2025年9月15日月曜日

22年 第14節 週間MVP

週間MVP 

投手部門
 巨人 川崎徳次 1 2勝0敗1完封。快調巨人を引っ張る。

打撃部門
 巨人 平山菊二 1 19打数4安打2得点7打点。快調巨人のポイントゲッター。

 殊勲賞
 阪急 天保義夫 1 7月18日の大阪戦、1対0の完封勝利。
 阪急 荒木茂  1 7月18日の大阪戦、1対0の試合で決勝打と猛打賞。
 中日 清水秀雄 2 19日の阪急戦で9回に決勝本塁打。完投勝利の二刀流。
 東急 一言多十 2 2試合連続勝利打点。
 南海 山本一人 1 19打数3安打5得点3打点、本塁打2本。

敢闘賞
 巨人 小松原博喜 2 17打数7安打4得点3打点。平山と共に快調巨人を打で引っ張る。
 大阪 長谷川善三 2 15打数8安打1得点2打点、犠打2個。猛打賞2回。
 中日 藤原鉄之助 1 18打数7安打2打点。
 大阪 富樫淳   1 21打数7安打2得点3打点。猛打賞2回。
 巨人 田中資昭  1 20打数6安打。

技能賞
 東急 江田孝  1 18日の金星戦で本盗と二盗。
 南海 安井亀和 2 14打数6安打3得点2打点、3盗塁4四球。
 南海 中谷信夫 1 20日の太陽戦でプロ入り初完封。

2025年9月14日日曜日

人生初のエンタイトルツーベース

 2019年から始めた還暦野球も今季で7シーズン目。

 6月に品川ビッグスターズから横浜ファイターズに移籍しました。

 横浜では神奈川還暦野球連盟(神還連)のリーグ戦の他に、横浜市の7チームが集まる「ひまわりリーグ」があります。

 7チームのうち3チームは神還連一部の港南クラブ、横浜球和会、港南Sクラブの強豪が参加しています。3チームとも横浜高校、横浜商業(Y校)のOBが集まる全国的にも強豪で有名なチームで、こんなところと年間3~4試合ずつ対戦できるのだから東京よりもはるかにレベルが高い。

 高校時代は神奈川軟式でしたので、横浜やY校の選手などはるか頭上の星で同じ土俵に上がれる資格などありませんでしたが、50年を経て同じグラウンドで戦えるまで来ました。

 神還連のリーグ戦は60歳以上しか参加できませんが、ひまわりリーグでは56歳以上の選手も一チーム3人まで参加できるルールです。

 昨日の港南Sクラブとの試合では、相手投手は56歳の期待の若手でした。第一打席、二死三塁で10歳若い投手からレフトオーバーのワンバウンドでフェンスを越えるタイムリーエンタイトルツーベース。

 今年は春から24キロのダンベルトレーニングを中心に、体幹、背筋、ランニングに特化してきました。高校、大学、草野球、還暦野球を通じて、右中間や左中間を破る二塁打、三塁打は数多く打ってきましたが、ワンバウンドでフェンスを越えるエンタイトルツーベースは人生初です。

 残る目標は、人生初のオーバーフェンスホームランですね(笑)。

22年 金星vs南海 7回戦

7月21日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 3 0 0 3 金星 21勝37敗1分 0.362 三富恒雄 江田孝 
0 3 0 0 1 0 0 4 X 8 南海 31勝24敗3分 0.564 別所昭

勝利投手 別所昭   16勝9敗 
敗戦投手 三富恒雄 3勝8敗

二塁打 (南)別所、坂田
本塁打 (南)山本一人 5号

勝利打点(南)別所昭 2


別所がハーラー単独トップに立つ

 第14節最終戦、甲子園の第2試合は三富恒雄と別所昭の先発で午後3時42分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 南海は2回裏、先頭の飯田徳治が左前打で出塁、別所が左中間にタイムリー二塁打を放ち1点を先制、坂田清春も中越えにタイムリー二塁打で続いて2-0、小林悟楼の右前打で無死一三塁、トップに返り安井亀和の三塁線タイムリーでこの回3点を先制する。

 南海は5回裏、先頭の山本一人監督がレフトスタンドに第5号ホームランを叩き込んで4-0とリードを広げる。

 金星は7回表、先頭の西沢道夫の当りは遊ゴロ、これをショート小林が一塁に悪送球して打者走者の西沢は二塁に進み、清原初男の中前タイムリーで1点返して1-3、バックホームの間に打者勝者の清原は二塁に進み、小前博文の中前打で無死一三塁、三富に代わる代打内藤幸三の一ゴロで一走小前が二進して一死二三塁、二死後山本秀男に代わる代打重松通雄がレフト線に2点タイムリーを放ち3-4と1点差に迫る。

 金星は先発の三富に代打を送ったので7回から江田孝が二番手としてマウンドに上がる。

 南海は8回裏、先頭の安井が四球を選んで出塁、河西俊雄の右前打で無死一二塁、田川豊が三前に送りバントを決めて一死二三塁、山本の遊ゴロで三走安井がホームに突っ込み、ショート酒沢政夫からの本塁送球が悪送球となって5-3、山本が二盗を決めて一死二三塁、堀井数男の遊ゴロを酒沢が失する間に三走河西が還って6-3、堀井が二盗を決めて再度一死二三塁、飯田の遊ゴロの間に三走山本が還って7-3、別所の中前タイムリーで8-3と突き放して試合を決める。

 別所昭は6安打2四球1死球2三振の完投で16勝目をマーク、ハーラー単独トップに立つ。

 南海は3連勝で貯金を7とした。昨年の覇者も一時貯金1まで低迷していたが、田川豊と飯田徳治が怪我から復帰して復調してきた。二位中日とは2.5ゲーム差である。

2025年9月11日木曜日

22年 大阪vs巨人 10回戦

7月21日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 大阪 41勝17敗1分 0.707 渡辺誠太郎 梶岡忠義 
0 0 0 0 2 1 1 0 X 4 巨人 30勝28敗1分 0.517 川崎徳次

勝利投手 川崎徳次   10勝7敗 
敗戦投手 渡辺誠太郎 2勝2敗

二塁打 (巨)武宮
三塁打 (巨)川崎、山川
本塁打 (巨)小松原博喜 4号

勝利打点(巨)川崎徳次 1

猛打賞 (巨)田中資昭 1


巨人、今節5戦5勝

 後楽園の第2試合は渡辺誠太郎と川崎徳次の先発で午後3時8分、国友球審の右手が上がりプレイボール。

 この日の川崎はプロ入り最高とも言える投球で、5回まで大阪打線を15人で抑えるパーフェクトピッチング。

 巨人は5回裏、先頭のベテラン林清光が左前打で出塁、一死後川崎がセンター左奥にタイムリー三塁打を放ち1点を先制、トップに返り山川喜作も右越えにタイムリー三塁打で続き2-0とリードする。大阪はここで先発の渡辺に代えて梶岡忠義をマウンドに送り後続を抑える。

 巨人は6回裏、好調が続く小松原博喜がレフトスタンドにホームランを叩き込んで3-0とする。

 巨人は7回裏、先頭の山川喜作が三遊間にヒット、田中資昭の右前打で無死一三塁、千葉茂の右前タイムリーで4-0、着々と加点する。

 大阪は8回表、先頭の本堂保次が中前にチーム2本目のヒットで出塁、一死後長谷川善三の右前打で一二塁、二死後トップに返り呉昌征が四球を選んで二死満塁、金田正泰の一塁内野安打がタイムリーとなって1点を返すが反撃もここまで。

 川崎徳次は4安打1四球1三振の完投で10勝目をマークする。打っても決勝三塁打を放つ活躍であった。

 打撃好調が続く小松原博喜が梶岡忠義から第4号本塁打を放った。小松原は4本の内3本を梶岡から打っており、梶岡も被本塁打6本の内3本を小松原に打たれている。小松原は元祖・梶岡キラーと言える。

 巨人は今節5戦5勝で、借金3から貯金2まで浮上してきた。

 投手陣では川崎、中尾、多田が安定しており、打撃陣では五番平山と六番小松原が好調で、三番千葉と四番川上が出塁して平山、小松原が返す得点パターンが多い。田中資昭と山川喜作にも当りが出てきており、結果から見ても当然であるが現在チーム状況は八球団でトップである。

2025年9月10日水曜日

22年 東急vs太陽 8回戦

7月21日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 1 3 0 0 0 4 東急 21勝33敗2分 0.389 黒尾重明 北川桂太郎 白木義一郎 
0 1 0 2 0 0 0 2 X 5 太陽 22勝35敗1分 0.386 湯浅芳彰

勝利投手 湯浅芳彰       1勝2敗 
敗戦投手 白木義一郎 10勝12敗

二塁打 (東)北川、白木 (太)藤井、森下

勝利打点(太)森下重好 7

猛打賞 (太)森下重好 2


下位チーム同士の激戦

 甲子園の第1試合は黒尾重明と湯浅芳彰の先発で午後1時42分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 太陽は2回裏、先頭の佐竹一雄が左前打で出塁、佐竹が二盗を決め、怪我のため7月4日以来2週間ぶりの出場となった中谷順次はストレートの四球で無死一二塁、松井信勝の送りバントをピッチャー黒尾がファンブル、犠打とエラーが記録されて無死満塁、一死後荒川昇治の遊ゴロ併殺崩れの間に三走佐竹が還って1点を先制する。

 湯浅は好調な立ち上がりで3回まで東急打線をパーフェクトに抑える。

 太陽は4回裏、先頭の中谷が中前打で出塁、松井も中前打、センター一言多十のファンブルで中谷は三塁に進み無死一三塁、湯浅の中前タイムリーで2-0、トップに返り荒川の送りバントを黒尾をが三塁に送球するがセーフ、犠打と野選が記録されて無死満塁、東急ベンチはここで先発の黒尾から北川桂太郎にスイッチ、辻井弘の投ゴロの間に三走松井が還って3-0とリードを広げる。

