2026年1月18日日曜日

22年 南海vs金星 8回戦

8月9日 (土) 徳島西ノ丸

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 1 0 0 1 0 7 5 0 15 南海 36勝30敗3分 0.545 丸山二三雄
0 0 0 1 0 0 0 1 0  2  金星 25勝41敗1分 0.379 江田孝 三富恒雄


勝利投手 丸山二三雄 9勝8敗 
敗戦投手 江田孝        5勝16敗

二塁打 (南)安井、堀井 (金)西沢、坪内

勝利打点(南)堀井数男 5 

猛打賞 (南)河西俊雄 4、飯田徳治 5、堀井数男(5安打)3、丸山二三雄 1


堀井数男が5安打3打点

 第17節3日目、徳島西ノ丸の第1試合は丸山二三雄と江田孝の先発で午後零時58分、島球審の右手が上がりプレイボール。塁審は西園寺と国友で、地方遠征は審判員も若手が帯同している。

 南海は初回、二死後飯田徳治が三塁線を破るヒットで出塁、山本一人監督は四球で二死一二塁、堀井数男が中前に先制タイムリーを放ち1-0とリードする。

 南海は2回表、一死後丸山二三雄が遊失で出塁、筒井敬三はストレートの四球で一死一二塁、小林悟楼の三ゴロで二者進塁し、トップに返り安井亀和は四球を選んで二死満塁、河西俊雄の右前タイムリーで2-0とする。

 金星は4回裏、先頭の坪内道則監督が四球を選んで出塁、西沢道夫の左中間タイムリー二塁打で1-2と追い上げる。

 序盤戦は接戦の好ゲームであったのだが・・・。

 南海は5回表、先頭の安井が右中間に二塁打、河西は右に転がし二ゴロの進塁打となって一死三塁、二死後山本が四球を選び、堀井の中前タイムリーで3-1とする。

 南海は7回表、先頭の河西が中前打で出塁、飯田の遊ゴロをショート酒沢政夫がエラー、山本は四球で無死満塁、堀井の三前内野安打がタイムリーとなって4-1、朝井昇の中前2点タイムリーで6-1、丸山の中前打で再度無死満塁、金星ベンチはここで先発の江田から三富恒雄にスイッチ、一死後小林の遊ゴロをショート酒沢が2点タイムリーエラーして8-1、二死後河西の中前タイムリーで9-1、二死一三塁から河西が二盗、キャッチャー清原初男の悪送球があって三走小林が還りこの回7点、10-1と大量リードする。

 南海は8回表、先頭の山本がショートに内野安打、堀井の中前打で無死一二塁、浅井の左前タイムリーで11-1、丸山の右前打で無死満塁、筒井敬三が右前に2点タイムリーを放ち13-1として無死一三塁、筒井が二盗を決めて無死ニ三塁、二死後河西の三ゴロをサード清原が一塁に悪送球する間に二者還って15-1とする。

 金星は8回裏、酒沢と大友一明が連打、坪内のタイムリー二塁打で1点返すが焼け石に水。

 丸山二三雄は7安打2四球8三振の完投で9勝目をマークする。

 南海は20安打15得点。第16節の5試合で20打数9安打と当たっている堀井数男が6打数5安打3打点を記録した。南海は交代選手がおらず、9人全員が得点を記録。打点を記録したのは堀井数男と朝井昇が3打点、河西俊雄と筒井敬三が2打点で4人だけであった。

 金星守備陣は7失策。清原初男はキャッチャーとサードで悪送球を犯すというツイていない一日だった。

 南海守備陣は無失策だったので、特にグラウンド状態が悪かった訳では無さそうである。5回頃に小雨がぱらついたが、この影響も考えにくい。

 徳島西ノ丸球場でプロ野球が開催されたのはこの試合が初めてであったが、球場は戦前から存在しており、1943年には朝日軍が春季トレーニングを行った。この春季キャンプには、石丸進一と共に特攻で散ったことで知られる渡辺静も参加していたと言う(2023年2月24日付けNPBニュース「球場巡り・第63回」参照)。

