登、河野洋平の三巨頭、塾高からは河野太郎(洋平の息子)、石原伸晃(慎太郎の息子)、中曽根弘文(康弘の息子)。学院が圧勝ですね。塾高は親の七光りだらけとは情けない。



第二章「実業界編」
 学院からは井深大(第一高等学院)、出井伸之の「ソニー」コンビ、海老沢勝二元「NHK」会長。塾高からは豊田章男「トヨタ」社長、椎名武雄元「日本IBM」社長、小林陽太郎元「富士ゼロックス」社長。ソニーは昨日(2014年2月5日)パソコン事業の売却を発表するなど“落ち目の三度笠”、海老沢元NHK会長は不祥事で会長就任即辞任という事でこちらは塾高が圧勝。



第三章「文化・芸能界編」
 この分野は私学の雄同士の対決とあって錚々たるメンツが揃っています。学院からは石川達三、森繁久彌、野村万作(狂言師、人間国宝)、青島幸男など。塾高からは浅利慶太、石原裕次郎、加山雄三、石坂浩二、千住博・明兄弟(妹の真理子も慶應女子高等学校)など。甲乙付け難いメンバー同士の争いということで延長28回引分けとさせていただきます(笑)。



第四章「スポーツ(野球以外)界編」
 学院からは大西鐡之祐・元ラグビー日本代表監督、川本泰三・元サッカー日本代表監督(現役時代はベルリンの奇跡でゴールを決めています)、藤田明 ・元日本水泳連盟会長など。塾高からは竹田恆和・日本オリンピック委員会会長、上田昭夫・元慶應ラグビー部監督、松岡修造(中退して柳川高校テニス部に転じる)など。こちらも評価基準が難解で引分けが妥当か(笑)。




第五章「野球界編」
 学院からは伊達正男(第二高等学院。昭和6年早慶戦三連投で名高い。昭和6年及び9年に大リーグ選抜チームと対戦した全日本のエース)、森徹(1959年本塁打・打点の二冠王)、西大立目永・元審判(甲子園の審判として銚子商業が江川の作新学院を破った試合では三塁塁審)など。塾高からは渡辺泰輔(甲子園出場、大学では完全試合、南海でも準エースとして活躍する)、佐藤友亮(一般入試。塾高では投手で2年生の時に夏の神奈川県予選決勝進出、大学では外野手に転向、西武でも外野手として活躍)、平光清・元審判(大学では1960年の“早慶六連戦”の時はマネージャー)など。慶應商工からは横沢七郎と白木義一郎、旧・慶應普通部からは三宅大輔、腰本寿、牧野直隆の殿堂入りトリオと新田恭一がいます。しかし選手としての実績では何としても森徹には勝てず学院が圧勝。




第六章「高校軟式野球界編」
 学院の軟式野球部はWikipediaによると「軟式野球部は全国レベル。全国に度々出場し、2012年の秋には関東の決勝で延長15回引き分け再試合という熱戦を繰り広げ、準優勝に輝いている。2013年には、関東大会準優勝・全国大会ベスト8、国体準優勝を果たした。」とのこと。塾高の軟式野球部は1964年には全国優勝、筆者が高校2年の時(1975年)
は五番ライトで夏の神奈川県大会に優勝しています。と言うことでこちらも引分けといきたいところですが、筆者が高校時代に学院と対戦した時はボロ負けしましたのでこの分野では学院の勝ちとしておきましょう(笑)。






*森徹は近年サインビジネスに力を入れている全国野球振興会の理事長なので森のサインカードは数多く発行されていますが、当ブログが所有しているのは「東京六大学」だけです。貴重な森徹の早稲田大学時代の写真となります。















 

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