 東急は5回表、先頭の鈴木圭一郎が左越えに三塁打、北川がレフト線にタイムリー二塁打を放ち1点返して1-3として反撃開始。

 東急は6回表、先頭の鈴木清一が中前打で出塁、鈴木が二盗を決め、キャッチャー伊勢川真澄の悪送球で三塁に進み、飯島滋弥は四球で無死一三塁、大下弘の右前タイムリーで2-3と1点差、長持栄吉が送りバントを決めて一死二三塁、鈴木圭一郎が左前に逆転の2点タイムリーを放ち4-3と試合をひっくり返す。続く北川の遊ゴロは「6-4-3」と渡ってダブルプレー。

 東急は7回表、一死後清水喜一郎が四球で出塁、トップに返り一言の右前打で一死一二塁、鈴木清一の中飛で二走鈴木圭一郎がタッチアップから三塁に向かうが、センター森下重好からの送球にタッチアウトでゲッツー。

 太陽は7回裏、先頭の森下が中越えに二塁打、東急ベンチはここで北川から三番手としてエース白木義一郎にスイッチ、白木が後続の3人を抑えてこの回の太陽は無得点。

 太陽は8回裏、一死後湯浅が3球ファウルで粘って四球で出塁、トップに返り荒川の中前打で一死一二塁、辻井の右前打で一死満塁、藤井勇の投ゴロで三走湯浅が本封されて二死満塁、森下が中前に逆転の2点タイムリーを放ち5-4とリードする。これが決勝打となった。

 東急は最終回、一死後白木が三塁線を破る二塁打、大沢喜好に代わる代打熊耳武彦は四球で一死一二塁、清水の投ゴロが「1-4-3」と渡るゲッツーでゲームセット。

 湯浅芳彰は8安打4四球3三振の完投で今季初勝利をあげる。湯浅は今季限りで球界を離れることになり、この勝利がプロでの最後の勝星となる。

 太陽は全員安打の総力戦で快勝した。

 東急と太陽は下位に沈んではいるが、この試合は稀に見る激戦であった。

 東急の二番手で登板した北川桂太郎は打っては2打数1安打1打点二塁打1本。前回登板でも2打数2安打1打点を記録するなど打撃好調である。昭和26年でプロ野球退団後は打撃の良さを生かして会人野球の名内野手として鳴らし、昭和31年にはプロに復帰して高橋ユニオンズで野手として活躍することになる。

2025年9月6日土曜日

22年 阪急vs中日 9回戦

7月21日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 阪急 27勝31敗2分 0.566 森弘太郎 天保義夫 
2 0 0 0 0 0 4 0 X 6 中日 34勝22敗1分 0.607 藤本英雄

勝利投手 藤本英雄 15勝9敗 
敗戦投手 森弘太郎   2勝4敗

二塁打 (急)青田、日比野 (中)杉浦、金山2
本塁打 (中)小鶴誠 6号

勝利打点(中)大沢清 4

大沢清が決勝打、小鶴誠が勝負を決めるスリーラン

 第14節最終日、後楽園の第1試合は森弘太郎と藤本英雄の先発で午後1時2分、西垣球審の右手が上がりプレイボール。

 中日は初回、先頭の山本尚敏の当りは遊ゴロ、これをショート田中幸男がエラー、杉浦清監督のレフト線二塁打で無死二三塁、古川清蔵は四球で無死満塁、ここで大沢清が得意の右打ちを見せてライトに2点タイムリーを放ち2-0とリードする。

 阪急ベンチは早くも2回から先発の森に代えて天保義夫をマウンドに送る。

 阪急は7回表、一死後青田昇が左中間に二塁打、野口明がライト線にタイムリーを放ち1-2と1点差に迫る。

 中日は7回裏、先頭の金山次郎がレフト線に二塁打、一死後杉浦はピッチャー強襲ヒットで一塁に生きるが、ファースト野口明が二走金山のリードが大きいと見て二塁に送球して金山はタッチアウト、杉浦が二盗を決めて二死二塁、古川清蔵が左前にタイムリーを放ち3-1、古川が二盗を決め、大沢は四球を選んで二死一二塁、ここで小鶴誠がレフトスタンドにスリーランを放ち試合を決める。

 藤本英雄は4安打2四球3三振の完投で15勝目をマークしてハーラートップの別所昭に並ぶ。共に15勝9敗となった。

 小鶴に代わって四番に座っている大沢清が勝利打点を記録。大沢は第12節以降の15試合で56打数13安打12打点と、打率は低いが勝負強さを発揮して小鶴欠場の穴を埋めてきた。

 小鶴誠は勝負を決める第6号スリーランを放ち、古川清蔵、青田昇と並んでホームランダービーのトップタイに立った。最終的に今季の本塁打王となる大下弘はまだ3本と出遅れている。

2025年9月5日金曜日

22年 太陽vs南海 11回戦

7月20日 (日) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 太陽 21勝35敗1分 0.375 井筒研一 
1 1 0 0 1 0 0 0 X 3 南海 30勝24敗3分 0.556 中谷信夫

勝利投手 中谷信夫 6勝8敗 
敗戦投手 井筒研一 4勝4敗

二塁打 (太)藤井 (南)中谷
本塁打 (南)飯田徳治 2号

勝利打点(南)堀井数男 4

猛打賞 (南)河西俊雄


中谷信夫、プロ入り初完封

 甲子園の第2試合は井筒研一と中谷信夫の先発で午後3時14分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 中谷は初回、三者三振の立ち上がり。

 南海は1回裏、先頭の安井亀和が左前打で出塁、河西俊雄も三塁に内野安打、田川豊の左前打で無死満塁、一死後堀井数男の左犠飛で1点を先制する。

 南海は2回裏、先頭の中谷が右越えに二塁打、小林悟楼が送って一死三塁、トップに返り安井の右犠飛で2-0とする。

 南海は5回裏、二死後怪我から復帰してきた飯田徳治がレフトスタンドに第2号ホームランを叩き込んで3-0とする。

 中谷信夫は6安打1四球7三振でプロ入り初完封、6勝目をマークする。初回の三者三振で勢いに乗った。

 中谷は京都第一工業(現・京都市立洛陽工業)の出身。昭和9年の夏の京都府予選で京都第一工業は沢村栄治にノーヒットノーランをやられた。この時中谷は14歳、旧制中学の時代なので既に入学していて沢村の快投を見ていたかもしれない。

 京都第一工業の後輩となる岡本伊三美は昭和24年に南海に入団してきて先輩の中谷と同僚になる。その後は南海球史に残る名内野手として活躍することになるのはご存じのとおり。

 ニデックの創業者である永守重信氏も京都第一工業から校名変更した京都市立洛陽工業の出身。残念ながら一昨日不適正会計が発覚して昨日のニデック株はストップ安。本日は少し戻しているが・・・。

 男子バレー日本代表だった横田一義も京都市立洛陽工業の出身で、父親はミュンヘンオリンピック金メダリストの横田忠義である。大古、森田とのアタッカートリオに名セッター猫田で一世を風靡した。腰に爆弾を抱えていたがチューブで固定しながらのプレーが印象的だった。ミュンヘンオリンピックの前にテレビ放映された実写映像とアニメを組み合わせたアニメドキュメント「ミュンヘンへの道」でもお馴染み。この番組で紹介された、コーチがネットに入れたボールをぐるぐる回してそれを飛び越えてマットに飛び込む特訓はみんな真似したものです。

2025年9月2日火曜日

22年 中日vs大阪 11回戦

7月20日 (日) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 0 0 1 0 0 0 0 2 中日 33勝22敗1分 0.600 久野勝美 服部受弘 浜崎忠治 
2 1 0 0 5 1 0 0 X 9 大阪 41勝16敗1分 0.719 武智修

勝利投手 武智修     4勝2敗 
敗戦投手 久野勝美 1勝2敗

二塁打 (中)浜崎 (大)富樫、武智、長谷川
三塁打 (大)藤村

勝利打点(大)藤村富美男 5

猛打賞 (中)藤原鉄之助 2 (大)富樫淳 2、長谷川善三 2


もはや首位攻防戦ではない

 後楽園の第2試合は久野勝美と武智修の先発で午後3時12分、池田球審の右手が上がりプレイボール。

 中日は大阪に6ゲーム離されたがどこまで食い下がれるか。

 大阪は初回、一死後金田正泰がストレートの四球で出塁、二死後藤村富美男が右中間にタイムリー三塁打を放ち1点を先制、中日はセンター古川清蔵からの送球をライト加藤正二が中継するが、これが悪送球となる間に藤村は一気にホームまで還り2-0とする。

 中日は2回表、先頭の大沢清の右打ちは右飛、これをライト富樫淳が落球、続く小鶴誠は遊ゴロ、ショート長谷川善三の二塁送球をセカンド本堂保次が落球して無死一二塁、加藤が三塁線を破り二走大沢は三塁ベースを蹴ってホームに向かうが、レフト金田からの好返球にタッチアウト、一走小鶴は三塁に進んで一死一三塁、三村勲の投ゴロ併殺崩れの間に三走小鶴が還って1-2とする。

 大阪は2回裏、先頭の本堂が左前打で出塁、一死後本堂が二盗に成功、長谷川善三は走者を送るバッティングで二ゴロを打って二死三塁、武智の二ゴロをセカンド金山次郎が一塁に悪送球する間に三走本堂が還って3-1と突き放す。