2026年1月13日火曜日

22年 巨人vs大阪 11回戦

8月8日 (金) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 2 2 4 巨人 33勝34敗1分 0.493 多田文久三 諏訪裕良 
2 0 2 0 1 0 0 1 X 6 大阪 46勝22敗3分 0.676 梶岡忠義

勝利投手 梶岡忠義   11勝5敗 
敗戦投手 多田文久三 7勝6敗

二塁打 (巨)山川 (大)金田、土井垣
三塁打 (大)金田

勝利打点(大)金田正泰 6


ダイナマイト打線がつながり大阪が快勝

 西宮の第2試合は多田文久三と梶岡忠義の先発で午後3時丁度、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 大阪は初回、先頭の呉昌征が4球ファウルで粘って四球で出塁、塚本博睦は三塁線に内野安打で無死一二塁、金田正泰が左中間に2点タイムリー三塁打を放ち2-0とする。

 大阪は3回裏、先頭の呉昌征が三前に内野安打、一死後金田のレフト線二塁打で一死二三塁、藤村富美男は四球で一死満塁、土井垣武の打席でキャッチャー内堀保が三塁に牽制悪送球、三走呉が還って3-0、一死二三塁となって土井垣がスクイズバントを決めて4-0とリードを広げる。

 大阪は5回裏、一死後金田が四球を選んで出塁、二死後土井垣の中前打で一三塁、本堂保次の右前タイムリーで5-0と着々と加点。

 巨人は6回から先発の多田に代えて諏訪裕良をマウンドに送る。

 巨人は8回表、一死後平山菊二が中前打で出塁、楠安夫の遊ゴロでランナーが入れ替わり、武宮敏明が右前打を放って二死一二塁、諏訪も中前打で続いて二死満塁、トップに返り山川喜作がライト線にタイムリー二塁打を放ち二者を迎え入れ、一走諏訪も三塁ベースを蹴ってホームを狙うが、ライト塚本博睦からの返球を中継したファースト玉置玉一の本塁送球にタッチアウト、巨人は2点止まりに終わる。

 大阪は8回裏、先頭の土井垣が中越えに二塁打、二死後長谷川善三の中前タイムリーで6-2と突き放す。

 巨人は9回表、先頭の田中資昭に代わる代打古家武夫が左前打で出塁、千葉茂の右前打で無死一三塁、川上哲治は三振に倒れるが、小松原博喜の右犠飛で3-6、平山の右前打で二死一三塁、呉新亨が中前にタイムリーを放ち4-6と2点差に迫るが、最後は武宮が中飛に倒れて大阪が逃げ切る。

 梶岡忠義は終盤失点が続いたが、11安打7四球4失点の完投で11勝目をマークする。

 大阪はこのところ当りが止まっていたが、この日はダイナマイト打線がつながり着々と加点。

 守備では8回の塚本-玉置の中継プレーが光った。あそこで巨人に3点目が入っていたら試合はどう転んでいたか分からなかった。

2026年1月9日金曜日

22年 東急vs阪急 8回戦

8月8日 (金) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 東急 24勝39敗2分 0.381 白木義一郎 
0 1 0 0 0 0 0 0 X 1 阪急 34勝36敗2分 0.486 野口二郎

勝利投手 野口二郎     12勝11敗 
敗戦投手 白木義一郎 12勝15敗

二塁打 (急)楠、坂元

勝利打点(急)下社邦男 2


東急、最下位転落

 第17節2日目、西宮の第1試合は白木義一郎と野口二郎の先発で午後1時30分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は2回裏、一死後野口二郎が中前打で出塁、楠安夫の左中間二塁打で一死二三塁、下社邦男の遊ゴロで三走野口二郎が本塁に向かい、ショート鈴木清一がバックホームするがセーフ、野選が記録されて1点を先制する。

