2011年9月23日金曜日

14年 タイガースvsライオン 2回戦


5月14日 (日) 神戸市民


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 2 0 1 0 2 0 0 5 タイガース 16勝7敗1分 0.696 西村幸生
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ライオン     11勝8敗3分 0.579 菊矢吉男 近藤久


勝利投手 西村幸生 3勝2敗
敗戦投手 菊矢吉男 8勝4敗


西村幸生、今季初完封


 タイガースは3回、先頭の皆川定之が四球で出塁、トップに返り松木謙治郎が右前打を放って一三塁、本堂保次が四球を選んで無死満塁、ジミー堀尾文人の遊ゴロをショート松岡甲二がバックホームするがセーフ、フィルダースチョイスとなって1点を先制、富松信彦の二ゴロは「6-4-3」と転送されるが一塁はセーフ、2-0とする。一塁セーフなので富松には打点が記録されている。一塁アウトで併殺が完成されても無死満塁なので1点は入るが、4月21日以前の旧ルールでは富松に打点が記録されるが4月22日のルール改正後は富松には打点は記録されず、この新ルールが2011年現在まで続いている。

 タイガースは5回、先頭の松木が四球で出塁して二盗に成功、本堂四球、堀尾は中飛に倒れるが富松信彦が四球を選んで一死満塁、門前真佐人に代わる御園生崇男が中犠飛を打ち上げて3-0とする。

 タイガースは7回、先頭の松木が左前打で出塁、本堂の送りバントが内野安打となって無死一二塁、堀尾が四球を選んで無死満塁、富松の遊ゴロは「6-4-3」と転送されるが一塁セーフで4-0、ここでも富松に打点が記録される。続く御園生が二打席連続の中犠飛を打ち上げて5-0、タイガースはこの回ノーヒットで2点をダメ押して試合を決める。

 西村幸生がようやく本来のピッチングを見せつけた。翌日の読売新聞によると「西村は鋭く切れるカーブをはじめ多種多様の球を巧みに配合してライオン打者を幻惑せしめ、与えた安打3、四球2、二塁を踏ましめた走者僅か二人という会心の出来栄えを飾った。」とのこと。この「鋭いカーブ」というのは恐らくスライダーのことではないかと考えられます。スライダーの元祖は藤本英雄と言われていますが、これは後世の巨人主導の歴史の捏造であって、北井正雄が投げていた十字架球は現在のスライダーであったと言われています。関西大学で北井と同じ釜の飯を食った西村幸生がスライダーを投げていても何の不思議もありません。「多種多様の球」には若林忠志に教わったナックル・ボールも含まれていたかもしれません。若林が法政大学時代からナックルを投げていたことも史実として伝わっております。西村が若林から教わったかどうかは分かりませんが。

 西村幸生は3安打2四球5三振の完封で3勝目をあげる。


 御園生崇男が二打席連続犠飛を記録しました。4月22日に新ルールに移行していなければ2打席とも凡打として記録されるところでした。私事で恐縮ですが、高校3年の最後の夏の大会(神奈川軟式です、念のため)、直前に右足首を捻挫して1回戦はベンチスタートでしたが途中出場すると二打席連続犠牲フライを打ちました。全力疾走できなかったので「助かったー」と思った覚えがあります。






               *西村幸生は今季初完封。








*御園生崇男は二打席連続の中犠飛。「f-8」が四角で囲っているので「犠飛」になります。





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