 ここは長谷川の進塁打が効いた。

 中日は3回から先発の久野に代えて服部受弘をマウンドに送る。

 大阪は3回裏、先頭の富樫淳が右中間に二塁打、藤村は死球を受けて無死一二塁、土井垣武も走者を送る打撃を見せて二ゴロを打ち二者進塁して一死二三塁、本堂の中飛で三走富樫はタッチアップからホームに突入するが、センター古川からのダイレクト送球にタッチアウト。

 中日は5回表、先頭の三村の当りは遊ゴロ、これを守備の良いショート長谷川が一塁に悪送球、藤原鉄之助の右前打で無死一二塁、服部が送りバントを決めて一死二三塁、トップに返りこの日一番に起用された山本尚敏が左前にタイムリーを放ち2-3と1点差に詰め寄る。

 首位と二位の争いらしくミスもありながら好プレーの応酬で見応えのある一戦となったのだが・・・。

 大阪は5回裏、先頭の富樫が中前打で出塁、藤村は左前打、土井垣は四球で無死満塁、一死後玉置玉一の強いゴロはは中前に抜けるヒット、これをセンター古川が後逸する間に塁上の三人がホームに還って6-2、打者走者の玉置は三塁に進み、長谷川の三塁線タイムリーで7-2、武智も左前打、と呉昌征の遊ゴロの間に二者進塁して二死二三塁、金田はストレートの四球で二死満塁、富樫のこの回2本目のヒットが左前タイムリーとなって一挙5点、8-2として試合を決める。

 中日ベンチは6回から浜崎忠治を三番手のマウンドに上げる。

 大阪は6回裏、先頭の土井垣が四球で出塁、本堂の三ゴロの間に土井垣は二進、玉置の二ゴロで土井垣は三進、長谷川のレフト線タイムリー二塁打で9-2とダメ押す。

 中日は反撃の気力が失せ、武智修は6安打6四球1三振の完投で4勝目をマークする。

 大阪は中日を7ゲーム差に引き離して独走態勢を固めた。

 昭和31年の経済白書は「もはや戦後ではない」と豪語することになる。

 昭和22年はまだ戦後の混乱期であるが、シーズン前半熾烈な首位争いを繰り広げた大阪と中日の一戦は、もはや首位攻防戦ではなくなった。

2025年8月31日日曜日

22年 東急vs金星 8回戦

7月20日 (日) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 計
0 0 0 0 0 0 0 0 1  1  2 東急 21勝32敗2分 0.396 白木義一郎 
0 0 0 0 0 0 0 1 0  0  1 金星 21勝36敗1分 0.368 重松通雄

勝利投手 白木義一郎 10勝11敗 
敗戦投手 重松通雄       8勝6敗

二塁打 (東)飯島、長持、清水

勝利打点(東)清水喜一郎 1


清水喜一郎、延長10回に殊勲打

 甲子園の第1試合は白木義一郎と重松通雄の先発で午後1時30分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 白木と重松の投げ合いで7回まで両軍無得点。

 金星は8回裏、二死後坂本勲が四球を選ぶと二盗に成功、酒沢政夫が中前にタイムリーを放ち1点を先制する。

 東急は9回表、先頭の鈴木清一が四球で出塁、飯島滋弥が送りバントを決めて一死二塁、重松は果敢に大下弘と勝負して一ゴロ、二走鈴木は三進して二死三塁、長持栄吉が右越えにタイムリー二塁打を放ち1-1の同点とする。

 東急は10回表、一死後大沢喜好がストレートの四球で出塁、清水喜一郎が右中間にタイムリー二塁打を放ち2-1と勝ち越す。

 白木義一郎は10回裏を三者凡退に抑え、6安打1四球7三振の完投で10勝目をマークする。

 重松通雄も10回を完投して4安打3四球1死球4三振の好投を見せた。

 殊勲打を放った清水喜一郎は、明治大学時代から大下と親しくしてきたが、大下がスターになっていく過程で徐々に疎遠になっていたようである。これらの経緯は辺見じゅん著「大下弘 虹の生涯」に詳しい。

2025年8月30日土曜日

22年 巨人vs阪急 11回戦

7月20日 (日) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 計
0 0 0 0 0 0 0 0 2  1  3 巨人 29勝28敗1分 0.509 近藤貞雄 小松原博喜 
0 0 0 0 0 0 2 0 0  0  2 阪急 27勝30敗2分 0.474 今西錬太郎 野口二郎

勝利投手 小松原博喜   5勝3敗 
敗戦投手 今西錬太郎 12勝6敗

二塁打 (巨)川上、平山 (急)坂元
本塁打 (急)青田昇 6号

勝利打点(巨)千葉茂


巨人、貯金1

 第14節4日目、後楽園の第1試合は近藤貞雄と今西錬太郎の先発で午後零時57分、島球審の右手が上がりプレイボール。

 巨人は1回、2回と先頭打者が四球で出塁するが何れも三ゴロ併殺でチャンスを潰す。苦手今西のシュートを引っ掛けている。

 巨人先発の近藤は昨年23勝をマークしたがシーズンオフに進駐軍のジープにはねられそうになった際に右手を怪我して今季は満足に投げられなくなったが、この日は三本指で投げるチェンジアップが冴えて5回まで無安打ピッチング。6回に好調荒木茂に初ヒットを許すが続く今西がチェンジアップを引っ掛けて遊ゴロ併殺。

 阪急は7回裏、先頭の田中幸男の当りは二ゴロ、これをセカンド千葉茂がエラー、上田藤夫の二ゴロでランナーが入れ替わり、青田昇がレフトスタンドに第6号ツーランを叩き込んで2-0と均衡を破る。

 巨人は8回から近藤に代えてセンターの小松原博喜をマウンドに送る。

 新巨人キラーに成長した今西に抑え込まれてきた巨人は9回表、二死後川上哲治が右前打で出塁、小松原も右前打で続いて二死一二塁、ここでポイントゲッター平山菊二が左中間に起死回生の2点タイムリー二塁打を放ち土壇場で2-2の同点に追い付く。

 巨人は10回表、先頭の武宮敏明が四球で出塁すると代走に内堀保を起用、呉新亨が送りバントを決めて一死二塁、トップに返り山川喜作の初球がボールになったところで阪急ベンチは今西からリリーフ野口二郎にスイッチ、山川喜作は四球を選んで一死二塁、二死後千葉が一二塁間にタイムリーを放ち3-2と勝ち越す。

 小松原は10回裏、二死後日比野武に死球をぶつけるが後続を抑えて巨人が苦手今西に黒星を付ける。

 昨年23勝をあげた近藤貞雄は不運な怪我で今季は未勝利に終わるが、この日は勝利投手に等しい好投を見せた。近藤は翌年中日に移籍して三本指で投げるチェンジアップに磨きをかけて中堅投手として活躍することになるが、そのきっかけとなったのがこの日の好投であったと言える。

 巨人はこのところ三番千葉茂と四番川上哲治が出塁してチャンスメイクし、五番小松原博喜と六番平山菊二で返して勝利を重ねてきている。この日の勝利で29勝28敗1分と勝ち越して、4月27日以来の貯金生活となった。この試合の勝利打点は千葉であったが、9回に起死回生の同点二塁打を放った平山の活躍も見逃せない。

2025年8月28日木曜日

邪飛と砂塵

 さて、昭和22年7月19日後楽園球場、第1試合では「三者連続邪飛」を、第2試合では後楽園名物の「砂塵」についてお伝えしたところですが、2025年夏の甲子園でも「邪飛と砂塵」が話題になりました。

 歴史的名勝負となった準々決勝横浜vs県岐阜商戦、延長10回裏に3点取り返して同点に追い付いた岐阜商業は一死一三塁で1年生代打がライト線にライナー、横浜のライトがダイビングで飛び付きましたがグラウンドに落ちて「ファウル」の判定となりました。

 ネット上では「白い粉」が上がったからライン上に落ちたんだからフェアで「岐阜商業の逆転サヨナラ勝ちじゃぁ~~」の絶叫が湧き上がっています。

 結論から言うとありゃ「ファウル」でした。夏は湿度が高いので外野のラインは湿気を含んでライン上に飛んでも「白い粉」は上がりません。ネット上にはスタンドから撮影した画像があふれかえっていますが、明らかにラインの外に打球が落ちて砂塵が舞っただけでした。

 筆者はこの試合をテレビでリアルタイムで見ていました。NHKの画像ではフェアグラウンドでライトのグラブに触れたように見えたので、瞬間的に岐阜商のサヨナラと思ったのは事実です。筆者はグラブに当たったと見ましたので、打球がどこに落ちようが問題ではなく、グラブに当たったのがフェアゾーンであったかファウルゾーンであったが問題なのです。

 本来であればグラブに当たったか当たらなかったか、当たったならばそれがフェアゾーンであったかファウルゾーンであったかで炎上すべきところ、「白い粉が上がった~~」と素人さんが喚き散らしている点ばかりが話題となっているのがちゃんちゃらおかしい(笑)。

 本件の本質は、あの打球に飛び付くかどうかにあります。あの体勢で捕球すれば間違いなくサヨナラ犠飛になっていましたのでライトは「ファウルに賭けて捕球せずに見送る」が「正解」です。見送ってフェアグラウンドに落ちようがダイビングキャッチしようがサヨナラ負けには変わりはありませんのでファウルに賭けて見送るべきなのです。ライトはアウトカウントをツーアウトと勘違いしていたのかもしれません。ダイブした瞬間にファウルと判断して捕球しなかったとしたら、ライトの超ファインプレーだったと言えます。明らかにフェアであればダイブしてでも捕球しに行くでしょうね。この暑さですから、三走がタッチアップしてから肉離れで走れなくなる可能性もゼロではありませんので。

 ネットの人達も、「白い粉が上がった~~」で炎上するのではなく、「あの打球を捕球すべきだったか見送るべきだったか」で議論を戦わせるレベルに成長していただきたいものですね(笑)。


