2017年4月10日月曜日

長島甲子男の不思議


 昭和18年8月8日、朝日vs名古屋8回戦で、名古屋9回裏の攻撃、岩本章の代走に長島甲子男が起用された場面をお伝えいたしました。

 長島甲子男は昭和17年と18年は戦前の名古屋で、戦後になって昭和21年と22年は中部日本、23年は急映フライヤーズで選手登録されましたが、公式戦に出場したのはこの試合で代走に起用された1試合のみです。


 通算成績は1試合出場、0打数0安打0本塁打。選手の少ない時代に通算5シーズンに亘って選手登録されながら1試合のみの出場、不思議な球歴です。



*長島甲子男の名前がスコアカードに登場するのはこの場面だけです。








3 件のコメント:

  1. 長島甲子男は昭和17年5月25日に出場選手登録されていますが、その前に小田原の小峰球場でおこなわれた春季キャンプに、藤原鉄之助、野口正明、井上次平、上原稔、松崎喜義、岡本信雄の6選手と『ベースボールニウス・昭和17年3月1日号』に新人選手として紹介されていました。
    公式戦に1試合だけしか出場していないのは専らブルペン捕手を務めていたのではないかと考えています。他球団でもイーグルスの沼田春雄(名古屋養成)や阪急の石井武夫の例がありますので。

    ※ついでですが、また新たにブログを始めました。よろしくどうぞ。
    http://nipponshokugyoyakyu.blog.fc2.com/

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    1. それにしても名古屋は17年は古川清蔵、18年は藤原鉄之助がほぼ一人でマスクを被っている状況で、長島甲子男に出番がなかったのは不思議ですね。

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  2. 前年限りで正捕手服部受弘と第二捕手三浦敏一が入営して捕手が一人もいなくなった。それで、藤原、井上、長島、上原(公式登録されず)と4人も新人捕手を入団させ、本田親喜監督は『ベースボールニウス特別号・昭和17年3月22日』の中で「問題は名古屋軍の捕手であるが、これも新人藤原が他の三新人中一番、心臓も強いので起用出来そうに思うが、捕手こそは全チームの中心、女房役ともいうべき重要なポストであるから、これは今、藤原新人一本槍でゆくかどうか断言出来ない」と書いています。
    しかし、藤原は〝投手に返球ができなくなる〟というイップスにかかってしまい、外野から捕手未経験の古川が〝月給10円アップ〟の条件で回されます。さきの『ベースボールニウス』に「外野の古川や三塁の芳賀が捕手をやりたがっているから、この両君が或はマスクを冠るかも知れない」とありますので、元から本田監督は古川の捕手転向を構想していたようです。古川が捕手に回れば、外野が一つ空きますから、吉田猪佐喜、岩本章、桝嘉一、飯塚誠(小鶴)と人数に余剰なく起用できます。
    長島ですが、この選手はプロ入り前の鹿児島実業で中堅手と捕手の掛け持ちをやっていた程度だそうで、結局は実力云々の問題ではないでしょうか。

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