 野口二郎は2安打1四球6三振で今季3度目の完封、12勝目をマークする。2回は長持栄吉に最初のヒットを許すが併殺で切り抜け、6回は苅田久徳監督に2本目のヒットを許したが苅田の二盗をキャッチャー楠安夫が刺した。

 戦後は技巧派に転向した野口二郎もこの日は力投して6奪三振。6回以降は4イニング連続で奪三振を記録し、東急打線を28人で零封した。

 東急守備陣は良く守った。2回、3回のピンチを併殺で切り抜け、7回は二死二塁から田中幸男の中前打をセンター一言多十のバックホームで刺して失点を防いだ。

 東急は昨日巨人戦の川崎徳次に続いて2試合連続完封負けで、金星とはゲーム差は無いが勝率で下回り最下位に転落。得点源の大下弘が2試合連続無安打だった。

2026年1月8日木曜日

22年 大阪vs阪急 10回戦

8月7日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 1 0 0 0 0 1 大阪 45勝22敗3分 0.672 御園生崇男 
0 0 0 0 1 0 0 1 X 2 阪急 33勝36敗2分 0.478 今西錬太郎

勝利投手 今西錬太郎 15勝8敗 
敗戦投手 御園生崇男 13勝1敗

二塁打 (大)藤村

勝利打点(急)田中幸男 3

御園生崇男、開幕13連勝でストップ

 西宮の第2試合は開幕13連勝継続中の御園生崇男とハーラー第3位の今西錬太郎との先発で午後3時15分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 大阪は2回表、先頭の藤村富美男が中越えに二塁打を放って無死二塁と先制のチャンス、しかし本堂保次の右飛で二走藤村が飛び出してしまいライト坂元義一からの送球にタッチアウト。

 大阪は5回表、先頭の藤村がストレートの四球で出塁、本堂は三振に倒れるがスリーストライク目に藤村が二盗に成功、キャッチャー日比野武の悪送球もあって藤村は三塁に進み、玉置玉一の三ゴロの間に藤村が還って1点を先制する。

 御園生崇男は4回までパーフェクトピッチング。

 阪急は5回裏、先頭の野口明が初球をレフトスタンドに同点ホームラン、1-1とする。

 大阪は8回表、先頭の玉置玉一が三遊間に内野安打で出塁、土井垣武は遊ゴロで玉置は二封されて一死一塁、長谷川善三の遊ゴロが「6-4-3」と渡ってダブルプレー。

 阪急は8回裏、先頭の下社邦男が左前に流し打って出塁、荒木茂は中前打、今西も中前打で一死満塁、トップに返り田中幸男の左犠飛で2-1と勝ち越す。

 大阪は最終回、二死後塚本博睦が右前打を放って粘りを見せるが、続く金田正泰は中飛に倒れて阪急が逃げ切る。

 今西錬太郎は3安打2四球5三振、自責点ゼロの完投で15勝目をマークする。今西の武器はシュートであるが、8回のピッチングではシュートで詰まらせてピンチを凌いだ。

 開幕13連勝の御園生崇男は連勝ストップ。

 日本のプロ野球史上、通算百勝は1939年にスタルヒンが第1号で達成し、1942年に若林忠志と野口二郎が2号、3号で達成。御園生崇男は今季7月17日の中日戦で史上4人目の通算百勝を達成、開幕連勝記録も13まで伸ばしてきたが遂に初黒星となった。

2026年1月6日火曜日

22年 東急vs巨人 7回戦

8月7日 (木) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 東急 24勝38敗2分 0.387 北川桂太郎 
0 0 0 2 0 0 0 0 X 2 巨人 33勝33敗1分 0.500 川崎徳次