22年 巨人vs大阪 9回戦

7月19日 (土) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
2 0 0 0 0 3 0 1 0 6 巨人 28勝28敗1分 0.500 中尾輝三 
0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 大阪 40勝16敗1分 0.714 若林忠志

勝利投手 中尾輝三   8勝6敗 
敗戦投手 若林忠志 12勝6敗

勝利打点(巨)川上哲治 5

猛打賞 (巨)川上哲治 3、小松原博喜 3


巨人、借金返済

 後楽園の第2試合は中尾輝三と若林忠志の先発で午後3時25分、島球審の右手が上がりプレイボール。

 この日の後楽園は快晴であったが南風が強く後楽園名物の砂塵が舞っていた。スコアカードによると第1試合は「砂塵多し」、第2試合は「砂塵あり」となっており、午後3時過ぎには風は幾分弱まっていたようだ。

 巨人は初回、先頭の山川喜作が右前打で出塁、一死後千葉茂の投ゴロの間に山川が二進、川上哲治の右前タイムリーで1点を先制、ライト富樫淳の送球ミスにより打者走者の川上は二進、小松原博喜が中前にタイムリーを放ち2-0として試合の主導権を握る。

 巨人は6回表、先頭の千葉がノーボールツーストライクから四球を選んで出塁、川上の右前打と小松原の左前打で無死満塁、一死後4回裏の守備から呉新亨に代わってセンターの守備に入っていた林清光がレフトにライナー、これが犠牲フライとなって3-0、レフト塚本博睦からの返球を中継したセカンド本堂保次の本塁送球が悪送球となってタッチアップから三塁に進んでいた二走川上もホームに還って4-0、一走小松原もタッチアップから二塁に進んで二死二塁、武宮敏明の右前タイムリーで5-0とリードを広げる。

 大阪は6回裏、一死後藤村富美男が左前打で出塁、土井垣武も中前打で続いて一死一二塁、本堂の二ゴロが野選を誘って一死満塁、玉置玉一の三ゴロ併殺崩れの間に三走藤村が還って1点を返す。

 巨人は8回表、川上、小松原の連打で無死一三塁のチャンスを作り、平山菊二の中犠飛で6-1とダメ押す。

 中尾輝三は6安打5四球1死球1三振の完投で8勝目をマークする。

 この日の巨人は川上と小松原がチャンスメイクして下位打線が返すパターンで快勝した。

 巨人は開幕8戦目の時点では4勝4敗勝率5割であったが、9戦目以降は負け越しが続いていた。この日の勝利で借金返済となって4月29日以来の5割復帰となった。

2025年8月27日水曜日

22年 中日vs阪急 8回戦

7月19日 (土) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 0 0 0 1 0 0 1 3 中日 33勝21敗1分 0.611 清水秀雄 
0 0 1 1 0 0 0 0 0 2 阪急 27勝29敗2分 0.482 野口二郎

勝利投手 清水秀雄 7勝4敗 
敗戦投手 野口二郎 9勝10敗

二塁打 (中)加藤、古川 (急)上田、日比野、荒木
本塁打 (中)清水秀雄 1号

勝利打点(中)清水秀雄 2


土壇場で清水秀雄が決勝本塁打

 第14節3日目、この日の神戸地方は30.9㎜の本降りで甲子園の試合は中止。

 後楽園の第1試合は清水秀雄と野口二郎の先発で午後1時3分、池田球審の右手が上がりプレイボール。

 中日は2回表、二死後加藤正二が右中間に二塁打、清水は四球、藤原鉄之助が左前にタイムリーを放ち1点を先制する。

 阪急は3回裏、先頭の日比野武が左中間に二塁打、昨日猛打賞の当たっている荒木茂がレフトにタイムリー二塁打を放ち1-1の同点とする。

 阪急は4回裏、先頭の野口二郎の当りは遊ゴロ、これをショート杉浦清がエラー、坂元義一の中前打で野口二郎は三塁に進み、送球の間に打者走者の坂元も二塁を陥れて無死二三塁、ここで阪急ベンチはサウスー清水に対して左の下社邦男に代えて右の山田伝を起用、山田の中犠飛で2-1と逆転する。

 中日は6回表、先頭の古川清蔵がレフト線に二塁打、大沢清が得意の右打ちでライトにタイムリーを放ち2-2の同点に追い付く。続く小鶴誠の遊ゴロは「6-4-3」と渡ってダブルプレー。
 中日は7回も一死後藤原鉄之助が四球で歩くが併殺でチャンスを潰す。

 中日は8回表、先頭の金山次郎が三塁線にセーフティバントを決めて出塁、続く杉浦の送りバントは捕邪飛となって失敗、古川は三邪飛に倒れ、金山が二盗を決めて二死二塁、しかし大沢の右打ちは右邪飛に終わって無得点。

 中日は9回表二死から清水がライトスタンドに決勝ホームランを叩き込んで3-2とする。

 清水秀雄は9安打5四球2三振の完投で7勝目をマークする。戦前の南海時代には四番も打っていた清水の豪打が決勝本塁打となった。

 中日8回の攻撃、「三者連続ファウルフライ」は記憶になく、プロ野球史上初の快挙の可能性もある。

2025年8月26日火曜日

22年 南海vs太陽 10回戦

7月18日 (金) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 3 1 0 0 1 2 7 南海 29勝24敗3分 0.547 別所昭 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 太陽 21勝34敗1分 0.382 池田善蔵

勝利投手 別所昭   15勝9敗 
敗戦投手 池田善蔵 5勝9敗

二塁打 (南)飯田、山本
三塁打 (太)辻井
本塁打 (南)山本一人 4号

勝利打点 なし

猛打賞 (太)藤井勇 6


飯田徳治、復活の二塁打

 甲子園の第2試合は別所昭と池田善蔵の先発で午後3時55分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 南海は4回表、先頭の山本一人監督が四球で出塁、堀井数男の右前打で無死一三塁、朝井昇は三塁に内野安打、サード平野徳松からの一塁送球が悪送球となる間に三走山本に続いて一走堀井も還って2点を先制、打者走者の朝井も三塁に進み、別所の左前タイムリーで3-0とする。

 南海は5回表、先頭の山本がライト線に二塁打、山本が三盗を決め、一死後朝井の中犠飛で4-0とする。

 南海は8回表、先頭の朝井が四球で出塁、別所の右前打で無死一三塁、坂田清春の投ゴロの間に別所が二進して一死一三塁、キャッチャー伊勢川真澄の二塁牽制が悪送球となる間に三走朝井が還って5-0とダメ押す。

 南海は9回表、一死後田川豊に代わって6月23日の太陽戦以来欠場が続いていた飯田徳治が代打で登場、飯田はブランクを感じさせないバッティングで中越えに二塁打、山本がレフトスタンドにツーランを叩き込んで7-0として試合を決める。

 山本の一発は飯田の復帰を祝う祝砲となった。

 別所昭は8安打1四球5三振で今季6度目の完封、15勝目をマークしてハーラー単独トップに立つ。

 南海の先制点は朝井昇の内野安打に絡んでいるが、公式記録員山内以九士は三走山本は三塁手の悪送球を見てからホームインしたとして朝井に打点を記録しなかった。したがって、これが決勝点ではあるが勝利打点ではない。

 南海は田川と飯田が怪我から復帰してきた。上位2チームには離されたが、反撃が期待される。

2025年8月25日月曜日

22年 大阪vs阪急 8回戦

7月18日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 大阪 40勝15敗1分 0.727 梶岡忠義 
0 0 0 1 0 0 0 0 X 1 阪急 27勝28敗2分 0.491 天保義夫

勝利投手 天保義夫   4勝8敗 
敗戦投手 梶岡忠義 10勝5敗

二塁打 (急)荒木

勝利打点(急)荒木茂 1

猛打賞 (急)荒木茂 2


荒木茂が猛打賞と勝利打点

 後楽園の第2試合は梶岡忠義と天保義夫の先発で午後2時55分、池田球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は3回裏、一死後荒木茂の当りは左中間を破り荒木は二塁ベースを蹴って三塁を狙うが、レフト金田正泰からの返球にタッチアウト。二死無走者となったが、天保が左前打、トップに返り田中幸男がレフト線にヒット、上田藤夫は四球で二死満塁、しかし青田昇は中飛に倒れて無得点。

 阪急は4回裏、先頭の野口明が右前打で出塁、一死後下社邦男の一塁線ゴロをファースト山口政信がベースを踏んで二塁に送球するが悪送球、一塁はアウトとなるが野口明は三塁に進んで二死三塁、日比野武はストレートの四球で二死一三塁、荒木がレフト線にタイムリーを放ち1点を先制する。

 大阪は最終回、先頭の金田正泰が一二塁間に内野安打、金田が二盗を決め、富樫淳の中前打で無死一三塁と同点のチャンス、藤村富美男の当りはセンター、ライト、セカンドの中間に上がった飛球となったがセンター青田がナイスキャッチ、三走金田は動けず一死一三塁、土井垣武の中飛で金田はタッチアップからホームに突っ込むが、青田のバックホームにタッチアウトとなってゲームセット。

 天保義夫は4安打1四球無三振の会心のピッチングで今季2度目の完封、4勝目をマークする。2度の完封は何れも大阪戦である。

 天保は戦時中の勤労奉仕で指を怪我して戦後はナックルボール主体のピッチングに変わった。ダイナマイト打線は天保のナックルにタイミングが合わない。

 阪急は6安打であったが荒木茂が決勝打と二塁打を含む3安打の猛打賞。普段は地味なタイプであるが本日は派手な活躍を見せた。

2025年8月24日日曜日

最後のストライク

 故・津田恒実の妻晃代著「最後のストライク」がドラマ化されてフジテレビで放映されたのは2000年7月28日のこと。

 主役の岸谷五朗は病身の津田を演じるため1週間で8キロの減量を行って迫真の演技を見せた。津田と同時に殿堂入りした北別府を演じた寺脇康文は無名時代から岸谷とは盟友だったと言う。

