2012年11月7日水曜日

15年 ジャイアンツvsイーグルス 5回戦



6月18日 (火) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9  計
0 0 2 0 2 0 0 5 3  12 ジャイアンツ 27勝14敗 0.659 中尾輝三 スタルヒン
0 0 0 3 0 0 0 0 0   3  イーグルス   23勝17敗1分 0.575 中河美芳 長谷川重一 小野寺洋 中河美芳

勝利投手 スタルヒン 15勝6敗
敗戦投手 中河美芳     4勝7敗

二塁打 (ジ)中島
本塁打 (ジ)川上 4号

勝利打点 川上哲治 6


川上哲治5打数4安打

 ジャイアンツは3回、先頭の八番千葉茂の遊ゴロをショート山田潔がエラー、中尾輝三は左飛に倒れ、トップに返り白石敏男が左前打を放って一死一二塁、平山菊二は遊飛に倒れるが川上哲治が右前に先制タイムリーを放って1-0、中島治康が左中間に二塁打を放って2-0とする。

 イーグルスは4回、一死後四番ピッチャー中河美芳がストレートの四球で出塁、谷義夫が左前打を放って一死一二塁、木下政文の右前タイムリーで1-2、ライト中島からの返球をカットしたピッチャー中尾は三塁に送球するがこれをサード楠安夫が後逸する間に谷も還って2-2の同点、玉腰忠義は捕邪飛に倒れるが清家忠太郎は四球、山田も四球を選んで二死満塁、ジャイアンツベンチはここで先発の中尾をあきらめてスタルヒンを投入、しかし岡田福吉の三塁内野安打で3-2と逆転に成功する。

 ジャイアンツは5回、二死後平山が右前打で出塁、川上が値千金の逆転ツーランをライトスタンドに叩き込んで4-3とする。

 ジャイアンツは8回、先頭の平山が左前打、川上が中前打、中島が右前打で無死満塁、五番吉原正喜のカウントノーストライクツーボールの時にイーグルスは先発の中河がファーストに回り二番手として長谷川がファーストからマウンドに上がる。しかし長谷川もボールを2つ続けて吉原が押出し四球を選んで5-3、この場合の与四球は中河に記録される。楠の左犠飛で6-3、呉波はストレートの四球で一死満塁、千葉に代わる代打隈部一朗が押出し四球を選んで7-3、スタルヒンの三ゴロで隈部が二封される間に三走吉原が還って8-3、トップに返り白石が中前にタイムリーを放って9-3とする。

 イーグルスは9回から三番手として小野寺洋が登板する。

 ジャイアンツは9回、先頭の川上が中前打、中島、吉原が連続四球を選んで無死満塁、楠、呉は連続三振で二死満塁、8回の守備からセカンドに入っている永澤富士雄が押出し四球を選んで10-3、スタルヒンも押出し四球で11-3、更に白石も押出し四球を選んで12-3、イーグルスは小野寺を下げて中河をマウンドに戻し、平山は左飛に倒れてスリーアウトチェンジ。

 スタルヒンは代わりばなに打たれた岡田の内野安打以降は無安打に抑え15勝目をあげてハーラートップの野口二郎に並ぶ。


 川上哲治は5打数4安打を記録して今季通算151打数52安打、3割4分4厘となって首位を行く鬼頭数雄3割8分5厘を追っている。



 この試合のイーグルスの投手起用は先発の中河美芳から二番手に長谷川重一、三番手に小野寺洋、四番手に再び中河美芳と、スコアカードの記載に従って実況中継させていただきました。しかし投手欄には二番手が小野寺で三番手が長谷川となっており記録も小野寺の記録と長谷川の記録が入れ違ってしまっています。翌日の読売新聞にも先発中河、二番手長谷川、三番手小野寺、四番手中河と書かれていますので実況中継通りのリレーであったと考えられます。

 本日の成績は公式記録には小野寺洋が1回を投げて1安打2四球1三振、失点1、自責点1、長谷川重一が3分の2回を投げて1安打5四球2三振、失点3、自責点3と記録されています。しかし小野寺と長谷川重一の成績が入れ違ったまま残されてしまったようです。小野寺の通算記録は日本プロ野球記録大全集では2試合に登板して3回を投げて被安打4、与四球4、奪三振1、失点2、自責点2となっています。小野寺の二度目にしてプロ生活最後の登板は8月7日の阪急戦で2回を投げて3安打2四球無三振、失点1、自責点1が記録されています。本日の小野寺の記録は長谷川に記録されてしまった3分の2回を投げて1安打5四球2三振、失点3、自責点3が正しいと考えられますので、小野寺洋の通算記録は2試合に登板して2回3分の2を投げて被安打4、与四球7、奪三振2、失点4、自責点4であったと考えられます。


 志度商業(現・香川県立志度高等学校)出身の小野寺洋がプロ野球に在籍したのは昭和15年だけで戦死することとなります。










*川上哲治が5打数4安打を記録したジャイアンツ打線。「交代欄」には8回途中から長谷川重一が二番手として登板して先発の中河美芳がファーストに回り、9回から小野寺洋が三番手として登板して四番手として中河が再登板したと記載されている。










*ところが投手成績欄には小野寺洋が二番手、長谷川重一が三番手となっており、小野寺と長谷川の成績が入れ違って記録されてしまったようです。






















 

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