2012年12月29日土曜日

15年 南海vsタイガース 7回戦


7月19日 (金) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9  計
0 0 0 0 0 1 1 0 2  4 南海          16勝36敗3分 0.308 劉瀬章 天川清三郎
0 0 0 0 0 4 1 0 X  5 タイガース 31勝21敗3分 0.596 亀田敏夫 木下勇

勝利投手 木下勇 10勝8敗
敗戦投手 劉瀬章   2勝5敗

二塁打 (南)前田 (タ)田中、木下
三塁打 (南)清水

勝利打点 若林忠志 2


木下勇10勝目

 1回、2回とヒットのランナーを生かせなかった南海は3回、一死後岩出清が中前打、藤戸逸郎も中前打で続いて一死一二塁、清水秀雄が三振に倒れて二死一二塁となったところでタイガースベンチは先発の亀田敏夫から木下勇にスイッチする。左腕の亀田は左の強打者清水までで、最近3試合で11打打数4安打と当っている四番吉川義次にアンダーハンドの木下をぶつけてきた。ところが吉川は中前打、二走岩出は三塁ベースを蹴ってホームを突くがセンター堀尾の強肩にタッチアウト。野球は筋書きのないドラマです。

 南海は6回、清水が右中間に三塁打、吉川は浅い中飛に倒れて一死三塁、木村の一直を捕球したファースト松木謙治郎は三走清水の飛び出しを見て三塁に送球するがこれが悪送球となる間に清水が還って1点を先制する。

 タイガースは6回裏、一死後カイザー田中義雄が一塁に内野安打、松木の右前打で一死一二塁、宮崎剛の当りはピッチャーを襲い劉瀬章が弾いた白球はセカンド上田良夫の目の前に飛んでお誂え向きのゲッツーコースとなり上田が二塁に送球するがこれが悪送球となって白球が転々とする間に二走田中は一気にホームインして1-1の同点とする。翌日の読売新聞には「宮崎の併殺球とも覚しき投触二ゴロを上田が二塁に悪投」と書かれています。一走松木は三塁に、打者走者の宮崎も二塁に進む。森国五郎に代わる代打若林忠志の遊ゴロをショート前田貞行がエラーする間に三走松木が還って2-1と逆転、若林には打点が記録される。木下が左前にタイムリーを放って3-1、南海ベンチはここで劉から天川清三郎にスイッチ、トップに返りジミー堀尾文人も左前にタイムリーを放って4-1と突き放す。

 南海は7回、一死後前田が三塁に内野安打、天川の二ゴロをセカンド宮崎が二塁に送球するがこれをショート皆川定之が落球、トップに返り岩出の一ゴロの間に二者進塁して二死二三塁、ここで木下がボークを犯して2-4とする。

 タイガースは7回裏、一死後田中が四球から二盗に成功、松木のライトライナーを岩出が落球して一死一三塁、宮崎の三ゴロの間に三走田中が還って5-2とする。

 南海は9回、一死後上田に代わる代打伊藤経盛が四球を選んで出塁、前田が右翼線に二塁打を放って一死二三塁、天川に代わる代打岡村の左飛で三走伊藤はタッチアップからホームに向かう。タイミングはアウトであったがレフト中田金一からのバックホームが逸れて伊藤がホームインし3-5、記録は中田のエラーで岡村には犠飛は記録されない。この間に二走前田も三塁に進んで二死三塁、トップに返り岩出の三ゴロをサード伊賀上良平がエラーする間に前田が還って4-5、しかし藤戸に代わる代打国久松一に二ゴロで岩出が二封されてゲームセットを告げるサイレンが高々と鳴り響く。


 3回途中からロングリリーフの木下勇は6回3分の1を投げて5安打1四球3三振1ボーク、4失点ながら自責点はゼロで10勝目をあげる。タイガースは6回に若林忠志を代打で使ってしまいリリーフには出せないので最終回は苦しいピッチングとなったがギリギリ粘った。


 本日の第一試合は両軍合わせて3安打、第二試合は両軍合わせて7エラーでタイガースの5得点と南海の4得点は全て自責点は記録されていない。身体は内地に残っているが心は既に遠く満州に飛んでいるようです。











              *ロングリリーフとなった木下勇は10勝目をあげる。
















     *木下勇が打っても4打数2安打と活躍したタイガース打線。













*昭和26年西鉄時代の木下勇のサイン。左隣は今久留主淳、右隣は久喜勲、その右は塚本悦郎。木下は戦争を生き延びて戦後は大陽ロビンスから西鉄クリッパースを経て西鉄ライオンズの結成に参加する。プロ野球には1952年まで在籍して通算70勝を記録、その後は山陰高校野球界の指導者として岡本利之と共に山陰高校球界の重鎮となる。戦争を生き延びるとサインも残っているものです。木下と共に昭和15年に活躍した三輪八郎は戦死しましたのでサインは見かけたことがありません。

















 

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