 球界等からも多くの出演者が見られた。ドラマ冒頭のシーンでホテルのマネージャー役を演じたのは山本浩二。共に広島出身のフジテレビ福井アナと神田アナがドラマでも実況中継を担当した。

 リリーフ専門の清川栄治の初勝利がかかった試合でリリーフに出た津田が滅多打ちに合って清川の勝利をフイにした晩、何度も清川の部屋を訪れて謝る津田を清川が「もういい!」と怒鳴りつけるシーンは実話に基づくものだった。津田の親友だった清川栄治本人も観客役で出演している。

 最も印象に残る配役は安仁屋コーチを演じた宇崎竜童だった。酒豪で知られる安仁屋が病床の津田を訪れた際、「安仁屋さん、飲み過ぎんように」と津田が呟いたシーンも実話に基づくもの。津田の訃報を聞いた安仁屋コーチが屋台で酔いつぶれて「津田~」と叫ぶシーンはこのドラマのハイライトだった。


 安仁屋宗八は沖縄高校時代、1962年夏は沖縄予選を勝ち抜き南九州大会も制して夏の甲子園に出場した。沖縄代表は1958年にも首里高校が夏の甲子園に出場していたが、この年は記念大会で沖縄代表として出場したもので、南九州大会を勝ち抜いて夏の甲子園に出場したのは安仁屋がエースだった1962年の沖縄高校が初めてのことだった。

 「沖縄高校」は1983年に「沖縄尚学」と改称されて、1999年センバツでは沖縄県勢としては春夏通じて初めての甲子園制覇を達成、2008年のセンバツでは2度目の優勝、そして2025年には夏の甲子園も制覇した。 

*テレビドラマ「最後のストライク」はDVD等の映像化はされておらず、本稿の記述は当時テレビで見た時の記憶に基づくもので、事実関係が相違している可能性がある点ご留意ください。



*津田の親友清川栄治の直筆サイン入りカード。



*沖縄高校出身安仁屋宗八の直筆サイン入りカード。


2025年8月22日金曜日

22年 金星vs東急 7回戦

7月18日 (金) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 計
1 0 0 1 1 1 0 0 0  0   0  4 金星 21勝35敗1分 0.375 江田孝
0 2 0 0 0 0 0 0 2  0  1X 5 東急 20勝32敗2分 0.385 北川桂太郎 黒尾重明

勝利投手 黒尾重明 6勝9敗 
敗戦投手 江田孝    5勝14敗

二塁打 (金)大友
本塁打 (東)白木義一郎 1号

勝利打点(東)一言多十 2

猛打賞 (東)大友一明 1


一言多十、2試合連続勝利打点

 甲子園の第1試合は江田孝と北川桂太郎の先発で午後1時35分、金政球審の右手が上がりプレイボール。

 金星は初回、先頭の酒沢政夫が左前打で出塁、大友一明の右前打で無死一二塁、坪内道則監督の送りバントが決まって一死二三塁、西沢道夫の二ゴロで三走酒沢がホームに突っ込みセカンド清水喜一郎は本塁送球、タイミングはアウトであったがキャッチャー鈴木圭一郎が落球して酒沢はホームイン、1点を先制する。一死一三塁から清原初男の左飛で三走大友がタッチアップからホームに突っ込み、レフト大下弘からのバックホームにタッチアウト。

 東急は2回裏、好返球を見せた大下が四球を選ん出塁、長持栄吉の右前打で無死一二塁、一死後北川が中前にタイムリーを放ち1-1の同点、大沢喜好が四球を選んで一死満塁、清水の三ゴロの間に三走長持が還って2-1と逆転に成功する。

 金星は4回表、一死後小前博文がストレートの四球で出塁、辻勇夫の一ゴロが進塁打となって二死二塁、江田は四球、山本秀男に変わる代打中村信一が中前に同点タイムリーを放ち2-2とする。

 金星は5回表、先頭の大友が3打席連続ヒットとなる左中間二塁打、東急ベンチはここで先発の北川から黒尾重明にスイッチ、坪内が左前にタイムリーを放ち3-2と逆転に成功する。

 金星は6回表、先頭の江田が2打席連続四球で出塁、坂本勲が送って一死二塁、トップに返り酒沢の投ゴロの間に二走江田は三進、大友が四球を選んで二死一三塁、ここでダブルスチールに成功、三走江田に本盗が記録されて4-2とリードを広げる。

 金星は8回表、先頭の江田が3打席連続四球、江田が二盗を決めて無死二塁、坂本が2打席連続送りバントを決めて一死三塁、しかし後続が倒れて追加点はならず。

 東急は9回裏、先頭の鈴木圭一郎に代わる代打熊耳武彦が左前打で出塁、しかし黒尾の二ゴロが4-6-3と渡ってゲッツー、勝負あったかと見えたが大沢が右前打で出塁、ここで清水に代わって白木義一郎が代打で登場、白木がレフトスタンドに起死回生の同点ツーランを叩き込んで4-4と試合を振出しに戻す。

 代打ホームランの白木はサードの守備に入り、サードの大沢がセカンドに回る。

 延長に入って金星は10回、11回と三者凡退。

 東急は11回裏、二死後黒尾が中前打で出塁、大沢が右前打でつないで二死一三塁、白木は四球を選んで二死満塁、トップに返り一言多十がライトにサヨナラヒットを放ち東急が激戦を制す。

 黒尾重明は7イニングを2安打4四球無三振1失点の好投を見せて6勝目をマークする。

 サヨナラヒットの一言多十は前日の先制打に続いて2日連続勝利打点を記録、白木義一郎は9回裏に劇的な同点ツーラン、先発の北川桂太郎は2安打1打点、リリーフの黒尾重明は11回裏二死からのヒットでサヨナラのホームを踏む。

 東急は4人の投手陣が打撃で活躍してのサヨナラ勝ちであった。

 敗れた金星も江田孝が本盗と二盗を決めて走塁で活躍した。通算97勝を記録する江田の投手としての実績はある程度知られているが、打撃成績が話題になることはまず無い。江田は引退までに通算7盗塁を記録することになるが、この日は2盗塁を記録した。

2025年8月21日木曜日

顔上げろー

 試合終了後のスタンドへの挨拶、県立岐阜商業のアルプスから「ありがとう」の声が飛んだとNHKのアナウンサーは伝えました。

 当ブログが最も印象に残っているアルプスからの掛け声は、昭和49年夏の甲子園で悲願の全国制覇を達成した銚子商業のメンバーが試合終了後の挨拶でアルプススタンド前に整列した際、今では優勝チームは笑顔での挨拶が多くなっていますが、当時は優勝チームでも泣きじゃくる選手が多かった時代、漁師町らしく猛者揃いで定評のあった銚子商業アルプススタンドから掛かった暖かい声をマイクが拾いました。

「顔上げろー」

 当ブログが知る限り、史上最高のアルプスからの掛け声でした。

 

2025年8月19日火曜日

22年 中日vs巨人 8回戦

7月18日 (金) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 中日 32勝21敗1分 0.604 藤本英雄
0 0 0 0 2 0 0 0 X 2 巨人 27勝28敗1分 0.491 多田文久三 近藤貞雄

勝利投手 多田文久三 6勝4敗 
敗戦投手 藤本英雄   14勝9敗 
セーブ     近藤貞雄  2

二塁打 (中)大沢2 
本塁打 (巨)平山菊二 3号

勝利打点(巨)平山菊二 6 


平山菊二、決勝ツーラン

 第14節2日目、後楽園の第1試合は藤本英雄と多田文久三の先発で午後1時丁度、国友球審の右手が上がりプレイボール。

 中日は初回、先頭の杉江文二が四球を選んで出塁、一死後杉江が二盗を試みるがキャッチャー武宮敏明からの送球にタッチアウト、古川清蔵が四球を選んで二死一塁、大沢清が珍しく引っ張ってレフト線に二塁打、二死二三塁と先制のチャンスを作るが、ここで二走大沢が大きくリードを取るとピッチャー多田はショート田中資昭に送球、三走古川がホームに向かうと田中はキャッチャー武宮に送球、武宮は三塁に戻る古川を追いながらリードの大きい二走大沢を刺そうと二塁ベースカバーに入ったセカンド千葉茂に送球、この隙に三走古川が再度ホームに突っ込み、千葉は本塁ベースカバーに入った川上哲治に送球して古川がタッチアウト。

 中日は4回表、一死後大沢が左中間に二塁打、続く杉浦清監督の三遊間のゴロが二走大沢に当たってしまい守備妨害、一塁に残った杉浦が二盗を決めるが後続が倒れて無得点。

 巨人は5回裏、先頭の小松原博喜がストレートの四球で出塁、ここで平山菊二がレフトスタンドにツーランを叩き込んで2点をリードする。

 中日は8回表、先頭の三村勲に代わる代打清水秀雄が四球を選んで出塁、トップに返り杉江に代わる代打山本尚敏も四球、金山次郎も四球を選んで無死満塁のビッグチャンス到来、古川のショート後方への飛球はポテンヒットかと見られたが田中が背走してナイスキャッチ、一死満塁から大沢が押出し四球を選んで1-2と1点差、しかし杉浦の三ゴロをサード山川喜作がベースを踏んで一塁送球、「5C-3」のゲッツーとなってスリーアウトチェンジ。