勝利投手 川崎徳次   12勝8敗 
敗戦投手 北川桂太郎 2勝9敗

二塁打 (東)長持 (巨)平山

勝利打点 なし

猛打賞 (巨)小松原博喜 4


川崎徳次、7度目の完封

 第17節初日、西宮の第1試合は北川桂太郎と川崎徳次の先発で午後1時34分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 巨人の小松原博喜は、第15節最終戦から欠場して桐生遠征にも参加できなかったが復帰して五番に入った。

 巨人は4回裏、一死後小松原博喜が左前打で出塁、平山菊二の中越え二塁打で一死二三塁、呉新亨の右飛をライト長持栄吉が落球、三走小松原が還って1点を先制、一死二三塁から内堀保の二ゴロの間に三走平山が還って2-0とする。

 川崎徳次は好調なピッチングを見せ、6安打1四球三振で今季7度目の完封、12勝目をあげる。完封数では別所昭と並んでいたが、単独トップに立った。

 巨人4回裏の攻撃、一死二三塁で呉新亨の右飛をライト長持が落球したが呉新亨には打点が記録された。これは、長持が捕球していても三走小松原がタッチアップからホームに還ることができる飛距離があったと判断されたためであり、当時は公式記録ではないが呉新亨には「犠牲フライ」が記録され、これも当時は公式記録ではないが「勝利打点」も記録された。更に、二走平山は三塁に進んだだけであったが、呉新亨は全力疾走を怠らなかったため二塁に達した。続く内堀の一死二三塁から二ゴロで三走平山が生還したが、呉新亨が一塁に止まっていたらゲッツーだった可能性もある。

 二走平山は、呉新亨の右飛の飛距離とライト長持の捕球体勢を見て、タッチアップから三塁を狙えると判断していたのかもしれない。この状況であれば平山が三塁ストップとなったのは当然であるが、呉新亨の全力疾走は「基本」ではあるものの高く評価できる。

2026年1月2日金曜日

第16節終了

  既報のとおり、第16節~18節は地方遠征が行われ、各節とも残留組が5試合で遠征組が2試合という変則開催となるので週間MVPの表彰は3節合算となる。

 第16節の結果を見ると、5試合組では大阪の藤村富美男が21打数9安打6打点、阪急の日比野武が14打数8安打、南海の堀井数男が20打数9安打。

 日比野はシーズン当初からマスクを被り続けてきたが、このところ楠安夫との併用になったため打席数は少ないが、前節まで2割7厘だった打率を2割3分5厘まで上げてきた。

 藤村は3日の南海戦で三塁打2本、4日の太陽戦で二塁打2本。中距離打者だった藤村富美男はこの後長距離打者へと変貌を遂げていくが、この2試合がターニングポイントとなったのである。

 2試合組では中日の藤原鉄之助が7打数5安打、巨人の田中資昭が9打数5安打2盗塁だった。

 投手では太陽の真田重蔵が7月31日の大阪戦で12回を完投して2対2の引分け、8月2日の大阪戦も12回を完投して0対0の引分け、4日の大阪戦は若林忠志に投げ勝って完投勝利であった。


2025年12月31日水曜日

20th Century Boy

 2025年12月31日、NHK-BSで熱談プレイバック「ミスタープロ野球・長嶋茂雄のドラマチック人生」が再放送された。

 佐倉一高時代の大ホームラン、天覧ホームラン、引退試合での通算444号ホームランを講談師神田春陽が語るという内容だったが、最後の引退式でのシーンで流れてきたのがT.レックスの「20th Century Boy」であった。

 1973年の楽曲「20th Century Boy」は、後に唐沢寿明主演で映画化された「20世紀少年」の主題歌に使われたのでその時知った方も多いのではないか。

 現役時代の長嶋にはあまり興味は無かったが、中学時代にT.レックスは聞きまくっていたのでイントロが流れてきた瞬間理解できた。長嶋引退の前年にヒットしたことから引退シーンに使われたのだろう。

T. Rex - 20th Century Boy (1973)