 中日は最終回、先頭の小鶴誠が四球で出塁、巨人ベンチはここで多田から近藤貞雄にスイッチ、藤本が送って一死二塁、しかし後続を近藤が抑えて巨人が逃げ切る。

 多田文久三は8回3分の0を3安打1失点、近藤貞雄は好リリーフを見せた。

 藤本英雄も8回を完投して巨人打線を2安打に封じたが平山の一発に泣いた。

 このところ活躍が目覚ましい平山菊二が決勝ツーランを放った。

 打の殊勲者は平山だったが、巨人の勝因は好守備にもあった。公式記録員山内以九士は「雑記」欄にショート田中資昭とセカンド千葉茂の好守を記している。初回には川上哲治も機敏に本塁ベースカバーに入る好守を見せた。川上の守備や走塁はあまり高く評価されていないようだが、スコアカードを見ると好判断を見せているのが分かる。

2025年8月18日月曜日

22年 金星vs太陽 9回戦

7月17日 (木) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 3 1 0 0 0 0 0 0 4 金星 21勝34敗1分 0.382 内藤幸三 
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 太陽 21勝33敗1分 0.389 井筒研一

勝利投手 内藤幸三 5勝8敗 
敗戦投手 井筒研一 4勝3敗

二塁打 (金)小前、西沢 (太)辻井

勝利打点(金)辻勇夫 1


内藤幸三、5勝の内4度目の完封

 甲子園の第2試合は内藤幸三と井筒研一の先発で午後3時30分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 太陽は初回、先頭の荒川昇治が四球で出塁、辻井弘のライト線二塁打で無死二三塁、藤井勇の二ゴロで三走荒川は三塁ストップ、森下重好が四球を選んで一死満塁、伊勢川真澄の遊ゴロは「6-4-3」と渡るゲッツー、絶好の先制機を逸した。

 金星は2回表、一死後小前博文が中前打で出塁、内藤の左前打で一死一二塁、辻勇夫がレフト線にタイムリーを放ち1点を先制、山本秀男の遊ゴロで内藤が二封されて二死一三塁、トップに返り酒沢政夫の右前タイムリーで2-0、大友一明が四球を選んで二死満塁、坪内道則監督の遊ゴロをショート蔵本光夫が失する間に三走山本が還って3-0として試合の主導権を握る。

 金星は3回表、先頭の清原初男が左前打で出塁、小前の左中間二塁打で無死二三塁、内藤は四球を選んで無死満塁、一死後山本の投ゴロで三走清原は本封されて二死満塁、ワイルドピッチで三走小前が生還して4-0とする。

 初回のピンチを無失点で切り抜けた内藤幸三は2回以降快調なピッチングを続け、4安打4四球4三振で今季4度目の完封、5勝目をマークする。

 5勝のうち4回の完封で「完封率」は驚異の8割。今季ここまで完封数トップの別所昭は14勝で5回、川崎徳次は9勝で5回。内藤と同数の4回を記録している重松通雄は8勝で若林忠志は12勝である。

 金星は21勝34敗1分の成績であるが、金星投手陣は合計13回の完封を記録して全球団断トツトップである。2位は巨人と南海で8回、以下大阪と中日が7回、阪急が4回、太陽が3回で東急は1回である。

2025年8月17日日曜日

春の報徳 夏の東洋

 地元では「春の報徳、夏の東洋」と言われているように、報徳学園は1974年と81年のセンバツ優勝、東洋大姫路は1977年夏の甲子園優勝の実績を誇ります。

 千葉県市川市出身の当ブログの野球の原点が千葉県高校野球にあることは既報のとおりですが、生誕地は神戸なので兵庫は二番目に応援しています。

 子供の頃は夏休みと春休みは須磨の実家に行っていて、姫路にも親戚があったのでしょっちゅう行っていました。庭から姫路城が見える所にあり、改装前の姫路城天守閣にも何度も登りました。

 姫路の北方に「北条」という町があり、そこにも親戚がいて一度だけ行ったことがあります。大きな農家で、その日は偶然昭和44年夏の甲子園決勝の日でした。小学校5年生の当ブログのために、大きな部屋の真ん中にテレビが置かれてその前に座布団が用意されていました。当時から「野球狂」で有名だったようです。お蔭で、三沢と松山商業の決勝は延長18回引分けの試合と翌日の再試合27イニング全てをテレビにかじり付いて見ていました。と言うことで、現在の当ブログ資金運用ポートフォリオの中核は北条に本社がある「美樹工業」です。値動きはチャートでご確認ください。

 今年の東洋は東洋大姫路野球部史上最強チームとも言われています。兵庫県予選決勝でライバル報徳を7対6の激戦の末破って14年ぶりに夏の甲子園に戻ってきました。惜敗した報徳のためにも、剛腕松本を擁して優勝した1977年以来48年振りの夏の甲子園制覇を期待しています。


22年 大阪vs中日 10回戦

7月17日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 1 3 2 0 2 0 0 9 大阪 40勝14敗1分 0.741 御園生崇男
0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 中日 32勝20敗1分 0.615 清水秀雄 星田次郎

勝利投手 御園生崇男 11勝0敗 
敗戦投手 清水秀雄      6勝4敗

二塁打 (大)本堂、金田 (中)小鶴
三塁打 (大)玉置
本塁打 (大)御園生崇男 1号

勝利打点(大)富樫淳 5


ダイナマイト打線波状攻撃、恐竜打線沈黙

 後楽園の第2試合は御園生崇男と清水秀雄の先発で午後2時52分、島球審の右手が上がりプレイボール。

 一位と二位の争いであるが、少し前までは順位が入れ替わる接戦だった両チームも現在では大阪が6ゲーム引き離している。恐竜打線の失速が原因となっている。

 大阪は初回、先頭の呉昌征が四球で出塁、金田正泰の三塁線バントが内野安打となって無死一二塁、富樫淳の左前タイムリーで1点を先制する。

 大阪は3回表、一死後金田が四球で出塁すると二死後ボークで二進、藤村富美男は四球、土井垣武も四球で二死満塁、本堂保次がストレートの押出し四球を選び、この回ノーヒットで1点追加して2-0とする。

 大阪は4回表、二死後呉の遊ゴロをショート杉浦清監督がエラー、金田は四球で二死一二塁、富樫の右前タイムリーで3-0、一走金田は三塁に進み、送球の間に打者走者の富樫も二塁を陥れて二死二三塁、藤村が中前に2点タイムリーを放ち5-0とする。

 大阪は5回表、先頭の本堂保次が左中間に二塁打、玉置玉一が右中間にタイムリー三塁打を放ち6-0、中日ベンチはここで星田次郎を二番手のマウンドに送り、長谷川善三の左前タイムリーで7-0とリードを広げる。

 大阪は7回表、一死後御園生の放ったライナーが右中間を抜け、御園生はダイヤモンドを駆け抜けるランニングホームランとなって8-0、二死後金田が右越えに二塁打、富樫の右飛をライト加藤正二が落球する間に金田が還って9-0とする。

 中日は7回裏、一死後小鶴誠がレフト線に二塁打、加藤が三塁に内野安打、藤原鉄之助の左前タイムリーで1点返すが焼け石に水。

 負けない御園生崇男は6安打無四球2三振の完投で開幕11連勝。

 ダイナマイト打線が得意の波状攻撃を見せて圧勝。

 恐竜打線は沈黙を続け、首位大阪とは7ゲーム差と開いた。

2025年8月16日土曜日

22年 南海vs東急 12回戦

7月17日 (木) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 3 3 南海 28勝24敗3分 0.538 丸山二三雄 
0 0 0 0 1 3 0 0 X 4 東急 19勝32敗2分 0.373 白木義一郎

勝利投手 白木義一郎 9勝11敗 
敗戦投手 丸山二三雄 8勝5敗

二塁打 (東)大下 
三塁打 (南)安井、田川 (東)長持
本塁打 (東)鈴木圭一郎 2号

勝利打点(東)一言多十 1

猛打賞 (南)安井亀和 4


東急、長打攻勢で快勝

 甲子園の第1試合は丸山二三雄と白木義一郎の先発で午後1時40分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 現在では7月にもなると連日35度の高温になるが、昭和22年のこの日は晴天ではあるが神戸市の最高気温は28.7度であった(気象庁ホームページより)。

 東急は5回裏、先頭の白木が左前打で出塁、大沢喜好が送りバントを決めて一死二塁、二死後トップに返り一言多十が中前にタイムリーを放ち1点を先制する。

 東急は6回裏、一死後大下弘がレフト線に二塁打、続く長持栄吉が中越えにタイムリー三塁打を放ち2-0、更に鈴木圭一郎がレフトスタンドに第2号ツーランを叩き込む長打攻勢で4-0とリードを広げる。

 南海は最終回、先頭の安井亀和が中越えに三塁打、河西俊雄が中前にタイムリーを放ち1-4、田川豊が中越えにタイムリー三塁打を放ち2-4、一死後堀井数男の二遊間タイムリーで3-4と1点差、一死後坂田清春に代わる代打別所昭が四球を選んで一二塁、打撃の良い丸山がそのまま打席に入ると死球を受けて二死満塁、しかし最後は小林悟楼に代わる代打岡村俊昭が三飛に倒れてゲームセット。

 白木義一郎は7安打1四球1死球5三振の完投で9勝目をマークする。

 東急は大下の二塁打、長持の三塁打、鈴木の本塁打の3連続長打攻勢で快勝した。

 試合を決める一発を放った鈴木圭一郎は中外商業の出身。聞き慣れない校名かもしれないが、戦後は琴浦女子と合併して現在の県立尼崎北高となる。地元では「尼北」の愛称で呼ばれて文武両道の名門として知られている。卒業生は多彩で、三木武夫元総理大臣を始めとして各界に俊英を輩出している。「赤い鳥」から分かれて「紙ふうせん」を結成した後藤悦二郎と平山泰代の二人も尼北の出身。

 確認できるプロ野球に進んだ卒業生は鈴木圭一郎の他は石井武夫と瓦谷嘉宏で、3人ともキャッチャーであるところが文武両道校らしいところである。石井武夫は昭和14年9月17日に甲子園球場でランニングホームランを打っており、鈴木圭一郎の今季の2本塁打は尼北出身者としては8年ぶりとなる。

2025年8月13日水曜日

22年 阪急vs巨人 10回戦

7月17日 (木) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 阪急 26勝28敗2分 0.481 野口二郎 
0 0 0 1 0 2 0 0 X 3 巨人 26勝28敗1分 0.481 川崎徳次

勝利投手 川崎徳次 9勝7敗 
敗戦投手 野口二郎 9勝9敗

二塁打 (巨)小松原

勝利打点(巨)小松原博喜 1

猛打賞 (巨)千葉茂 8


川崎徳次、無三振で完封

 第14節初日、後楽園の第1試合は野口二郎と川崎徳次の先発で午後零時58分、西垣球審の右手が上がりプレイボール。

 巨人は4回裏、先頭の千葉茂が中前打で出塁、川上哲治の難しい左飛をレフト下社邦男が好捕するが、続く小松原博喜が右中間に先制のタイムリー二塁打を放ち1点をリードする。

 巨人は6回裏、先頭の千葉が左前打で出塁、川上も中前打で続いて無死一三塁、小松原の中飛で三走千葉はストップするが一走川上がタッチアップから二塁に進み、平山菊二が中前に2点タイムリーを放ち3-0とリードを広げる。

 川崎徳次は変化球が冴えて3安打1四球無三振で今季5度目の完封、9勝目をマークする。無三振での完封勝利は5月31日の若林忠志以来、今季二人目となる。

 巨人はこのところポイントゲッターとなっている小松原博喜と平山菊二の3打点で快勝し、阪急と4位タイに並んだ。

 野口二郎も完投したが無三振だった。戦前の快速球は影を潜め、戦後は技巧派に転身したことを自伝「私の昭和激動の日々」に記している。

 川崎も戦前は剛球投手であったが、兵役から復帰後は変化球を駆使する投球に変わったことを自伝「戦争と野球」に記している。

2025年8月12日火曜日

22年 第13節 週間MVP

週間MVP

投手部門  
 大阪 若林忠志  1 2勝1完封。首位独走の原動力。 
打撃部門
 阪急 安井鍵太郎 1 17打数9安打3得点2打点。 前節終了時点では22打数1安打だったが今節爆発。

殊勲賞
 金星 三富恒雄 2 15日の太陽戦で無四球完封。 
 太陽 森下重好 2 11日の巨人戦で2打席連続本塁打、14日の阪急戦で決勝の逆転二塁打。  
 巨人 平山菊二 2 20打数5安打1得点7打点。 

敢闘賞
 大阪 本堂保次 1 18打数7安打4得点4打点。 
 東急 大下弘  2 21打数8安打3得点3打点。 
 中日 古川清蔵 4 19打数8安打2得点1打点。 

技能賞
 大阪 藤村富美男 1 2日の南海戦で捕邪飛で三進。 
 太陽 蔵本光夫  1 4日の阪急戦でプロ生活唯一の本塁打。

2025年8月11日月曜日

22年 巨人vs阪急 9回戦

7月15日 (火) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 巨人 25勝28敗1分 0.472 多田文久三 
0 0 0 0 0 0 3 0 X 3 阪急 26勝27敗2分 0.491 今西錬太郎

勝利投手 今西錬太郎 12勝5敗 
敗戦投手 多田文久三   5勝4敗

二塁打 (巨)平山

勝利打点(急)安井鍵太郎 1

猛打賞 (急)安井鍵太郎 1


安井鍵太郎、6年ぶりの猛打賞と勝利打点

 第13節最終戦は同率4位に並ぶ阪急と巨人との一戦。

 後楽園の第2試合は多田文久三と今西錬太郎の先発で午後2時49分、池田球審の右手が上がりプレイボール。

 阪急は3回裏、先頭の安井鍵太郎が中前打で出塁、今西の投前送りバントは多田が二塁に送球して安井は二封、トップに返り田中幸男の遊ゴロが「6-4-3」と渡ってダブルプレー。

 巨人は4回表、先頭の千葉茂の当りは遊ゴロ、これをショート田中幸男が一塁に悪送球、川上哲治の右前打で無死一二塁、小松原博喜の送りバントは今西が内野手出身らしい好フィールディングで三塁に送球して千葉は三封、平山菊二が左中間にタイムリー二塁打を放ち1点を先制する。

 阪急は6回裏、先頭の安井が左前打で出塁、一死後トップに返り田中幸男の中前打で一二塁、下社邦男の投ゴロの間に二者進塁して一死二三塁と逆転のチャンスを迎えるが、期待の青田昇は三ゴロに倒れて無得点。

 阪急は7回裏、先頭の野口明の中飛をセンター呉新亨が落球、野口二郎の右前打で無死一二塁、日比野武の三塁線送りバントは内野安打、ピッチャー多田の一塁送球が悪送球となって二走野口明がホームに還り1-1の同点、二死後安井が3打席連続ヒットとなる中前タイムリーを放ち2-1と逆転してなお一死一三塁、今西の投前スクイズは多田がホームに送球して三走日比野はタッチアウトで失敗、二死一二塁からトップに返り田中幸男が左前にタイムリーを放ち3-1とリードする。

 今西錬太郎は8回、9回を三者凡退に抑えて5安打2四球無三振で完投、12勝目をマークする。今西は巨人から7勝目、戦後最初の巨人キラーたなった。

 巨人は4回の無死一二塁で小松原博喜にバントさせたが、ここは打撃好調でポイントゲッターになっている小松原に打たせるべきではなかったか。1点は先制したものの消極策が逆転負けにつながった。

 好調安井鍵太郎が3打席連続安打を記録して決勝打を放った。猛打賞は昭和16年5月5日以来、勝利打点は昭和16年6月21日以来6年ぶりである。

 安井鍵太郎は昭和16年に東邦商業から南海に入団してレギュラーポジションを掴み61安打を放つ活躍を見せたが1年で応召。兵役により昨年5年ぶりに近畿に復帰したがあまり出番はなく、今季は阪急に移籍してきた。前節終了時点では22打数1安打でプロ生活も今季限りかと見られていたが、今節に入っていきなり17打数9安打と爆発した。週間MVPの最有力候補である。

2025年8月10日日曜日

22年 太陽vs金星 8回戦

7月15日 (火) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 太陽 21勝32敗1分 0.396 池田善蔵 湯浅芳彰 
0 3 0 0 0 4 0 0 X 7 金星 20勝34敗1分 0.370 三富恒雄

勝利投手 三富恒雄 3勝7敗 
敗戦投手 池田善蔵 5勝8敗

二塁打 (金)山本

勝利打点(金)酒沢政夫 5


三富恒雄、5年ぶりの無四球完封

 第13節最終日、後楽園の第1試合は池田善蔵と三富恒雄の先発で午後零時55分、国友球審の右手が上がりプレイボール。

 今季のペナントレースは基本的に木曜から月曜に行われているが、7月10日木曜日の後楽園が雨で中止となったため、火曜日に2試合が追加された。

 太陽は2回裏、二死後三富が四球を選んで出塁、辻勇夫と山本秀男も連続四球で無死満塁、トップに返り酒沢政夫もストレートの押出し四球で1点を先制、続く大友一明の初球もボール、太陽ベンチはここで先発の池田を下げて二番手として湯浅芳彰をマウンドに送り、大友がレフト線に2点タイムリーを放ち3-0とリードする。

 太陽は6回裏、先頭の清原初男が中前打で出塁、清原の二盗は失敗に終わるが、小前博文が左前打で出塁、三富は二塁に内野安打、セカンド荒川昇治の悪送球も加わり一死一三塁、辻の右前タイムリーで4-0、山本もレフト線にタイムリー二塁打を放ち5-0、トップに返り酒沢は四球を選んで一死満塁、大友の三ゴロをサード平野徳松が失する間に三走辻が還って6-0、二死後西沢道夫が押出し死球を受けて7-0と突き放す。

 三富恒雄は6安打無四球3三振で今季2度目の完封、3勝目をマークする。三富の無四球完封は昭和17年9月12日、甲子園球場で行われた阪急戦、4安打無四球2三振の完封で11勝目をマークした以来5年ぶりである。

 三富は戦場を生き抜いて今季5年ぶりにプロのマウンドに戻ってきた。沢村栄治や景浦将など、多くの名選手が戦死して戦争の悲劇として語られているが、三富恒雄のように戦場から帰還して戦前と変わらぬ活躍を続ける中堅選手の存在はほとんど知られていない。三富は長く活躍を続け、中日移籍後の昭和26年には9年ぶりに二桁勝利をマークすることになる。

 山本秀男も昨年戦場から帰還してこの日は昭和16年8月9日の巨人戦以来6年ぶりに二塁打を放った。当ブログのデータベースでしか調べることができない記録である。

2025年8月9日土曜日

「しりつ」か「いちりつ」か

 今年の千葉県代表は県予選決勝で八千代松蔭を8対7で降して進出してきた市立船橋。

 以前は誰もが「いちりつふなばし」と呼んでいましたが、近年のNHKは「しりつふなばし」と発言するようになりました。

 確かに、正式には「しりつふなばし」が正解なのですが、NHKには「いちふな」では?の問い合わせが殺到しているようです。

 千葉県の強豪校は伝統的に公立校が多く、1974年に全国制覇した銚子商業は県立校で1967年と1975年に全国制覇した習志野は市立校です。

 習志野市には県立高校はありませんので「習志野高校」は「ならしの」又は「ならこう」と呼ばれるだけですが、船橋市には「市立船橋」と「県立船橋」がありますので、区別するために地元では「市立船橋」は「いちりつふなばし」又は「いちふな」、「県立船橋」は「ふなこう」と呼ばれています。

 市立船橋が甲子園に出るようになって「市立船橋」が全国区になってからも、NHKの中継では地元で呼ばれている「いちりつふなばし」又は「いちふな」と発言されてきましたが、お堅いNHKのこと、近年では正式名称の「しりつふなばし」と発言するようになってから混乱が生じています。

 NHKの中継では苦し紛れに「地元では『いちふな』の愛称で呼ばれている『しりつふなばし』」と発言するケースが目立ちます。だったら最初から「いちふな」にすればいいのに(笑)。

 本日の中継でもアナウンサーは「地元では『いちふな』の愛称で呼ばれている『しりつふなばし』」とした上で「しりつふなばし」で通そうとしましたが、解説の飯塚智広氏は終始「いちりつふなばし」で通しました。後半はNHKのアナウンサーも諦めたようで「しりつふなばし、いちふな」と呼び方を変えていましたね。だったら最初から「いちふな」にすればいいのに(笑)。

 飯塚氏は二松学舎沼南の出身で生粋の千葉県野球人です。「市立船橋」を「しりつふなばし」と呼ぶのは千葉県野球人のDNAが許さないというところでしょうか。市川市真間小学校出身の筆者は中学から東京に通って現在は横浜に住んでいますが、高校野球は千葉県です。「市立船橋」は「いちふな」ですよね(笑)。


2025年8月7日木曜日

22年 東急vs大阪 9回戦

7月14日 (月) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 東急 18勝32敗2分 0.360 白木義一郎 
0 1 1 0 0 1 0 0 X 3 大阪 39勝14敗1分 0.736 若林忠志

勝利投手 若林忠志   12勝5敗 
敗戦投手 白木義一郎 8勝11敗

勝利打点 なし


ダイナマイト打線、右打ちで白木を攻略

 西宮の第2試合は白木義一郎と若林忠志の先発で午後3時48分、二出川球審の右手が上がりプレイボール。

 東急は2回表、先頭の大下弘が二遊間にヒット、長持栄吉の右前打で無死一二塁、キャッチャー土井垣武からの二塁牽制が悪送球となって二走大下は三進、熊耳武彦の中前タイムリーで1点を先制する。

 大阪は2回裏、一死後本堂保次が右前打で出塁、二死後長谷川善三の右前打で一二塁、若林が右前にタイムリーを放ち1-1の同点に追い付く。

 大阪は3回裏、先頭の塚本博睦が中前打で出塁、金田正泰の遊ゴロでランナーが入れ替わり、金田が二盗に成功し、二死後土井垣武の二ゴロをセカンド清水喜一郎が失する間に二走金田が一気にホームに還って2-1と1点をリードする。

 大阪は6回裏、先頭の土井垣が左前打で出塁、本堂保次が送りバントを決めて一死二塁、玉置玉一の遊ゴロの間に二走土井垣は三進、長谷川の右前タイムリーで3-1とリードを広げる。

 若林忠志は5安打1四球1死球4三振、自責点ゼロの完投で白木とのエース対決を制して12勝目をマークする。

 東急は走者も出したが3つの併殺打でチャンスを潰した。若林の術中にはまったの感が強い。東急7回の攻撃、長持は遊ゴロ、鈴木圭一郎の遊ゴロはショート長谷川がエラーしたが、白木の遊ゴロが「6-4-3」と渡ってダブルプレー。全て若林の七色の変化球を引っ掛けたものである。

 2回の大阪の攻撃で右打者の右前打3本で1点をもぎ取った攻撃とは対照的だった。タイムリーエラーを誘った土井垣も右打ちの二ゴロ、3点目も長谷川の右打ちタイムリーであった。
 ダイナマイト打線がホームラン攻勢をかけるの別当薫が加入してラビットボールが採用された昭和24年頃のことで、「ダイナマイト打線」と名付けられた頃は単打を連ねる切れ目のない打線だったというのが歴史的事実である。詳しくは当ブログを参照されたい。

2025年8月5日火曜日

22年 阪急vs太陽 8回戦

7月14日 (月) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 1 3 0 4 阪急 25勝27敗2分 0.481 森弘太郎 天保義夫 野口二郎 
0 0 0 0 2 0 0 3 X 5 太陽 21勝31敗1分 0.404 井筒研一

勝利投手 井筒研一 4勝2敗 
敗戦投手 天保義夫 3勝8敗

二塁打 (急)天保 (太)森下
三塁打 (急)野口明 (太)藤井
本塁打 (太)伊勢川真澄 2号、蔵本光夫 1号

勝利打点(太)森下重好 6


森下重好、逆転二塁打

 後楽園の第2試合は森弘太郎と井筒研一の先発で午後3時5分、島球審の右手が上がりプレイボール。

 序盤戦は両先発投手の投げ合いで4回まで両軍無得点。

 太陽は5回裏、先頭の伊勢川真澄がレフトスタンドに先制ホームラン、二死後蔵本光夫がレフトスタンドにプロ入り初ホームランを叩き込んで2点を先制する。

 阪急ベンチは6回から2本塁打を浴びた先発の森に代えて天保義夫をマウンドに送る。

 阪急は7回表、二死後このところ当たっている安井鍵太郎が三塁線にヒット、天保が左中間にタイムリー二塁打を放ち1-2と追い上げる。

 阪急は8回表、先頭の下社邦男が四球を選んで出塁、青田昇の遊ゴロをショート蔵本が失して無死一二塁、野口明がライト線に逆転の2点タイムリー三塁打を放ち3-2と1点リード、一死後日比野武の左犠飛で1点追加して4-2とリードする。

 太陽は8回裏、先頭の平野徳松が四球を選んで出塁、前の回に失点につながる手痛いエラーを犯した蔵本が汚名挽回の中前打を放って無死一二塁、井筒が送って一死二三塁、二死後辻井弘が四球を選んで二死満塁、藤井勇が押出し四球を選んで3-4と1点差、阪急ベンチはここで天保に代えて三番手として野口二郎をマウンドに送るが、森下重好がレフト線に逆転の2点タイムリー二塁打を放ち5-4と再逆転する。

 井筒研一は8安打2四球2三振の完投で4勝目をマークする。

 森下重好が8回裏に決勝の逆転二塁打を放って6個目の勝利打点をマークした。森下は4月26日の巨人戦でも8回裏に決勝の逆転二塁打を放っていた。昨年2割8分7厘だった打率は今季2割1分台と低迷しているが勝負強さは相変わらずである。

 蔵本光夫がプロ入り初本塁打を放った。8回表の守備では失点につながるエラーもあったが、その裏にはチャンスを広げるヒットを放って逆転勝利に貢献した。蔵本のプロ野球在籍は昭和22年の1年間だけで、この日の一発が唯一の本塁打となる。

2025年8月3日日曜日

22年 南海vs中日 9回戦

7月14日 (月) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 0 1 0 0 0 1 2 5 南海 28勝23敗3分 0.549 別所昭
0 2 1 0 0 0 0 0 0 3 中日 32勝19敗1分 0.627 久野勝美 服部受弘

勝利投手 別所昭   14勝9敗 
敗戦投手 服部受弘 9勝3敗

二塁打 (南)堀井、別所、安井 (中)小鶴2、杉浦、古川

勝利打点(南)安井亀和 3

猛打賞 (南)安井亀和 3


安井の決勝打に続いて河西が追撃打

 西宮の第1試合は別所昭と久野勝美の先発で午後1時35分、杉村球審の右手が上がりプレイボール。

 南海は2回表、先頭の堀井数男がレフト線に二塁打、朝井昇の中前打で無死一三塁、筒井敬三の二ゴロ併殺の間に三走堀井が還って1点を先制する。

 中日は2回裏、先頭の大沢清がストレートの四球で出塁、小鶴誠が右中間にタイムリー二塁打を放ち1-1の同点、加藤正二が三前に送りバントを決めて一死三塁、藤原鉄之助がスクイズバントを決めて2-1と勝ち越す。

 中日ベンチは3回から先発の久野に代えて服部受弘をマウンドに送る。

 中日は3回裏、先頭の金山次郎が四球を選んで出塁、杉浦清の左越え二塁打をで金山は三塁ベースを蹴ってホームに突入するがレフト岡村俊昭からの返球を中継したサード山本一人監督からの本塁送球にタッチアウト、二死後大沢が右前にタイムリーを放ち3-1とする。

 南海は4回表、一死後筒井が3球ファウルで粘って四球で出塁、二死後小林悟楼の左前打で一二塁、トップに返り安井が中前にタイムリーを放ち2-3と1点差に迫る。

 南海は8回表、二死後堀井が中前打で出塁、浅井の三ゴロをサード三村勲が一塁に悪送球、一走堀井が一気にホームに還って3-3の同点とする。

 南海は8回裏の守備から田川豊がレフトの守備に入る。田川は6月22日の東急戦で怪我をしてから13試合欠場が続いていた。

 南海は9回表、先頭の別所の当りは遊ゴロ、これをショート杉浦がエラー、小林が送りバントを決めて一死二塁、トップに返り安井がライト線にタイムリー二塁打を放ち4-3と勝越し、河西俊雄が右前にタイムリーを放ち貴重な追加点、5-3とする。

 中日は9回裏、先頭の小鶴誠がレフト線に二塁打を放ち無死二塁と最後の反撃、しかし後続が倒れてゲームセット。

 別所昭は7安打4四球4三振の完投で藤本英雄とハーラートップタイに並ぶ14勝目をマークする。

 南海9回表の攻撃、安井の決勝二塁打に続く河西のタイムリーによる追加点が大きかった。あれが無くて1点差であったらその裏の中日は小鶴の二塁打をバントで送って同点を狙えたところだった。安井の「勝利打点」は記録に残るが河西の追撃打は記録には残らない。野球では記録に残らないプレーが重要なファクターでもある。スコアカードから拾っていくしか解決策はないのだ。